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    r103123

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    魏嬰に会うため、声を失った藍湛の忘羨、人魚×天狗au

    人魚と天狗「昨日ぶりだな美人ちゃん!」
     魏無羨の閉じていた羽根が彼の笑顔と一緒にパッと開く。美人ちゃんと呼ばれた美丈夫は小さく一つ頷き、一番背の高い松の木から降りてくる魏無羨を眩しそうに見上げた。

     魏無羨はこの辺りの山々を縄張りとする気のいい天狗だ。御参りに来た人間の話を親身に聞いてやるのは勿論、度々人里に降りては賭け事に興じたり人助けをしたりしている。三日前、山を降りて町の賭場を荒らしていた際に背後から魏無羨の肩を遠慮がちに揺する者がいた。それがこの浮世離れした美しさの男である。
     透き通るような美しい容姿に天女に似た佇まい。一本歯下駄を履いた魏無羨と変わらない身長と、着物の上からでも分かる恵まれた体躯……。何故あの時自分の肩を揺すったのかは未だ分からないが、綺麗な物が大好きな魏無羨は出会ったばかりのこの美人をとても気に入っていた。
     町を連れ歩けば無表情ながらに驚きを示し、魏無羨が与えた物を素直に受け取って丁寧に反応を返す。途中まで無口なだけかと思っていたが、彼はどうやら声が出せないようだった。だが、人一倍お喋りな魏無羨とつるむのならばそれでちょうどいいくらいだ。名前も分からないため勝手に「美人ちゃん」と呼んでいるが、二人で過ごしていて困ったことは無かった。

     松の木から降りた魏無羨は今日も極上に美しい男を見つめてニッコリと微笑む。
    「こんな山奥までまた来たのか? よし、今日は浜辺に連れて行ってやる。海は好きか?」
     彼は嬉しそうに頷くと流れるように魏無羨の腰を抱いた。そのまま歩き出そうとするのを制し、魏無羨からも彼の腰に腕を回す。
    「ゆっくり散歩するのもいいが、こっちの方が速い!」
     二人の身体がふわりと浮かぶ。魏無羨の自慢の羽根が空を黒く染めんばかりに大きく広がり、周囲を囲んでいた木々が一瞬にして足元に消える。
    「しっかり掴まって……っ、ほ、骨を折る気か」
     高い場所が苦手なのか、魏無羨に掴まる美丈夫の腕の力はいつだって加減知らずだった。怪力として名高い天狗が慄くくらいなのだから相当な膂力だ。もしかしたら魏無羨と同じように人間以外の存在なのかもしれないが、本人から聞けない以上知る術は無い。

     高く飛べば深い緑の向こうに光が溢れているのが見えた。太陽の光を存分に浴びる美しい海だ。
    「俺、海が結構好きで時々見に行くんだ。前に行った日は嵐で……嵐の日の波を見たことあるか? 二度と同じ形にはならない複雑な動き方をするんだ。だからあの日もそれを見に行って、そしたらうっかり雷に打たれて海に落ちてさ。ハハハハハハハッ。気が付いたら浜辺で寝てたんだ。運がよかったよな。ん? お前怒ってるのか? そうだな。危ない飛び方はもう……違うのか?」
     浜辺に降り立ち、突然不機嫌になったらしい美人ちゃんの顔を覗き込む。彼は何かを伝えたいらしく小さく身振り手振りをしているがよく分からない。この男が自分から何かを伝えようとするのは初めての事だ。何とか読み取ってやろうと真剣に向き合うがさっぱりだ。魏無羨が腕組みをして首を傾げると、男はますます必死になりパクパクと口を動かす。だが、唇を読む芸当は流石の天狗にも出来ない。
     痺れを切らしたのか、美丈夫は魏無羨の腕を掴み腰を抱くと素早く足を掛けた。魏無羨の口から間抜けな呻き声が零れ砂が舞い上がる。呆気なく砂浜に押し倒された魏無羨は、見上げた直ぐ先に好みの美しい顔が迫っているのに気付き――次の瞬間には唇を何か柔らかなもので塞がれていた。
    「ん? ンっ、ぅん」
     ぬるりとしたその感触が舌だと気付く頃には息が上がり、手首にはくっきりと掴まれた跡が痣となって残っていた。

     波の音と、後頭部の砂の感触。それに執拗に舌と唇を吸われる甘美な感覚。どこか覚えがあるような気がするが記憶が不鮮明だ。何か、水色のキラキラしたものが揺れていた気がする。
    「……真実の愛の口付けで無ければ、呪いは解けない」
    「ぁ、お前、話せるのか?」
     男は魏無羨の身体を軽々と抱き起こすと優しく砂を払い、惚けたままの愛らしい顔に触れて頬をそっと撫でる。
    「私の声が戻ったということは、真実の愛の口付けだったということ」
    「おい、待て。呪い? 呪いで声が出なかったのか? それに真実の愛って、」
    「嵐の夜、空から落ちてくる君に私は……恋をして、しまった」
     そう言うと男は魏無羨に抱き着き、ぎゅうぎゅうとまた遠慮ない力で抱き締めてくる。何か必死そうな様子に振り払うことも出来ずに背中を摩ってやると、ビクリと震えた後でその高い鼻筋を押し付けてくる。

     ……分かったような、分からないような。嵐の夜に魏無羨に惚れ、町まで探しに来たということだろうか。そして思い余って今日は口付けてしまった、のか?
     事情が分からなくても振り払えない程度にはこの男に絆されていて、口付けも悪くは無かった。気持ち良くて寧ろもっとして欲しいくらいだ。強引なくせに恥じらいで赤くなった耳朶も何だか可愛いと思えてしまう。これが真実の愛、なのだろうか。
    「ハハハハハハハハッ」
     魏無羨が笑い出すと美丈夫は腕の力を緩めて不満そうに顔を覗き込んでくる。美人は怒っても美人だ、と思いながら笑い過ぎて眦に溜まった涙を指先で拭った。
    「なぁ、それより名前を教えてくれよ。あの夜、俺を助けてくれたのはお前なんだろう?」
    「っ、私は――」

     その日、山に住み着く気のいい天狗に伴侶ができた。相手はとても美しい男で、二人はよく夕暮れの海辺を仲睦まじく歩いているという。

    終わり
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