悔しいがな惚れている、##悔しいがな惚れている、




「お迎えき来たったで」

　まだじりじりと夏の太陽がアスファルトを焦がす午後3時。二日前に休日が出来たと伝えて来た愛しい子の言葉に乗り立場的に当日欠勤が取りやすい自分が、甘やかすが如くその子に休みを合わせた。甘やかしと言う自覚は有ったがそれ程までに目の前で怠そうな顔をしている弟分が愛しいのだから仕方の無い事だろう。
「暑いのに弱いんです」と炎天下の下一丁羅のジャケットを脱ぎ肩に担いでいた姿を思い出す。午後3時となればまだまだ太陽は天辺に近い。暑さで言えば1日で一番に近く高くなっている時刻。目の前の男。桐生一馬が怠そうな顔をしているのもまぁ、当たり前だ。

「お家デートでもかまへんで」

　言いながらレンタルしてきたビデオをぶらりと目の前に下げてやる。タイトルは、〝紅の猫〟魔女に呪いを掛けられた猫がある恋をきっかけに人間に戻ると言う物語り。「爪も研げねえ猫はただの置物だ。」が決め台詞な主人公の映画。桐生は見かけによらず(見かけ通り、かもしれないが)こう言った世に言う〝子供向け〟がお好みだ。本人に言えば拗ねてしまうだろうから、決して言いはしないが。

「…いいのか？」

　真島の後ろのギラギラ光る太陽光線に眉間に皺を寄せながらも尋ねてくるのは、二日前に約束した時に「ビリヤード行こうや」と言ったことを覚えていたからだろう。
真島からすれば、桐生と過ごせるなら場所なんてどこだって良かった。訪ねてくる桐生に真面に答えもせず「取り敢えず中入れてぇや」暑うてたまらんわ。と靴を脱ぎズカズカと足を進めた。



「どうぞ」


　この時間からビールは無いなと取り敢えずは麦茶が差し出され、それをぐびりと飲み干しビデオを流し始める。隣同士に座るが、どうにも腰が落ち着かない。背もたれがあるチェアーがある訳でもなく、真島は「ん」と当たり前かのように桐生の足を開かせ右足のうち太腿に背中を預けそれを背もたれに横になる。うん。しっくりだ。桐生のしなやかな足は背もたれに丁度いい。おんなの様にか細い足では無いから、体重を掛けても問題無い。それが酷く心地よくてつい、ビデオが流れているにも関わらずつい瞳を閉じてしまいそうになる。

「……」

　あからさまにむっと下唇を突き出す桐生に気付くも、そんな顔もまた可愛らしいので内心で笑いながらも知らぬふりを決め込む。鼻歌でも歌いそうになりつつビデオの音声を小気味よく聞いていたらむにゅりと両頬を掌で捕まれて「」と良くわからない声が出た。

「……」

　真島の頬を掴む桐生の顔は少し拗ねているようだった。
ビデオを見ていない事に拗ねているのかと一瞬思ったが、とうの桐生の視線は自分に向いているからそうではなさそうだ。

「なんやねん」

　訪ねても頬を掴む指に弱い力を込めてむにむに。と動かすだけだ。自分だけを映す瞳はやはりキラキラと煌めいていて、初めてこの瞳を見た時と同じく、堪らない瞳だと思った。つい、この美しい瞳が涙に濡れる様を思い出して、外から差し込む日差しやビデオの音、性欲を感じさせない真っ直ぐな瞳とは真反対の感情がむくりと起き上がってしまう。表情には微々たりとも出しはしないが。







（この顔がずりぃんだよな）

　真島が自分の足を背もたれにして来た時、まさしく「む」と思った。自分の好きな映画を借りて来てくれたくせに、見もしないのか。と。
しかし、くつろぐ様に瞳を閉じた顔に〝自分しか見れない特別〟を感じてしまい何も言えなくなってしまった。機嫌は間違えなく斜めになってしまったのにそれを言えない、伝えられないのが少し悔しかった。


それも全部。


　　この顔が悪い！


桐生の気持ちなど、邪な思考がぐるぐると脳内を占めている真島には、解る筈も無く。