マヨイさんは誘いたい〈1〉お題「いっしょに居ること」
結局また言い出せなかった。
今日も雨が降っている。あの日こそは言えると思った日にすら言えなかったのだ、どうせ今日も自分は言い出せないのだろう。
廊下の床の模様を数えるように視線をぼんやりと向けて、マヨイは足取り重く歩いていた。
天気のせいではないことぐらい、本人も重々承知している。全ては己の意気地のなさが原因であり、天気のせいにすることさえ烏滸がましいと、この瞬間も考えていた。
マヨイが言いたいことはひとつ。同じユニット仲間の白鳥藍良にチョコレートパフェを自分と二人で一緒に食べにいかないか?と誘うことだ。
それがとてつもなくマヨイには難関だった。
確かに、いっしょに居ることは増えていたけれど、自分たちは仕事ありきの関係なのだ。プライベートと考えるとハードルがいきなり跳ね上がってくる。
何も難しく考えることはない、なんていわゆる陽キャと呼ばれる人種は簡単に言うだろう。しかし、マヨイは根っからの本気の日陰者だった。
こうしてゆっくり歩いているのも時間稼ぎだった。
今日はこれからユニットでの仕事の打ち合わせで、ミーティングルームに向かって歩いているところだ。ユニットのメンバーはみんな真面目なので、直前まで現場にいない限りは誰が一番乗りかを競えるほど集合が早かった。
もし、ミーティングルームの扉を開けて藍良以外の人間がいなければ誘ってみようか……。
マヨイは心を決める。でも、決意に反して足は鉛のようだ。情けなくて空の代わりに泣きたくなる。
そうしてとうとうミーティングルームまで辿り着いてしまった。扉の向こうに気配がある。おそらく一人。いったい誰なのか。目を閉じて、深呼吸をしながらドアノブに手を掛ける。
「……おはようございます。失礼しま――」
「マヨさん、おっはよー!」
「!!??」
馴染み深い無邪気な声は後ろから。完全な不意打ちで肩を叩かれると、慌てた拍子に開けようとしていたドアに思いっきり額を強打した。
そして、世界が暗転する。
目を開けると、見えるはずの風景が変わっていた。ミーティングルームの扉は無く、そもそもESビルでもなく、けれどもなんとなく見覚えのある装飾の扉。
「教室の扉、ですかね……?」
背後がざわざわと騒がしく、苦手な雰囲気だ。バイトや部活やレッスンの話をしている声が目立つ。時刻は放課後らしい。
ESビルで藍良に呼び掛けられたのは夢だったのだろうか。さすがのマヨイでも立ったまま眠ってしまったことは今までない。
とはいえ、このままここに突っ立っていては往来の邪魔になってしまう。よく解らないまま、マヨイは歩き始めた。
空は降りだしそうな色の濃い雲に厚く覆われている。