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    Ika

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    Ika

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    練習SS。4.5イベ後の二人。意図せず黑键に口付けてしまった止颂の話。捏造を含みます。世界観とキャラを掴もうとしている段階なので、温かい目で見てください。

    #颂键

     初めて唇が重なった日、彼は“しまった”という顔をした。

     ウルティカ領内にある森の近くでのことだった。
     いつも面を貼り付けたように仏頂面を崩すことのない彼が、徐々に目を見開き、口を薄く開けたまま固まった。それは傍から見たらひどく滑稽な様子だった。しかし、その時のエーベンホルツには彼を揶揄する余裕は欠片もなかった。
     エーベンホルツも同様に、動けずにいたからだ。人一倍大きな瞳が瞼からこぼれ落ちそうになっていても、エーベンホルツは微動だにしなかった。言葉を発することも、思考を働かせることもできない。
     そうして、どれだけの時間が経ったのか。
     傍らで羽獣が羽ばたく音がした。同時に黄昏時の森を風が吹き抜け、草花の匂いを運んでくる。
     エーベンホルツは我に返った。
    「……は?」
     だが、結局口から出てきたのはそんな一言だけだった。見れば、目の前に立つ男も正気を取り戻したらしく、彼は明後日の方向を向きながら「戻ろう」と呟いた。その表情は彼の長い前髪に隠され、エーベンホルツからは確認できなかった。
    「っ、待て!」
     歩き出す彼を、慌てて呼び止める。しかし相手は止まることなく大股で進んでいき、あっという間にエーベンホルツから離れていった。
     突然、なんの断りもなく人の唇を奪っておきながら、口にしたのが「戻ろう」の一言とは何事だ。謝罪をするなり開き直るなり、他に適切な態度があったはずだろう。
    ——いや、訂正しよう。開き直るな。謝罪しろ。誠心誠意、謝るのが筋だろう。
     そんな怒りを抱えながら、自分よりも一回り以上大きな背中を追いかける。レッシング、とその背に刺さるような鋭い声で彼の名前を呼ぶ。しかし、相手は振り返るどころか返事すらしなかった。いよいよ、エーベンホルツは我慢の限界を迎えそうになる。同時に、じわじわと強烈な羞恥が頭をもたげ始めた。
     アレは、キスだった。
     その衝撃は時間の経過と共に怒りよりも強くなり、エーベンホルツの思考の大半を占めるようになる。
     どうして、なぜ。ついで溢れてくるのは疑問ばかり。そして、不意に触れ合った熱の感触を思い出し、エーベンホルツはその歩みを止めた。
     うつむき加減で、唇に指先を当てる。
     初めて、だった。
     リターニアの人々は、家族や友人間の挨拶として口付けを贈ることがある。それは額だったり、頬だったりと、顔の部位なら様々だ。唇同士のケースも当然ある。エーベンホルツも、極めて少ない回数だが唇以外ならキスの経験があった。大切な相手とキスを交わすことに、疑問も抵抗もない。
     しかし、“自分たち”は違うだろう。
     出逢った日から一年が経ち、あの頃とは比べ物にならないほど相互理解は深まった。身分の差はあれど、それを気にする二人ではなかったから、今では友人と呼んで差し支えない仲になった。しかし、二人が挨拶のためにキスを用いたことはない。それに、先ほどのキスは決して挨拶などではなかったはずだ。
     ならば、いったい何だったというのか。
     考えてみるが、思い当たる節はひとつしかない。そしてそれは、とうてい信じられるものではなかった。
    「——フランツ?」
     今度はエーベンホルツが名前を呼ばれる番だった。すっかり耳に馴染んだ音の響きに、ゆっくりと顔を上げる。少し離れた場所で、レッシングがこちらを振り返っていた。その青い瞳はいつもより幼い色をして、エーベンホルツを映している。自分は話すことが上手くないと、そう気恥ずかしそうに目を伏せていた彼とよく似た顔だ。その頬がほのかに色付いているように見えたのは、ウルティカの大き過ぎる夕日のせいだったのか。あるいは——
    「……悪かった」
     レッシングが、心底申し訳なさそうに顔を歪めてそう言った。彼はエーベンホルツを一瞥し、それから静かに頭を下げた。
    「最低なことをした。逃げるような真似までして、本当に申し訳ないと思ってる」
    「あ、ああ……。そうだな」
    「全面的に俺が悪い……だから、罰はちゃんと受ける」
    「ああ……」
     ダメだ。上手く頭が回らない。舌がおかしな相槌ばかりを打っている。エーベンホルツはそれ以上何も言えなくなった。
     レッシングが頭を上げ、もう一度視線が交わる。口を閉ざしたまま固まるエーベンホルツに、レッシングは目を細めた。
    「怒っているよな」
     問うというよりも、確信しているといった口調でレッシングは言う。エーベンホルツはふと気付いた。つい数分前までは確かに怒りがあったはずの胸中が、今はやけに凪いでいることに。それは謝罪を受けたからかもしれない。あるいは、怒りよりも重要なことができたからかもしれない。
     考えるより早く、エーベンホルツは口を開いた。
    「なぜ、私に口付けを……?」
     そう尋ねる口調は、いつになく弱々しいものだった。レッシングは少しだけ目を丸くし、そして暫し考える素振りを見せてから、言葉を選ぶように答えた。
    「……すまない。理由は、わからない。ただ、お前が笑ったから。その顔を見ていたら、触れてみたくなって……」
    「私が、笑ったから?」
    「ああ、そうだ。笑っただろ? 俺の剣の柄に羽獣が止まったのを見て」
     レッシングの言うとおりだった。今日中に片付けるべき仕事を終え、散歩に出るというレッシングにエーベンホルツは同行した。行き先は彼に任せていた。着いたのがトウヒの森だ。中に入ることはなく、手前で足を止めたレッシングは、少しの間、緑の葉を揺らす木々をじっと見詰めていた。そろそろ帰ろうとなった時、どこからか現れた一羽のカラスがレッシングの剣に降り立った。白と黒の毛を持つ小さなカラスは、リターニアのどこにでも生息している獣だ。比較的温厚な羽獣は剣を持つレッシングを不思議そうに見、首を傾げた。レッシングもまた、そんなカラスの小さな眼を真っ直ぐ見続けていた。その光景が何だか愛らしく思えて、エーベンホルツは思わず顔を綻ばせた。小さく笑い声がこぼれたのを聞き、レッシングと、そしてカラスまでもがエーベンホルツを振り向いた。シンクロする一人と一羽の動きに、エーベンホルツは笑みを深めた。その直後、レッシングによって唇を奪われたのだ。
    「それが、本当に理由か?」
    「多分、おそらく」
    「曖昧すぎるだろ。ちゃんと考えろ」
    「考えてる。それでも、それ以外の答えが出ないんだ」
     レッシングは目を閉じ、首を横に振る。バツが悪そうに唇を噛む彼に、エーベンホルツは出かけた皮肉を呑み込んだ。目の前にいる十八の青年は、答えの出ない問題に本気で困っているとわかったから。今度は見間違えようがないほど、彼の頬は夕焼けよりも鮮やかな赤をしていた。
    「……なら、もっと考えろ。もっと根源的な理由が見つかるまで、繰り返し考えろ。——それが、私からの罰だ」
    「それは、さすがに罰にならないだろ」
    「うるさい。とにかく考えて、答えを探して悩めばいい。そして真の答えが出たら、私に伝えに来るんだ。いいな」
    「——わかった」
     レッシングは釈然としない顔をしながらも、最後には躊躇いなく頷いた。それを見て、エーベンホルツは彼から目を背けた。そして、足早にレッシングの傍から離れようと歩みを再開させる。
     これ以上、彼の視界に顔を晒していたくなかった。レッシング同様、熟れた林檎のように赤くなった顔を見られたくなかったのだ。

     数日後、悩み続けたレッシングがあろうことかドクターに相談し、もうひと波乱起こることを、この時のエーベンホルツは夢にも思っていなかった。

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    km64_lf

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