無自覚にもほどがある【サンプル】
「俺、先生のことが好き」
ある日の任務の帰り、教え子から言われた言葉。振り向いた先にあった見慣れた顔は、今まで見たことがないくらい真っ赤に染まっていた。ただの親愛としての「好き」ではないことは明白だった。
もちろん悠仁のことは好きだし、大切に思っている。今必死でこちらを見てくる赤い顔もかわいいなと思うけれど、それはあくまで教え子としてそう思っているだけだ。
僕はそう結論付けて、アイマスク越しにも視線を合わせてくる教え子の方を向いて笑みを返した。
「僕も悠仁のことは好きだよ」
目の前で真っ直ぐこちらを見つめる瞳に、わざと軽く返す。意地の悪いやり方だが、これで引き下がってくれればどちらにとってもなかったことにできる。そう思ったけど、やはりそうはいかなかったようだ。僕の言葉を聞いた悠仁は、ぐっと口元に力を入れ、それでも必死で食い下がった。
「っそういうんじゃなくて……恋愛的な、意味で、なんだけど……」
珍しく、言い淀む。真っ直ぐすぐこちらを見ていた視線がだんだん下がっていく。顔は相変わらず赤いままで、いつもと違う表情に見入りながらも、ふーっと息を吐く。そんな姿を見せられては、真摯に向き合うしかない。
「悠仁のことは好きだよ。でも、そういう好きじゃないんだよね」
ごめんね、と伝えると、悠仁はわずかに動揺した後更に顔を赤くして、最後に申し訳なさそうに笑った。よく動く表情は僕の目には大変好ましく映ったけど、最後の表情には胸が少しだけ痛んだ。ああ、傷つけてごめんね、と思ったけれど、その感情自体馴染みのないものだった。それほど、僕は悠仁のことを大事に思ってるんだなと、他人事のように思った。
そもそも、恋愛ごとで僕の胸が痛むことなんてそうない。今までの恋人と別れる時だって、こんな気持ちになったことは一度もない。自分からでも、相手からでも、別れの時はいつでも、決定事項をお互いの中で確認するだけだった。相手の方はそうはいかなかったようだったけれど、僕の中では別れという結論がどちらかに出てしまった時点で、それ以上でも以下でもなかった。だから、心が痛むことはなかった。
まあ、大事な教え子からこんなに真摯に気持ちを向けてもらったことなんて今までないから、初めてそう感じるのは当然なんだろう。
「そ、そうだよな、ごめん、俺なんか勘違いしちゃって」
「勘違い?」
「や、その、伏黒と釘崎に、五条先生のことが好きなこと相談してたんだけど」
悠仁たち1年生は本当に仲がいい。放課後の教室で、机の上にお菓子を広げて3人で楽しそうに話しているのをたまに見る。寮の共有スペースでも同じように話しているのを見たことがあるから、そういう時に相談していたのだろう。
悠仁が僕のことを好きだなんて言ったらば、「あんな奴のどこがいいのよ!」と大声で叫ぶ野薔薇と、「五条先生はやめとけ」と真剣な顔で詰め寄る恵の姿が容易に想像できる。
それを振り切ってまで告白を選ぶなんて。そんなに僕のことが好きなんて、嬉しいとは思うけれど。
「五条先生も絶対俺のこと好きだから早く告れって言われてさ……そんな訳ないのに調子乗ってこんなこと言ってごめん!忘れて!」
「……え?」
予想していたこととは全く違う内容の言葉を僕に投げつけ、悠仁は後ろを向いた。
え、ちょっと待って。今なんか聞き捨てならないこと言わなかった?僕が……なんて?
「あ、気にしないでっていうのは難しいと思うけど……できれば、今まで通りにしてもらえると嬉しい」
そんな僕の動揺に気づかず、悠仁は振り返ってにっこりと笑った。かわいい。いや違うでしょ僕。そうじゃなくて。
「じゃ、五条先生また明日な!任務お疲れさまでした!」
「ゆ……」
話しかける間もなく、風のように悠仁は寮に消えていった。ピューっと効果音がついてたかもしれない。すごい速さだった。足が速いのは悠仁の長所だけども。
「…………え?」
一人になった僕の虚しい独り言が宙に浮いた。なんだって?