フィガロ様、と呼ばれていた頃から、そういえば好きだと言われた事はなかったように思う。
それもそうか、と思いはするけれど胸の内、閊えるものに恐る恐る目を向ければ、根を張るものはやはり寂寞だ。
畏怖や畏敬といったものを捧げられることには慣れたもので、あの子の眼差し、思慮と声にもそういったものは確かにあって。
けれど手元に置く内に、もっと柔らかく肌触りのよい心持ちを、触れやすいようにあたためて、そっと手のひらに乗せるみたいに差し出してくれたあのとき。
慎重に、零れ落ちてしまわないように、正しい分量を推し量りながら、ほんの少しずつ。
真面目で誠実で几帳面な性格はこんなところにも。そう思ったら愛しくて、嬉しくて。そんな自分のことまでおかしくなって、笑ってしまったのだけれど。
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