喧嘩は、ないない!2-1前回までのあらすじ。
仙京で些細なことで喧嘩の絶えない南陽将軍と玄真将軍。彼らは素手で殴り合う事もあれば、法器を使って張り合うことも。そんな主を見兼ねて、法器に宿る霊力が、子どもの姿で現れた!
喧嘩に法器を使われたことで怒って出てきたという風神弓の霊・弓弓(コンコン)と、斬馬刀の霊・刀刀(ダオダオ)は、風信と慕情が仲良くしてくれるまで、元の姿にもどれないという…。法器を使えなくなった風信と慕情は、弓弓と刀刀とともに謹慎することとなったが、果たして二人は喧嘩せず仲良く過ごすことはできるのか……?!
「くそ!法器も使えぬ上に……何故よりによってお前とも謹慎しなきゃいけないんだ!」
「まったくとんだ災難だ。誰かさんのせいでな」
ここは玄真殿の一室。霊文殿から戻った風信と慕情、そして弓弓と刀刀は同じ部屋にいた。
風信は落ち着かない様子で腕を組みながら部屋中をうろうろし、慕情は執務台の椅子に腰掛けて法器に関連する書物に目を通している。一方、弓弓と刀刀は玄真殿の神官達が気遣いで用意した玩具で、楽しそうに遊んでいた。
「元はと言えば、昨日お前が私に弓を向けたからだろう。バカめ」
「そんなこと、昨日だけじゃなかった!なぜ突然こんなことに?」
「ふん、そんなの知るか。さっさと寝支度でも済ませてろ」
「っ!くそ……」
風信は視線を感じて、床で玩具を広げている二人の子どもを見た。じとっと向けられる丸く大きい瞳は、少し不安に揺らいで見える。
「「喧嘩だめ」」
その言葉は、風信の荒ぶった心にぐさりと刺さる。ぐぬぬと歯を食いしばり、悪態を自制した。
慕情はそんな様子をちらっと見やると、手元の書物を閉じ、弓弓と刀刀に歩み寄る。
「おい、遊戯はもう終わりだ。お前たちは南陽将軍のところで寝ろ」
「なんで俺が!?」
「お前とのほうが寝心地が良いだろう」
「ね、ごこち……?」
風信がしどろもどろになっているのも構わず、慕情はしっしと三人を追い払うような仕草をする。それを見た刀刀は辿々しい走りで慕情に駆け寄った。
「しぇじぇん将軍と一緒にいる!」
「はぁ!!?」
慕情は駆け寄ってきた刀刀を見下ろし、そのくりくりした目を見た。
「私は嫌だ。あっちへ行け!」
「将軍が一緒じゃないと、寝れないの」
「………」
刀刀は恥ずかしそうに俯きながら、小さな手で慕情の衣の裾を握っている。そんな刀刀を見て、慕情は盛大なため息をついた。
「………わかった。ひと晩だけ、一緒にいてやろう。だが明日からは南陽将軍のところだ!わかったか!」
慕情は折れるのが、意外にも早かった。
――
「ねえ、将軍は寝ないの?」
「私はまだやることがある。先に寝ていなさい」
慕情は未だ執務台に向かって、さまざまな法器に関する文献を読み込んでいる。刀刀は寝台の上で横座りに座ったまま、執務台の慕情を見ていた。
神官の法器について書かれたその文献によれば、法器は持ち主の法力でその能力を発揮する。しかし長年法力を纏い続けると、知らず知らずのうちに法器が霊力を持ち始めるという。どこかで聞いた話だが、日用の品でも長年愛着を持って使い続ければ、その物自体に念が宿り、畏敬をもって扱われるようになるらしい。(付喪神、ともいう)
「将軍とおはなししたい」
刀刀はそういって、寝台に座ったまま短い足をゆらゆら揺らしている。慕情は依然として訝しげな表情のまま、執務台の椅子から動かない。今まで愛用していた法器がこのような霊力を保持していたなんて、全く知らなかった。突然現れた得体のしれない存在。しかし彼らの言うことが誠であれば、今より風信との関係が悪化しようものなら、法器はもとに戻らないだろう。困ったものだ。
何か行動を起こさねば……しかし何をすれば……。
そんなことをもやもや考えていると、刀刀は寝台から降りて慕情の元へ駆け寄った。
「しぇじぇん将軍は、なんやん将軍がきらい?」
「は?なぜそんなことを聞く?」
何の気無しに聞かれたことに、思わず強い口調で返してしまった。案の定、刀刀は怯えたように目を潤ませた。
「…ごめんなさい」
「………いや、私が悪かった」
慕情はなんだかバツが悪くなり徐ろに立ち上がると、顎に手を当て先程聞かれたことを反芻する。
なんやん将軍がきらい……?
「神官になっても、わからないことばかりだ。あいつのことは……」
慕情は刀刀に聞こえないくらいの小さい声で呟く。
刀刀は依然として、澄み切った瞳を慕情に向けたままけろっとしている。
「どうして将軍は、けんかばっかりするの?」
「さあな。だが喧嘩ばかりしてるわけじゃない。あいつは私の………」
そう言いながら、慕情は次の言葉が浮かばない。
もちろん喧嘩ばかりではない。武神として共闘することだってある。だが喧嘩のほかには何をしてるかと思い巡らせるも、思い出せば無性に腹の立つことばかりだ。
「なかよしになりたくないの?」
「なかよし、だって?別にあいつと仲良くなんかなりたくない」
「でも、しぇじぇん将軍は…」
「この話はおしまいだ。南陽将軍の話もなし。私はもう疲れた」
「…はい」
まだ何か話したそうな、だが眠そうに目をこすっている刀刀を遮り、慕情はもう勘弁してくれというように片手で眉間を揉んでいる。
一呼吸おいて立ち上がり、執務台の開いていた書簡や巻物をすべて整頓し、髪を解いて寝台に入ると、執務台に灯された蠟燭を法力で消す。
刀刀はというと髪も解かないまま横になっていた。
「そのままじゃ、眠りにくいだろう」
慕情は、刀刀の銀色の髪を結っている簡素な髪飾りをそっと取り外す。さすがは子ども、すでに寝息が聞こえていた。慕情は呆れたように溜息をつきながらも、規則正しい呼吸音に安堵する。
慕情はそっと布団にもぐりこみ、小さな幼い体躯と背中合わせのまま眠りについた。
南陽殿の、朝。
風信は目を覚ますと、胸に重さを感じた。とてもじゃないが、何故か息苦しい。
「くっ……くるし…」
締め付けられるような不快感に、風信は上体を起こそうとすると、ずるりと何かが胸の上から落ちた。
「っ!!?」
隣で転がっているのは、寝息を立てた子ども……弓弓だった。手も足も投げ出し、片足はまだ風信の腹の上。
夢とうつつの間で忘れかけていたが、風信は昨日のいろいろを思い返す。
「おい!寝相が悪いぞ!!」
いつもの調子で大声を出すと、弓弓は驚きで勢いよく上体を起こした。
「将軍の声、でかすぎる!」
「お前も大概だろう!せっかく寝かせてやったのに、行儀が悪いぞ!」
「だって、あったかくてふかふかしてて気持ちが良かったんだもの、将軍のうでの中」
「な?!お前っ……寝てる間に何して…」
「ねごこちよかった!」
戯けたように弓弓がいうと、兎のように飛び跳ねながら寝台を降りて駆け回っていく。朝起きてすぐに良くあんなにも走れるな、とまだぼやけた思考で風信は考えていた。
「ねーねー何してあそぶ?昨日みたいにおもちゃないの?」
「そんな気の利いたものはない!」
「えー、なんやん将軍のケチ!」
「誰がケチだ!」
風信は呆れながらも、鏡の前で寝間着を脱ぎいそいそと着替えを始める。任務はないにしても、会合には顔を出さねば。それくらいは神官として務めを果たしたい。風信が将軍衣装の下着に袖を通した、その時だ。
『南陽将軍、玄真将軍。是非お願いしたいことがございます。法器霊とともに、霊文殿へいらして下さい』
突然、霊文からの通霊が入った。
――――――
続く