Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    slekiss

    @slekiss

    QMA・YGO(GX未履修)・悠久・格ゲー(主にSNK系、初期のBB)・刀剣等。
    今描ける環境ほぼないので基本文字書きのひと。
    過去絵(主に描きかけて飽きたやつ)や駄文をぽいぽいと。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🍅
    POIPOI 81

    slekiss

    ☆quiet follow

    アル1主。チョイ役で2主も。
    pixivに載せてるのと同一。ルビは振れないので修正。

    1主:シアン・ローズ。アルベルトには「ロゼ」と呼ばれている。ツン多めのツンデレ。ポニテ仕様。栗色の髪、琥珀の瞳。
    2主:シオン・N・エルフィールド。アルベルトの親友兼同僚。
    上記を押さえておけば読むのに困らないかと。

    #悠久幻想曲
    longFantasia
    #腐
    #アル1主

    かわす、まざる「眠い……眠過ぎる……」
     さくら通りをふらふらと覚束ない足取りで歩いてくるのは、ジョートショップの居候兼店員、シアン・ローズだ。
     油断すると、そのまま倒れてしまいそうになるほどの睡魔に襲われながら家路へと急ぐ。眠気を払おうと頭を振ると、栗色の長い髪がふるふると揺れた。
     昨晩から悪友のアレフにあちこち連れ回されて、先ほど漸く解放されたばかりなのだ。
     夏の日が昇るのは早い。まだ早朝だというのに、既に太陽は顔を出し切っていた。
    「くっそ、覚えてろ……ふわあ」
     忌々しげに毒づいてみても、あくびで語尾がかき消されるためイマイチ迫力に欠ける。
     加えて、普段はきつく見える切れ長の琥珀の瞳もとろんと下がり、何処となくあどけなく見えた。
     とにかく、一刻も早く帰って、ふかふかのベッドで眠りたい。
     ただそれだけを思い、シアンはひたすら足を動かし続けた。
     他のことなど、一切眼に入らなかった。
     
     それがシアンの命取りとなった。

     同じ頃、自警団員アルベルト・コーレインもさくら通りをあてもなく歩いていた。
     今日は非番なのでもう少し寝ていても良かったのだが、早起きに馴れた身体は二度寝を受け付けてはくれなかったのだ。
     まあ夏とはいえ今はまだ涼しく、散歩には丁度いい時間帯である。もう少しこの辺りをぶらついてから、ゆっくり朝メシでも食うとしよう。
     そう思いながら歩いていると、遥か前方を行く不審人物を発見した。遠目なので面影は窺えないが、まるで酔っ払いのようにふらつく足取りはかなり危なっかしく、それ以上に非常に怪しい。
     ここは職務質問をするべきだろうと、アルベルトは距離を詰めるべく足早になった。
     ふらり、ふらり、ふらふらふら。
     人物は相変わらず覚束ない足取りのまま、マーシャル武器店の前を通っていく。
     そこまで来て、漸くアルベルトは左右に揺れる栗色の長髪に気付いたのだった。
    「……ロゼ?」
     ローズ、という彼の苗字を読み間違えているとも知らず、アルベルトはもうすっかり舌に馴染んでしまったその名を呼んだ。
     しかし彼はそんなアルベルトの声にも気付かずに、マーシャル武器店の庭先に半身を入り込ませていた。
     そう、敷地内のみならず、敷地外にもトラップを仕掛けるのが趣味である、困った店主の庭先に。
    「おい、ロ……!」
     追いついたアルベルトが肩を掴むのと、シアンの足が何かを踏んだのは、ほぼ同時だった。

     かちり。

    「へ?」
    「うおっ!」
     非常に不穏で無機質な音のあとに、ぼん、という爆破音が朝の街にこだました。
     眠気で油断していたシアンはもとより、咄嗟に顔だけは庇ったアルベルトも、不意を突かれて爆発に巻き込まれてしまう。
    「な、なんだこりゃ。またマーシャルの罠か!?」
     ひと月くらい前に全面撤去させたはずなのに、もうこんなトラップが仕掛けられているとは!
     一体何処からこんなものを仕入れてくるのか判らんが、自分の化粧より断然こっちを排除する方が先じゃないか?
     そんなことをアルベルトが考えているうちに、煙が薄らぎ、視界がゆっくりと晴れていく。

    「……は?」
    「あ?」
     口にした言葉は少々違えども、ふたりが抱いた感想は概ね同じものであったといえよう。
     先程までマーシャル武器店の前に居たはずなのに、彼らが立っていたのは、煉瓦造りの壁に囲まれた古びた部屋の中だった。
     室内は、天井に吊り下げられたランプが部屋中を照らしているためほんのりと明るい。おまけにひんやりとしていて、夏だというのに暑さも感じなかった。
    「こ、ここは何処だ?オレはさっきまでマーシャルの店の前に居たはずだぞ」
     ぐるりを見渡せるほどの広さの、窓も扉も見当たらないそこには、小さな本棚と机、そして見慣れぬ寝台らしきものが備え付けられていたが、それらは現在のものに比べるとかなりの年代物のようだった。
     状態からして長い年月放置されていると思われるのに、どういった絡繰りなのか汚れや染みなどは見当たらず、埃なども積もってはいないようだった。
    「おい、これもしかしてさっきの罠のせいなんじゃねえのか?」
    「はあ?ンなの知るかよ」
     うぜえ、とシアンは不機嫌さを隠しもしない。何しろ昨晩から寝ていないのだ。
    「ああ?なんだその言い方は!元はといえばテメエがマーシャルの罠踏んだのが悪ィんだろうが!」
     オレを巻き込むな馬鹿!と、瞬時に頭に血が昇ったアルベルトが応じる。
    「やかましい!てか手前が巻き込まれたのは自業自得だろうが!人のせいにすんな!」
    「テメエが怪しい歩き方してっから職質しようとしたんだよ!紛らわしい真似すんじゃねえ!」
     片や寝不足、片や朝のいい気分を台無しにされた怒りで言い合いが始まるが、その内容は概ね馬鹿だの阿呆だのといった、いわゆる子供の喧嘩である。
    「──チッ、とにかく俺は寝る」
     珍しく折れたのはシアンだった。それほど限界だったのだろう。脱出するのも頭が働いてこそだ。起こすなよと念を押しておいて、備え付けられていた寝具に潜り込む。
    「おいロゼ、テメエ!!」
     慌てて肩を揺さぶるも、既にシアンは深い眠りに落ちている。アルベルトは大きな溜息とともに、脱出のヒントを探すべく部屋を調べ始めた。


    「……ぃ、おい、起きろ」
     やや強めに肩を揺さぶられて、シアンはうつつに引き戻された。
    「……んぅ……?」
     ゆるゆると瞼が開かれ、とろりととろけた琥珀の瞳がアルベルトの方へ向けられるが、焦点は定まってはいない。未だ寝ぼけているのだろう。
    「……んん」
     枕に顔を突っ伏した状態で暫し固まる。高い位置で結われた栗色の髪がさらりと流れ、隠れていた項が露わになった。うう、とくぐもった唸り声がきこえる。
     初めて見るシアンの無防備な姿。しかも布団の中ということもあり、何処か夜のにおいを感じさせるようで、変にどぎまぎした。
    「そっ、それより!」
     頭に過った感情を振り払うようにかぶりを振ると、アルベルトはなおも枕に埋もれたままのシアンの肩を乱暴に揺すった。
    「あれ、何か判るか?」
    「ああ?」
     寝起きが悪いのか、それとも無理矢理に覚醒させられたからなのか──あるいはその両方か──眉間に皺を寄せてアルベルトを睨んだシアンだったが、やがて彼が指し示すものに視線を移動させた。
     煉瓦造りの壁。その一部が壊れている。崩れた壁の向こうに覗くのは、複雑な形をした紋章のようなものと、その下に刻まれた文字らしきもの。
     漸く寝台から這い出したシアンは、長い栗色の髪をがしがし掻きながら紋章へと近づいた。
    「……東国の紋だな。時代とかは判んねーけど。文字も……多分、読めると思う」
     嘗てアリサの目を治すための薬を求めて旅に出た際、東国へも足を向けたことがあったが、その経験が活きた形になったようだ。
    「しっかし、よく見つけたな」
     手前にしちゃ上出来だ、という言葉は言外に留めておいた。
    「……マヌケ面晒して寝てるテメエ見てたらムカついたんでな」
     苛立ちを紛らわすために手近な壁を殴ったら出てきた、ということか。余程の馬鹿力で殴りつけたのだろう。拳から血が出ていた。
    「そりゃ悪かったな──っと、なになに……ん?なんか古くせえ書きか……た……っ!?」
     アルベルトの皮肉をさらりと躱し、文字を読み始めたシアンだったが、何故か途中で声をひっくり返らせた。
    「あ?え?……はァ!?」
     頓狂な声を上げながら凄まじい勢いでこちらを振り返る。蒼褪めた顔のままアルベルトをじっと見つめたかと思ったら、今度はぼん、と音が聞こえそうな勢いで顔に朱を散らすと、ガンガンと頭を壁に打ち付け始めた。
    「うあああああああ!!!!」
    「ちょ、ちょっ……落ち着け!!どうしたんだ一体!!」
     咄嗟に羽交い絞めで頭突きを阻止すると、今度は額から血を流しながらも非常に困惑したような、もどかしいような、よく判らない表情のままその場にうずくまってしまった。
     東国の文字が読めず、何が書いてあるのかさっぱり判らないアルベルトは、常にないほど動揺しているらしいシアンの反応が気になって仕方がない。
     「な、なあ、落ち着けよロゼ……なんて書いてあったんだ?」
     口の中でもごもごと何かを呟いては百面相を繰り広げているシアンを刺激しないよう、アルベルトにしては──とても珍しいことだが──つとめてやさしく声を掛ける。と、立ち上がったシアンが拳に闘気を込め始め、
    「ファイナル・ストライクッ!」
     紋章目掛けて技を繰り出した。
    「うわ!!」
     巻き込まれかけたアルベルトが慌てて距離をとる間にもシアンはひたすら攻撃を繰り返したが、紋章は傷ひとつついていない。
     結果は半ば判っていたのだろう。シアンはチッと舌打ちをひとつしただけで、再び黙り込んでしまった。だが、状況を把握できていないアルベルトにとっては苛立ちを煽るだけに過ぎない。
    「オイ!一体なんなんだ!説明しろ!!」
     胸倉を掴んで一喝する。
     恐らく紋章の下には、この部屋を脱出するための方法が書かれてあるのだろう。だが、シアンはそれを口にすることなく、効果のない独り芝居を続けている。これでは埒が明かない。
     なんでも一人で出来ると思い込んで、突っ走って、全部独りで抱え込んで。
     こいつにとって自分以外は守るものであって、たとえ仲間であっても、並び立って互いに同じものを見る存在じゃねえんだ。
     おそらく、オレですらも。
     ぎり、と奥歯が軋んだ。

    ──ああ。オレは本当に、こいつのこういうところが大嫌いだ。

    「言わねーと判んねーんだよ馬鹿が!テメエだけで解決できねークセにだんまりキメんじゃねえ!」
     確かに自分たちは寄ると触ると喧嘩するし、それが行き過ぎて流血沙汰になった前科も数えきれないしで、仲がいいなんて決して言える間柄ではない。しかし今この状態に限っていえば、こんなところから早く脱出したいという思いは同じはずなのだから、こういう時ぐらいは情報開示ぐらいしやがれと思う。ひょっとしたら、自分の方が適したやり方を知っているかもしれないんだし。
    「今はオレが居るだろーが!独りでうだうだ悩んでんじゃねえ!!」
     自分から協力を申し出たような言い方になってしまったのはいささか不本意だが、アルベルトは敢えてそのことには触れないことにした。
     勢いに任せてシアンに告げると、彼は琥珀の瞳を何度かしばたたかせたあと、まるで子供が叱られた時みたいにふいと視線を逸らした。
     その幼稚な仕草とは裏腹に、見た目は既におとなのそれで、長い睫毛が影を作る様はまるでつくりもののように整っている。

    ──黙ってれば美人なんだがなあ。

     飛び出しかけた言葉をすんでのところで飲み込んだ。
     なんだ今のは。
     黙ってればなんだというんだ?美人?誰が?こいつが?
     いや、確かにロゼの顔は整っているとは思うし、それが街の女たちの話題にのぼっていることも知っている。だが美人という言葉は女性に対するものであって、こんなやつに思うようなことじゃない、それは判っているのだが、ただ。
     化粧映えする顔だな、と思ったのだ。
     ファンデーションをはたき、チークを入れ、シャドウを刷いて紅を差せば、さぞかし似合うだろうと。
     そしてそれを、自分の手でやってみたいと思った、なんて。

    「──んなワケあるかあ!!」
     脳内の妄想を振り切るように叫んで、アルベルトは握った拳を思い切り壁に叩きつけた。突然の出来事にシアンもびくりと肩を震わせる。 
    「いてえ!!」
    「阿呆か!手前こそ何やっ……」
     叩きつけたところが鮮血に染まっている。シアンの目はそれに釘付けになった。

     ああ、そういや血も『そう』なんだった。だったら──

    「……ロゼ?」
     不意に伸ばされたシアンの両手が、アルベルトの血だらけの手を掴んだ。そして。
    「は?」
     傷口を、シアンの唇が塞ぐように覆っていた。拳に触れるやわらかな感触と熱い口内のあいだから、濡れた舌が躊躇いがちに押し付けられる。
     ちり、と刺すような痛みを感じて初めて、アルベルトは自分の置かれた状況を把握した。

     シアンが、自分の傷を、舐めている。

    「──っ」

     予想外の事態にアルベルトの身体が固まる。
     普通なら離せと叫んで振り解いてやるとこなのに、それが出来ない。何故かもわからない。
     ただ、目が離せなかった。否、目だけではない。全神経が、彼から齎されるものすべてに注がれている。

     唇の隙間からちゅ、ちゅく、と洩れてくる音が部屋中に響く。子供の体温みたいな熱さをもったシアンの舌が手の甲を往復しているのをはっきりと知覚した。
    「は……んふ」
     拳にかかる吐息と零れる声が耳朶を嬲る。単なる息継ぎだと判っているはずなのに、それはずくん、と腹の底に響いた。全身がかっと熱くなる。
    「っ!」
     咄嗟に、空いた方の拳で自分の口を覆った。そうしないと、なにか取り返しのつかないことをしてしまいそうだったから。

     やがてちゅぷ、と音がして唇が離れると、シアンは口をむぐむぐと動かしてから、それを勢いよく吐き出した。びちゃりと粘着質な音がして、アルベルトの血とシアンの唾液が混ざったものが紋章にかかる。
     続いてシアンが短く何事かを呟くと、背後で何か重いものが動く音がした。振り向くと、煉瓦で塞がっていた壁の一部が開いている。室内に差し込む自然光を認めて、シアンはほう、と小さく安堵の息を吐いた。口の端についた微かな名残を手の甲で拭い去ると、未だ展開について行けていないアルベルトの、血と唾液に塗れた利き手を取る。
    「……ティンクル・キュア」
     ぽうっと小さな光がアルベルトの拳に集い、みるみるうちに傷が癒されていく。
    「……悪りィな。気持ち悪かったろ」
     ごし、と濡れたところを袖で拭ってやりながらぽつりと零す。平素では有り得ない謝罪の言葉。
    「後で、洗ってくれ」
     きまりが悪そうに逸らした視線。伏し目がちな琥珀の双眸が泣き出しそうに揺れたのは見間違いだったのだろうか。
    「……ロ」
    「話はあとだ。出ようぜ」 
     くい、と出口を示して歩き出そうとしたシアンの腕が強く引かれる。たたらを踏んだ先に見えたのは、見馴れない私服と、それと。
    「ティンクル・キュア」
     額に自分より一回りほど大きな手が添えられたのと同時に、ぼそりと小さく呟くアルベルトの声がきこえた。ふわりとあたたかい光が傷口を包み、シアンの傷を癒していく。
    「お返し、だ」
     固い声音で告げられる。見上げた先には、戸惑いと何かを堪えて押しとどめたような感情を宿した薄墨色の瞳。
     初めて見るアルベルトの表情。敢えてそれには気付かないふりをした。
     恐らくそれは、違うはずだから。
    「手前が言うと違う意味に聞こえるな」
    「なんだと?」
     シアンは誂うように笑ってみせた。多分、これで誤魔化せる。大丈夫。まだ、隠せる。


    「あ、そういや」
     部屋を出ようと歩きかけたアルベルトが、思い出したように疑問をぶつけてくる。
    「あの東国の文字?みたいなやつ、結局なんて書いてあったんだ」
    「っ!」
     色々な事柄が重なったせいで訊きそびれていたが、どうしても気になるのはそこだった。
    「い、いいじゃねえか、無事出られたんだからよ」
     琥珀の瞳を忙しなく揺らがせて話を逸らそうとするが、そこまで動揺されると余計に知りたくなってしまうのが人の常というものだ。
    「よかねえよ!てか血が欲しかったんならそう言えよ」
     出る為だったら普通に協力してやったのに。
     そう言外に匂わせてやれば、シアンは消え入りそうな声でそうじゃない、と呟いた。
    「は?そうじゃないってどういうことだよ」
     だったらなんであんな。
     そこまで言ったところで、不意にアルベルトが言葉を切る。
     傷に触れたシアンの舌の熱さとやわい唇の感触、そして合間に洩れ聞こえた吐息のいろめかしさを鮮明に思い出したので。
    「──っ、と、とにかく理由を言え!じゃないと帰さねえからな!」
     八つ当たり気味に、シアンを勢いのままに近場の壁へ叩きつける。近過ぎる距離に、ひゅ、と喉が鳴った。
    「……一夜の夢を結んだ証を示せ」
     詰め寄られて観念したのか、シアンは渋々口を開いた。
    「は?」
    「……東国のいろことばのひとつだ」
    「いろことば?」
     なんだそりゃ、と頭に疑問符を浮かべるアルベルトに、シアンはほんのり目尻を朱に染めた。
    「……要するに、た、互いの体液を交わしあった証を出せ、ってこと、だ」
     もうこれで察してくれと言わんばかりに俯くが、アルベルトには全く通じていない。
    「さっぱり判らん。血や唾液が混ざった証がなんで夢とか結ぶとかそんな言い回しになるんだ」
     もう少し噛み砕いて話せ、とさらに詰め寄られると、シアンは絶望的な顔をした。
     なんだこの鈍感さ。だから阿呆なんだこいつは!!
    「……さ、さっきのは、たまたま成功しただけで、本当のやり方じゃない……っ」
    「はあ?なんでだよ!書かれてる通りにやりゃよかっただろーが!」
     なに勝手なことしてんだ、と詰られて一瞬傷ついたように歪められた顔が、次第に違う感情に支配されていく。
     誰のためにわざわざあの方法を選んだと思ってやがるんだこいつは。ひとの気も知らねえで、勝手なことばっか言いやがって。
     いつもそうだ。こいつは何でも一人で突っ走るくせに、仲間や身内が従うのは当然、みたいな顔して、それを俺にまで求めてきやがる。
     俺は、こいつの仲間なんかじゃないはずなのに。

    ──ああ、本当に、こいつのこういうところが大嫌いだ。

    「──っ、どうでもいいだろクソッタレ!!死ね!!」
    「ぐは!!」
     シアン渾身の一撃が、アルベルトの横っ面を見事にとらえた。



    「え」
     シオン・N・エルフィールドは、いつもの温厚さを何処かに置き忘れてきたような冷ややかな視線を、同僚兼親友に向けた。
     あのあとどうにか無事にエンフィールドへ戻ってこられたものの、例の言葉の意味が気になって仕方がない。明確な答えをどうしても知りたくて、アルベルトはシオンに問うたのだ。
     一夜の夢を結んだ証とは何なのか、と。
    「なあ、教えてくれよ。お前なら知ってるだろ?」
     東国の武器を扱う彼なら、言葉の方も判るに違いないという非常にアバウトな人選である。
    「……いやまあ、知ってはいる、けど」
     急にどうした、お前。
     なんだか物凄く変な目で見られた。
    「ワケを話すと長くなるが」
    「……ならいい」
     なにやら面倒くさい気配を察知したのか、シオンはふるふると首を振った。
    「じゃ、俺はこれで」
    「待て!まだ話は終わってねえぞ!」
     サラっと流して立ち去ろうとしたシオンの肩をがっしり掴んで引き留める。
    「なんで教えてくんねーんだよ!」
    「なんで教えなきゃいけねえんだよ!」
    「オレたち親友じゃねえのかよ!」
    「親友同士で話す内容じゃねえんだよこんなこと!!」
     暫し不毛なやり取りが繰り広げられていたが、あまりのしつこさにシオンが音を上げたところで勝負はついた。
    「……一夜の夢を結ぶ、ってのは、東国のいろことばのひとつなんだ」
    「そこは聞いた」
    「……誰に?」
    「だ、誰だっていいだろ!!」
    「……ふーん」
     鈍感を地で行くこの親友にしては艶っぽい言葉を知っているな、と思ってはいたが。
    「体液を交わした証とかってのも聞いた。けど」
     それがどう結びつくのかさっぱり判んねえ。
    「……そうか」
     婉曲的に性を語るのは、恐らく何処の国でもある話だとシオンは思っている。だが、東国はその秘め方が非常に回りくどく、明け透けな物言いを好む人間には間違いなく通じない。
     それなのに、その回りくどい言葉をこの『明け透けな物言いしかしない』おとこに教えたのは、一体何処の誰なのか。
    「いろ、っていうのは色事。有り体に言えば性的な意味を持つ言葉ってこと」
     まあ『そういう』人からの言葉じゃなかったら、こいつはそこまで意識することもないと思うんだけれど。
    「で、夢を結ぶってのは、本来眠るとか夢を見るとかって意味になるんだけど、これに一夜の、ってつくとちょっと意味合いが変わってくるんだ」
     一旦言葉を切り、横目で親友の様子を窺ったが、まだピンと来ていないらしい。シオンは肩を竦めた。正直なところ、ここらでいい加減察してほしいと思うのだが、まあ無理だろう。
    「あるよなー。本来はなんてことないはずなのに、シチュエーションによっては意味深に聞こえちゃう、みたいなことってさ」
     お前がさっき言ってた体液ってのもそのひとつだよな、と意味ありげに笑ってみせた。
    「……は?」
     心底意外そうな顔をされた。いやマジかよお前。
     ともあれもう一押しだ。まあ要するに、と言って、耳を貸すよう隣の親友へ合図してみせると、馬鹿正直にでかい図体を屈めてきたので、しっかり視線を合わせてやった。
     にこり、と笑う。

    「一夜の夢を結ぶってのは──」

     鈍感なアルベルトにもはっきり理解できるよう、敢えて明け透けな言葉を選んだのは、単なる嫌がらせだ。

    ──ああ、俺って案外性格悪いよなあ。

     数十秒後、ぼん、と音が聞こえそうな勢いで、アルベルトの顔に朱が散った。



    ※○○しないと出られない部屋
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works