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    rainteil_bl

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    大体支部の方に再録をしているため、ここに残しているのは思い出みたいなものです。

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    付き合っているかもしれない出勝の勝がやっぱこいつのこと好きなんだなぁ俺、ってなるだけの話。緩急も何もなく、ひたすらにぬるい空気が流れています。
    進展という言葉からは遠いです。

    『月が綺麗ですね』 旅行に行こうと言ったのはどっちからだったか、もうわからない。ただ、俺の不定期な休みと、出久の定期の休みが合わさった3連休に、少し無理をして俺が2日半の休みにした結果、遠くまで出かけることになったのだ。なんとなく決まったことだったものだから、特に何もなかった
    「かっちゃん、荷物平気そう?」
    「ン。多分」
    「君の多分なら、大体大丈夫でしょ。8割ぐらい」
    「2割で外れンのかよ」
    「だって、多分なんだろ」
    「そーだな」
     お互いに家の中で大きな声を出しながら話す。平日の昼間だからできることだ。あとは高性能な防音がついた高ぇ部屋だから。出久はイベントごとの振替休日らしく、平日のド昼間からこうして荷造りをしていた。
    「そういえば、新幹線じゃなくてよかったの?」
    「パパラッチとかがめんどくせェ」
    「確かに。でも、運転大変じゃない?」
    「そーでもないだろ」
     そうかなぁ? という声がリビングの方から聞こえてくる。昼飯でも作っているのか、ジュ―という音が聞こえてきていた。俺も出久もあの大戦の影響もあり、単体でそれなりの知名度がある。出久は、教師として仕事をするようになってからもだ。今はスーツによって時たま活動をしているがためにさらに話題に上がることが多くなった。
     俺たち二人だけで公共交通機関を使用した外出はあまりにもそれだけで目立つ行動なのだと、いつだかイレイザーヘッドに言われ続けたことを思い出す。
     自分側の荷造りが片付いたため、リビングの方に向かえば、炒飯を作っていた出久がこちらに視線を向けた。
    「おわった?」
    「おー」
    「今炒飯作ってるんだけど、食べる?」
    「食う。てか、食べるだろうと思ってその量作ってるんだろ」
    「あはは」
     冷蔵庫から、作り置きの麦茶を取り出す。
     ゴミ捨てのスケジュールが書いてある表を眺めていれば、旅行の移動中に自分が誕生日を迎えることに気が付いた。初日と一日目の明け方までを使って車で移動するという予定組をしているが、まさかそこに自分の誕生日が重なるとは思っていなかった。まァ、誕生日だからと言って何をするわけではない。毎年少し豪華な食事であったり、出久の手料理だったりを振る舞って貰っていたが、今回は車内で寝ているコイツの寝顔を見ることになるのかと思うと、それはそれで良いかもしれないと思っていた。
     そんな風に思ってしまう時点で、俺はずいぶんとコイツのことが好きなんだろうと、そう思った。

    — — —

     車のエンジン音、ウィンカーの音、開け放った窓の先から聞こえる街の動く音。それらすべてが車の中に響いて満ちていく。流れ込む音は、茶葉から染み出た紅茶の液が水に混ざって行くように、生ぬるくなっていた車内の空気と攪拌されていた。ただの水に味と香りと色をつけた紅茶のように、そこにただ存在する空気に人の生活というものを乗せた音を聞きながら、「平和」を感じていた。
     ヒーローのいらない世界。いつだかアホ鳥が言っていたその言葉が確かにそこに存在しようとしている。ヴィランの数は減り、あの大戦のような大きな事件が起こることはない。
    「ん……どぅしたの、かっちゃん」
    「なんでもねぇ」
    「そぅ……?」
    「ねみーなら、寝ちまえ」
    「ぅうん……」
     窓の外は、すでに暗くなっていた。夜の空気は、出発時の昼下がりの空気に少し湿気を滲ませたような重さを孕んでいた。まだ少し肌寒いが、室内の籠ったエアコンの空気を入れ替えたくて、出久が静かになったあたりでラジオの音量を絞り、窓を開けていた。
     寝ることを渋っていたようだった出久は、しばらくすれば小さく寝息をたて始めた。すぅすぅ、と穏やかなそれに小さく笑みが漏れる。運転中だからそちらを見ることが叶わないが、きっと平和ボケした寝息と同じぐらい穏やかな顔で寝ているんだろう。
     流しっぱなしになっているラジオの向こうで「日付変更までもう少しですねぇ」という会話がされていた。ちらりとカーナビに視線を送れば、『23時45分』の文字がある。あと15分。15分でなにが変わるかと言われれば、何も変わらないのだが、年齢が一つ上になる。ガキだった頃は、その一年に酷く憧れてイキっていたが、今となれば人間として必要なのは、年齢という生きてきた年月の数なんかではなく、自分が行ってきた努力と達成してきた実績、それによって学んで自分のものにした経験なのだとひしひしと感じている。
     年齢というわかりやすい数字が目につかなくなって、それに固執しなくなったのかと言われればそういうわけではないが、それでもそれ以外のものが必要なのだと深く理解できるようになった。以前そのことを話したら『大人になったな』と周囲の年上どもに言われて頭を撫で繰り回されたのだが。
     深夜帯の番組が終わりに近づいてきたのか、「皆さんも夜遅くまで聞いてくださりありがとうございました!」とパーソナリティであろう男が明るく言っている。それに合わせて、「ありがとうございました!」と若い女の声が重なる。
    『いやぁ~、今日ももう終わりですか』
    『そうですよぉ~。4月19日ももう終わりです。一日って早いですよねぇ』
    『年を取ればとるほどね。時間の感覚と言うか、流れと言うか、あとは記念日に対する意気込みって言うのかな、そういうのが薄くなってくんだよねぇ』
    『薄く……ふふ』
    『佐藤ちゃん、笑わないでよ! 僕だってね、こんなおじさんになってるなんて思いたくないんですよ』
    『あはは、すいません! うん~、でも、わかる気がします。小学生とかの時に比べると、クリスマスだったり自分の誕生日に対する感情……? が、薄らいでる気はしますね』
    『そうでしょ~? いや、わかって欲しいわけではないんだけどね。こんなおじさんの言葉は、佐藤ちゃんみたいな子は笑い飛ばすぐらいがちょうどいいのよ』
    『天野さんも別におじさんではないと思いますけどねぇ?』
    『そうかなぁ』
     二人で笑い合いながら緩い雰囲気で進行していたラジオは、そのままエンディングへと向かっていた。トークの方向性は、記念日の話のままだ。
    『では、ということで!』
    『と、いうことで? お相手は~?』
    『ふは、お相手は! 佐藤ちゃんこと佐藤と』
    『天野さんこと天野でした! 皆様良い眠りを! そして今日という日に祝福を!』
    『記念日の方は是非とも、このラジオを聞いたのなら、精一杯楽しんで盛り上げてくださぁい!』
    『盛り上げるってどういう事?』
    『うお~~~! ってやって欲しいなって』
    『うお~~~!? あっ、はい、ではでは! おやすみなさ~い!』
     聞いていたラジオが一区切りついたところで、スピーカーから流れる音を音楽に切り替える。よく聞くわけではないが、偶然街中で聞いてよかったからという理由でプレイリストに入れている楽曲が一番最初に流れた。落ち着いた音調で、それでもギターの音が聞こえるような。ジャズに近いような、そんな音が心地よくてたまに聞いていた。
    「盛り上げる、か」
     数メートル先に電話のマークが見えた。カーナビの時計は55分を示していた。
     逡巡する。どうしようか、と悩む。悩んでしまった。悩んでしまったら、左側のウィンカーランプを光らせていた。そのまま左後ろを確認し、車を車線変更していく。ゆっくりとスピードを落とし、途中停車部分に車を乗せた。液晶には58分の文字。
    「出久」
     間に合わなくてもよかった。ただ、自分が置き去りにしてしまっていた欲をなんとなく解消してみたくて、俺にしては珍しく好奇心で動いていたのだ。
    「……ん、」
    「出久、起きろ」
     身じろぐものの、起きることはない。それは分かっていた。期待はしていなかった。でも。
     電子時計は59分を指している。あと30秒ぐらいだろうか。諦めが強くなる。叩き起こしたいわけではない。だけど、起きては欲しいと思っていた。
    「出久」
     もう一度、声をかけた時、時計は0時に切り替わっていた。自分の歳が一つ増えた。
     もう特別感を感じない数字。だけど、その数字とほぼ同じ年数、この男と過ごしていた。
    「……かっちゃん、誕生日おめでとう」
    「…………は?」
    「誕生日、おめでとう」
     声がした方向には瞬きを繰り返しながら、こちらをじっと見ている出久がいた。繰り返すように「誕生日、おめでとう」と。寝ていると思っていたヤツが、「ごめん寝てた」と言いながら困ったように笑っているのを見て、口をパカリと開けたまま固まってしまう。
    「本当はしっかり言うつもりだったんだけど……起こしてくれて、ありがとう」
    「起きてたンか?」
    「うんん、さっき起きた」
    「あっそ……」
     目的が果たされてから、自分が思っていたよりも必死だったことに気が付く。そのことに顔が熱くなっていく。この場の空気を変えたくて、ギアチェンジをして、クラッチを踏み込む。アクセルを踏んで、発進としたタイミングで、出久が口を開いた。
    「かっちゃん」
    「ン」
    「次からはちゃんと起こして」
    「……わーった」
    「うん」
     車が進んでいく、車線に合流すれば、いつも通りの調子で出久がいつものように話し始めた。とりとめのない話をしてく。独りで窓の外の音に耳を傾けていたあの数時間よりも、この時間が酷く愛おしく感じた。
     この感情を文豪に言わすならきっと、月が綺麗ですねとかになるのだろう。
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