もはやライフワークと化している桐生のストーカーをしていると目標である人物が立ち止まった。
気付いたのか、と思いきや誰かに呼び止められたようで急いで近づいてくる男はひっきりなしに頭を下げている。ここからでは会話はよく聞こえないが動きで恐らく以前桐生が助けた男なのだろうと推測する。元ヤクザか疑うほど桐生はお人好しなのは真島も知っている。
建物の影に隠れつつ男が去っていくのを待つが一向に何処かへ行く気がない。寧ろまた頭を何度も何度も桐生に下げ、当の桐生は首を振ったり何か悩んでいる様子だった。
もう少し近づいてもバレないだろうとこっそり忍び寄る。ある程度近付き耳を済ませると2人の会話が聞こえた。
「お願いします!桐生さんの強さと優しさに惚れたんです!1回だけでいいので!!」
「駄目だと言ってるだろ」
「1回だけ!!!1回だけですので!!!」
両手を合わせて懇願する男に桐生は呆れてため息を吐いていた。
要するに助けた男に惚れられ迫られているが相手が堅気なので碌に手を出せないで困っているようだ。
「(ホンマ、アマアマやなぁ)」
このまま桐生が困っている様子を見たいところだが助け舟を出したほうが良さそうだ。背後から何気なく『今会った』ような雰囲気を醸し出しながら桐生の肩に腕を回し自分に引き寄せる。
「おい、兄ちゃん。俺のツレに何の用や」
「な、何なんですか貴方は!」
「真島の兄さん…」
ふと、桐生の方へ視線を向けると『助けてくれ』とでも言いたそうな目をしていた。目を細めると男に向かって言い放った。
「桐生ちゃんには俺と言う先約が居るんや。せやからお前はいらんっちゅーねん」
「で、でも…」
「何やお前、文句あるんか」
声のトーンを低くしギロリと睨みつけると男はだらだらと冷や汗を流し「すみませんでしたー!!!」と脱兎の如く一目散に逃げ出した。
一段落着き安心したように桐生が一息つく。だが真島を見据える目は何か文句を言いたそうだった。
「あの言い方は色々誤解されるだろ」
「アイツは多分ああでも言わんと効かんやろ」
「む、確かにあの男は相当根強かったな…」
もっと他にいい方法があったのだが真島が適当な理由を述べれば納得してしまうこの男。
心の中で一般人に対しての警戒心が無さすぎてあのまま放っておいたらホイホイ付いて行ったのではないかと心配する。
「せや、桐生ちゃん。ここで会った事やし―――」
「………喧嘩か」
いつも真島が桐生に仕掛ける事は一つ。喧嘩だった。目が合うと喧嘩、合わなくても喧嘩。いつでも何処でも襲い掛かってくる真島に呆れつつも桐生は相手してくれている。
だが、違ったようでやれやれという様に首を振っている。
「今は喧嘩やなくて桐生ちゃんと呑みたいんや」
「………え?」
珍しく真島が喧嘩以外の事を提案し思わず素っ頓狂な声が出た。
「ええやろ?さっき助けたんやし桐生ちゃん奢ってくれや」
「それはいいが…」
何か企んでるのではと真島の目を見据えるが真島は基本桐生と違い表に出さないので鈍感な桐生には真島の心の内は分からないだろう。
ほれ、と言いながら桐生の腰に腕を回し引き寄せても嫌がる素振りを見せないためこれはもしかしたら脈ありなのでは、と淡い期待を持ちながらどう酔い潰させてやろうかと考え笑みを深めた。