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    モブ平があったりなかったりする万平。

    たまちお誕「……平蔵」
     今、この場で一番聞きたくない声に名を呼ばれ、我ながらビクリと身が竦んだ。信じられない思いで視線を向ければ、そこに佇んでいたのは予想通りの浪人の姿。
     慌てて隣の人物に顔を向ければ、どうした? とばかりの視線を向けられ何と答えて良いのか分からなくなる。
     稲妻では知らぬ者のいない高級宿の前。入口に立つ店の者も、いい加減顔見知りにはなっていた。何せ少なくとも周に一度は、隣に立つ高齢の御仁と一緒に訪れている場所なのだから。
     腰に回された腕を見れば、どういった目的で宿を使うのか余程鈍くない限り察する事が出来るだろう。それが、常人よりも勘の鋭い、各国を渡り歩いた浪人ともなればなおの事。
    「……少し、話をしたいのだが」
    「っ……、万葉、僕今……」
    「儂は構わぬぞ」
     するりと腰に回されていた腕が離れ、余裕気な笑みを浮かべる老人が目で促してくる。この程度の修羅場など何の問題もない、と言いたげに。
     すまぬ、と一言短く告げて、こちらの手を掴んだ万葉が普段には見せない強引さで見慣れた宿から離れて行く。
     手を引かれるまま歩きながら、ばくばく言っている心臓を何とか落ち着けようと静かに深呼吸を繰り返す。暫く歩いて人気のない裏通りに入った所で、ようやく万葉が足を止めた。手を掴んだままゆっくりとこちらに体を向ける万葉に、我ながら緊張を隠せぬ声で呼びかける。
    「……あの、万葉」
    「……噂は、拙者も聞いておる」
     ドクリ、と心臓が大きく跳ねるのが分かった。
     ああ、遅かれ早かれバレる事は分かっていたのだ。風に乗って走る噂が、万葉の耳に入らぬ訳がない。
     同心、鹿野院平蔵はさる大物役人に囲われている。
     その大物役人は、高齢の、稚児趣味の持ち主である。
     ……そんな噂を耳にした時、万葉は一体どう思っただろうか。じっとこちらを見つめる瞳に、分かりやすく軽蔑や怒りの色は見当たらない。ただじっと、何かを見極めるように向けられる視線が、これ程までに居たたまれなく思うのは初めてだった。
    「……平蔵」
     名を呼ぶ声に、ビクリと小さく肩が震える。次の言葉が来るまでの時間が、永遠のように長く思えた。走馬灯のように脳裏を過ぎるは、一年以上前の事。
     そう、始まりは万葉と出会う前の話。



     権力というものは、本当に厄介だと思う。
     同心として働いている以上、しがらみなんてものは沢山ある。そんな中でも自分は割と上手く立ち回っている方だとは思っていた。何だかんだと実力は認められていたから、自由にさせて貰っていたしやりたい事を出来ている。周りから見ても、上手くやっていると思われていただろう。
     それがある日、ふとした事で崩れかけたのだ。
     人として、好意を抱かれるのは決して不快な事ではない。だがそれが上の立場の、大分年上の、そして同性からのものとなると話は違ってくる。
     恋人がいる訳でも、好いた相手がいる訳でもなかった。だからと言って好意を抱ける訳でもなく、だが無碍に断ると大分仕事がし難くなるのは明らかだった。
     相手もやり方は弁えているのか、無理に手を出すのではなく、正攻法で少しずつ距離を縮めて来るのが逆に断り難い状況を作り出していた。経験も豊富なのだろう、本当に厄介としか言いようがない。
     何とかあの手この手で躱してきたが、日々逃げ場が無くなって行くのを感じた。これ以上断り続ければ、自分が不利な立場に立たされてしまうだろう。これが権力というものだ。
     こんな事で日々頭を悩まされる事に、いい加減うんざりしてしまう。
     別に慕う相手がいる訳でもなし、一度誘いに応じてしまえば納得してくれるだろうか。
     いい加減疲労が溜まって、投げやりな事を考えてしまったある日の夜。

    『面倒くさ……』

     夜風にあたりながら城下の石段の上で呟いた言葉が、ふいに誰かと丸被りしたのだった。



     被った、と思ったのは相手も同じだったらしい。思わず振り返ると、そこには多少驚いたような顔で一人の老人が立っていた。身なりからして身分の高い人なのだろう。好々爺といった感じではあるが、どこか食えない飄々とした笑みを浮かべている辺り、只者ではないと己の直感が告げていた。
     被っちゃいましたね、と笑いながら話しかけると、その老人は同じく笑いながら隣まで来て足を止めた。
     互いに何となく、話したい気分だったのだと思う。その老人は詳細は語らぬまでも仕事の愚痴を、そして自分も詳細は語らず現状の悩みを打ち明けた。仕事の愚痴に対して、自分なりにあれこれ対処法を挙げてみたら、老人は酷く感動して何度もうんうんと頷いてみせた。
     そして自分の話を聞き終わった後、彼はおもむろにこう言ったのだ。

    『なるほどのぅ……ではどうだ平蔵。今日からお主、儂に囲われてみんか?』

     権力に対抗するには、より強い権力じゃ。
     そう言って笑う顔は、まるで悪戯っ子のようだった。
     勿論、何を言ってるのかと断ったのだ。件の相手がどういった人物か明かした後、そもそもそんな事をしたら貴方にも稚児趣味なんて噂が流れてしまうと。
     この年になればそんな噂の一つや二つ、痛くも痒くもない。そんな事より、話し相手になる優秀な孫みたいな存在が出来る方が楽しかろう。
     いともたやすくそう言ってのけた老人は、そこでようやく自らの名を口にした。その名を耳にした瞬間、さすがに驚きを隠せなかったものだ。
     ……あの九条家縁の、幕府の老中の一人だなんて。そんな相手が自分を囲っているとなれば、確かに手出しなど出来なくなるだろう。
     だがしかし。
     本当に、稚児趣味とかあるの?
     僕美少年だからさ、と真剣な顔で問いかければ、何故か子供のように爆笑された。お前は本当に面白い子だ、と。
     提案された策はこうだ。週に一度、指定の宿に一緒に泊まり周囲にそういった関係を匂わせる事。その間話し相手になって欲しいし、出来れば将棋の相手も頼みたい。無論宿代も出してやろう、なんてこんな好条件、突然降って湧いてくるとか今日はどんな幸運な日だ。
     かくして、契約は交わされた。
     九条様との週一の『遊び』は、思った以上に有益だった。元々頭の回転の速い方で話も合うし、相手も自分を孫のように可愛がってくれて、会う度事件の話やその推理で盛り上がり、件の相手からの誘いが極端に減るという素晴らしい抑止力になってくれた。
     まぁ同時に、水面下では鹿野院同心が幕府のお偉いさんに囲われている、との噂が徐々に広がっていたようだが得に不利益はなかったし、気にした事もなかったのだ。
     ……そう、彼に会うまでは。



     まさか自分が恋に落ちるとか、割と真剣に想像した事もなかったのだ。色恋沙汰に興味がない訳ではなかったが、今はそれより優先する事が多かったし、具体的に恋人が欲しい、なんて欲求も覚えた事がなかったから。
     それなのにどういう訳か、気づけば心を奪われていた。扱う元素は自分と同じ風、人並外れて勘が鋭く、彼と組んで事件を追うといつもより迅速に、そして非常にわくわくした気持ちで解決へと導けるのだ。
     楓原万葉。今や稲妻の英雄と讃えられるようになった彼の浪人は、いとも簡単に鮮やかに、探偵の心を奪ってみせた。いや、それは言いがかりか。彼はいつだって自然体で、その全てを好ましいと思ってしまったのは自分の方。
     穏やかな話し方も、打てば響くような会話も、背中を預けられる信頼感も何もかもが好きだと思った。こんなに気が合う友人には、きっとこの先巡り合えない。
     各地を転々とする浪人だからいつでも会える訳はないが、たまに会ってもすぐに噛み合う会話がいつも楽しみだった。波長が合うな、やっぱり万葉は良いな、そんな風に思い始めて数ヵ月、ようやくそれが恋だと気づいた時には思わず頭を抱えたものだ。
     ……だってその時にはすでに、自分は公然の秘密として幕府のお偉いさんに囲われていると、あちこちで噂が広まった後だったから。
     きっと、万葉の耳にもそのうち入ってしまうだろう。こんな気持ちを抱いていなければ、寧ろ自分から誤解を解きに全てを打ち明けていたかもしれない。嘘の通じない万葉の事だから、きっとちゃんと分かってくれると、理性では理解していたのだ。
    それでも、怖かった。ほんの少しでも、万葉に疑いの目を向けられる可能性が拭えない事に。自分は万葉を全面的に信頼しているし、恋心なんてものまで抱いているけど、万葉の方は? そこまで自分を信じるに足ると思ってくれているのだろうか。まことしやかに流れる噂を、実際噂を流す為に九条様と一緒にいる自分を、本当に疑いなく信じてくれるのか。
     ……情けないとは思っている、でもこれが恋というものか。あの万葉に、ほんの僅かでも侮蔑の眼差しを向けられてしまったら。
     自分は、平気な顔でその場に立ち続ける事が出来るだろうか。



     その答えが出ないまま、今までずるずる来てしまった。きっとこれがそのツケだ。
     今ここで、全てを話したら万葉は信じてくれるだろうか。でも先ほどの光景を見られた後では、我ながら言い訳じみているな、なんて自嘲的に思ってしまう。
     それでもやはり、万葉に嫌われるのは嫌だなぁ、なんて子供の我儘みたいな事を強く思ってしまうのだ。今、万葉の目に自分はどう映っているのだろう。噂通り、幕府の重臣に囲われている馬鹿な友人だと思われたら、軽蔑したと思われたら、控え目に言って今この場で膝から崩れ落ちる自信がある。でも、さすがにそこまで無様な姿を晒すのは御免だ。
     気を確かに持て、鹿野院平蔵。
     どんな言葉を投げかけられても、正面から受け止められるように。探偵はいつだって、冷静であるべきなのだから。

    「枯れ専というのは、真でござるか?」
    「そこは全力で否定させて?」

     冷静さをかなぐり捨ててでも、そこは否定させて貰いたい。なんだその噂、どこから出てきた。ある意味囲われるより酷くないか?
    「え、待って、どこで聞いたのその噂。さすがに聞き捨てならないんだけど?」
    「違うでござるか?」
    「誤解でござるよ?」
     思わずござるで返してみせると、万葉は成程、と納得したように頷いた。
    「そうか……ならば良かったでござる」
    「……え?」
    「ふむ、何か?」
    「いや……えっと、それだけ?」
     さっきのアレとか、追及しに来たんじゃないの?
     我ながら戸惑いの表情でそう尋ねると、万葉はこともなげにああ、と呟いて何でもなさそうに言ってのけたのだ。
    「聞かずとも、先ほどの様子を見れば一目瞭然でござった。……成程、九条様ともあれば、他の者はそう易々と手を出せまい」
    「っ……」
    「そもそも最初からあのような噂、信じてはいなかったからな」
     ……信じて、いなかった。
    ああそうだ、万葉ならきっと、そうだと分かってはいた。人の噂になんて振り回される事はなく、自分の目で、肌で感じたものを信じる人だから。
     先ほどの光景を見て、どうやら正確に真実を見出したらしい万葉に、心の底からほっとする自分がいた。だがそれと同時に、浮かび上がる疑問がある。
     そう、それなら万葉はどうして。
    「どうして……君は、僕に何を聞きたいの?」
    「……ああ、それはだな」
     そこで初めて、万葉の目が動揺したように揺れる。暫し考えるように視線を行き来させた後、意を決したように小さく息を吸うとその目は真っすぐ自分へと向けられて。

    「その役目……『稲妻の英雄』では役不足でござろうか?」

     思考はほんの数秒。
     その言葉の真意を正確に読み取ったその瞬間、正直膝から崩れ落ちるかと思った。
     ……何だその、好きな相手に告白でもするような可愛い顔は。あの万葉が薄っすらと頬を染めて、真っすぐに自分だけを見つめている。その事実を認識するだけで、こみ上げてくるこの感情に何と名を付ければ良いのだろう。
    「えー………嘘でしょ……」
    「へ、平蔵……?」
     手で顔を覆って呟いた言葉に、万葉が焦ったような声を出す。違う、そうではない、嫌とかそういうアレではなくて、ただただ今の自分はそう。

    「……嬉しすぎて、腰抜けそう」

     思わず泣きそうな顔でへらりと笑った瞬間、掴まれたままの腕を引かれ抱き竦められていた。
    「……稲妻の英雄に、変な噂立っちゃうよ?」
    「構わぬ。平蔵こそ幕府の重臣と稲妻の英雄を手玉に取った男でござるな」
    「それは随分と僕の名前に箔が付いちゃうね」
     本当に、夢ではないのだろうか。それを確認するように背中に腕を回すと、万葉の腕にも力がこもる。まるで夢ではないぞと、こちらの考えを読んだように。
     ああ、やっぱり好きだ、なんて改めて思い知らされる。もしもこれが夢だったら、目覚めた事を後悔するくらいには幸せだ。

    「あー、盛り上がっとる所悪いが平蔵、儂そろそろ帰っても良いか?」
    「うわ、九条様!?」

     完全に二人の世界に浸っている所に声をかけられ、慌てて万葉を引っぺがす。そんな自分の様子を愉快そうに眺めると、今日も食えない老中様は笑いながら言ってのけたのだ。
    「いつものように金は払ってあるから、部屋は自由に使って良いぞ。まぁ程々にな」
    「ちょっと、やめてくれるそういうの!?」
     突っ込む前に笑いながら去って行く重臣は、ひらひらと手を振り『この埋め合わせは後日頼むぞ』なんて言いながら夜の街へ消えて行く。
     食えない老人に冷やかされた万葉と言えば、ちらりと視線を向けると困ったように目を逸らしたりするから、思わず揶揄いたくなってしまうのだ。
    「……まぁ九条様もああ言ってる事だし」
    「平蔵……!?」
     するりと腕を組んで宿の方へ歩き出しながら、思わず悪戯っ子のような笑みを浮かべてしまう。だって仕方ないではないか、こんなにも浮かれて最高な気分、中々味わえるものではない。

    「早速だけど、稲妻の英雄といけない噂、流しちゃう?」
    「……後悔するでないぞ」

     予想外の返しに内心ヒェッとなりつつ、それでも余裕の態度は崩さない。仲睦まじく宿に入って行く自分達の姿は、いつもの従業員達にどう映っているのだろう、なんて。
     わくわくしながらそんな事を考える、酷く月の綺麗な夜。


     後日、鹿野院平蔵に魔性の名探偵、の二つ名がつけられた事は記すまでもない。



     【終】
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