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    Honte_OshiCP

    熱が赴くままに書いたもの達の保管庫

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    Honte_OshiCP

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    ベンハト、短いお話です。

     昼時の葬列を見送る目が、私にはひどく空しく見えた。喧しいことこの上ない人間たちのエネルギーから隔絶された狭小な部屋に、わずかな日差しが差し込んでいる。私は触れようとは思わぬその光が、幾何学模様のシャツを温める。名前を呼ぶ。きわめて無感情な目が私を捉えた。
    「…なんだ、寝かかってたのに」
     暗がりに向いた目がしばし、私の輪郭を探すように揺れていた。
    「ずいぶんと味わい深い目をしていたな。アリッサが恋しいか」
     私の問いかけに、これ見よがしな嫌悪の視線が突き刺さる。私が彼女の名を綴るのを、彼は良しとしない。かつて言われたことはなんだったか。お前に呼ばれると彼女の名が穢れる、だったろうか。実に容赦のない物言いである。たいそう私の事が嫌いらしい。もっとも、そのくらいで私は態度を改めてやるつもりも無いが。
     何事か言おうとしたようだが、結局はその口を噤んで、ベンは再び窓の外を見遣る。葬列は既に通り過ぎ、取り残された花弁を通行人の靴が踏みつけていた。土埃がつき曲がった花弁から、彼はすっと目を逸らした。

     陽が沈んでからが私の時間であることは未だ変わらない。時計の針が十二の文字の上で重なる頃、ベンは私にひと言だけかけて、ベッドにもぐり込んだ。規則正しく胸元が上下するのを見届けて、私は窓の隙間へ滑り込んだ。
     夜分でも寝静まらないフレンチクォーターは、生者の熱気とアルコホリックな甘苦さで溢れかえっていた。どこへ行こうともすれ違う人間たちは、総じて私のことが見えていない様子だった。癖のように纏ったマントや杖が、すれ違いざまの生者に当たるたび靄となって形を失う。どうにも不便で、目についた脇道へ逸れた。
     家の外を練り歩くと言っても、これといって目的のようなものは常にない。ただ持て余した時間を埋めるためだけに、私は時折夜闇へ赴くのだ。
     暗がりを進み続けて、再び大通りへと巡りまわって戻ってきてしまった。そうして進む先を見ると、曲がり角の手前に集合墓地の門があった。いつの間にやらそこそこ遠い場所まで彷徨ってきたらしい。ふらふらと吸い寄せられるように赴いた。昼時の葬列を思い返しながら門をすり抜けた。立ち並ぶ冷たい墓標を横目に歩く最中、ふいに見つけた花束の白さに立ち止まった。まだ咲きこぼれて開くさまを見るに、恐らくはここに添えられて間もない物であろう。月下に白いカーネーションと小ぶりの菊、もの寂しく儚い景色がそこにあった。
     私に墓石の類は無いが、遥か昔、母の墓石の前に立った記憶がおぼろげによみがえる。今更思い出したところで何だと言うのか。腹いせとばかりにその献花へ手を伸ばしかけて、やめた。その代わり、ふと、墓地の柵際に自生する百合が目に留まる。場所が場所なだけに花は薄汚れているものの、花弁を広げて月を仰ぎ見る白は透き通るようだ。手を伸ばし、根本を掴んだ。ぺきり、と微かな音を立ててもがれた百合が、私の手の中で項垂れる。続けて二本、三本、と暫し無心で摘み取った私の片手には、いつの間にかちょっとした花束が出来上がっていた。
     束ねられた百合をじっと見る。特有の甘苦い香りが眼下から香り立ち、束の間視界が眩んだ。両手に抱えて、私は墓地を去った。

     翌朝、起き掛けのベンはテーブル上を見て呆気にとられた顔をしていた。無理もない。昨晩まで殺風景だった場所に、覚えのない百合が束ねられ飾られていれば何人もそうなるのだろう。お前がやったのか、と言うように私を黙って見つめる視線には、ありとあらゆる訝りが込められていた。
    「案ずるな。盗んだものではない」
    「…そういう問題じゃ無い」
     遠巻きに百合を見る顔が渋くなっている。さぞや朝から気分が悪いのだろう。自然と笑みが生じてしまう。
     花瓶に挿していくらか色味も良くなった花を顰め面で見ている理由は、あらかた予想がつく。どこで手に入れたかよりも、ベンにとって重要なのは、何のつもりで、というところだろう。気味が悪そうに私と窓辺を交互に見ている。
     そう怪しむ必要も無い、と花瓶ごと持ち上げ、ベンの前に差し出した。仰け反る彼を笑い飛ばす。持ってみると良い、と勧めた私から厭そうな目を離さぬまま、それでもベンは百合の束を腕に閉じ込めた。節の目立つ無骨な手が、折れそうなほど細く柔い花を支えた。
    「君に合うと思ったのだよ」
     ひと言添えて、一歩下がる。苛立ったような困ったような、微かに歪な湾曲を描く眉の下の目が私をにらむ。
     まだ束ねていないドレッドヘア、袖のボタンを外したままの幾何学模様シャツ、未だ眠たげに下がる眦。そして、そんなベンの手の中で、純白が綻び輝いている。ひどくアンバランスで、倒錯した、甘寧の様相だ。夢か現かもわかっていないような靄めいた視線が、純潔の白に降り注ぐ。
    「見立て通りだ。君によく似合っている」
     本当に、心から似つかわしかった。暗色でまとめられたベンに抱えられ、その白い花々は透き通るようだった。目下に、芳しく香る清廉が咲きこぼれている。困惑した彼の顔つきが訝しそうに緩んでゆき、鼻先が百合の花弁の後ろに隠れた。白い花束にうずめられて、ベンの顔はいくらか和らいでいる。安らいだ、それでいて虚脱の色をした面持ちだ。この顔に抱く既視感を、私は知っている。アリッサの名を聞いた時、彼はこんな顔をするのだ。昨日の逸れた目が、そっくりの色をしていた。
     再び近づいた。歩みを寄せた先で、ベンは私から逃げなかった。胡乱な目で私を見つつも、嫌悪を呈して後ずさるようなことはもうしていない。記憶の奥底、逝去の景色を前にした抜け殻じみた無の風体だ。本当に、真白な百合が似つかわしい顔つきをしていた。
    「世辞の類ではない、君にその花は似合っているな」
     吐き出すように賛辞がこぼれる。
    「本当に、よく似合っているよ」
     ──さながら、葬送を待つ死人のようで。
     嗚呼、やはりベンという男からは死の匂いがくらくらと香り立つ。私ですら眩暈を起こすような退廃の色香、消えない悲恋の残り香だ。束ねられた花よりもずっと色濃く甘い、死が香っている。
     早く、手にした幸運から再び裏切られてしまえばいい。早く、私に委ねられたほうが正しかったと気付けばいい。切願を込めて、ひと筋垂れ下がる黒髪に指を絡めた。
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