シャワーと八重歯 髪をあらっていたら、なおきくんが、風呂場に入ってきた。
シャワーの湯で、視界がにごっていた。
(なんやろ……)
と、思っていたら、うしろから抱きついて来た。
自分より、すこしちいさい身体。
キスをカツアゲされるようになって、たくさんキスはしているけど、こうして抱きついてこられるんは、よう考えればあまりなくて、俺はあそこがピンと張るのを感じながら、俯いていた。
シャンプーをたっぷりとした湯で、流す。
鏡にも水滴がついていて、なおきくんの顔はよく見えなかったけど、水を被らんように、俺の背にくっついているのは、見えた。
さっきまで、名まえも知らんひとと、一緒にいた。
かっこよく見えるかもしれないカクテルを頼んで、それをちびちびと呑んで、それから、彼がわだかまらせている言葉と身体を撫でて、ほぐして、ここにおってもええんやって気もちになったらええな、と思いながら、やわらかくして、そんで手を振って、バイバイした。
もし、また来れば、会えるかもしれない。でも、もううちの店へ来ないかもしれない。
俺の商売は、そんなことばかりで、もう別にさみしいとか、思わない。
ゆきずりの縁が触れて、すこしだけ結ばれて、解かれて、去っていく。
(そんなことばかりや、って思うから、きっと何てことないんやろうな……)
と、思いながら鏡をぼんやりと眺めたら、水滴の走る光のなかに、なおきくんと、目があった。
かぷり、と、噛まれる。
俺は、その八重歯が、とてもすきだった。
首筋に歯を立てて、まるで恋人がするみたいに、舌で肌を舐めて、それからまた痛いほどに、噛んだ。
(って、ぜったい、明日に残るくらいに、痕をつけないくせに)
と、思いながら、振り返る。
頬を両手でつつんで、二十歳の頃から片恋をしているひとの唇を親指ですこし押しあげ、それから、ゆっくりと、八重歯を舐めた。