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    chilumiluv

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    chilumiluv

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    ほたとにょたるが化粧する話

    移る紅咲く花の園⚠️女体化タル×蛍(精神的蛍タルかもしれない。)
    ⚠️タルタリヤが乙女すぎるので、女体化OKな人の中でも、女体化してもタルタリヤはタルタリヤだ()派の人は読まないことを推奨します。
    ⚠️女体化してるのは、タルタリヤと鍾離。
    ⚠️読了後の批判を受け取りません。














    「ねェ、タルタリヤは化粧とかしないの?」
     血を払い、剣の刃毀れを確認しながらのその言葉。その言葉の意味と、あまりに可愛げの無い行動との齟齬に、タルタリヤは返答する事も忘れて吹き出してしまった。
    「ちょっと、なんで笑うの」
    「だって……笑わない方がおかしいでしょ」
    と、返しながら、タルタリヤも頬についた返り血を手の甲で拭った。
    「刃毀れ確認しながら、女の子みたいなこと言うから」
    「私たち、女の子だよ」
    「……そうだったねェ」
     手の中の双剣は、主人が手放したと同時に形態を保っておられず大気中に溶け込むように消えていく。首元に汗で張り付く髪を払い、タルタリヤは一つ息を吐いた。
     心地いい戦闘の余韻。ぞくぞくと駆け上っていた高揚感がまだ身の内を蠢く。討伐依頼を片付けた後は昂る熱を発散する方法に悩むもの。しかし、戦士と呼べる人間が二人もいるのだからこの後にやる事なぞ一つであろうに、そんな折に飛び出した話題の内容にタルタリヤは辟易とした。
     正直に、そんな話はつまらないと、言おうか。
     雑に払った髪が舞い戻り、再度首に張り付く不快感と相まって、幼さ残る彼女の顔には僅かに苛立ちが走っていた。
     この性であることを呪ったことも無ければ、今になって不自由に感じたことも無い。細い体躯で一つの威力が男共のそれに至らずとも、身体のしなやかさと身軽さを意識し、手数をもって捩じ伏せればそこらの精鋭なぞ敵では無かった。この地位に立つまでに数多の敵を屠れども、そこに単純な性差が付き纏うことは無く、タルタリヤという名と「公子」という称号が女皇からの答えであると自認していた。
     女など、当に放棄したとも言えるのだろうか。そこら辺の線引きすらも、タルタリヤにとってはどうでも良い事。
    「相棒、そんなつまんない話よりもさァ、早く手合わせしようよ」
     一度は終息させた水元素を、再度束ねて練り上げ、手によく馴染んだ双剣を握り込む。
    「俺に勝ったら、何でも聞いてあげるからさァ」
     目の前に立つ少女の肩が動く。大方、先の自分のように、大きな溜息で幸せを一つ逃したのだろう。刃毀れの無い至極純粋に研ぎ澄まされた剣の切先が、此方を睨める。
     身体の芯から痺れるような、五臓の奥からじりじりと焼かれるような高揚感。彼女からは、いつもこの新鮮な感情に心を揺らされる。
    「私、もっとタルタリヤと仲良くなりたいって思ってるんだよ」
    「今まさに、仲良くなろうとしてるじゃん」
     蛍の瞳は胡乱に冷めて、「もういいよ」と唇が動く。たんッと地面を蹴って空を舞う白い戦衣装が、青墨の瞳の中で翻った。


     相棒がこんなにも、化粧とやらに執着しだしたのは何故だろう。
     タルタリヤは一人、カフェ・リュテスのテラス席、微かに水面揺れるコーヒーカップの中へ角砂糖を置いたティースプーンを沈めていく。氷山の一角さえも見えなくなった頃、二、三度スプーンを弄んでくるくると回したところで、二人連れが談笑をしながら目の前の席に座った。
     やはり、スメールの影響だろうか。タルタリヤは、以前妹のトーニャの土産を見繕うために立ち寄った出店を思い出していた。スメールでは、鮮やかな宝石を粉にする。細かくなった宝石の粉は、スメールの茹だる日射の中で眩く煌めき、妖しげなその輝きは女性たちを虜にしていた。土産を選んでいたその最中も、並んだコスメボックスの中を覗いて感嘆を漏らす女性たちは数知れず。飛ぶように売れていく様子を目の当たりにしていた。その時は結局、入れ違いに客が手に取っていくコスメボックスの中でも一際人気が高そうな物を冬国への伴にしたのだが、タルタリヤからすれば、パレットなるものを開いてみてもその違いはよく分からなかった。若干の色味の差はあれど、それが自身の顔をキャンバスにした時、どのような効果を発するのか。さっぱり検討もつかない。そんな相互作用を考える事よりも、戦場でも立ち振る舞いを頭の中で思い描く方が彼女の中ではよっぽど有意義で夢心地な時間なのだ。
     タルタリヤは、カップに唇を付けた。目の前で語らう乙女たちから風に乗って甘い香りが漂う。これは話題の調香師が手掛けた一品なのかなと、頬杖を付く幼さ残る顏は興味が惹かれたことを示していた。
    「公子様」
     その声がしてやっと、タルタリヤは自身の傍に立つ二つの人影に気がついた。誰かの気配すらも感知できないほどに夢中になっていただろうか。しかし、タルタリヤは人影が誰かに気がつくと僅かに苦笑しながら振り向いた。
    「やあ、リネ。リネット」
    「ご機嫌いかがですか、公子様」
    「お陰様で。この前はありがとう。暖炉の家の子たちには、随分と世話になった。また今度お礼をさせてくれ」
    「お気になさらないでください。先の一件で我々暖炉の家が神の心を手に出来たのも、公子様の御功労あってのことです」
     朗らかな笑みを浮かべる双子は、薄らと緊張の面持ちを見せていることを、タルタリヤは逃さなかった。あの召使からのプレッシャーを一身に受ける身であるリネならば、幹部との接触は慣れたものだろう。まして、タルタリヤとは武芸の稽古もつける仲だ。それなのに緊張滲む面持ちなのは、取り繕われた大魔術師の仮面の下が未だ幼さが残るせいか、はたまた——。そこまで考えてから、タルタリヤはふっと笑みを浮かべ、目の前の席を手で指す。
    「もし、時間が許すなら、一緒にお茶でもする? 俺が奢るよ」
    「ですが……」
    「少し聞きたいことがあって。特にリネットにね」
    「リネットに」
     妹の名が出たことで、リネの纏う空気は些か冷たく尖った。公衆の面前であるためか、その空気は戦場で感じる馴染み深いものよりも微かにまろやかだった。それを感じた瞬間に身体の奥底から湧き上がるゾクゾクとした高揚をタルタリヤは何とか抑え込む。ここで剥き出しにしたところで困る者は少ないが、いつぞや同じような状況に直面した際に相棒である少女から言われた「はしたないよ」という言葉が頭を過った。
    「……あァ、違うよ。全然、ファデュイとは関係ないから安心してくれ。個人的な興味でさ、化粧品について教えてほしいんだけど」
    「えっ」
     タルタリヤの言葉に先に食いついたのは、リネットだった。いそいそとタルタリヤの隣の席に着いたリネットを見て、リネは「えぇ……」と唸りながらも観念したかのようにその隣に座った。それを確認したタルタリヤは、にっこりと笑みを深めた。
    「公子様は、そういった嗜好品にはご興味がないかと思っていました」
    「うん、全く興味無かったんだけど……最近、状況が変わって。フォンテーヌの化粧品について教えてほしい」
    「状況が……」
     何か潜入捜査で行き詰まったことでもあるのだろうかと、リネはタルタリヤの様子をチラと観察する。
     ファトゥスの序列に最年少で名を連ねる「公子」の言動は、若い兵の中では噂の種として最前線を征く。一種のブランドとも言えるだろうか。軍部の若者の中でも追随を許さぬほど鮮烈な武功を立てる武人。輝かしく恐ろしい功績の奥で陰る彼女自身の素顔には、薄いベールがかかっていた。だからこそ、公子のプライベートに踏み込んだ噂は、若い兵の中ではもっぱら人気なのだ。かくいうリネとリネットも、そんな若い兵の中の一人。噂の的である彼女のプライベートに踏み込める機会などなかなか巡ってこないのだ。
    「スメールの化粧品に触れたことはあるんだけど、フォンテーヌも美容品の市場価値は高いだろ? 最近やたら化粧をしないのかって聞いてくる子がいてね。でも、俺がそんなものしてるわけないし」
    「え……化粧、してないんですか」
    「してないよ」
     なら、「そのキメの細やかな肌は何が由来で」と、リネットは呆然と呟いた。常にカロリーと戦いステージの閃光を浴びるリネットにとって、体型の維持と美容には尽力を惜しむことはない。そんな中、陰ながら羨望の眼差しを向けていた相手と美容について語らえる機会を得られたのだから、リネットの心はそれはもうパチパチと弾けるポップコーンのように湧き立っていた。しかし、本人の口から零れた信じられない言葉にパチパチと瞬きを繰り返すしかない。聞きたくない、その言葉が示すことが本当にそういう意味なのだとしたら。だが、それよりも先にリネットの口からは疑惑が舌を打って零れてしまった。
     リネットの言葉に、タルタリヤは彼女と同じようにパチパチと瞬きをする。初めて言われた言葉の理解が及ばずに、思わず自身の微かに薔薇滲む頬を指先で撫ぜ、そして、
    「……生まれつき?」
    と、その言葉が耳に入ったリネットの頭を真っ白にした。
    「え、リネット……大丈夫?」
    「公子様……」
    「な、なに」
     全てを聞いていたリネは、もちろんリネットの心の声も考えも全てを理解している。それ故に、タルタリヤへ失望の視線を向ける。
    「それは、あんまりです」
    「何の話⁉︎ 今、どうして俺の株落ちたの⁉︎」
    「……スキンケアは」
    「え?」
    「スキンケアは、してるはず」
     こうなれば、何かしら特別な処置をしていることにしたい。リネには、タルタリヤに向けるリネットの執念深い視線からそんな声を読み取った。
    「……え……石鹸の話? 支給されてるよね」
     「ほら、アレ」と呟いたタルタリヤが示す石鹸を、もちろん彼らは知っている。身体も髪も全部丸洗いできる仕様のものだ。皮膚はヒリヒリと乾燥しやすく、髪に使ったら最後キューティクルを根こそぎ絶やしてやるという意志を持っている軍配給の品である。
    「公子様……」
    「酷すぎる……」
    「ねぇねぇねぇ、さっきから何? え、待って。どこ行くの?」
    「任務思い出しました……失礼しますね」
    「そんな忘れるような内容の任務、大丈夫?」
    「私も、任務があったの思い出しました……差し支えなければ、フォンテーヌのスキンケア初心者セット、あとでお渡ししますね」
    「その苦笑い、何?」
     「え、全然聞けてないんだけど! もっと話したいのに!」とぼやく上官を置いて、双子はそそくさとその場を退散していく。等身大の人間然とした憧れの君の一片を前に、ほんの少しばかり安堵を抱いたことは二人の共通した気持ちとなった。











     確か、とタルタリヤは眉を顰めた。
     夜も明けぬ暗闇の中、偵察へと向かった先遣隊からの報告を受け、討伐時刻までの数分。スネージナヤの凍てつく空気は、息を吸い込むたび、肺胞の隅々までも凍らせるほどだった。久しぶりのこの感覚にタルタリヤは薄ら笑みを浮かべたが、先ほど頭に浮かんだ情景が再度蘇ってくる。

     それは、かつて璃月に君臨していた女帝の化粧直しの光景だった。あれは、いつだったか。もはや思い出すのも僅かに難儀になるほどの付き合いになったことが嬉しくもあり、複雑でもある感覚にタルタリヤは苦笑する。
     相棒である少女の旅路に同行した時のこと。
     璃月の珉林。仙人の御膝元であるその場所は、璃月の民も滅多に近寄ることは無く、天を仰ぐほどに切り立った岩山の合間を木霊するのは、四人分の鈴の声、劈く魔物の雄叫びに、人理を無視した邀撃の音。
    「ねえ、何で手伝ってくれないの。何の為について来てもらったと思ってるの?」
    「今度相棒と手合わせする時、どうやって動こうかなァって動き見てた」
    「向こうに蛍光虫が閉じ込められた琥珀があってな。物珍しくて」
    「オイラ、お腹すいた」
    「協調性って、知ってる?」
     険しく眉間に皺を寄せた蛍は、奔放な三人の前に仁王立ちする。ご立腹な少女の唇から零れた言葉に、タルタリヤはため息を吐き、猫の子のようにふわふわとした髪の毛をくるくる指に巻き付ける。
    「俺、本当にそれ嫌。個性を殺すよね」
    「黙って」
    「相棒、脚の筋肉、バランス取れてなくない? ちょっと向こうまで走ってみて」
    「いやだよ。今の見てた? 岩兜、単騎してたの」
    「腕の筋肉は……前よりしっかりしてきてる……」
    「会話して」
     嫌々と離れようとする蛍を無視して、むにむにと力の入っていない細腕をとる女を横目に、パイモンは岩肌に背を預けた鍾離の元へと辿り着く。
    「わ、それ、新しい紅か?」
    「うん? あぁ、新作だ。今回は店も自慢の一品で、原料にしている紅花の純度が今までで一番高い」
    「へぇ……あ、光が当たってるところ、なんか……すっごく綺麗だけど、今まで見たことない不思議な色になってるな」
    「玉虫色と言う。見たことあるか?」
    「うぅん……名前は聞いたことがあるけどなぁ……蛍っ、玉虫見たことあるか? オイラ、見たことないんだけどっ」
     距離の空く場所へとパイモンが声を投げかける。未だ攻防を繰り返す二人は、もはや戯れ合う子猫のようにもつれあっていた。その無邪気な笑顔を見れば、そのどちらもが血を浴びることに慣れた生粋の戦士であることを忘れてしまう。
    「私、見たことない」
    「俺も無ァい」
    「そもそも玉虫って何」というタルタリヤの言葉に、「虫。」と蛍が短く答える。
    「それは知ってるの。意地悪しないでよ、相棒」
    「緑の羽の虫らしいよ。薄い層が何枚も重なっていて、本来の色は緑なんだけど、光の加減で色んな光沢が見えるんだって」
    「へェ、あっ、あれと一緒? 星螺のさ、キラキラしてるとこ」
    「あぁ、察しがいいな。あれと同じ原理だ」
     にこりと微笑んだ鍾離は、小さな手鏡を覗き込み、すうっと小筆で唇をなぞった。艶やかな赤だ。唇に灯ったその瞬間、深い赤へと変化して蠱惑的な光沢を放つ。ゆっくりと馴染ませるように唇を擦り合わせる。その様子を、タルタリヤはぼうっと眺めていた。目の前にいる女の素顔を見たことがあるのかはタルタリヤ自身にも分からない。しかし、元の美貌も言葉にすることさえ烏滸がましいほどであることは確かなのに、わざわざ何かを塗る必要はあるのだろうかと思わないことも無いが、化粧によって完成する美という概念があるのならば恐らくはこの光景を指すのだろうと、呆然と眺めていた。
    「……ねェ、何かそれ意味あるの?」
    「意味?」
    「だって、先生って何もしなくても綺麗なのに」
     ぱたんと手鏡を閉じた鍾離は、ふふっと春風のような笑声を零した。
    「褒めたのか?」
    「褒めたというかァ……事実? ね、相棒」
    と、タルタリヤは頭ひとつ分ほど下の方へと視線を落とした。鍾離を見上げる小さな顔。何度も見てきた真っ白な頬は、桃のように熟れている。いつもきらきらと煌めいている蜂蜜の瞳は、鍾離の唇に釘付けだった。僅かに眉に力が籠もり、その金のつむじをつんっと突けば我に帰ったかのように此方を金が見つめ返した。
    「意味、になるのかは分からないが……」
    と、鍾離は手鏡を仕舞いながら、懐かしむような声色で思い出を語る。
    「旧友が紅を作ってくれたことがあってな。私に似合うように調合したと自信満々で言うものだから、そいつの目の前でつけてやった。そうしたら、あいつ」
     岩肌から背を離した鍾離は、そこで言葉を区切ると、ついっともう一度自身の唇をなぞった。
    「私の紅の塗り方が下手だとな……とても似合うのにそんなに雑に塗ったらもったいないでしょっと言って、その後、塗り直してくれたんだ。絡繰を作るのが好きな奴で手先は器用だったから、私よりも塗るのは確かに上手かった。だから」
     鍾離は、後ろで束ねていた髪を手元へするりと引き寄せた。丁子のように艶やかな焦茶髪をゆっくりと梳きながら、「次は、上手くなったと言わせてやろうと思っている」と小さく呟いた。
     きっともうこの世には居ない人、と頭に浮かんだ言葉を、蛍も口には出さなかった。鍾離が一人、殻に籠るようにして過去を見つめるその時は、誰とも分かち合うことのできない寂寞が彼女を纏う。「誰よりも傍に居た人だったの?」とだけ声にした蛍に、鍾離は「まあな」と笑みと共に返した。
    「……そうだ。これ、お前にも合いそうだな」
     顔を上げた鍾離は気を取り直したように、同じ目線にある冬国の乙女の顔をじいっと見つめた。至近距離に迫った傾国に、たじたじと僅かに後退ったタルタリヤだったが、すぐにその距離も詰められる。
    「近い、近い近い」
    「うん……、動いてくれるなよ」
    「えッ、いや、俺は。……相棒」
     本格的に避けようとしたタルタリヤだったが、ぎゅっと腰に抱きつき動きを封じ出す少女と後頭部を押さえる小さい温もりに抵抗することを諦めた。
    「えェ……んむ」
     唇を撫でる小筆の感覚。ぬるりと、柔らかな毛並みが唇がなぞる感覚は、こそばゆくもある。とんとんと、筆で馴染ませる時間。じっと此方を見つめる悠久の琥珀を直視することもできず、視線だけは自身の胸を枕にして此方を見上げるもう一つの金の目に下ろす。
    「先生、終わった?」
    「あぁ」
    「タルタリヤ、こっち見て」
    「ぐッ」
     白い手が伸びて胸ぐらを掴まれ、引き寄せられる。溶かした金が混ざり合う鏡面のような瞳の中に映る北方の女は、いつも鏡に映った時に見る女とは雰囲気が違っていた。ずっと引かれた紅の鮮やかな色彩は、僅かに日焼けし雀斑の散る頬すらも全てを溶かして魅力に変える。一瞬にして印象が変わった自分の顔を見て化粧が道楽に過ぎないという考えは甘かったかなと考えていれば、此方を覗く少女と視線が噛み合った。
    鍾離を共に眺めていた時の顔、あの時よりも僅かに紅潮した頬。眩しいぐらいに此方を見つめる金は、ゆっくりと柔く虹がかかるように弧を描く。
    「似合ってるね、かわいい」
    と、薄い桜の小さな唇がそう呟いた情景が、タルタリヤの記憶の片隅で蘇った。
    「公子様」
    「分かってる、隊列を組み直せ。先陣は俺が行くけど、俺の足を引っ張ったら、捨て置かれると思ってよ」
    「……承知、しました。御武運を、女皇陛下の名の下に」
    「あァ、君も。女皇陛下の、名の下に」
     思い出したかの頃の蛍の顔と、先日のむくれた頬をする蛍の瞳は、確かに同じものが映っていた。今度会った時の事を考えながら、タルタリヤは微かに鼻歌を歌いつつ臨時拠点であったテントを出る。
     黒いフォックスファーに手を掛け、フードを脱ぐ。そのままコートも脱ぎ捨てて、タルタリヤは精鋭達の王道を歩いていく。今この場の指揮権は彼女にあり、彼女が歩いた道筋は輝かしい戦績となり、後の高名となる。
     何故、鍾離のことを思い出せたのか。思い出す事も難しいほどに、タルタリヤの中では取り留めのない記憶であったのに。
     タルタリヤは一人、眼前の氷河を切り裂くクレバスの中、躊躇うことなくその身を投げる。果てしなく底の無いように思える極寒の空間で、金青の瞳はその姿を捉えていた。凍てつく荒れた雪山と見紛うほどに隆々と筋骨が浮き出た背。一掻きで山を両断する事は容易いと見える翼。討伐対象である雪原の竜は、瞳孔を細め、自身の領域に飛び込んできた無礼者を見つめていた。



     稲妻の離島の風は、いつも僅かに肌寒い。その風は、通りを行く人々の合間を縫って流れ、待ち人が来るであろう方向を見つめる茶の髪の乙女にまで櫻の花弁を届けていった。
     初めて購入したメイクボックスの端に落つ櫻の花弁を指で摘み、ふっと風の流れゆく方向に離し目で追っていれば、彼女の青い瞳の中、待ち人の姿が目に映る。
    「あ、相棒!」
    パチンっと軽やかな音を立て、タルタリヤは手の中の品を閉じた。
    「タルタリヤ、久しぶりだね」
     傍まで歩み寄った蛍は、自分を待っていた少女のようにあどけない笑みを浮かべる女を見上げて、ふっと微笑んだ。微笑んでから、そして、やはり胸ぐらを掴んで自身の方へと引き寄せた。
    「蛍、コレ絶対俺以外にやんない方がいいと思うよ。横暴って言うんだよこれ」
    「タルタリヤ以外にはやらないよ。可哀想だから」
    「俺のことも丁寧に扱ってよ、女の子なんだけど」
    「女の子……」
     その言葉を反芻した蛍は、再度引き寄せたタルタリヤの顔に視線を落とす。確かに相棒ならば気づくだろうなと身構えてはいた。自分らしくもない事をしているとも思っていた。しかし、ならば自分の意思で今こうして装い、彼女に会いたいと思った自分は、自分らしくは無いのだろうか等とも自問を重ねて、今この場にいる。じわじわと熱が皮膚の下を這う感覚は、特に蛍といる時は尚更強く感じるのだが、今は過去の中でも特に逃げられないと悟っていた。
    「……え、へ。前に相棒、似合うって言ってくれたし、先生が付けてくれたものと同じやつ買ってみたんだけど。スメールにもこの前行ったから、評判の良いフェイスパウダーも試してみてて、今。凄いんだよ、任務で幾ら動いても戦っても崩れなくってさァ」
     あの時と同じように金の瞳には女が映り込んでいるは、今日は何処か居心地が悪そうに頬を染めていた。
     胸元を掴む自分よりも小さな手を、タルタリヤは上から包み込むようにして握り込んだ。金髪の少女の無言に堪え兼ねて、バツが悪そうに眉を下げる。
    「かわいい?」
    と。
     いつもは天真爛漫に我が道を走り抜けている女が、か細く小さく、少女にだけ聴こえる声でそう呟いた。
     蛍は、そんな彼女を前に、唇を綻ばせた。
    「かわいいね、タルタリヤ。また見たかったんだ」
    「私の為にしてくれたんだね」と、貝殻のような小さな爪は、紅を薄く塗り重ねたタルタリヤの唇をなぞった。白い指先が紅く染まる様をタルタリヤはただ見つめ、そして、その指先が動くその一秒一秒をぼんやりと視線で追う。
     白指が主人の下唇をゆっくりなぞり、タルタリヤの唇と同じ色に染まった頃。
     蛍は顔を上げて、目の前で呆然と自分を見つめる金青を見つめ返した。
    「かわいい?」
    「……ほんとに、俺だけにして。そうゆうことするの……」
    「ふふ」





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