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    chilumiluv

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    chilumiluv

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    タル蛍(鍾蛍風味があるのでそこだけ注意)
    りゆえを終えた辺りに書いたすっごい昔のやつ。

    「あれ、先生。一人?」
    「……あァ、公子殿か」
     三杯酢前。まだ講談師による公演は始まっておらず、人々の雑踏を観察しながら、紳士は茶碗を口元に運んでいた。
     そんな男の傍に、気安い口調で近づいた青年が一人。
     鍾離の向かいの席に勝手に座ったタルタリヤは、店員に注文を申しつけてから、相席する人物へ視線を投げた。
    「おかしいな。今日は先客があるって言うから、俺は茶会を振られたと思うんだけど?」
    「まァそう怒らないでくれ。今し方、向こうから、断りの連絡があったんだ。体調を崩してしまったと」
    「体調を?自己管理のなってない奴だね。人と約束しといて、体調不良で反故にするなんて考えられない」
    「……あァ、俺も驚いている。今までに一度も、約束を違えたことは無い娘でな。彼女のガイド役も、何やら焦っている様子だったから、少々心配なんだ。この後、見舞いにでもいこうと思っている」
    「…………」
     鍾離の言葉に、タルタリヤの眉がピクリと反応を示した。そして、降参だというように溜息を一つ吐いて口を開く。
    「悪かった、先生。相棒だとは思わなかったんだ。怒らないでくれ。さっきの言葉は、訂正するよ」
    「ぜひそうして欲しい。友人を貶められたまま、黙ってはいられないからな」
    「はいはい。……それにしても、相棒が何だって?体調不良?明日は璃月に雪でも降るのかな」
     タルタリヤは、おどけた様子で手を空に翳した。見えない雪を掬うその指は、代わりにひらひらと舞い降りてきた秋葉を捕らえた。
    「拾い食いしても、お腹とか壊しそうにないのに」
    「お前、蛍を何だと思ってるんだ……」
    「常人で無い事は確かだろ」
    「……」
     鍾離は何も言わず、肯定も否定も示さず、茶碗を傾け茶を啜った。その様子を目敏く観察していた執行官だったが、程なくして璃月の重要参考人に向けていた欺瞞的な視線を外す。
    「分かった。分かったよ。ごめんって。止めるよ、仕事を持ち出すのは」
    「そのワーカホリック、治したらどうだ? そもそも、公子殿は策略を謀ったところで最終的に力技になるだろう。意味無いんじゃないか?」
    と、口にした鍾離は、ゆっくりと手を自身の頭に持っていき、トントンと指の腹でこめかみの辺りを叩いた。「頭を使う、意味あるか?」と、この紳士は言いたいのだ。それを見た歳若い青年のこめかみには青筋が立ち、周囲の人間を総毛立たせる程の殺気が放たれる。目の前に座る貴人は涼しい顔をしているが、状況は一髪触発。空気が肌を切るような切迫感で包み込まれていた。しかし、まだあどけなさの残る青年は、場を弁えることを覚えた従順な下僕でもある。持っていた茶碗に罅が入る程度で、自身の激情を抑えることが出来るのだ。
    「……先生、俺に、喧嘩売ってる?」
    「とんでもない。異国からの貴賓である公子殿に、喧嘩など。此方にも立場があるし、喧嘩なんて大層なこと……外交問題に発展しかねないだろう」
    「今日、いちいち……いちいち、腹立つなァ……まだ怒ってる? 相棒とは思わないで貶したこと。それとも、相棒と逢えなくて拗ねてるの?」
    「……ふむ……この感じ、そうかもしれないな。貴殿に八つ当たりなるものをしてみたが、如何せん心が晴れない」
    「自覚あったんだ……迷惑だよ、此方としては」
    「とりあえず、その席じゃなくて、その隣の席に移ってもらっていいか? そこは、蛍が座ることを想定していたんだ。お前が座ってるだけで、こう……虫唾が走る」
    「もしかして、俺の事、結構嫌いだったりする?」
     そう言いつつも、大人しく席を移動したタルタリヤは、運ばれてきた茶を啜った。そして、先刻まで自分が座っていた席を見る。本来であれば、見るはずであった光景。鍾離と蛍が談笑しながら、講談師による璃月の歴史を鑑賞している情景を思い浮かべ、タルタリヤは、ふと辿り着いてしまったある考えを口にした。
    「あのさ、おチビちゃんの席は?」
    「パイモンは香菱の店に行くと聞いていた。彼女の席は取ってないぞ」
    「……もしかして、だけど……これ、相棒が来てたらデートだったってこと?」
    「……」
     それを口にしたタルタリヤの目の前で、茶碗を持つ鍾離の手が震えた。切れ長の瞳をあらん限りに見開いて、思わぬ事を口にした冬国の青年をその琥珀の瞳に映してから、次に今日逢うはずであった少女の席に視線を移した。そして、静かに目を瞑り、何事かを思案し始める。
     タルタリヤは、何か言っちゃいけない事を言った気がすると、気づかせてはいけない事を言った気がすると、内心焦燥感がひしひしと込み上がり始めていた。何故焦るのか。それは、タルタリヤにも、蛍への情が確かに存在しているからだった。自覚したのはついこの前。パイモンと談笑する花の蕾が綻ぶような蛍の笑顔を遠目から見て、思わず気づいてしまったという、青臭い初恋を経験したばかりであったからだ。
     だから、余計な危険因子を増やしたくは無い。それなのに、気がついてしまった真実を確かめるべく口にしてしまったが故、自分で自分の首を絞める結果がこの度生まれてしまったのだ。
     暫くの沈黙の末、鍾離が顔を上げた。顔を若干蒼く染めるタルタリヤとは対照的に、上気した頬で気恥しそうにニコッと微笑む。
    「……そうやも、しれないな」
    「いや、違うね。デートって言うのは俺の失言だった。俺の相棒の尊厳にも関わる。逢う事を取り付けた時点でお互いにそういう意図が無ければ、それはデートじゃない」
     間髪入れずキッパリと言い放ったタルタリヤを、鍾離は愕然とした表情で見つめる。さながら宇宙の真理を覗いてしまった猫のような間抜けな表情だ。
    「こ、公子殿が言い始めたのに……」
    「絶対違う。違うね。蛍は、あんたの事、先生としか見てないし。それに、先生、何億年ぶり? 多分勘違いしてるよ。孫娘みたいなものだろ、相棒は」
    「流石に何億までは生きていない上に、孫はいない」
     ムスッと眉間に皺を寄せた鍾離は、タルタリヤを軽く睨むようにして視線を上げた。欺瞞的な視線には、「お前のような狂人に色恋の何が分かるのだ」という意が滲んでいるのがバレバレだった。それを見て、いつもは敵わない相手よりも優位な立場にいることを実感したタルタリヤは、その端正な顔に意地の悪い笑みが浮かべた。
     狂人だから何だというのだ。目の前にいる化け物にだけは言われたくないと、タルタリヤは人間代表だとでも言うように声高らかに恋のなんたるかを謳う。
    「だとしても、違う。恋っていうのは、人に言われて気づくものじゃないからね。ひっそりと……いつの間にか、あァそうだったんだって実感するものさ。間違っても誰かの手を借りたりしないんだよ」
     得意げにそう言う青年を、鍾離は目を細めて見やった。
    「断言するんだな」
    「そうだよ。凡人一年生の先生には、分からないだろうけど」
     やれやれと言った具合に首を振ったタルタリヤは、茶碗を手に持ち中身を煽る。工芸茶の華やかな香りとすっきりした口当たりが、普段の数倍美味しく感じられる。
     ジトッとした鍾離の視線は、なかなかどうして面白かった。人の機微に敏感なタルタリヤは、この視線を送ってくる人間が次に口にする言葉を知っていた。その視線には羨望と嫉妬が滲んでいる事から、負け惜しみだったり恨み節だったりする。神を辞めてから幾分と経たない生物も同じであるかは分からないが、浮き足立っているタルタリヤにそういった懸念は生まれなかった。だからこそ鍾離からの恨み節を今か今かと待っていたのだが。
     フッと、タルタリヤの耳に入ってきたのは紛れもなく笑声。顔を上げたタルタリヤは、思わず絶句する。目の前に座る男の顔には、凡そ同じ種族とは到底思えない壮絶な笑みが零れていたからだ。琥珀に囚われたタルタリヤは、知らず生唾を飲み込んだ。色素の薄い唇が、薄らと開かれて言の葉を紡ぐ。
    「そうだな。なら、教えてくれるか、貴殿の初恋」
    「んぶッ……え!?」
     鍾離の負け惜しみを楽しみにしていたタルタリヤは、即座に入ったカウンターに啜った茶を空へ向かって吹き出した。それを見てせせら笑う紳士。
    「どうした。何やら実感の篭もる様子で言うものだから、てっきり最近経験したものかと」
    「えぁ、いや、別に? そんな事無い、けど」
    「なら、経験は無いのに、俺に大口を叩いたと? それは人に教える立場としてあまりにも不誠実であり、この場の内容的には滑稽ではないか? 恋愛のいろはぐらい、貴殿に手取り足取り教えられずとも……理解している。しかし、人の子の様子を観察して、そういった感情にも生きる意味として意義があるという認識の程度だった。それを教えてくれる相手として、公子殿では力不足では?」
    「ベラベラベラベラ、よく口が回るね? そんなにお喋りだったっけ? 先生」
    「あくまで教えを乞う上で、俺の本音を伝えたまでだ。どうせ知るなら、正しく誠実な御仁に教わりたいからな」
    「はいはい、分かった分かったッ」
    「喧しいな……」
    「教えてあげるよ、俺の美しい初恋の話。そこまで言われたら披露しないわけにいかないからね。羨ましくて咽び泣いても知らないから」
    「ううん……嫌だ、軽率だった……貴殿から学ぶのは凄く癪だ……今更ながら往生堂に帰りたくなってきた」
     視線を泳がせ早くも後悔を滲ませる鍾離を無視し、タルタリヤは咳払いした。そして、講談師よろしく仰々しい様子で口を開く。
    「あれは、今から一ヶ月ほど前。多重債務で金を返せなくなった奴を血祭りにあげた帰りのことだった」
    「任務内容は極秘ではないのか?」
    「後で契約結ぶから大丈夫。あの日は雨が降っていたんだ。璃月港までの帰り道、雨に濡れた畦道。遠目に見える街は、実に綺麗だった。璃月は夜になると、暖かな橙の灯りに包まれるだろ? 俺はあれを見るのが好きなんだ。実家の暖炉の火を思い出して、一人で故郷を想ってた」
    「その話、長くなるか?」
    「まだ序章。俺のことは知りたくないの?」
    「別に知りたくないな……貴殿の運命の人が出てくるまで、進められないか」
    「そういうサービスしてないんだけど、今度の会食、先生持ちならいいよ」
    「善処しよう」
    「やった。彼女を見たのは、北国銀行から出た時だ。門番に宿に戻ることを伝えて、振り向いた時。彼女が目に映った。ほら、銀行から出てすぐの回廊から階下を覗くと雲殿の茶屋から続く渡り廊下が見えるだろ。そこね」
     タルタリヤは、分かり易いように配慮してか、手振りをつけて話を進める。その運命たる日に居るような没入感が二人の間には広がっていた。
    「そこで、彼女のことを見つけた」
     タルタリヤは、意を決したように息を吸い込む。
    「……驚いたんだ。いつも見てる子じゃないみたいで。別に着飾ってたとか、いつもはしてない化粧をしてたとかじゃない。暫く会ってなかっただけ。記憶にあったそのままの状態だったけど、だけど…」
     そこまで順調に話し続けていたタルタリヤの声が途切れ、鍾離は不審に思って顔を上げた。そして、息を呑んだのだった。そこに居たのは、冷酷無慈悲なファデュイ執行官ではなく、深淵に染まった狂人でもなかった。はァ…と一つ重く甘い溜息を吐いた青年は、仕切り直すように両手で顔を拭うと、再度口を開いた。
    「可愛かったんだよねェ……誰よりも、何よりも、大切にしたいって想ったんだ。どっか妹みたいに感じてただけだったのに、そもそも前提が違ってたらしい。俺はその時自覚した。認めたよ。もし俺が公子じゃなかったら、きっとあのまま彼女を捕まえて故郷に連れ帰ってただろうね」
    と、タルタリヤは、なかなか過激で熱烈な告白を口にすると、喉の乾きを潤すために茶碗の中身を全て飲み干した。
     それを鍾離は、初めとは打って変わって真剣な面持ちで観察していた。一方で一息に話し終えた青年の熱を孕んだままの頬は、熟れた桃のように仄かな紅を差している。
    「……何か言ってくれない? これでも恥ずかしいんだけど」
    「いや、なかなか面白い話だった。だが、疑問は残るな」
    「え、どこ?」
    「お前が公子じゃなかったら、という部分だ。許されないのか? 今のお前では」
     鍾離としては、素朴な疑問を口にしたつもりだった。
     執行官だったとしても、それとプライベートに関係は無いだろう。幾ら女皇の剣として暗躍しようと、恋愛をする自由、家庭を持つ自由ぐらいはあるはずだ。まして、タルタリヤとの会食では必ずと言っていいほど、故郷の家族の話が出てくる。家族という関わりを大切に想い慈しむ事のできる青年であれば、家庭を持っても安泰だろうと、漠然とそう考えたのだ。
     しかし、タルタリヤの表情は、鍾離が思っていたほど芳しくはない。彼にしては珍しく、何かを諦めている表情である。重く口を開いたタルタリヤは、
    「無理だね。別に悪い訳じゃないよ。俺が俺であった為に、俺は彼女に出会う事が出来た。逆を言ってしまえば、公子じゃなかったら、彼女とは一生出会えなかったし」
    「そうか……だが、伝えるぐらいは良いんじゃないか? いつ伝えるんだ?蛍に」
    「あ、あいぼう、じゃないしッ」
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