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「エアコン…買って良かった…」
「俺が買うたったんやろが」
無防備に臍を晒しながら気持ちよさそうに目を閉じて寝転ぶ弟分に、ため息が出る。気に入られている自覚が有るのだろう、〝いつも〟のように見つけては声を掛けて喧嘩に誘う。それは、暑かろうが寒かろうが自分には関係無いと、この〝気に入り〟を通り過ぎて別の感情が腹の底から迫り上がってきている相手、桐生一馬を見つけては必ず誘う。喧嘩を断られたら飯。飯は済ませたと言われれば酒。
一度酔った勢いで唇を奪った事があった。その時は、まぁ、ぶん殴られてもいいと思っていたし、「冗談の解らんやつやなぁ」と笑っても良かったし、喧嘩に傾れ込んでも良し。そう思っていた。しかし、その時の反応が想像していたより何百倍も堪らない物だった事が、自分がこの男に惚れていると自覚した瞬間であった。
そんな中、飽きもせずまた声を掛けた。いつもなら「またですか…」とげんなりしてみせるくせに瞳はキラキラと交戦的な輝きを見せてくる。しかし今日は何故か本当に疲れているようだった。
「どないしたん」
声を掛ければエアコンが壊れたとの事。連日の暑さの中エアコンが壊れたとなれば地獄だろう。新しいの買ったらええやんけと言えば、むっと唇を尖らせていた。
「自分みたいな下っ端が簡単にエアコンなんて買えません」
「まぁ、そらそうか」
桐生のポジションなら、確かにそんなには稼げていないだろう。それこそ、取り立ての小遣い稼ぎや金券回収の何%。それも大した金額では無いだろう。それこそ、兄貴分に媚び諂って小遣いを数人に分けて貰って生活を立てるのがまぁ、下っ端としての上手いやり方だろう。
(ま、無理やろな)
自分もそうだが、折りたくない腰を折り下げたくない頭を下げ媚びた笑顔とおべんちゃら。なんて桐生には似合わないし出来もしないだろう。
(まぁ、俺は一生分の笑顔とおべんちゃら使い切ったけど)
と、過去の自分を思い出し内心自分で乾いた笑いを零す。
「可愛い弟分が甘えて来たらエアコンくらいなんとかしたらんこともない」
〝喧嘩してくれたら〟では無く、甘えて来たらと言ったのは意地悪心もあったが、惚れている下心もあったかも知れない。もちろん、乗ってくるなど思っては居なかったが。
「甘えるって、どんな」
余程参って居たのか、眉間に皺を寄せて困った顔になったと思えば指先をこちらに向けて伸ばしてくるから、瞬きも忘れて固まってしまう。固まったままその指先を見つめていたら ちょい と蛇柄のジャケットの裾を掴んで来た。
「真島の兄さん」
低いが、何処か甘い、強請るような声。
「あ、 こらアカン」と速攻で両手を上げて降参ポーズを取ってしまったのは、惚れた側としては仕方ない事だろう。
この男の無意識の破壊力に財布の紐は弾け飛んだ。
「……襲うてまうで」
気持ちよさそうに寝る桐生のシャツは捲れ上がり背中の龍がこちらを覗いている。割れた腹筋から腰のラインはまだ肉が薄いが自分よりも柔らかそうだ。元の体格の違いだろう。
つい、ぼそりと呟いてしまっていた。
「?なんですか」
眠たいのだろう、声は舌ったらずだ。
それにまた誘われて「どうしてやろうか」と真剣に思う。
目を逸らすが意味など無い。先程から自分の中の雄が落ち着きなく腹の中で暴れている。
この無防備な龍を喰らう事など、簡単に思えてならない。
「桐生ちゃん、」
名前を呼ぶ声は掠れてしまっていた。
エアコンなど、意味を成さない程に熱くさせてやろうと犬歯を舐めて居た。