Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    HanaO0na0o

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 9

    HanaO0na0o

    ☆quiet follow

    タイトル仮。恋人前のジュ駒です。

    時計の針は止まらない「説明は、これで終いや」

     二人きりの夜の談話室で、ジュードさんの指先が、とん、と煙草を叩く。その粗雑と繊細が共存する仕草は不思議な魅力があった。任務の打ち合わせの最中に、彼の指先に視線を奪われたことに悟られないように視線を外す。

    「明日、10時。遅れたら承知せんから」

     煙草を灰皿に押しつけると、ジュードさんは立ち上がって背中を向けた。

    「……ジュードさん」
    「あ?なんや。ちっさい脳みそは、一回の説明じゃ覚えられへんて?」
    「いえ、任務のことじゃなくて、伝えたいことがあるんです」
    「はぁ?」

     体の前で手を合わせた彼と向き合うと、妙な緊張が走って、外套の襟を手繰り寄せる。
     この外套が肩にかけられたのはつい先程のこと。二人での潜入捜査先を終えて、クラウン城に到着した馬車から降りた瞬間だった。彼は迷うことなく露出した肩に紫煙の香るそれをそっと掛けた。「あいつらに食われたいなら脱ぎよったら」なんて相変わらずの皮肉を投げつけながら。
     それは単なる善意ではない。でも確かに、私の胸を温かくさせた。

    「いつも、ありがとうございます…。わたし、ジュードさんに感謝してて…。それから、あなたを尊敬してます」 

     それは思い掛けない言葉だったようで、彼は目を見開いた。しかし、アメシスト色の眼差しはすぐに頭を疑うという怪訝な色を帯びる。

    「まさか、お前、信じとるんとちゃうやろな。あれ」
    「っ、それは……」

     『あれ』とは、世間を騒がせている予言だ。世界の滅ぶ光景が水面に映し出されるのを、占い師が見たと言うのだ。それが子どもたちの間で広まって、ついにはタブライト誌まで面白がって取り上げた。
     そして世界が終焉する日と予告されたのが、まさに今日だ。

    「は。あほらし」
    「別に…!信じてなんかいませんよ!」

     誰もが非日常を楽しんでいるだけだ。クラウンの一部のメンバーは世界の終わりにかこつけて、ロンドンの飲み屋で飲めや歌えやと愉しんでいるはずだ。
     でも、すこし心がざわめいたのには、二つの理由がある。一つは、呪いつきや幽霊など非科学的なものを実際に見たこと。もう一つの理由は―――。

    「だって、最近のジュードさん、変じゃないですか」
    「あァ?」
    「転ばないように支えてくれたり、外套貸してくれたり」
    「いつもどおり、親切なジュートさんとちゃうの」
    「昔は私が転んだら指さして笑う人でした」
    「指なんか刺さへんわ。人聞き悪」

     眉をひそめながらも、ジュードさんは転んだ姿を笑った事実は否定しなかった。

    「それに、私が傷つけられたら、ひどく怒って……」

     今夜、私にかすり傷を負わせた男を、怒りに身を任せて痛ぶっていたジュードさんの形相。それは出会った頃、わざと私を敵に捉えさせて薄笑いを浮かべていた彼とは、まるで違っていた。
     あの頃とは、私たちの間で何かが変化している。お互い引き返せなくて、少しずつ感情が制御不能になっている。どうしようもないくらいに。

    「とにかく、ジュードさんが優しいなんて、世界の終わりの前兆だと思ったんです…!」

     それは嘘だった。
     
     私の心をざわめかした、もう一つの本当の理由。それは死の予感を抱いたことだった。
     今日の任務中に銃口を向けられて、死ぬかもしれないと思った瞬間に悟った。予言なんてなくても、明日、私の世界が終わりを迎えるともわからない。私が選んだのは、そんな残酷さをはらむ世界だ。

    「世界が破滅するなら、伝えたい言葉があるって気づいて、どうしても伝えたくなったんです」
    「……。ほーん。」

     彼は暗闇に迷い込んだ儚い蝶に触れるような手つきで、そっと私の頬を撫でた。雑に煙草を押し潰した人とは思えない繊細な手つきに、微かに肩がびくりと反応する。

    「なぁ、最期に言い残す言葉がそれでええの」
    「え……?」
    「俺に言いたいこと、他にあるんとちゃうん?」

     頬を撫でた指先は顎の下に辿りついた。そこを軽く掴むとくいっと持ち上げられる。

    「……っ」

     もしも、これが最後の瞬間なら。私が伝えたい言葉は。

    (あなたが、好き)

     彼が私の耳元に唇を寄せる。吐息が耳をくすぐって、ぞくりと肩を震わせる。

    「あぁ、それとも、俺に言わせたいん?」

     きっと伝えたい言葉も、欲しい言葉も変わらない。

    「ジュードさん、もしもこれが最後なら……」

     突然、唇に柔らかなものが触れた。野暮な言葉を塞ぎたかったのか、その意図はわからない。けれど瞳を閉じてヴィランの口づけを受け入れた。それは、ずっと、欲しかったものだから。
    どちらからともなく口づけは深くなり、舌が絡み合う。 
     私の口内を堪能した彼は、ゆっくりと唇を離すと、濡れた唇に柔く噛みついた。思わず、んっ、と艶めいた甘い声が出て、ジュードさんが呆れたような満足したような顔で嗤う。

    「予言したろか?」

     ジュードさんの白い肌が窓から差し込む月明かりに浮かぶ。その迷いのない眼差しは獰猛な光を帯びていて、目が離せなかった。

    「明日、ここでしょーもない会合しよるやろ」

     ちろり、と赤い舌が首筋を舐める。快感で身じろいだ身体は、彼に腰に抑え込まれて逃げることを許されない。

    「そん時、ここで晒した醜態思い出しよって――」
    「あっ…んっ」

     首下に舌が這うと、ちゅっちゅっと音が立つ。私の羞恥心をかき立てる意図に気づいても、私の体は素直に火照りを増した。

    「みっともない顔、晒して――」

     ジュードさんが外套が足元に落としたのと同時に、肩に甘い痛みを感じた。ジュードさんに、噛みつかれたのだ。

    「っ、んぅ…!」
    「ここで、誰と、何しよったか、あいつらに筒抜けになる」

     柔らかな肌をじゅっと吸われると、身体が快感で染まった。誰にも触れられないようにと守られていた肌が、今や彼の前にさらけ出されている。触れられるのを待つように、体が火照っていく。
     私を見下す嗜虐的な瞳を思い出しながら、顔を上げる。月明かりの中、二人の視線が交わると、ジュードさんは、思いがけず優しく微笑んでいた。

    「せやから、明日も生きとき?」
    「………っ」

     自分の死を予感した私を叱ることなく、体を包みこむ腕の中。ジュードさんのシャツをきゅっと握り込んだ。

    (わたし、死ぬのが怖かったんだ)

     蓋をしていた死の恐怖を自覚すると、彼の腕の中にいる安心感が胸に押し寄せてきて、すこし泣きそうになる。だから口を結んだまま、こくこくと頷くことしかできなかった。
     は、と笑う彼の気配を感じて、すこし気持ちを落ち着けてから口を開く。

    「わたし……もしも死んだら…なんて、もう考えません」

     死ぬための言葉探しなんて必要なかった。彼に命を救われたなら、彼と生きるための言葉をみつけなければいけなかったのに。

    「そうしとき。明日、ドMなお姫様の真っ赤な顔、見られんとつまらんからな」

     再び唇が重なり合う。遠くの壁時計から日付が変わったことを知らせる鐘が響いて、新しい一日の訪れを知る。
     世界の終焉は、私の秘めた想いを暴き出して、優しい明日を見つけてくれた。
     この唇が離れたら、愛の言葉を伝えよう。そう心の中で誓う。今度こそ、あなたと共に生きるための言葉を紡ぎたい。

     だけど、キスに溺れる私達は、唇を離しては、余韻に浸る間もなくすぐに唇を重ねた。まだもう少しだけ、この瞬間を抱きしめていよう。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator