「ふぅん、で、追い出されたって訳か。」
「まぁ…レイプしたのはオレじゃないですなんて言ったって、証拠がなぁ…。」
蘭と竜胆は泣きながらことを詳らかにしていく語り口を興味津々に聞いておきながら、無慈悲な感想だけ放った。正直タケミチだってもしも傍観者の立場なら同じような感想しか抱けないと思う、だけれども、少しばかり話を聞いてやっても良いのではないかとも思う。
しかし始めて出会った時の経緯を聞いた獅音は首を傾げて。
「は?証拠あんじゃん。」
と言い放った。その時の獅音の顔は意味わからん、と語っているようだったし、なんならハッキリそう言った。またコイツは一体何言ってるんだ、と蘭と竜胆は同じ顔をして獅音を見た。
それもそうだ、タケミチの語った中で「タケミチがレイプ犯の証拠」として後ろ姿を写した写真と、女の子の証言という確定的なものが揃っている。それに対して「レイプ犯じゃない証拠」はタケミチの記憶にないというだけで、人に見せられるものは何もない。
どこからどう見てもタケミチが無実の証拠は無い。
しかし獅音はキッパリと「証拠がある」と言い放った。
「あの…獅音くん、それ一応隠してたんですけど…。」
「は?言やぁ良いじゃねぇか、今からでも。」
「………でも…。」
「…まぁ、お前はもう俺のペットだし。アイツらん所なんて戻る気もねぇだろ?」
「それは…はい、東卍にはもう戻るつもりも未練もないっス…。」
急に二人の世界に入り始めたタケミチと獅音。蘭も竜胆も置いていくなよ、と顰めっ面を浮かべたが二人は当然のように気付いてないようで「オイ。」と不機嫌そうに言えば、タケミチが察したのかこれまた言いにくそうに躊躇うような語り口で話し始めた。
「えーっと…あの、獅音くんが言ってる証拠っていうのはオレの体の事で…。」
「は?体?」
「何でお前の体が証拠になるんだよ。」
「えっと、あの…オレ内部女体化症で、勃起できないんでソレの事を証拠って言ってるんだと…。」
二人は固まってタケミチをジロジロ見た、そーっと寄って足首を掴むと思い切り引っ張った。素早い動きで竜胆が体を動けないように抑えると、蘭が早い手つきでズボンのベルトを引っこ抜いてズリ下ろす。
あまりにも一瞬の事だったのでタケミチは訳がわからなかった、獅音はやめさせようとしたが、そんな事をすればこの兄弟は調子に乗るだけなので、面倒事を避けるためにやめておいた。
「内部女体化症って外にマンコあるやつと、中にあるやついるよな。」
「ちょっ、待って!」
「お前はどっちかなー?」
ボクサーパンツに手がかけられて一気に脱がされる。陰茎の付け根よりも下にあるぷっくりとした女陰が外気に晒される、タケミチのそこを二人はジーッと見つめた。すると、蘭が膝を開かせて頭をゆっくりとタケミチの股に近づけたので、獅音が咄嗟に殴った。
「ッてぇ〜…どっから出したんだよその包丁。」
「布団の下。」
「ふざけんなよマジで…。」
「ふざけてんのはお前だろ、撫でるのは許すけど手ェ出すのは許さねぇからな。」
「ハァ〜。流石に刃物は傷残るからなぁ。」
外タレの夢が〜、と言いながら蘭はタケミチから離れた。
「あ、そういや。」
と、竜胆が獅音の方を向いた。
「獅音センパイ、大将が『あの馬鹿集会の後集まるつったろーが、次会ったら髪毟っとけ。』って。」
「ヤベ。」
「髪毟っていい?」
「良いわけねぇだろ。」
すっかり忘れていたのか、ちょっと本気でヤバそうな声で「ヤベ」と言った。獅音は複数の予定をずっと頭に入れておける程器用では無い、集会の後に幹部の集まりがある、と最初は考えていても「タケミチが家で一人、待ってる。」と考えてしまえば「集会終わったら即帰る。」の思考にすり替わってしまう。
「でもタケミチずっと家だと寂しーもんな?」
「ええ…オレのこといくつだと思ってるンですか。」
「じゃあコイツも連れてきゃ良くね?」
蘭がタケミチを指差した、タケミチと獅音は顔を合わせる。確かに、と獅音が言った。
獅音は目を細めタケミチの髪の毛を触るように撫でた、イザナは自分の気に入らない人間には、とことん容赦しない性格。ウチの総長はちょっと怖えけど平気か?と獅音が優しく聞けば、タケミチは獅音くんがいるから。と返す。
一体何を見せられているんだ、と薄汚い、恋愛という名前を冠するのも烏滸がましい、性欲のぶつけ合いしか経験したことのなかった灰谷は胸焼けがした。
これが純粋な愛、確かに惹かれるものがある。
青い目を細めて獅音に笑いかけるタケミチの横顔を見て、ちょっと良いなと思ったのは、蘭の大きな内緒だ。
「じゃあ、明日の集まり絶対な。」
「おー。」
灰谷が帰って行って部屋には静寂が訪れた。タケミチは本当に自由で気ままな奴らだな、と座椅子に腰かけてしみじみそう感じた。獅音も獅音で「面倒なことにならなきゃいいが。」と思ったが「多分ムリだろうな」とも思った。とにかくその日はぼちぼち眠りについて、明日を待った。
そして天竺の幹部集会の時間が近づいて、タケミチと獅音は部屋を出た。赤色の特攻服を着た獅音はいつもより迫力があって、思わず息をのんだ。
「(獅音くんの特攻服が黒じゃなくてよかった....。)」
「タケミチ?」
獅音が心配そうにタケミチの顔を覗き込んだ。
「平気、いこっか。」
笑って玄関に置いてあるヘルメットを手に取り被る、獅音は裏に停めてあるバイクを取ってきてタケミチを後ろに乗せた。エンジンをかけてグリップを一捻りすれば、そこら一体にマフラーを改造した独特の排気音が響き渡る。フ、とあの日のことが思い起こされる。信頼が失われて、友情も体温もすべて奪われていく感覚。寂しく、それでいて気味の悪い感覚に鳥肌が立って、助けを求めるように獅音の腰に腕を回した。
川崎から走って行ってついたのは横浜中華街、天竺の幹部らが集まるのは必ず中華街の店と決まっている。そしてこれも必須の条件で「愛」という文字が使われている店のみだ。
今回の店は初めて行く店だった、獅音はバイクを近くの駐輪場に停めて指定の店を探す。望月から送られてきた雑な道案内のメッセージを頼りに。
「ゴマ団子のカート....を右。緑の扉の店...ここか。」
細長い雑居ビルの一階と二階に入っているその店は、今まで集まりとして利用してきた店とは一風変わって、素朴というべきかなんというか。いい意味で「中華街の店」と言った外観で、扉を開けて中に入るとその感覚はさらに高まった。狭い店内は入ってすぐに二階に上る階段があって、物音に気が付いた婆が奥の厨房から来て「集まりは二階。」と、中国人らしい訛りのある日本語で早口に告げた。
人一人で幅が埋まってしまう階段を上った先は、一階よりも狭い空間で、回転する丸いテーブルが一つだけ。
「遅ぇよ。」
もう既に面子は揃っていて、殿様のような登場をした獅音にイザナが不機嫌を隠そうせず低く言った。
「あれ、東卍の奴は?」
「東卍?」
蘭がニヤニヤとしながらわざと獅音にそう聞いた。この野郎、昨日包丁の柄で殴ったこと許してねぇのか。と少し焦った。一方のイザナは「東卍」というワードに反応を(悪い方に)示して、眉を顰め獅音を見た。
下手に誤魔化せば昨日竜胆経由で伝えられた「髪の毛を毟る。」が本当に起こってしまう可能性が高い。しかし、東卍の弱みになりえることでもある。ここはビビらず、堂々かつ慎重に話し出さなければいけない。
「タケミチ。」
獅音は階段の半ばで待機していたタケミチの名を呼ぶ。タケミチはいよいよか、と生唾を飲み込んで階段を上がった。
天竺の面子と顔を合わせる、イザナが椅子から立ち上がった、しかし鶴蝶が抑える。鶴蝶はなぜ獅音とタケミチが一緒に来たのか全く分からないが、天竺と東卍は一触即発の状態。気軽に横浜へは来ていい時期ではない。
「タケミチ、どうして獅音と。」
「獅音くんに拾ってもらったから。」
タケミチがそういうとイザナは「どういうことだ。」と獅音に聞いた。
獅音は落ち着いた語り口で拾った経緯を話し出した、東卍が勘違いでタケミチを追放したこと、これをネタに東卍を脅すことだって容易い。と、かつての獅音からは想像もつかない淡々とした口だ。
イザナはその話を無表情で聞き続け、話が終わった後も少し考え込んでいた。
「まぁ、良いネタだが、その証拠は?」
「そ、れは。」
「言えねぇことが証拠になんてなるわけねぇだろ。」
覚悟を決めるしかない、いずれは言わなければならない事柄なのだから。
「オレ、の体、本当は女なんです。」
「は?」
「内部女体化症か。」
イザナは施設にいた頃を思い出した、鶴蝶が来る前の出来事で、内部女体化症の子供が同じ施設の奴らに酷くいじめられていたのだ。女も男も、大人も子供も関係なく、その何も知らない無知な子供に向かって「化け物」だのなんだの吐き散らかして、好き勝手体をいじる。
イザナは見ていてイライラした、弱いものがイジメられるのは興味がなかったが、自分では変えられないモノを根拠に弱い奴も「強い奴ぶる」その状況が許せなかった。
すぐさま割って入ってボコボコにした、助けたかった訳ではなく単にイライラの解消のため。
あの時の子供は今、どうしているだろうか。
「真一郎も万次郎もどうでも良い、オレの目的は昔からオレらだけの国を作ること。テメェは東卍っつー邪魔な存在を消すためのただの囮だ。」
「囮でも、何でも。オレは獅音くんに恩を返すだけっスよ。」
利害は一致したようだ、イザナはタケミチを気にいるでも嫌うでもなく、ただ「使える駒」として引き入れた。別に使える駒はタケミチだけではない、ただ本当に今一番有効な打撃を与えられるのはきっとタケミチだろう。
そして、今日この日からタケミチは天竺の、イザナの配下となった。