ジュードさんの大切な物を教えて貰うお話談話室はクラウン共用の場だ。傲慢な恋人に押し倒されることはあれど、私から身を寄せることはしない。
でも今夜は特別だった。
「っ……」
隣で腰掛けるジュードさんに腕をまわしてぎゅっと抱き着くと、彼は面食らった気配を落としてからふはっと笑った。
後頭部をぽんぽんと叩かれる。雑なのに不思議と愛情が伝わってくる触れ方が好きだ。
「何、むくれとるん」
「だって、出張で二週間も会えないなんて……」
想いに突き動かされて抱き着いた私に火が当たらないようにと、彼の身体から遠ざけて持たれていた紙巻き煙草。彼は私の頭を緩慢に撫でる手を止めることなく、一口吸った。
至近距離で香るスモーキーが胸を締め付ける。
「あー、土産くらい買ったるわ。何がええ」
「――何もいりません。でも、船人は大切な物を恋人に預けて船出に出ると聞きました。必ず帰って来る証に」
まわした腕を緩めて、真剣な眼差しでアメシストを見つめる。しかし彼はその提案を聞くと呆れたようなしかめっ面を作った。
「で、俺の大事なもんをよこせって?」
「だめですか…?」
「面倒くさ。宝飾品強請られた方が楽なんやけど」
「素敵なジュエリーは沢山貰ってますから……。例えば、煙草を預かるのはどうですか?」
「エリスと二人で長旅ってだけで疎ましいのに、俺に禁煙しろて言うん?」
「だって、ジュードさん、煙草があれば返ってきてくれると思うし。それに……」
彼の手を包み込むように握って、煙草に口を付ける。軽く吸っただけで噎せ返ってしまう。それは彼の舌で教えられた苦みとはまるで違った。
げほげほと咳き込む背中を撫でられる。
「は、何やっとるん」
「――煙草、置いていってください。煙草に火を着ければ、ジュードさんを強く感じられると思うんです……」
「お前、俺のことほんま大好きやな」
「好き、ですよ…。ジュードさんだって私のこと大好きじゃないですか」
「―――」
ジュードさんは返事こそしなかったけれど、肯定するように私の顎を掴んだ。頬に指が食い込むほどに強く。私が彼だけの所有物だと教えるように。
「ま、考えといたるわ」
重なった唇の隙間を塗って舌が入りこむ。絡み合う舌の上でピリつく刺激はどちらのものかわからなかった。
*
「ほら」
恋人が出張に立つ前夜。彼のベッドの上、紫煙の香るブランケットに包まって読書をして寛いでいると、そこに放られたのは、彼の部屋の鍵と一枚の用紙だった。
「鍵……。部屋丸ごとを私に預けてくれるってことですか」
「寝る前から寝ぼけとるんちゃうぞ。それ読め」
「これは、休暇届……?」
鍵と一緒に渡されたのはおとぎ師の同行を10日間休暇するという届け出の書類だった。ヴィクトルのサインもある。
「仕事から帰るまで、俺の部屋に閉じ籠もっとけ」
「?」
「だから俺の一等大事なもん。傷一つ付かんようにお前に預けるんやろ」
人差し指がとんと首を捉えた。そのままつっとなぞられて、胸元までたどり着く。
「ジュードさんの大事なものって―――」
「煙草なんて替えの効くもん、別に大事でも何でもないわ」
「っ、ジュードさん……」
瞼の奥がじわりと熱くなるのを感じながら、彼に抱き着いた。この前の夜よりも強く強く。
筋肉質な身体にしがみついたまま、一瞬の浮遊感を覚えた。背中に大きな手を感じながらベッドに身体を受け止められる。
「んっ……」
首筋にキスが落とされる。戯れと呼ぶには官能的な舌遣いだ。
体の内側を這う熱を感じながら、本当は一日でも離れたくない寂しがりやの心に愛と同じ色をした呪いが優しく染み込んでくる。
「今夜は抱いたる。帰った時には欲求不満になっとるんやろうけど」
「そんなこと……!」
「でも、嫌とは言えへんやろ」
もちろん嫌なわけがなかった。痴女と罵られてもいい。全身で彼を感じたかった。
でも悪い笑みを浮かべた男が首に噛みつこうとした瞬間に、慌てて言葉を紡いだ。気持ちよくなること以外はどうでも良くなってしまう前に聞きたいことがあったのだ。
「そ、その前に…どうして10日なんですか? ジュードさんの出張は2周間ですよね?」
任務の同行を長期間休む訳にはいかないのだが、不思議に思って首を傾げる。私の首元のリボンを抜き取りながら、ジュードさんは傲慢な笑みを浮かべた。
「お偉いさんのイチャモン、さっさとケリつけたるわ。だから、ええ子に留守番しとき」
―――その翌朝、一晩女を抱き潰した疲労など見せない男の背中をベッドの上から見送った。
万能な社長と優秀な補佐がクラウン城へ帰ってきたのは、約束の10日よりも早い黄昏時のこと。