犬のきもち『犬のきもち』
山の上の小屋に人が訪ねてくることは珍しい。
ある日、馴染みの男が現われた。
男は昔からこの夏の山にレノックスたち羊飼いと同じ時を過ごす炭焼きの男で、ここ数年はとんと見かけない懐かしい顔でもあった。
「久しぶりだなあ、レノックス」
「ああ……」
煤けた太い指で色褪せた帽子の縁をちょこんと抓んで、それはいつかの日と全く変わらないにやりと人のいい笑みにゆったりと近付いてきた。
「どうもあんたが懐かしくなって、寄ってみたんだ」
「そうか」
その気軽な様子にどこかほっと温かな気持ちになる。
ぽつりぽつりと白い羊たちが草を食む山は青く、遠く空の果てまでもが瑞々しい夏の山特有の世界の色を背にして、レノックスはじっと男の様相を見つめた。
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