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    夜にほどける/佐真

    夜にほどける 真島の狸寝入りに気付いているのかいないのか、佐川は先ほどから煙草を吸う片手間に、敷布団に散った真島の髪をすくいあげては何度も指で梳いていた。されるがままになりながら、汗で濡れた髪なのに不快ではないのか、と真島は疑問に思う。佐川に背を向けたままでいるので、真島にはその表情を計り知る事は出来なかった。

     蒼天堀の夜は長く、少し開けた窓からは絶えず喧騒が漏れ聞こえ、明かりが差し込んでいる。粗末な裸電球ひとつ消したところで、この部屋に暗闇は訪れない。目を閉じていてもそれは変わらず、金を吸い上げて生まれた刹那のきらめきが瞼を貫き、覚醒を促してくる。そこに来て、佐川のこの戯れである。真島は苛立ちが抑えきれなくなり、何か言ってやろうかとついに口を開こうとしたところ、突然くっ、と頭皮が強く引っ張られた。髪が絡んでいたらしい。するりと指が抜ける感触があり、ああやっと離れていったと安堵していたら、やや間があった後ぱちんと硬い音が響いた。

    (……あ、櫛や。)
     佐川はいつも懐に折り畳みの櫛を入れて持ち歩いている。べっ甲のような模様のそれは、小さなレザーケースに仕舞われており、真島は佐川が度々それで髪を整えるところを目にしていた。そんな短い髪に必要あるんかいな。と真島が茶化すと、身嗜みは大事だよ、真島ちゃん。佐川はそう言って唇の端を歪めて笑いながら、癖のある柔らかな髪に、慣れた手つきですっすっと櫛を通すのだった。

     佐川の手の甲が首元を撫で、髪をひと房すくい上げる。夜の空気がひたと首筋に張り付き、真島は思わず身震いしそうになった。真島は無意識に、足元でぐしゃりと波打つ掛布団の中でそっとつま先を擦り合わせる。
     髪の絡まりをほぐそうとしているのか、何度かゆるく髪が引かれる感触があった。痛くは無い。その内に櫛の歯が解けた髪の束を拾い、上から下に、ゆっくりと梳く。その動きは佐川自身の髪を梳くよりもずっと丁寧に思われた。
     真島は居た堪れない気持ちになり、気付かれぬよう注意を払いながら、頬の肉をぎりりと噛んだ。じゅわ、と血の味が滲む。今ついた傷ではない。昨日、佐川に殴られて口の中を切った時のものだ。

     自分の気分次第で殴る蹴るとお構い無しに暴力を振るうくせに、ふとした時にこうした労りを見せる佐川の内心が、真島にはいつまでたってもわからない。わからず、不気味に思っている。足先から小さな虫が這い上がってくるような、ぞわぞわした感覚を覚えるのだ。 今だってもう、寝たふりをしていなければ、足をじたばた動かして、布団の端に噛みつきたいほどだった。せり上がってくる何かが口からこぼれてしまわぬよう、なんでもいいから栓をしてしまいたい。何だったら、さっきまでだらしなく口を開けてしゃぶっていたものでも良い。気付く前に忘れたい。真島にとっては僅か数分ばかりのこの生ぬるい時間が、暴力を振るわれるより、身体を暴かれるより、遥かに長く、苦しく感じられた。

     しんとした部屋にぱちんと櫛を畳む音が響く。その数秒後、ジッポーのフリントホイールを回転させる音が聞こえ、今や嗅ぎ慣れた香ばしい匂いが鼻をついた。気付かぬうちに二本目に火がつけられたようだった。真島はほっとして身体の緊張を緩め、佐川に背を向けたまま薄目を開けると、煙が薄く窓に向かって伸びてゆくのが見えた。

     いつもならとっくに部屋を出て行く頃合なのに、佐川は未だに絡まりの解けた髪をゆっくりと指で梳いている。時折首筋に触れる指先は、少し熱を帯びていた。真島は気付かれないよう、少しだけ息を深く吸い込んだ。夜が深くなるにつれ、狭い狭いねぐらの中を、自分のものでない匂いが満たしてゆく。
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    0hg0hg0

    DOODLE佐真
    さらに闇を待つこのアパートの一室をねぐらとして与えられてからもうすぐ一年ほどになるが、部屋のメンテナンスなどは一度もした事がなかった。老朽化が激しく至る所が隙間だらけで、冬は寒く、夏は暑い。押し入れの引き戸は立て付けが悪く開けるのに苦労するし、窓枠は風が少し吹くだけでもガタガタと音を立てる。床板も傷んできており、歩けばあちこちでぎいと苦しそうに鳴くという始末である。
     勿論、電球など変えた事もない。粗末な裸電球は、この所もう虫の息だった。息絶える直前の蝉の如き瞬きを繰り返しては、卓袱台を挟み対峙する、俺と目の前の男の肌を蜜柑色に照らしている。

      何を思ったか俺の今の管理者であるこの男は、真島ちゃんの家で一杯やろうよ、などと宣いこのねぐらに上がり込んだ。卓袱台にはコンビニで買ってきた缶ビールが数本と、つまみの貝ひもの袋が開けられている。それだけで卓の上はもう余白がない。ろくに会話もないままに換気の悪い部屋でゆっくりと飲み続け、しかも真夏という季節も相まってビールはすっかりぬるくなっていた。卓の上に視線を落とす佐川の首筋は、手元の缶と同じく汗で濡れ、電球が点滅するたびに爬虫類の皮膚のようにあやしく光る。それを見つめる俺自身も、全身にじっとりと汗をかいていた。
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