僕の家族シュウは、学校で『家族』について作文の宿題を出された。文章を綴るのが一番苦手なシュウは、出された後暫く苦戦しながらも、ヴォックスやアイクの事を一生懸命書いて完成させた。
後日、提出期限日に間に合わせて先生に渡した。
するとその日の帰りの会で、先生から居残りを言い渡されたのだ。
心当たりがないシュウは、なんだろう、と内心ドキドキしながら待ってると、教室に先生が入ってきた。
その顔は、少し怒ってるような感じだった。
「シュウくん、今日どうして残されたかわかる?」
「…いいえ」
先生は、ハァ、と溜息をつきながら一枚の紙をファイルから出した。
それは、シュウが今朝提出した作文だった。
「これ、先生読んだけど御家族はこの作文読んで、喜ぶと思う?」
「え…?」
「『家族』とテーマにしたけど、どうしてご両親のことを書かないの?クラスの子は皆、ご両親の事をたくさん書いたけどご兄弟のことを書いたのはシュウくん、あなただけよ。」
もう一度、ちゃんと書き直してきなさい。
先生に新しい作文用紙を渡され、それを受け取る。
そして、シュウが頑張って書いた作文は無かったことにされた。
まるで、自分の大好きな兄達のことを否定されたようですごく悲しかった。
次の日、シュウが休み時間教室で作文を書いている時
「ねぇ、シュウくん」
クラスの女の子に、声を掛けられる。
「…なに?」
顔を上げれば、そこにはクラスのリーダー格的存在の女の子がいた。シュウはその子が少し苦手だった。
「シュウくんって、どうしてあそこのお家にいるの?」
「…え?」
急な話に、頭が真っ白になる。どういう意味?と聞けば
「だって、シュウくんのお母さん違う人でしょ?しかも出ていってもう居ないって、うちのママが言ってたよ。なのにどうして、シュウくんはまだあそこにいるの?」
シュウの母親は、ヴォックスやアイクとは別だった。シュウが産まれてからすぐに置いて出ていったらしい。正直記憶なんてほぼないし、聞かされた時はそれなりに悲しかったけど、兄2人が愛情を込めて育ててくれてる事に感謝していた。
だから、作文でも両親じゃなく大好きな兄二人の事を書いたのだ。
「えっと…僕はヴォックスやアイクと家族だから…」
「でも血は繋がってないんでしょ?それって
他人っていうんじゃないの?」
うちのママが、そう言ってたよ!
まだ心も出来上がっていない成長途中のシュウにとって、その言葉は、どんな刃物よりも深く刺さった。
滅多に泣かないシュウが、今にも溢れ出しそうな涙を必死に堪えて
「……そうなんだ」
と、それだけしか答えることができなかった。
放課後、もちろん作文は出来上がっていない。
しかも先生から、明日だったはずなのに急に今日までと言われたのだ。
だが、今日は弟の迎えがあるから残れないと先生に伝えたが
「あのね、本当はこの前だった提出を先生は延ばしてあげてるのよ?それに、書けなかったのはシュウくんが悪いでしょ?」
突き返され、弟達の迎え時間ギリギリまで教室に残って作文を書いた。
でも結局、兄二人への感謝の気持ちしか浮かばなかったシュウは、今日の悲しみと先生への少しの反抗心でこの前と同じ事を書いて、教卓の上に起きミスタとルカを迎えに急いで走った。
***
「気をつけて帰ってね〜!」
無事に間に合い、ミスタとルカの手を引いて帰るシュウ。
2人は今日の幼稚園での出来事を、歩きながら一生懸命話す。
「シュウ!きょうはね、えをかいたんだ!」
「おれも!ぽーぐなえができたよ!」
「二人はなんの絵を描いたの?」
シュウが何気なく聞き返せば
「「ままだよ!」」
喜んでくれるかな!?と楽しそうに話す二人
途端、シュウはクラスの子に言われた言葉を思い出す
『他人じゃないの?』
今手を引いてる2人は、兄2人と、シュウとは別の母親から生まれた双子だった。それに今だって、仕事で色んな国を飛び回りながらも毎年誕生日や行事毎には、ミスタとルカに手紙やプレゼントを送ってくれる良い母親だった。
ヴォックスとアイクの母親は、もう亡くなっているが聞く限り素敵な母親だったと時々話してくれた。
シュウは、自分が如何に他の兄弟と『違う』かを突きつけられたようで、苦しかった。それに作文のことも思い出し、もう心は既に限界だった。
家に帰る足取りが、こんなにも重いなんて初めてで帰る頃には辺りは真っ暗で、既に兄2人が帰宅していた。
「「「ただいま〜」」」
玄関先で声を掛ければ、中から二人が出迎えてくれた。
「おかえり〜!寒かったでしょ、お風呂湧いてるよ」
「おかえり、俺の愛おしい弟達」
さあ、今日も美味しいご飯があるよ、手を洗っておいで。と優しく声を掛け、ミスタとルカは一目散に走って洗面所へ向かう。シュウも靴を脱いで、手を洗おうとすると
「あー、シュウ?ちょっと俺と話さないか?」
ヴォックスに呼び止められ、アイクもどこか心配そうにこっちを見てくる。
なんとなく、嫌な予感はした。
ミスタとルカは別の部屋でアイクが遊び相手をし、リビングでヴォックスとソファに座ってシュウは
「話って、何?ヴォックス」
「ああ、いやさっきシュウが帰ってくる前に、先生から電話があったんだ。
作文が、書き直されてないと。」
それを聞いた瞬間、シュウの顔は真っ青になる。
まさか先生が、家にまで電話を掛けてくるとは考えてなかったのだ。
(…僕、失敗しちゃった)
(ヴォックスに捨てられちゃう、)
(他人だから、僕はいらないって)
どうしよう、どうしよう
グルグルと頭の中で正解の言葉を探すも、上手く見つからずにいれば
「…、シュウ、シュウ!」
「っ、え、」
「ああ、大きい声を出してごめんね。だが、どうか泣かないでくれ。私は、お前の事を叱ってるわけじゃないんだよ」
ヴォックスに言われて、シュウは初めて自分の顔が涙で濡れてる事に気付いた。
ギュッ、とヴォックスの大きい体に抱き締められ
「大丈夫、怒ってない。だから、どうして泣いたのか教えてくれ。
なにが、今悲しい?辛い?ゆっくりでいい。いつまでもお前の言葉を待つよ」
シュウのまだ小さい背中をヴォックスがあやす様に擦りながら、言葉を待てばシュウが少しずつ言葉を漏らす
「学校で、作文だされたんだ」
「ああ。」
「家族がテーマで、ヴォックスとアイクの事を書いたよ」
「それは嬉しいな、いつ読んでくれるんだ?休みを取ろう、きっとアイクも喜んでくれる」
「でも、ダメって言われちゃった」
「…なんだと?」
どうしてだ?ヴォックスが少し低い声で聞き返す
「先生に、両親じゃないとダメだって、こんなの書いても、ヴォックスやアイクは、よろこばないっ、て、…っ、!」
嗚咽を漏らしながら、悲痛な声で伝えようとするシュウに胸が痛くなると同時に、担任への怒りが湧いてくる。
元から、あの担任はどうも気に食わなかったのだ。最初の面談でも、感じの悪い対応だった為気にはなっていたが、まさかここまでとは思わなかった。
ヴォックスがどうしようかと、考えてればシュウはまた続けて言葉を話そうとする。だが、ひっぐひっぐとしゃくり上げる声に胸が痛くなり
「シュウ、急がなくて良い。大丈夫だ、俺がお前の話を聞かなかったことがあるか?ん?ゆっくり息を吐いて、そう、上手だ。」
呼吸を整え、話しやすくなったシュウがまたポツポツと話すが、次の言葉にヴォックスはつい怒り狂いそうになった
「僕はっ、他人だっ…て、言われた」
「……なに?」
「クラスの子に、シュウくんは、どうしてあそこのお家にいるの?って…僕は、お母さんが違うから、他人だって……
ねぇ、僕はヴォックスやアイクの弟じゃないの…?ぼくの家族は、どこにいるの?」
いやだ、ここがいい……
話し終えた後、シュウが珍しく強い力でヴォックスのことを抱き締め返した。
まるで、捨てないでと縋るように。
そんなシュウの姿に、ヴォックスは自分まで涙が出そうになった。
シュウは小学生なのに本当によく出来た子で、自慢の弟だった。もちろん、他の兄弟も同じくらい愛おしい存在だった。
「当たり前だ、捨てるもんか。お前は俺達の家族だよ、本当だ。親権は俺が持ってるからな、いつだって頼っていいんだよ。シュウが出て行くと行っても、絶対に家から出さないからな。」
俺はお前達弟が、本当に大切なんだ。
だから、これからも大事にさせてくれ。
シュウが背負ううには、まだ大き過ぎる傷を少しずつ癒すように、言葉をかけるヴォックス。
きっと、心が完全に回復とはいかないかもしれない。なにせ子供の世界にとって親はどうしても、いないと分かればハンデになってしまう。
それだけ、シビアな世界なのはヴォックスも理解はしていた。
だが、まさか学校のクラスでこの事を知っている子がいるなんて知らず、火種は早めに消さなければなと考え
「シュウ、お前にそれを言ったこの名前を、教えてくれるか?ん?」
「……〇〇ちゃん」
「ああ…あの家の子か」
どこか納得したヴォックスを、泣き腫らした目で心配そうに見るシュウにニコッと笑い
「何も心配することは無い、きっと明日からは全ていい事だけだ。それに、作文も凄く楽しみにしているよ」
さあ、お腹が空いただろう。顔を洗ってご飯にしよう。
ヴォックスはシュウを連れて、洗面所へと向かった。
***
ヴォックスが今日の出来事を、アイクに一言一句違えず伝えれば
「はあ!?なにそれ!僕の可愛い弟になんてこと言ってくれてるの!?作文なんて自由でしょ!」
「お、落ち着けアイク「落ち着いてられるわけないでしょ!その担任と、その家、今すぐに潰したいくらいだよ」
アイクが怒るのも無理はなかった。
シュウが、他の兄弟と母親が違うだけで自分達に引き目を感じる日が、いつか来るんじゃないかと彼が一番心配していたから。
そしてその日が来るのが、予想してたよりもあまりにも早かったのだ。
「で、どうするの?まだあの学校に通わせるの?」
僕からすれば、今すぐにでも転校手続き出したいんだけど
苛立ちながらヴォックスに言えば
「いや、その心配は無い。先程手は打った」
ヴォックスがアイク以外の弟達には絶対に見せないほど、悪い笑顔でにっこりと笑う。
「わーお…さすがだねヴォックス。ならもう大丈夫かな」
「ああ、作文も近々読んでもらえることだろう」
「シュウが僕達のこと書いてくれたの凄く嬉しいよ、録画も撮らなきゃだね」
「そうだな、また一つあの子の思い出が増える」
二人はそう言って笑った後、シュウの部屋に行って寝顔にキスを落とし
「おやすみ、明日からはきっと楽しい事だらけだ」
兄二人は、可愛い弟の為ならどんな事でもする。
例えそれが "危ない事"でも。
次の日、シュウの担任は昨日退職届けをいきなりだし、女の子は家の事情で遠い所に引っ越したと、朝新しく赴任してきた先生がそう伝えた。
その先生は、凄く優しくてシュウの作文も
「とてもいいご兄弟ね、きっと喜んでくれるわ!」
真っ直ぐに褒めてくれて、シュウの心は明るくなった。
家に帰って、シュウがその事を嬉しそうにヴォックスに伝えれば
「よかったな。ほら、何も心配はなかっただろう?さあ今日は、どんな事をして過ごしたか教えてくれ」
「今日は、作文持って帰ってきたんだ。ヴォックスとアイク、聞いてくれる?」
「なに!?もちろんだ、ああすぐに準備しよう。アイクを呼んできてくれるか?」
「うん、わかった」
ヴォックスはいそいそとリビングを片し、アイクが部屋からビデオカメラを持ってきては設置して、2人でソファに掛けシュウの事を暖かい目で見つめる。
作文用紙を開いたシュウが、照れながらも口をいつもより少し大きく開き、発表する。
『僕の家族』