身長深津一成にはちょっとした悩みがある。あまりにも小さな悩みで、悩みって呼ぶのも少し大袈裟かもしれない。
それは、周りのみんながどんどん自分より背が高くなってきたってこと。
思い返せば、高3のIH前の最後の身体測定で、ラストスパートをかけて1cm伸びて、ついに180cmに到達した。あまりに嬉しかったから、IHの選手紹介にもそのまま書いた。
でもあれから7年、今じゃプロでプレーしてるのに、毎年の健康診断ではずっと180cmのまま。プレーに支障はないけど、チームの後輩たちは190cm超えばかり。
チームのSNS用の写真を撮るたびに、ネットのコメントはいつも「深津キャプテンちっちゃくてかわいい〜」で埋まる。
「俺!?180cm!?ちっちゃくてかわいいピョン!?」錯覚ってマジ怖いピョン。
「かわいくないピョン!」「一応180cmあるんだぞ!」
一之倉曰く:「深津、お前そんなに気にしてたのか?」
一之倉は卒業後、スポーツ関連の営業職についていて、普通の社会人としては171cmでも十分。
でも成長期のラストスパートでぐんと伸びて、176cmになった。三井には「高3のときに176だったら、もっと厄介だったな」って言われたこともある。
5cmなんて大した差じゃない。
いや、差はでかいピョン。深津があと5cm高ければ、三井より背が高いってことになる!松本との差も3cmになる!河田との差も13cmになる!…そして、アメリカのNBAで活躍してるあの後輩とも、あと10cm差になる…。
「そこまで気にするなら、同僚にシークレットシューズのおすすめ聞いてみようか?」
一之倉はいつだって優しい。「うちの会社にも170ない人いて、そういう情報詳しいんだよ」
まるで、「深津、お前は気にしすぎなんだよ」って言われてる気もしたけど、深津は根っからの好奇心旺盛なタイプ。
本当に「かわいい」って思われないためってより、単純に興味があった。
5cm背が高くなるって、どんな感じなんだろうって。
でも、靴が届いてからしばらく経ったけど、深津は一度も履かなかった。
そんな中、沢北が一時帰国することに。みんなで集まって焼肉に行く話になった。
深津は身長のことなんて、もうすっかり忘れかけてた。でも、せっかく沢北が帰ってきたんだし、「あの10cm差」を体感してみたくて、その靴を履いていくことにした。
集合場所から予約した焼肉屋まで、沢北はみんなと話してたけど、深津にだけは「先輩、背伸びました?」とは聞いてこなかった。
そうなんだよな〜、背が高い人にとっては、自分より低い人がどれくらい低いかなんて、あまり意識しないんだよね。見下ろす側は、案外身長差って気づきにくい。
他の人たちも、誰も「身長変わった?」なんて聞いてこない。一之倉だけが、深津の靴をチラッと見て、ウインクしたくらい。
まあ、一之倉が紹介してくれた靴だから当然だけど、結局、自分がちょっと背が高くなっても、誰も気づかないピョン!
深津はちょっと拗ねて、その夜は一番高いコースを頼んで、みんなで割り勘にしようと決めた。
でも、深津は気づいてなかった。一之倉が予約した焼肉店、なんと個室で靴を脱ぐスタイルだったのだ。
一之倉が先に気づいて、「あっ」と小さく声を出して、そっと近づいてきて「ごめん…」と囁いた。
関係ないピョン。靴脱いでも気づかれないピョン。
深津は動じず、沢北の後ろについて個室に入った。
沢北が振り返った瞬間、「あれ?深津さん、なんか小さくなったスか?」
はあああああ!?!???
なんで背が伸びたときは誰も気づかないのに、低くなった瞬間に気づかれるピョン!?
その場にいた野辺含む全員の顔が一瞬ピリッと固まった。
***
着席してからの会話で、一之倉は正直にすべてを話した。
今日の焼肉店が靴を脱ぐスタイルだったのを忘れたこと、
そして、深津がネットで「チームで一番小さい」「かわいい」と言われるのを気にしているらしいことを、他の数人にもこっそり伝えていたこと。
まあまあ、深津はそこまで気にしてない。
軽く冗談を交えながら、話をうまく流した。
「深津さん、今って身長どのくらいなんスか?」
あっ、ついに来た。この元気すぎる大型犬だけは、みんなが話題をメニューに向けたのに、身長の話しに戻してきた。
「180ピョン〜」深津は一番高いコースを眺めながら答えた。
「へえ、俺とちょうど15cm差スね!」沢北が笑顔で言う。
「15cm差って、キスするのに一番いいって聞いたことあるよ?」
深津は顔を上げて口を開けたけど、何も返せず、その前に顔が真っ赤になった。
「深津さん、かわいいスね」
…まあ、かわいいって言われるのも、悪くないかもピョン。
深津は高級コースのページをそっと閉じ、一番高い日本酒を注文した。
おわり