藍色の怪物②「凛、誕生日おめでとう」
そう言いながら手渡された鍵を見て「これは…?」と聞くと父に連れられ家から歩いて5分ほど
見知らぬマンションの一室
渡された鍵を使って中へ入ると小さいけど明るい日差しの入る白い部屋、の片隅に地下に続く階段の様なものがあった
「ここは?」
「下に行ってごらん」
言われるがままに下へ降りるとそこには上の小さな部屋と違って広々とした空間が広がっていた
真ん中には大きな机と端っこには水場があり幾つか棚が設置されている
まさかと思い父を見ると「この部屋が凛のプレゼントだ」と笑っていた
いわゆるアトリエというやつだろう
しかしこんな立派な…と呆然としていると「冴がスペインに行って夢を叶えようとしてるんだ。凛も負けてられないだろう」と肩を抱いて頭をぐりぐりと撫でられる
「で、でもっ…俺…」
「いいんだよ。父さんの知り合いが特別に貸してくれたんだ、それに凛も家の中だと自由に描けないだろう」
確かに油絵具を使う作業は家の中でやるにはそれ相応の準備と片付けが必要で毎日少しずつしか進められないなんてことはザラだった
それでも自分はそれで満足していたし十分だと思っていたのに…
「ありがとう…父さん…ありがとう…っ!」
こんな過分なものを貰ったのだ。もっともっと努力しなければ。
アレから何度かコンクールで賞をもらった事もあったがこんなものでは足りない
もっと大きなことを成し遂げなければ。
「土日は泊まれる様に上の階にベッドと冷蔵庫を置いてやるから自由に使うんだよ」
「ありがとう…」
「でも篭りきりはダメだぞ?」
「うん、わかった」
与えられた分はキッチリ返さなければ
期待は裏切れない
この頃から油絵や水彩画など色々試せるようになり道が開けすぎた事で迷走して彫刻や工作の方にも手を出してみたりして最終的にぶっ倒れた
熱中しすぎて倒れるなんて恥ずかしくて仕方なかった上に兄にまでそれが伝わってしまったらしく珍しく電話がかかってきた
『凛?お前倒れたんだって?』
「ゔ……もう平気だ…」
『無茶すんなよ』
「兄ちゃんこそ…」
多分この頃の兄ちゃんは練習や言語。コミュニケーションに生活リズムや環境の違いという大きな壁にたくさんぶつかっている頃だろう
それなのに俺のせいでいらん心配をかけてしまうなんて…
『俺は大丈夫だ』
「でも…兄ちゃんは努力家だし、俺より我慢も効く分心配だよ」
『お前ほどじゃねぇよ』
「俺はダメだよ…今も、あ。なんでもない」
『?』
「なんでもないって…!それよりさ、そっちはどう?」
今も実は睡眠不足からくる疲労熱が治らない
寝れば治るのだろうけどどうしてもやらないといけないことがたくさんありすぎて寝る間を惜しんでアトリエに篭ってしまったのがいけなかった
まだ与えられて半月も経っていないのにすでに鍵を取り上げられそうになり今は自室のベッドで大人しく横になっている次第だ。
体が弱いわけではないが前より無茶が効かない
頭と体がバラバラに動いてる。そんな感じだ
『こっちは、まぁ…もう慣れた』
「え?早くない…?」
『お前と違って俺は無理しないからな』
「なんだよそれ…」
むぅっと嫌味に拗ねた様に言うと兄は力無く笑い大丈夫そうなら切る。と電話を終わらせた
この頃はまだこんな風に話す余地があったのだな、とため息をつく
自分が間違えなければ手酷く捨てられる様なことにはならないだろうけどやはり少し渡西した兄と話すのは緊張する
まだふらつく体を起こして兄の勝ち取ったトロフィーを眺めもう壊さないから。と目で撫でてから再びベッドへ身を沈めた。
それからは前回の人生同様兄と連絡を取ることは殆どなかった
誕生日や年始などイベント事があった時のみに控え自分は自分のやらなくてはならないことに努めた
最初は綺麗だったアトリエもだんだん油絵具の汚れが目立つ様になってきた頃
様々なコンクールに受賞する機会が増えてきた
需要が噛み合ったのか自身のレベルが上がったのかはわからないが褒められる機会が増えた気がする
あまり口数の多い方では無い自分は中学に入学したばかりで間もないというのに学校でも浮いてる方で以前はサッカーをしていた分ちらちらと鬱陶しい目線をいただくことも多かったが今やだいぶ少なくなった
前と違ってヒョロガリでコミュニケーションを取ろうともせずずっと篭って絵を描いてる変わりもんの俺の事など誰も見やしない
でもそれでいい。こうやって前回と違う人生を歩んでいけば狂うほど傷つくことも無いのだから
それに今では誰も「お兄ちゃんみたいにサッカーすればいいのに」と言わなくなった
何度か声をかけられた事もあったが今やすっかり糸師冴の弟だということすら覚えられていないレベルだ
昔はセットで覚えられ、今や忘れられ。
俺の人生は兄のおまけみたいなモノのように扱われて憤った事が何度もあったが一切関係ありません。みたいな感じで扱われるとそれはそれで物悲しさがある…
「なぁ糸師。お前絵描けたよな」
「……絵?」
描けませんけど。みたいな態度をとってしまったのはなんとなく未だ中学のクラスメイトにサッカー以外で話しかけられるのに慣れないからだ
もう前の人生と違う上にずっと絵を描いてきたと言うのに…どれだけ自分が不器用なのか、そしてどれだけサッカーの割合が大きかったのかと呆れてしまう
「描ける、けど」
「今度の文化祭のポスター描いてくんね?このクラス美術部いねーんだよ」
「…ああ……」
美術部なんてあったのか…
部活参加が強制でないから前回もサッカー部には入らずクラブチームの方をメインにしていた分学校の部活動なんて全然把握してなかった…
「いいけど」
「マジ!?サンキュー!」
安請け合いしてしまった気がするがまあいいか…。
さて何を描こうかな、と思った時校庭に咲く花が目についた
この時期は紫陽花が咲き誇り雨粒を受け美しく華やかに街を彩る
これにしよう。と思ったのは目についたからで特段深い意味はない
クラスの出し物が縁日だったのでまあそれなりに和風っぽいし沿ってはいるだろうと自己完結させサラサラといくつか案をだしておく
文化祭なのだから明るい雰囲気の方がいいだろう。
あとは用紙の大きさで何を付け足すかを決めようと紙を受け取りに向かう
思ったより大きなポスター用紙にふむ…と考え込む
ただ綺麗な絵を描けばいいだけではない。パッと見で目を引き何を楽しむ場所なのかをはっきり伝える必要がある
目を引く。の部分で大きさ的には問題なさそうだがデザイン的にはどうだろうか
せっかく与えられた機会だ
自分が貢献できるなら存分に力を発揮させたい
さっきまでそれなりに。とか思っていたというのにいざ用紙を前しペンを持つと身が引き締まる
すっかり絵を描くことに体が慣れたのだな。と自ら手放したモノの大きさを知らないふりしたままその想いを振り払うようにペンを走らせた
大まかな下書きが終わった段階でようやく紫陽花と縁日って微妙に時期が合わないなと思い描き直そうとするといつのまに見ていたのだろうか。教師が「それ、いいな」と紫陽花を指差した
「でも…縁日とはあわない。時期が違う…です。」
「本当の縁日なら夏だろうけど文化祭はまだ咲いてる時期だよ。それにこの学校らしくていいじゃないか」
「らしい…?」
「この学校は自然を慈しむをモットーにしているからね。校庭の花もそのうちクラス別で担当して育てることになるんだよ」
うちのクラスはあそこね。と指差した先には青々とした紫陽花が咲いていた
そんな行事があったなんて全く覚えていないのだが…
記憶の片隅にそんなことをしていたような…覚えがないような…いかんせん何年も前のこと且つこの頃はサッカーがすべて。サッカー以外知らん。と勉学が基本の学生であるにも関わらずサッカー以外の全てを切り捨てていたから恐らく一切参加しなかったのだろう。
「……がんばります」
「お!やる気があるのはいいことだ!」
教師は珍しくやる気がありそうな男子生徒を見つけたことで高らかに笑ったのを若干申し訳ない気持ちで曖昧に微笑み返した。
自然を慈しむ。という言葉の通りよく見てみるとこの学校は至る所に草花が美しく生徒たちを見守っていた
校庭の近くに造られたビオトープの側で菖蒲の花が雨に濡れて水面に太陽が反射しキラキラと光っている
こんなものまであったなんて全く記憶にないなと我ながらどれだけ学校という場所への興味関心が薄かったのかと思い知らされる
兄がいたら少しは違ったのかもしれないが……まぁ兄も似たようなものだろう
現に今だって入学してから2ヶ月もの間ここの存在を知ることなく即下校してはアトリエに篭って家に帰るのを繰り返していた
結局やり直したところで人間性の部分はさほど変わらないのだな、と実感。
ぼうっと眺めているには勿体無いと思い足を進めると紫の菖蒲の奥に青い菖蒲がグラデーションのように咲いているのが見えた
『花言葉は希望、信じる心、大きな志…かぁ。なんか照れるな、こういうの』
「っ!」
なんでいきなり思い出すのか。
いつだか何かの集まりだか撮影だかで白いスーツを見に纏い胸元に青い菖蒲の花を身につけていた潔の姿を思い出す
律儀に花言葉なんか調べては照れたように笑いながら自身に与えられた花を愛でていた
『こんなもんただの飾りだろ』
『そう言うなって!凛のは百合かぁ、待ってろ今俺が調べてやるから』
そう言いながら頼んでもないのに花言葉を調べ始める
こういう強引さを持ち合わせていながら花言葉などと言ったものに関心を向ける繊細さはどこからでてくるのだろうかと考えていると何が面白いのかニコニコ笑いながら花より青い瞳をこちらに向けた
『白い百合は純粋、無垢、威厳だって。お前にピッタリじゃん』
そうだろうか。純粋や無垢と言った言葉を俺に向けるのはお前くらいなものだと、そう言ったところでお得意のよく回る口で説き伏せられそうなので『…』と無言で返す
『傲慢って意味もあるらしい。本当お前ピッタリだな』
『うるせえよ』
ほんと。思い出の中でまでうるさいなんてひどい奴だ
目に映る全てに潔との思い出があって寂しさが募る
もう何年もこんな生活をしているといい加減参ってくるもので兄がいなくなった今縋るものがないぶん余計にズンと記憶が重くのしかかる
(……帰ろう)
こんな時はアトリエに篭って何かを描くに限る
手を動かし頭を使ってないとダメだ、とスクールバッグをしっかり持ち帰路へつく
市のコンクールに出すための絵の制作の途中
乾くのを待つ間に文化祭用のポスターに色をのせていく
青を基調とした落ち着いた色をベースに確か輪投げやヨーヨー釣りと聞いているのでそれらしく描き、食品の類は時期的に考えて既製品の飲み物を販売するとのことで屋台のみピックアップして描いておく
今まで自分の好き勝手に描いてきた分大衆向けにと考えると少し難しい
こういう柔軟性が自分にはないのだろうな
デザイン性の部分も学ぶ必要があるな
こればかりは勉強とセンス
手を動かすのみでは手に入らないモノだ
「え!?もうできたの?早くね!?」
翌々日には乾いて出来上がったポスターを持っていくと最初に声をかけてきた男は大げさに驚いて上手上手と騒ぎ立てた
そのせいかあっという間に他のクラスメイトに囲まれてしまいわいわいと騒ぎ立てられげんなりしてしまう
こういう場面は何度かあったしチームで戦う競技をしていた分たくさんの人に囲まれたりすることは茶飯事で、プロとして活躍するようになってからは特にその機会が増えてしまった
周りで騒がれるのは好きではない。
うるさいしなんて返したらいいかも分からずされるがままにされている感じが嫌いだ
それでも「ありがとう」「助かったよ」と幾人にも声をかけられれば悪い気はしなかった
こうやって利用価値があるところを見せればどこぞで拾ってもらえるだろう
何気なく引き受けたポスターきっかけにデザイン性を学び今まで感覚で描いていたものを見直すようになった
するとそれなりに大きな賞を貰えるようになったり認知されるようになり始めた
…この流れにはとても身に覚えがある
感覚でやっていたサッカーを周りに合わせてプレーする様に変えた結果兄に失望されるに至ったあの時と一緒だ、と心にモヤがかかる
周りからは評価されても大事な人からの評価をもらえなければ意味がない
今1番期待に応えたいと思えるのは自身に専用の場所を与えてくれた両親だ
だというのに…2人とも頑張ったねと褒めてくれて喜んでくれているが自分の中で何かが引っかかる。満たされない。
やはり兄の存在は場所を与えてくれる両親以上に大きいのだろうか
兄から認めてもらえればこの奇妙なモヤモヤは消えるのだろうか
答えの出ない悩みは尽きない
ひとつひとつ解消していくにはあまりにも姿形が曖昧で
見えないそれらはふと現れては心に小さな傷を残して消えていく
癒えきってない傷にふと現れては追い打ちをかけていくのだから厄介なモノを抱えてしまったものだ
自分自身どうしたいのかも分からないのだから…悩みに手をつけるには力がなさすぎて。力を出すには心に残る傷が多すぎて。結局堂々巡りのまま傷を抱えて生きていくしかないのだろうか…
そうやって大きく膨らみ続けた悩みの答えは出ないまま出口を見つけられずにそこに止まり続ける俺を置いて時間は進む。
今の時間帯はおそらく雪がちらつき始めた頃だろう。
冷え切った窓のない地下にいてもわかる
1日たりとも忘れたことなどなかった
雪の降る中言われた言葉は一生物の宝みたいに心にしまわれたままたまに取り出されてはその美しい輝きで心を破壊していく
もしもう1度同じことになったら
もしうまく話せなくて誤解を招くようなことになったら
もし兄が今の自分を見てどう思うのか
様々な思いが浮かんでは消えてしばらく寝付けない日々が続いていた
今日 兄が帰ってくる。
あの日はサッカーの練習をしていた
チームメイトが帰る中1人残ってシュート練に励んでいた
そこに兄が来て、転向することを聞き、俺が否定し否定され…2人の夢は終わった。
今思い出すだけでも動悸がおさまらないしあの目の前がホワイトアウトするような絶望はすぐ側で俺が逃げ出さないか見張るようにしてそこに居続け、監視している。
そいつの存在が希薄になったのは潔がいてくれたおかげだから…今回は間違えられない
「……はぁ…」
しかしどんな顔して会えばいいのかわからずアトリエに篭っているのは本当に愚かで狡いと思う
兄と向き合うのが恐ろしくて逃げるなど…
ピンポーン
「!!」
チャイムが鳴った
時刻を見る あの日、あの時間。
同じだ
これは避けられないのだ
(サッカーは避けれたのにな…)
扉を開ければやはりと言うべきか
小豆色の髪をした男が立っていた
「……兄ちゃん」
「…ただいま」
「……おかえり」
両親から聞いてここへ来たのだろう
自分のうだうだとした悩みや不安、悔恨それら全てに蓋をするまで待ってくれるほど兄は優しい人ではなかったなと苦笑する
「4年ぶりだね、てか明日帰国予定じゃなかった?」
「ああ、早まった…」
寒いでしょ?と部屋の中に招き入れ扉を閉める
ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ
落ち着け。大丈夫。大丈夫。
「絵はどこにある」
「……絵?」
こっちだよ。と階段を踏み外さないよう一歩一歩確実に降りる
怖い。何か違うと思われるかもしれない
大丈夫。サッカーとは違う
怖い、大丈夫、怖い、大丈夫……
「…どうかな」
自分が今まで、兄がいない間に産み出したモノたちは兄にはどう映るのだろうか
少し痩せた体に険しく疲れ切ったような表情
記憶がなければ今ここでなんて声をかけたのだろう…
「凛」
「っ…!!な、に?」
「俺には絵のことはわからない。お前がどんな世界で戦っていたのかもわからない…けど、お前も…」
「"求められる絵"に変えたんだな」
「……。昔のお前の絵、好きだった」
呼吸ができない
今し方吐かれた言葉はなんだ
『お前は俺のいないこの4年間 日本で何をしてたんだ?』
「ッヒ……」
「なぁ凛…」
『消えろ凛 俺の人生にもうお前はいらない』
「ご、ごめ…ん、ごめんなさいっ…」
「…凛?」
「ごめんっ、ごめん兄ちゃん…っ!ごめんなさいッ」
求められる絵に変えたつもりなど無かったが兄にはそう見えたのだ
そう見えると言うことはそうなっているということだ
無意識のうちにそうなった俺の絵はもう兄に喜ばれる絵じゃない
元はと言えば兄を喜ばせるために始めたのに
途中から目的は変わったけど原点はそこだ
サッカーでなくても欠陥品である自分は結局こうなるのかと…目の前が白くなる
「なんで謝ってんだ…どうした、お前…」
「ごめんなさいっ…うまくできなくて…っ、ごめんなさい!!」
「おい…落ち着けって…」
「捨てないで…っ!」
「…は?」
言ってからしまったと思った
兄は今打ちのめされて戻ってきたばかりだというのにそんな兄に縋り付いてどうしようというのか
目障りで面倒臭いと弟だと思われるのではないか
「凛…どうしたんだよ、なんでそんな…」
「………」
「……また誰かに何か言われたのか?」
「…え?」
「お前、小さい頃にサッカーが上手にできないと俺に捨てられるって誰かに言われたんだろ…?」
「…っ!」
なんでそれを…!!
そう叫びたいのに声が出なかった
その話は母にしかしていないはずだ…
母には言わないでと言ったはずなのに…どうして…
「な、んで…」
「両親が話してるのを偶然、盗み聞きした…」
「は……」
「無理に聞いたわけじゃない。信じろ」
「う、ん……」
なんだ…そういうことか…
いや…それはもうどうでもいい、それより兄ちゃんに伝わってしまったのが問題だ
話を聞く限り昔から知っていたような風だが…
「で?どうなんだ。答えろ」
「ぁ…違う…言われてない……」
「そうか」
話を逸さねければと思うのにあまりにもこの話が今日起こり得るかもしれないこととリンクし過ぎて言葉が出てこない
俺が言葉に詰まっているのを見た兄ちゃんは少ししてから「なあ、凛…」と唐突に切り出した
「世界は広いぞ 俺よりもすごい人間はいる…」
「え…」
「夢を描き変えたんだ 俺は…」
「世界一のストライカーじゃなく世界一のミッドフィルダーになる」
わかっていたことなのに衝撃が走る
やはりそうか…と乾き切った口内と引き攣る喉に必死に空気を送り込み「…そっ…かぁ…」と返事をする
「…もしお前が…まだ捨てられるとか、そんな言葉を鵜呑みにして気にしてるなら…それを言ったやつに俺は凛を切り捨てられるほど強い人間じゃなかったと…そう言ってやれ」
「えっ…!?」
「失望したか?俺は…世界一のストライカーになると誓ってスペインに行ったのに…」
「し、てない…してないよ…!」
「…捨てられるならむしろ俺の方だと…そう思ってた」
ギュゥウと胸が締め付けられるような気持ちになる
なんで兄ちゃんがそんなこと言うんだ…!
「兄ちゃんが捨てられるなんてありえないよ…兄ちゃんがどれだけ悩んだのかわからないし俺が口出しできる事じゃないけど…転向するのは凄く辛くて大変な事だってコトくらいわかるから……」
「…」
こんな薄っぺらい言葉じゃきっと兄ちゃんの慰めにはならないだろう
今の俺では薄く笑う兄の顔に浮かぶ寂しさや悲しさを消すことはできない
だから俺だけは絶対に否定してはいけない
道を違えたとしてもそれだけは、絶対に。
「実は…お前の絵が変わったのはここにくる前に少し見たから知ってた。お前もやり方を変えて輝ける場所に行くことにしたんだなって…」
「うん…」
「でも根本的な所は変わっていなかっただろ…見るものを惹きつけるお前の絵、俺の好きなお前の絵だ」
「…っ!」
「だから…」
「じゃあ、なんでっ…なんで…好きだったって、過去形で言ったんだよぉ…」
「は?」
「さっき…昔のお前の絵が好きだったって…!」
自分でも細かいなと思うけど大事なことだ
兄ちゃんを捨てるなんてありえないことを言い出した時は思考が吹っ飛びそうになったけどこれだけは聞き出さないといけない
否定しないから、俺のことも否定しないでなんて酷い甘えだ…
「別に…過去形にしたつもりはない。言い方が気に入らないなら訂正する」
「…うん」
「今も昔もお前の絵が好きだよ、手法が変わろうが見せ方が変わろうが芯の部分は変わってない」
「にいちゃ…」
「だからこそ解せない。どこぞの奴に言われた様にサッカーをしてるわけでもなしになんでお前はまだ俺に捨てられるだとかそんなことを言ってるんだ」
「ぁ…」
「そもそもそんなふざけたことを抜かしたやつは誰だ。ぶっ殺してやるから教えろ」
お前じゃいと言いたいのを抑えて飛び出しそうなほど暴れてる心臓を抑える
よかった、好きって言ってもらえた…兄ちゃんが認めてくれた…!
本当はサッカーを認めて欲しかったけど今はもうこれでいい。むしろこれがいい。
頭がホワホワして口元が緩みそうになったとき兄の口が開かれた
「最初は、いさぎってやつがお前に何か言ったのかと思ってた」
「え?潔?」
急に出てきた潔に困惑しながら続きを促すと少し俯きながら「お前が…初めて俺の知らない人間の名前を口にしたから…」と口にする
「俺の知らない奴だから絵画教室の奴らの誰かかと思ってこっそり調べたこともあったが…そんな名前のやつはいなかった」
「え」
それで昔一回だけついてきたのか…?
つかそんなことしてたんだ…
兄の意外な行動に動揺が隠せず「へ、え…」と歯切れ悪く言うと「俺は…お前がいじめられてると思って心配してた」と言われなんだかこの日起きた出来事との乖離に戸惑ってしまう
「そんなこと…されてない…」
「そうだろうな。だから余計分からなくなった」
「…」
「分からなかったけど…聞けなかった。お前が何か隠してるのはなんとなくわかってたし、」
「…」
「……でもこのままじゃいけないと思い切って聞いてみたらお前が…大事な人だなんて言うから…」
「ぁ…」
そんな事言ったっけ…
言ったな…やばい…恥ずかしい…
「正直、何も考えられなくなった。いつの間にそんな奴ができたのかって…」
「え…」
「お前俺以外と話すことほとんど無かったくせに…って。でもおかしいよな」
「な、なにが…?」
「俺以外と話す事ないお前が大事な人がいるなんて変だろ。」
「ゔ…」
なんで俺今になって潔について問い詰められてるんだろう
兄ちゃんと衝突しないようにしっかりしないとと思っていた分思考が散漫してしまう
…誤魔化すのも変だが、正直に言うにしてはあまりにも説明が難しすぎる
「なあ、もう一度聞く。いさぎって誰だ」
「うぅ…」
「あとお前にありもしない嘘を言ったやつは誰だ。言われてないなんて嘘つきやがって…そいつがそんなに怖いのか?」
どうしよう。こんな流れになると思ってなくて言葉が出てこない。
「今日は洗いざらい全て話し合おう。いいな?凛」
あの日見た嘘偽りは許さないと言う目が4年間の月日をプラスして成長した姿で戻ってきた
うまく避けたつもりが厄介な形でパワーアップして返ってきてしまうとは…
「ここは寒い。上でじっくり話そう。行くぞ」
「あ…うん…」
まるで我が物顔で歩く兄の後ろ姿はもうあの日の俺を置いて去っていく後ろ姿とは被らなくなっていた。
温かい塩こぶ茶を前にさあ吐けとまるで取り調べ室にいる様な面持ちで目の前の兄がこちらを見ている
どこまで話していいものか悩んでいると痺れを切らした兄が「俺がする質問に答えろ」と切り出した
「いさぎは今どこにいる」
「えっと……わからない」
わからない?と訝しげな顔をする兄に「ほんとだよ…」と控えめに返すことしかできない
いよいよ怪しくなってきてしまう
うっかり潔なんて口走ってしまったばかりに…
「いさぎとはいつどこで知り合った」
「………」
「凛?」
「………」
「答えられないのか」
死ぬ前の人生で恋人でしたなんて言ったらこの人はどう思うんだろう…きっと頭がおかしくなったと思われる…
「りーん?」
「…ぇ、っとぉ…」
「…」
「その……」
「俺には言えない相手なのか?」
「あ、いや…その…」
どうしようどうしようと口をもごもごさせていると兄は質問を変えようと申し出てくれた
それにほっとしていると「お前に変なことを吹き込んだのは誰だ」とこれまたどう返したらいいかわからない質問
「ぁ…え…いや……」
「凛。俺の目を見ろ」
どうしてこう俺はこの人に逆らえないのだろう
目をあわせてしまえばもう逃れられないとわかっているのに…
「……スーー……はぁ…」
深呼吸をし兄の目をまっすぐ見つめる
俺とお揃いのターコイズブルーの瞳
目の下にはクマがあって少しやつれてしまった兄の顔
今だからその奥にあるものに気付けるがあの頃の俺はどうしようもなくぬるい甘ちゃんで自分のことしか考えていなかった
兄ちゃんは今自分のことで大変なはずなのに俺のせいで負担をかけるわけにはいかない…
この話がどう作用するかわからないが言わねばこの時間は終わらないだろう
「兄ちゃん……俺の話を聞いてくれる…?」
「ああ。そのためにここにきた」
「…ちょっと長くなるかも」
「いい、ゆっくり聞く。全部話せ」
誰がお前に俺が凛を捨てるなんて言ったんだと睨まれる。あんただよ…と言いたくなるのをグッと押さえ口を開く
「信じられないと思うけど俺…一回死んでやり直してるんだ…人生を…」
兄の目が一瞬見開かれて長い間が空く
それから少し目が伏せられ、再び視線が合わさる
「………だからお前赤ん坊の頃おむつ替えようとするとあんな風に泣いてたのか」
「えっ!?そ、そこ!?」
兄の斜め上の返しに驚きつつ何故か妙に納得している様子で「なるほどな…」と言っている兄に「あれわざとかよ!!」と声を荒げた
「わざとだ」
「なんで!?」
「お前が全然泣かないから。人形と入れ替えられたんじゃないかと思って不安だったんだよ」
「だからと言ってあんなじっと見てなくても…」
「普段泣かない分面白かったからな」
糞反吐マウントお兄…ッッッ
「何様だてめぇ…」
「?なんて口ききやがる」
ギロリと睨まれて思わずすくみ上がりそうになる
弱い自分と横暴な兄に腹が立つ…!
「それで?」
「は?」
「やり直してる感想は?」
「…信じるのかよ…」
「ああ。…思い当たる節がある……というよりそう言われた方がしっくりくることが多い」
いさぎの事とかな。と言われ口籠る
1から10まで話すことはないが兄が納得するまでは9くらいまで話す必要があるかもしれない…
今夜は長くなりそうだと塩こぶ茶を一口飲み再び向き直る
「潔とはやり直す前の人生でのライバルだった」
「絵の?」
「違う….。………サッカーの」
「……」
驚愕に開かれた目がこちらを捉える
そうだよな、あれだけサッカーを恐れていた俺がサッカーをしていたなんて信じられないよな
「俺と潔は…ストライカーとしてお互いを食い合う仲で世界一を目指してプロとして活躍してた…それこそ今くらいの頃からずっと競い合ってきた」
「でも俺は途中で潔に完全に負けたんだ…自分の無茶のせいで怪我までして…すぐに復帰出来る怪我だったけど潔に負けたことで絶望してたんだ…人生に…」
「おい…まさか…」
「……別にそういうつもりじゃなかったんだけど、気づいたら海にいて…。…目が覚めたら赤ん坊になってた」
映画とか漫画みたいだよなと笑う俺を見て兄ちゃんは表情を曇らせ立ち上がりすぐ横にきて抱きしめてくれた
腕が震えていて動揺しているのがわかる
「…にいちゃん……」
「…馬鹿野郎」
「ごめん…」
「いさぎとかいうやつはそん時何してたんだ…」
「…えっと…俺は療養で日本に帰ってきてて…潔はいつも通りドイツで過ごしてたはずだ、多分」
「……」
腕に力が入り兄ちゃんの胸にググッと埋まる様に押し込められる。何を思っているのか知らないがどんどん強くなるのに痛みを感じない
「苦しいよ、兄ちゃん…」
「……俺は…何をしてた…」
「兄ちゃん…?…えっと、多分スペインにいたと思う…それか試合でどこかに行ってた…かな…?ちょっとわからないけど多分そう…」
「…いさぎのことは把握してて、俺の事はわからないのか」
「え?そういうわけじゃ………うん、そうかも…」
言われて気づいたが実際そうだ
怪我をした際に会話こそすれどそれっきりでお互いにいちいちどこにいるとかこれからどうするなんて会話はしなかった。
怪我をしたと知って連絡してきてくれたのが最後でその時も
「………」
「あ、仲悪いわけじゃないよ…?ただ…そうだな…今よりはよくないってだけで…」
「………」
ぐぅっと押し黙った兄ちゃんは俺から離れて肩を掴んだまま何かを言おうとして再び黙った
「兄ちゃん…?」
「……もし俺の想像が正しければお前俺に何かされたか?」
う。と呻いてしまい兄ちゃんは全て悟ったみたいに形のいい眉を歪めて舌打ちをした
どうしてこう、察しがいいのだろうか
「お前がサッカーをやってると聞いた瞬間色々考えた。というか…ずっともしお前がサッカーをやってたらって考えてたからこそ想像できた事態なんだが……俺はお前に転向を否定されたら結構…堪えたと思う」
「…うん」
「それこそ思ってもないことを言う可能性もあるし……あえて自分を守るためひどい言葉を選んで突き放す様な態度をとった可能性もある」
「…」
「間違ってるか?」
「…間違ってはないけど…兄ちゃんは自分を守るためにおれを突き放すような人じゃないよ…全部俺のために、してくれた」
「お前のため…?」
兄に俺が日本のぬるいサッカーに染まってしまった過去や兄の次にすごいストライカーになるという夢を掲げていた事を説明してやるとますますわけがわからないと言った顔をしていたが「だから俺は捨てられたんだ」の一言で表情が怒りのものへと一変した
「それは、八つ当たりかなんかだろ!?結局は俺の自己保身のためじゃねえか…!」
「そ、そうかな?俺はそうは思わないけど…」
「クソ…」
想像の範囲でしかないからいろんな可能性がでてきてしまってお互いそこからはあーでもないこーでもないと言い合いに発展しかけて結局は「お前が今も俺に捨てられると思ってる時点で俺が言いすぎた。悪い」と謝られてしまいもう何も言えなくなった
「お前の知る俺はお前に謝ったのか?」
「うん」
「どうやって」
「……兄ちゃんが酔ってて」
「もういい。俺はクソ野郎だ」
「そっ、そんなこと言うなって…!」
項垂れてしまった兄ちゃんに必死に兄ちゃんはすごい!兄ちゃんは優しい!と声をかけまくってなんで俺がこんなフォローしてあげなきゃいけないんだろうと思わざるを得ないくらいには褒めちぎったと思う
「……はぁ…」
「とにかく…俺が先に兄ちゃんを否定して、兄ちゃんは俺を……一旦限りなくそうせざるを得なかった仕方のないお別れをして、俺は俺で遠回りしながらも世界一目指してプロになった。これでいいかな?」
「……あぁ…」
具体的な話はしない方がいいなとあの夜の話はしないことにして話題を変えようとした途端「俺は他に何を言った」と追い討ちをかけてきた
「ほか?」
「俺はお前になんて言って捨てたんだ」
「それ知る必要ある…?」
「あるだろ…お前がずっと縛られてサッカーしなくなった原因が俺の言葉なら俺にはそれを知る必要がある。お前の可能性とサッカーを奪った責任は取らなければならない」
「!?そんな重く考えなくていいって…」
「じゃあお前は俺の言葉を忘れろと言ったら忘れられるのか」
「……」
「お前の人生を変えちまった話なんだ。その責任が俺にあるなら俺は禊をしなければならないだろ」
「……」
「凛。話せ」
「………まず俺が最初だってこと忘れるなよ」
「ああ」
「俺が最初に否定したんだからな?」
「わかってる」
ふぅとため息をついて考える
この調子だと兄ちゃんの方が思い詰めてしまいそうだ
ここはうまくかわしてやろう
「俺が兄ちゃんの転向を知った時に…そんなカッコ悪いこと言うなって、俺が一緒に夢を見たのはそんな兄ちゃんじゃないって言ったんだ」
「…」
傷ついた顔してる…
多分あの日の兄ちゃんもこんな顔してたんだろうな…俺の馬鹿。
その後1on1を持ちかけられた俺は速攻で負けて2人で掲げた夢が潰えたこと、その時俺が兄ちゃんと夢を追えないならもうサッカーする理由がないと弱音を吐いたこと。
「そしたら兄ちゃんがだったら辞めろって、慰めてもらえるのでも思ったのかって…」
「…ふん」
「もう二度と俺を理由にサッカーするなって……えっと、はい…終わり。」
「……お前それだけであんな風に謝ったり捨てないでって縋ったりするのか?」
信じられないと言った面持ちでこちらを見て来る
この世には知らなくていいこともあるんだ
それに嘘をつくときは少し真実を混ぜるのが定石
「そうだよ」
「……俺はお前にたったそれだけしか言わなかったのか?」
「えっ」
「他にも何か、お前を傷つけるような事を言ったんじゃないか…?例えばいらないとか。」
「……兄ちゃん…どこまで聞いたの」
「さぁ」
母さんがどこまで話したのか知らないがこの様子だと俺があの日言った言葉は全部知られてると思っていいだろう…
「まあ…それに近いことは言われたけどもう過ぎたことだから…」
「俺に機会を与えないつもりか」
「え…?」
「俺をお前の人生変えちまった責任から逃れる情けない兄にするつもりか?」
「そ、そんなっ」
「それに今の話聞いてて思ったんだが…お前がサッカーに対して尋常でない恐怖心を持ってるのは俺のせいだろ」
割と核心に近い部分を突かれて一瞬言葉に詰まるとそこからはもう兄ちゃんのターンになってしまった
「大体お前プロとして活躍してたやつが記憶を持ってるにも関わらずサッカーを怖がって避けるなんておかしいだろ。どうせやり直してる途中で失敗するのを恐れたか、逆にうまく行きすぎて俺との関係が拗れるのを見越したんだろ」
「しかも理由が俺に嫌われる、捨てられる、いらないって言われるなんて聞いたらどう考えても俺がお前に何か碌でもない事を言ったに決まってる」
「お前がこんなちっちゃい頃からサッカーを異様に怖がってたのも俺の目を気にしてたからだろ?なぁ。人目を気にしてサッカーしねぇなんて何されたらそんな風になるんだよ」
全然違う所もあるけど
割とあってる…
指で数センチの隙間を作ってる兄にそんな小さくねえだろと返し大きくため息をついた
「全部が全部…兄ちゃんのために辞めたわけじゃない…俺は、潔に捨てられる未来が怖くて辞めたんだ…」
「チッ」
ビクッと肩を震わせると兄ちゃんは「違う。お前じゃない…その潔とかいうやつにだ」と言い訳してきた
「いさぎはお前を捨てたのか」
「ううん…まだ…その前に俺が死ん」
「やめろ。その話はするな」
「うん…」
死んだ時の話は兄ちゃんにとって衝撃的だったらしく少し青ざめてしまった
もうしないからと念押しして話を続ける
「潔に捨てられる前に俺はいなくなったから…潔は兄ちゃんに負けず劣らずのサッカーバカだから負けた俺のことなんて気にしてないしすぐ捨てられたに決まってる…」
「…わかった。そのいさぎとかいうクズ野郎の事はいったん置いておく」
「クズって…」
「なんで俺とするサッカーを避けたんだ。何を言われたかちゃんと話せよ…じゃないとお前いつまで経ってもつらいままだろ?」
…それは、そうかもしれない。
このままではこの先の人生ずっと昔に囚われたままで、そこに兄ちゃんまで俺が言わない事で巻き込んでしまうのは嫌だ
「……欠陥品…」
「は?」
「目障りで、面倒くさい…サッカーできない俺に価値はない…」
「……」
「消えろ、俺の人生にお前はいらない……って………に、にいちゃん?」
「……」
「兄ちゃん?だ、大丈「なんでお前俺のこと許せるんだよ」
「え…?」
「お前…そんな言われて、なんで俺にべったり懐いてられたんだ…?そんなこと言うやつ嫌って当然なのに…なんで…」
「…なんでって…兄ちゃんは世界一優しくてカッコよくて、俺の憧れだから…嫌いになんてならないよ」
「っ…」
ガバッと抱きしめられ「俺が悪かった…!!辛い思いさせたな…!!」と涙声で叫ぶように言う兄ちゃんを抱きしめ返す
きっとサッカーをしてない俺しか知らないからでたセリフなんだろうな…
前回の人生同様サッカーをしていたらこの言葉はきっと兄の口からはでなかっただろう
辞めたからこそ手に入った兄からの愛情…
だから…甘えてもいい…よな?
「…兄ちゃんの気持ちを考えずに俺が兄ちゃんを否定したのがいけなかったんだ。だから一方的に悪かったなんて言わないでほしい…あの日は俺らの…選手として兄弟として必要だった事だったんだよ」
「……」
完全に納得はしていない様子だが頷いてくれた
こんな甘えが許されるのは今の自分が勝ち取った未来が今ここにあるからだと思っていいだろう
よかった。決裂しなくて済んで。
「いいか?凛…お前は俺の大事な弟だ…欠陥品なんかじゃない、俺だけの宝物だ」
「…なんだよそれ…兄ちゃんは大袈裟だなぁ…」
慈しむように髪を撫でられ久しぶりの兄の手の感触に目を細める。俺にとっても兄ちゃんは宝物だよと返せばようやく兄ちゃんの口元が緩んだ。
家に帰る途中横並びになった時兄と目線が同じ高さになっていることに気づいた
それは兄も同じようで「お前デカくなったな」と少しだけ驚いた顔をしている
「俺本当なら186はあったんだけど…なんでかな、伸びなかった」
「飯食わねえし寝ねえからだろ」
「食ってるし寝てるけど…」
「足りねえんだよ」
つか俺を抜かすなと肘で小突かれる
こんなことならしっかり3食食べて毎日7〜8時間は寝るんだった…兄の悔しそうな顔などそうそう見れるものではないのだから
「さみぃからとっとと帰って風呂入って飯食って寝るぞ。」
「うん」
「…明日お前の昔の話聞かせろよ」
「俺の?…いいけど面白くないと思う」
「いい」
本当にいいのだろうか…
俺の過去の話なんて面白いものなどひとつもないのに
むしろ今の俺たちにとっては必要ない取るにたらない与太話だ
帰宅してすぐに兄を先に風呂に入れ自分は部屋に布団を敷く
もう兄も同じベッドで寝るのは違うと思っているだろうと思いたっての事だったが部屋にきた兄に「別に一緒でいいだろ」と言われせっかく敷いた布団が使われることはなかった。
「…凛、寝たか?」
「起きてる」
本来ならこの日は家族で食事をとることも部屋で共に寝ることもなかったはずなのに今こうしてここに兄と2人で同じベッドで寝ている事実がどうしようもなく嬉しい
兄の誘導によるものが殆どだったがこうして穏やかに過ごせているのが潔の手を借りなくても大丈夫だった事を表していてまだ不安はあるものの自分で成し遂げられたのだと。
ようやく重たい荷物を下ろせた感じがする
「寝れないの?やっぱり俺床で寝ようか」
「違う。ここにいろ」
「そう?」
「…改めて考えてやっぱり俺は許せねえ」
「え…」
冷水を浴びせかけられた様に全身から冷や汗が出る
何が?誰を?俺が?
いろんな言葉が頭の中に浮かんで回って言葉が出てこない
「な、…だ…っ、え、?」
「動揺しすぎだろ…落ち着けって」
「あ、う」
「…」
起き上がって心配そうに見下ろされ背中をトントンと叩かれる。情けない…
兄の前だとどうしても些細な言葉で頭がぐちゃぐちゃになってしまう
今までどうやって普通に過ごしてきたのか思い出せないほどだった。
ゆっくりと呼吸を繰り返し頭の中を落ち着かせていく
「頭撫でるか?」
「いらない…俺ほんとは兄ちゃんより長く生きてるんだから…」
「それでも世話の焼ける弟だってことに変わりないだろ」
よしよしと頭を撫でられ悔しさが募る
何年生きても結局俺は兄ちゃんに勝てないんだ
「落ち着いたか?」
「…うん」
ーーーこの時冴は顔には出さないものの実際頭の中は混乱の渦に巻き込まれていた。人生をやり直していると言われた時点でてっきり天寿を全うしたのかと思いきやまさかの自死と聞かされ今にも吐きそうになっている。
冴から見た凛はほえほえ言いながら絵を描いては「みてー」と言いながらとてとて走ってくるような筆より重いものは持てない繊細でお淑やかな可愛い弟でしかない
そんな弟が苛烈極まりない世界で揉まれ怪我を負わされ自殺…考えただけで涙が止まらなくなり聞くだけで呼吸困難になりそうだった。
(実際は「みてー」等と言って走ってきたことなどない。筆どころか石膏でできた胸像だって持ち上げられる。繊細でもお淑やかでもない。重度のブラコンを拗らせている冴の作り上げた都合のいい妄想でしかない。)
よくこんな小さな(180センチある大男)に欠陥品だの目障りで面倒だのと言えたものだ…と冴は考えていた
渡西してから自身の思うサッカーはできず才能や能力の差に圧倒される日々だった
世界一のストライカーになるという夢を持ちながら自身の才能がMF向きだと言われすぐには受け入れられるわけもなく…
そんな折に思い出すのは弟の言葉だ
『俺の作った物はそこで求められていた物じゃなかっただけ』
最初に聞いたときはそんな風に言うなよと慰め半分、叱り半分で言ってやったのをいまだに覚えている
弟は曖昧に笑うだけでこの言葉は響いてないように見えた
諦めるな、お前の才能を見てくれる人はいる。そう言うつもりで投げかけたのに弟は何故諦めたように笑うのかと意味がわからなかったし悔しくないのか、怒りはないのか、そう思った。
無いわけないだろう
あれだけ心血を注いで作り上げた物を否定されたのだ
自分はといえば毎日の練習にも吐きそうになりながらついていくのがやっとで帰宅すればまともに動けずくたくたになって眠った。浅い眠りだ。疲れすぎて眠れない。
凛はどれだけ作品にバツがつけられて戻ってこようとも一切弱音を吐かず、腐らず、淡々と絵を描き続けていたというのに
俺がどれだけ無神経なことを言おうが微笑んで「ありがとう」と返してきた弟がどれだけ強かったか、いつだか大人になってもこのぼんやりが治らなかったらどうしよう。しっかりしてくれないと困るんだよなと思っていたのが全くの見当違い。凛の方がよっぽど大人だったのだということを思い知らされた気分だった
憔悴していく日々の中で凛が倒れたと連絡が来て同じように戦っているのだとわかり情けないことに安心してしまい自分の薄情さを呪った
平気だなんてお互い嘘をついて虚勢を張り合い、2人でそれぞれ目指す場所へ向かうためつい弱音を吐きそうになりつつも最小限の連絡に控えてイベント毎のみ近況報告や軽い挨拶をする程度
何も言わなくても自然とそういう流れになったのはやはり凛は既に形は違えど自己実現の世界の人間に俺より先になっていたからなのだろう
ようやくMFへの転向を本格的に考え始めるもどうしても覚悟が決まらない
世界一のストライカーになる。それ以外は価値なしだと何度も発言してきたのが今になって自身へと返ってくる
"本気"でそう信じてきたからこそ今から自分は価値のない人間になるのだと…"本気"でそう思った。
転向への後押したのは凛の絵だった
両親に頼み数枚写真を撮ってもらい見せてもらったその絵は手法やデザイン性の部分が大きく変わっていて
今までの凛独特の感覚頼りの絵ではないというか、とにかく今までのものとは違っていた…だというのに凛の絵だと1発でわかる
決して失われない凛の魅せる力は受け継がれていた
自分自身は変わらずにそこにあり続けるのだと教えられたような気分になる
そうしてようやく俺はMFへと転向し今までより格段に強くなった。不本意ながら。
弟は一体いつからその領域にいたのかと
凛、お前は強いな。
そう素直に思った
自分を壊せる人間などそうそう居ないのに弟はそれをやってのけたのだ。
だというのにそんな弟を負かし心を折ったやつは一体どんな野郎なのかとまだ見ぬいさぎとかいう奴に対して憎悪の念が湧き上がる
負かされたのは仕方ない。凛が弱かったせいだ
それでも許せない 捨てられるとはどういうことを指すのかわからないが死に追いやるような酷い言葉を浴びせかけられたのかもしれない
想像だけが先行して無数のパターンが思いついてしまい脳が熱くなる
「思い違いするなよ、俺が許せねえのはいさぎってやつのことだ」
「え、潔?なんで?」
「お前が、捨てられそうになったくせに大事な人だなんて言うから…」
「あぁ…だって、潔が俺と兄ちゃんの間取り持ってくれたんだぜ」
「は?俺?」
間柄がうまくいってないのをどうにか取り持って普通に話せる様にしてくれたのがいさぎだと聞かされますます訳がわからなくなり「なんでそんなにソイツ絡んでくるんだよ」と聞くと
「潔はお節介だから…あと俺と潔付き合ってたし、兄ちゃんとの関係気にしてたし…」と衝撃的な返答がくる
「?…お前ソイツと付き合ってたのか?」
「えっ…うん…」
少し照れた様子で頷く凛に眩暈がしてくる
大事な人とか捨てられるとか察することのできる言葉の連続ではあったが相手が男だということですっかりそのカテゴリーから外れていたのは間違いないが…ライバルだって言ってたのにお前……そうか……
「………ん?…じゃあ何か?お前は恋人に負けて怪我させられて海に…ってわけか?」
「いや、怪我は自分の落ち度だから違うんだけど…まあ…なんだろ…そうなるかな?」
なんてことだ……
視界がぐるぐる回り始めた
聞きたいことは山ほどあるのに聞きたくない話ばかり出てきてもう限界ですと脳みそが叫んでいる
「……凛…こっちこい」
「え?ゎ、わ…兄ちゃんっ…?」
凛を抱きしめて「おやすみ」と告げると驚いた様子でこの流れで寝るのかよ!と言いつつ抵抗しないので背中をトントンしてやるとすぐに寝息を立て始めた
人生2周目にしてはやけに幼いなとなんだか微笑ましくなる
……凛はいくつの時に亡くなったのだろう
もしその年齢の時にまた何かあったらと思うと気が気でないのだが…
それに凛は多分まだ何か色々隠してる
意図的に伏せているからこちらから切り崩せば吐くのだがいかんせん時間がかかる
俺が日本にいる間の時間プラス脳みそと心のキャパを超えないよう聞き出していると埒があかない
明日起きたら必ず聞きたい事をいくつか整理しておこうと思考を巡らせる内に俺はいつのまにか眠りの世界へと落ちていったのだった。
凛が戸惑ったような顔をしながら何してんの…?と俺の行動を見守っている
「これか?お前がとんでもない事を言い出した時のための…まあお守りみたいなものだ」
凛が小さい頃に使っていたぬいぐるみや写真、今も使っている画材などを周りに囲むように置いた。今の凛は俺と共に生きてきた凛であるという事実に見守られながらでないと到底聞けないような話が飛び出してきそうでとてもじゃないが正気では聞けやしない
「は、はぁ…」
引き攣った顔をしながらそっとぬいぐるみを持ってじゃあどこから話したらいいと目の前に座った
なんて可愛いんだ俺の弟は
「全部。0から100まで」
「えぇ…そんなこと言われても…うーん……それなら質問してくれた方が答えやすいかな…」
「…じゃあ、サッカーはいつからやっていた?」
「5〜6歳だったかな?確か…あ、でも兄ちゃんがサッカーやってるの見てたまに真似してたからそれより前かも…?」
「ふぅん…」
「それから兄ちゃんがスペイン行くまではずっと同じチームでサッカーしてた…かな」
「なるほど…その後は?」
「その後……えっと、そのままチームに残って…うーん…」
「?」
「来年からなんだけど青い監獄プロジェクトっていうのが始まるんだけど…」
高校生300人を集め競わせ日本一のストライカーを作るイカれたプロジェクト。ブルーロック。
凛はそこに入りU-20日本代表に入り俺を倒す事を目標に努力してきた、という事だった
なんだそれは…気になりすぎる…
もっと詳しく聞きたいのをグッと抑えていたがいずれにせよ来年からその計画がスタートするのだ
ぜひ見てみたい…この国にどんなFWが生まれるのか…
「でもその計画も途中でやっかみが入って急遽青い監獄消滅とU-20代表の座をかけてソイツらと試合をする事になったんだけど…兄ちゃんが日本代表の選手の中に特別枠として入ってて…」
「…俺が?」
「うん……なんで?」
「俺が聞きたい…」
まさかとは思うがぜひ見てみたいとは思ったが本当に参入してしまうとは…やろうと思えば今回もできるのだろうか…
どこの誰になんて言えばそうなるのかわからないが今は一旦保留だ
「それで俺ら青い監獄側が勝って、」
「…は、」
寄せ集め高校生集団が?日本代表に?
そんなことがあり得るのか…?
どんな特訓をしたらそんなことができうるのだろうか
ますます気になってきた…
「…ほんとだよ。俺らが勝った」
「…その割には顔が暗いな」
「俺にとっては屈辱的な試合だった…兄ちゃんとのマッチアップで初めて俺は兄ちゃんからボールを奪った…マイボールにはできなかったけど…それでも一瞬だけ兄ちゃんを超えたと思ったんだ」
「ほう…」
凛が俺からボールを…?
思ってたより凛は強いのか…?信じられない…
今目の前にいる凛と過去の凛は全然別物として捉えた方がいいのだろうか…それとも俺が油断した?まさか。どちらにせよ想像し難い。
「俺らはストライカー。自分のゴールで勝たなきゃ何の意味もない……俺の弾いたボールは潔に取られアイツのゴールで試合は終わったんだ」
「…いさぎ……」
何処の馬の骨太郎かと思っていたがまさかこんなタイミングで出てくるとは…
それにしても何の意味もないだなんて随分強い言葉で話すようになったな…普段の凛からは考えられないほどエゴの塊のような物言いに少し驚いてしまった
それから凛は潔とライバル関係になった。…と凛は告げたがどうにも少しモゴついている
「なんか隠してるだろ」
「い、いや!?別に…」
「本当か…?兄ちゃんに嘘をつく気じゃないだろうな?」
「ゔっ……う、うん…えぇと……言いにくいんだけど…そのあとすぐくらいに、つ、付き合い始めた…」
聞かなきゃよかったと思った
さっきまであんなに悔しそうにしてたのに表情がコロコロ変わって今は俯いたままなので見えないが耳が真っ赤になっているのが見える
顔も同じ感じだろう
「……今の流れで付き合い始める意味がわからないんだが」
「俺も…なんか気づいたらそうなってた……潔は、ちょっと変わってるから」
「変わってる?」
「普段は優しいのに試合中は豹変して怪物みたいになる…自分のゴールのためになんでもするやつだ、敵も味方も関係ない…本物のエゴイスト」
「ほう…」
具体的な想像はできないまでもサッカーに対するその姿勢は嫌いではない
だが許す許さないはまた別の話だ。
どんなプレーヤーだろうがフィールドであえば叩き潰す。
……フィールドじゃなくても叩き潰してやる
「そういうとこに絆されたっていうか好きになったっていうかゴリ押されたというか………って、潔の話はもういいだろ!」
「ん?あぁ……いや待て、お前いさぎって野郎の事今はどう思ってる?まさか、」
「っ…」
まさかまだ好きとか言うんじゃないだろうなと言いかけてやめた。
まじか…。
再び真っ赤になってしまった凛を見て絶望する
お前を捨てようとした奴だぞ!目を覚ませ!と言ってやりたいがこれはもう俺が何を言ってもダメなやつだと本能的に理解してしまったからだ
まるでDVを受けた人間のように見えてしまう
普段優しいのに時折豹変するだなんて…そんなやつのどこがいいんだ…絶対ずっと優しい俺のような人間が凛に相応しいというのに。
「……でももう会わない。潔もサッカーしてない俺なんて興味ない」
「いさぎも?もってなんだ?まさか俺のことも含めてないよな?」
「えっ…」
えじゃねえよ
大事に思ってるし昨日俺の宝物だなんて恥ずかしいセリフ言ってやっただろ。今の俺とお前の知る俺を一緒にするんじゃない
一気にそう捲し立てれば照れた様子で「そっか…」と嬉しそうに笑っている
昔のことを話してると昔の俺と今の俺の存在が曖昧になって一緒に感じてしまうのだろう
確かに昨日聞いた限りでは最悪の兄弟喧嘩があったことは窺える
何故俺が執拗なまでに凛を追い詰めるような事を言ったのか知らないが凛に酷い言葉を投げかけても意味がないことくらいわかるだろう
凛が言うには日本のぬるいサッカーに染まって軟弱なプレーしかできなくなっていたこと、俺の次に凄いストライカーになると言っていたこと
これらに腹を立てたと聞くがあまりにも理不尽だ
サッカーに関して言えば凛が俺より優れているわけないのだからそんな風に凛が発言するのは仕方ない事だろう
そんな凛に対して一体何をそこまで……と考えたところではたと気づく
凛は前の人生ではプロとして活躍していたと言っていた
ならばまどろっこしい事は抜きにしてボールを蹴り合えば大体わかる
頭で考えるのはやめだ。直感に頼ろう
それにもしかしたら今なら…と凛に思い切って声をかける
「凛、俺と1on1しないか」
「え!?俺と!?なんで急に…」
「何かが引っかかるんだよ。やろうぜ」
「でも俺弱いよ…?今の人生でボール触ったことなんか授業中くらいでしか…」
その授業すらよくサボってたしという凛の腕を引っ掴んで外に出る
待ってよと慌てている声を無視して公園へと向かった
…細い腕だ。巨躯なDFにぶつかられたら間違いなく折れてしまうだろう
「お前もっと飯食えよ…大丈夫か?」
「食べてるよ。心配されるほど細くないって…」
「昔からアイスばっか食ってるからそんなことになるんだ。バランス考えて飯を食え」
「兄ちゃんだって痩せちゃってるじゃん…」
「俺はいいんだよ」
なんだそれと笑う凛にようやく表情が和らいだと安心して公園に入り2人で向かい合う
足元にボールを置き凛を見ると自信なさげにしていたくせに兄ちゃんからどうぞだなんて生意気な口をきく
少し仕置きをしてやるつもりで踏み出し素早くシザースをかけるも動揺した素振り1つ見せず俺の行く先へついて来る
なるほど。プロとして活躍していたと言うのは嘘ではなさそうだ
ならこれはどうだとマジックターンを決めるがまるで読んでいたかのように凛の方が先に回り込んでいた
「…ッ!?」
なんだその目は。俺の知らない弟がそこにいる。
これは糸師凛という1人の選手だ
右足をスライドさせた瞬間目でボールの行き先を追われている事に気付いたがもうボールは動き出している
多分凛の体力があればこの時点で俺はボールを取られていただろう
ノーモーションで踏み出された足がもつれ凛が地面に倒れこんだ
「うっ…!」
「凛…!大丈夫か?」
「いてて……転んだ…」
「見せてみろ」
幸い怪我はなさそうだがもういいだろ?俺弱いんだってと嫌味に聞こえるレベルの謙遜をされ頬が引き攣る
俺の先を読んでタイミングよく旋回先に走り込んでいたやつが弱いわけあるか
こちらの手の内はすべてわかっている。と言ったところか…
それにしても先ほどのあの表情
冷め切って何も写していない様なあの目と感情を無くしたような顔に寒気を覚える
これが凛の実力なのだろうか
いや、まだ全然こんなレベルではないはずだ
もっと…もっと…
もしかしたら凛の知る俺は凛の底力みたいなものを引き出すべく突き放す様な真似をしたのかもしれない
それなら納得がいく。今たまたま凛が転けたからボールを取られなかっただけであのまま俺と同じ体力、体格であれば確実に負けていた
それだけでない。凛は確か身長はもっと高かったと言っていた
反射速度や落ち着いたプレイング、こちらに悟られないよう最低限の動き
どれをとってもこの3分にも満たない時間の中で素晴らしかったと言える
「凛…お前凄いな」
「やめろよ…俺今すっ転んで負けたんだぜ?」
「俺の動き追ってただろ」
「追えてないだろ、ボール取れてないんだから」
凛とこんな会話をしてるなんて不思議だ
ここまで凄いと言うのに小さい頃ボールに触っただけで泣き叫んでいた凛を思い出すと無性にやるせなさと悲しさに襲われる
俺がこうさせてしまったのだと…凛の将来と、自分で自分の可能性を潰してしまったかもしれないことに今さらながら気付かされた
「歩けるか?」
「うん」
…見たい。
もっと凛の事が知りたい
凛を先に歩かせ後ろからボールを打つモーションに入る
『凛、とって』
「凛!取れ!」
振り向いた凛がギョッとした顔で慌ててボールを蹴った
いきなりのことだと言うのに蹴り上げる瞬間の目はボールを捉えていて蹴り上げられた球は放物線を描きながらゴールへと突き刺さった
「………!!」
「いったぁ…!!!」
何すんだよクソ兄貴!と叫んでる凛の言葉など耳に入らないくらい衝撃的だった
なんだ今の美しいゴールは
一朝一夕でできるものではない筈なのに過去の経験だけでこんなボールも殆ど触ったことのない人間ができるものなのか…?
やはり凛の才能というのは今の俺の目じゃ測りきれない
「足折れたかと思った…痛くて動けない…」
「弱すぎだろ」
「バカ兄貴が急にボール飛ばして来るから…」
「テメェ誰がクソ兄貴にバカ兄貴だ」
兄ちゃんだろとヘッドロックをかけてやるとパタパタと暴れて痛い痛いっと喚く
羽虫の様な抵抗に(こんなやつに負けたのか…)と内心ショックを受けつつ離してやるとべぇーっと舌を出してきた
「お前それ癖か?やめとけよ」
「ふんっ」
変な勘違いを起こす奴もいるかもしれないだろうと言えばさっきまで痛くて動けない等と抜かしていたのにパタパタ走っていく
昨日も思ったが人生2週目にしては子どもっぽすぎる…
俺に追いつかれないわけないだろと走って追いかければあっと言う間に追いついたし凛は息切れまで起こしていた
「はぁ…はぁ…」
「体力無さすぎるぞ。少し生活見直した方がいいんじゃないか?」
「アスリートの兄ちゃんと今の俺とじゃ違うのは当たり前なんだよ」
「バカ言え。それにしてもだって話してんだよ…お前今15だろ?そんなんじゃあと10年後には杖ついて歩く様になるぞ」
「大袈裟な…」
「自分が25の時思い出してみろ、元気だっただろ?杖ついて歩きたくなきゃもっと体力を………あ?」
きょとんとした顔をしている
少し間があって「…あ、あぁ、そうだね…うん。そうかも」とトテトテ先に歩いていく
「待て、待てよ…おい!待て!」
「な、なに?」
「お前いくつで、その…海に入った」
「…それ聞く?」
「知らない方が怖えよ…お前がその歳になった時なんかあるかもしれねえだろ…」
「……19」
その言葉を聞いた途端後ろにぶっ倒れそうになったのを凛が慌てて手を引くが全然力が足りてなくて2人でぶっ倒れた
そのまま凛を抱きしめ往来のど真ん中で「凛゛ッ!」とぼろぼろ泣いてしまい過去一驚いた顔の凛にアトリエの方に連れていかれた
19なんて言ったら俺とそう変わらないじゃないか
「兄ちゃんやばいって…!そんな顔初めて見た…」
「俺はっ…本気でお前が大事なんだ…っ!もう2度と変な気は起こすんじゃねえ…!!」
未だ泣き続ける俺に「しないよ。もうしないって」と背中をさすったりよしよしと頭を撫でる弟がいい子すぎて改めていさぎのやつ許せねえ。見つけたら殺してやると心に誓う
「それに俺死にたくて死んだわけじゃないんだ…」
「死ぬって言うな」
「……なんか海見てたら向こうのほうに光が見えてさ、それ見てたらそっちに行きたくなったんだよ。だから別にそういうのをしたくて入ったわけじゃないから平気だって」
「…お前昔似た様なことしてたよな?あれもそうか?」
「昔……?あぁ、あったなそんなこと」
「あったなじゃねえよお前ほんとふざけんなよ」
もう2度と海に行くなと言うとそれは困る…と苦笑いしている弟の胸にしがみついて鼓動を確かめる
大丈夫生きてる。
人形とすり替えられてもいない。ちゃんと俺の弟はここにいる
「兄ちゃんは心配性になったな、前の兄ちゃんは俺に無関心だったのに」
「嘘つけ。俺はお前が1番大事だ」
「違うよ、兄ちゃんの1番はサッカーで俺は圏外」
「前の俺と比べるんじゃねぇ」
つかサッカーはまた別だろというと凛は兄ちゃんらしいやと笑っていた。
なんだか今までの笑顔とは違って1番自然な感じがした
やっぱり色々引きずっていたんだろうなと少しだけ悲しくなるが凛の認識を改めてさせてからようやくスタートなんだ。悲しんでる場合じゃない。
凛が変わろうとしているならこちらもそれ相応の態度を取るべきだ
手始めに俺がどれだけ凛を可愛く思っているか手始めに0歳の頃から説明してやろうとして嫌がられたのでやめた
様子がおかしくなった兄がスペインへと戻るのを空港まで見送りに行きニコッと笑顔で手を振ると同じように手を振り返してくれた
こんなぬるい関係でいいのか?と思いつつも正直素直に嬉しい
昔に戻ったみたいだ
関係値が大きく変わってしまったという不安はあるもののこれなら離別の道に進む事はないだろう
俺の絵を好きだといい、俺のことを宝物だと言い、俺の全てを受け入れてくれた兄ちゃん
前の兄ちゃんも大好きだけどこっちはこっちでいいなと父の運転する車の後部座席でぼんやりと空を見ながら思った
前回の人生の話や潔の話をほじくり返されたのはとても痛かったが言えたことでスッキリした部分もある
あんなに怖かったサッカーも兄と1on1をしてしまうくらいには平気になったのがいい証拠だ
今までスペインから帰ってきた兄を否定し離別するのを回避せねばとだけ考えてきたからサッカー避けをしていたわけだが喉元過ぎれば熱さを忘れる
兄ちゃんに全て話したおかげでつきものが落ちたみたいにサッカーに対する気持ちが楽になった
途中アクシデントもあったが兄もスッキリしたみたいだしこれで俺がサッカーができない事も証明されて一安心だ
でももう誘わないでほしい。あの後脚がガクガクしていきなり兄の蹴球を受けた部分は青紫色に変色してしまった
こんなの見られたら雑魚だと思われると思って必死に隠し通したが二度も三度もできる話ではない
それに今は怪我をしていい時期じゃない
美術展への出品が控えているのだから
少しだけクリアになった視界でキャンバスに向かう
描くものはもう決まっている。今なら青を使っても前みたいに執着じみた暴走はしないだろう
下書きをしながら潔なしで生きていけるとようやく胸張って思えるようになった
ずっと不安だった。潔がいなくて自分が兄とぶつかった時に和解できる未来が想像できなかったから
それでも俺はサッカーを封印することで勝ち取った
同時に潔との未来も捨てることにはなるがどうせ先々でダメになるのだからこれでいいんだ
…いいんだ。
それより兄ちゃんとこれからも今まで通りでいられるのが嬉しい。本当に嬉しい。素直に嬉しい。
心がほわほわする。今ならなんでもできる気がする。
この調子で絵を描いて、たまに兄ちゃんとサッカーの話をして、兄ちゃんが世界一になる頃には俺はどうしているのだろう。世界で通用する絵は描けるのだろうか
別に世界に行く必要はないのだけどついそう考えてしまう
今後の先行きが見えない上絵は好きで描いてるわけではないくせに願望だけはやたらでかい。
そんな自分に呆れつつ過去の自分がそうであったように一つを極め他をダメにしてしまうような生き方をやめられない兄と同じく不器用なこの人生にもしもう一度終止符を打つ時が来たらその時は…後悔はなかったと。果たしてそう思えるのだろうか
「まだ15なんだけどな…」
人生について考えるのに早いも遅いもないが終わりを考えるのにはまだ早すぎる気がして頭の片隅に追いやるといつも通り小さな城へと足を運んだ
乾燥して冷え切った部屋の中に入る
冷たい空気が肺を通り軽く咳をしながら小さなヒーターをつけお湯を沸かす
展示会に出す絵。…青い怪物の絵は依然として納得できる色を出せていない。
潔なしで生きれる証明をここに残したい
だというのに未だ望む青は出せないまま時間だけが過ぎていく
美術展まで時間はあるもののこのペースでは間に合わないなと立ち上がり温かいコーヒーでも飲もうかと足を踏み出した時。
「痛ッ…!!」
寒さのせいで固まった体は思う様に動かずあの日ボールをうけた脚の痛みに耐えきれず体がグラリと傾いた
やばいと思った時にはもう平坦なコンクリの床の上に体がバタン!と倒れ強く打ちつけられた右手首に嫌な痛み
「ぁ…」
これやったわ。
速攻で病院に駆け込み診てもらった結果手首は捻挫しており全治2週間程ということだった
よりによってこの大事な時期に…。と泣きそうになりながら美術展への出品は断念する羽目となり、幸いというかなんというか次回にでもと声をかけてもらえたのが唯一の救いだったが……未だカタカタと震えが止まらない。
手首に痛みを感じる直前まで絵は大して好きではないとかそんなことを思っていたはずなのに描けないとわかった瞬間の絶望といったらなかった
こんな感じでやっていけばまあ適当に生きていけるだなんてとんでもない
いつのまにやらサッカー同様カラダの一部みたいになっていて今や半身を削られた様な恐怖が心を占めている
まだ何も成し遂げてないのに手を動かしてなくていいのかと底から黒ずんだ感情が這い上がってきてどうにもやりようがない
せっかく兄ちゃんとの件が落ち着いたのに…
認めてもらえたのに。俺の絵が好きだって言ってもらえたのに。このまま描けなくなったらどうしよう。
たかが2週間。
脚が折れた時に比べたらなんてことない期間
なのに1日1日がとてつもなく長く感じる
何かしてないとほとんど被害妄想の域に入った不安に押し潰されそうになって仕方ないので堤防のあたりをランニングするようになった
サッカーをしていた時に使用していたコースの半分以下くらいだが息が上がって喉が渇く
冷たい空気が頭も一緒に冷やしてくれることを願ってガムシャラに走り回って早く治れ早く治れと念じ続けた
本来なら家で大人しくじっとしていた方が早く治るのだろうけどそんなことはしてられない
不安になるとすぐオーバーワークをしていた頃と何ら変わりない自分に呆れるが、嗤う気にはなれずただひたすら走り込みを続けた
そんな折に兄ちゃんから連絡が来たのはおそらく俺の様子を心配した両親が何か言ったからなのだろう
最近は両親に話しかけられても少しそっけない態度をとってしまったから…傷つけたかもしれないと今更罪悪感を覚えながら電話をとった
「もしもし…?」
『お前怪我したんだって?』
開口一番直球に…
「うん…でも平気。多分今週末には完治すると思う」
『痛みは?』
「平気だって。俺別にそこまで柔じゃないから」
『…平気じゃないだろ。またなんか悩んでるなら聞いてやるから話してみろ』
ドキリとした
つい先々週くらいに帰ったはずの兄ちゃんがすぐそこにいるように錯覚してしまう
安心と一緒に焦燥に漠然とした不安
今の兄ちゃんなら大丈夫なはずなのに、わかっているのに
どうしても自分のことを話そうとすると言葉を選びそうになる
普通に。フラットに。
そう思いながら「悩んでない。平気」と口にした
『…そうか。……俺には言えない、か』
「え…!?」
『やっぱり俺のこと許せないんだよな』
「ちがっ…違う!」
『はぁ……』
ど、どうしよう
兄ちゃんを悲しませた!?落ち込ませた!?
そう思ってなんとかフォローしようとするが上手い言葉が見つからない。
『俺なんかに相談したくないよな』なんてそんなこと言わないで!
「ご、ごめん!ほんとは…悩ん、でる…」
『そうか。何悩んでんだ』
あれ…?落ち込んでたわりに声が即いつもの平坦なものに戻った気がするけど……
俺がなんでもしてやる。誰を消せばいいだなんて物騒なことを言ってる兄ちゃんになんと切り出したらいいかわからずとりあえず今思ってる気持ちをポロポロと吐き出していく
「…その…怪我はほんとにたいしたことないんだけど…描けないと不安で…」
『お前ずっと絵描いてもんな』
「ん……。描けないのってこんなに怖いんだって初めて知った…」
今まで本当に意識したことがなかった
サッカーをしてる時と違って自身の体のメンテナンスなんて二の次で顧みたことなんてなかったし正直どうでもいいとすら思っていた
とりあえず描いて描いて…
自分でもよくわからないけど何か成し遂げないと生きてる価値ない…って。
ずっとそんなこと考えてて、だから今まで通りかけなかったら…って不安で仕方ないんだ
最初はそんな気じゃなかったのに、変なんだよ
『………』
「あ…ごめん、一気に色々言ったから…」
『…まず、何かを成し遂げられないからって生きてる価値ないとか…そんな事はない。ありえない』
「……」
『俺に言われた事を気にしてるなら忘れろ。今の俺の言葉を聞け』
「…うん」
『お前は……俺がまた前の俺みたいに変わるのが怖いのか』
正直それは、そうだ。
この世に絶対はないから
今こうして話している兄ちゃんが変わってしまう日が来たらと思うと怖くて仕方ない
被害妄想はやめよう。と思って普段はできるだけその思考は深いところに閉まってあるのだが…
『わかった』
「え?」
『絵描くのやめろ』
「えっ!?」
今の流れでどうしたらそうなるんだ!?と焦ってまさかめんどくさくて目障りだから…!?と口にすれば違う!!!と大きな声で怒鳴られた
「じゃあなんで…」
『いいか?絵をやめても俺はずっと俺のままだ。お前の描く絵が変わっても、絵じゃ無くて工作でもなんでもいい。つかなんでもいい。どれでもいい。何もしなくてもいい』
『俺は変わらない。お前の知ってる俺はお前が何かをできるようになっても、ならなくても変わらない』
『両親だってそうだ…絵をやめてみて俺らが変わらないことがわかったらまた始めてみてもいい。他のことをしてみてもいい』
「………どうして…?」
『わかんねぇのか?俺も父さんも母さんもお前が何もできない赤ん坊の頃からお前を愛してるんだ』
パチンと何かが弾けたような気がしてぽたりと涙が溢れた
お前は違うのかと問われ違くないと涙声で答えれば兄ちゃんは呆れたような安心したような声で「そうか」と答えてしばらくの間じっと俺の涙が止まるまで待ってくれていた
自分が無償で愛される姿がずっと想像できなかった
潔の時も、生まれ変わってからもずっと
利用価値がないといけないんだと思っていたから
兄が頑張ってるからと自分に与えられたアトリエも本当は、本当は少しだけ負担に思っていた
そんなふうに思ってはいけないとずっと心の奥底の深いところに閉まっておいた
こんなふうにされてはもう本当はそこまで絵が好きでないなどとは言えなかったし、別にやめるつもりはないが半分強制力みたいなものが働いてしまって手を動かすのをやめると「どうして?」「なんで?」と聞かれそうで怖くてやめられなくて、怪我をしてようやく止めることができたら今度は別の恐怖がやってきて…
こんなふうにずっと怯えて暮らさないといけないのかと
せっかく大切なものを切り捨てて普通に生きられると思ったのに
『大丈夫だから。少なくとも俺だけは変わらねえよ』
「ゔん……ありがとう…」
『ひでー声。母さんにバレる前に治しとけよ』
「ゔん…」
俺の弟は泣き虫だなと笑われてからもう一度最後にありがとうと告げて通話を切った
もう大丈夫だと。
自信を持ってそう心から思えた。
それからしばらくして手首は完治し筆も持てるしあんなに絶望して死にそうなくらい落ち込んで凹んでいたのにも関わらず手はスイスイと動き続け今まで通り描くことができた
なんだ…全然大丈夫だ…と安心すると食欲が戻ってきてパクパクとご飯を食べてると母がほっとしたように「よかった」と微笑んでこれも食べなと卵焼きをひとつ追加してくれた
「描けなくなったの初めてだもんねぇ…ビックリしたわよね、」
「ん…」
もぐもぐと口を動かしながら頷くと「もう痛くない?」と聞かれ再び頷いた
「……もし俺がもう描けなくなったら、母さんはどう思う?」
「どう…?どうも何も…」
そうねぇ。と少し考えてから「どう思うというか…凛がその時に必要な手助けをするわよ?」と少し心配そうに俺の手を見てきた
今その状態なのかと目で問われてるような気がして慌てて「違う。今は違う」と弁解してからもしもの話と続けると安心したようにそう?と椅子に座る
「描けなくなったら、ねぇ…凛はもしそうなったら何がしたい?」
「……考えたこともなかった」
「そうよねぇ。あんなに落ち込んだ姿初めて見たもの…」
「…ごめん」
「やだやめてよ…そんなつもりで言ったんじゃないのよ」
ただ他のことに目を向けるのも大事よ?と続けた母に確かにそうかもしれないと思い直す
自分は正直…かなり焦っていたと思う
兄との関係に踏ん切りがついたタイミングでいきなり潔のことを作品に落とし込んで青色への執着を無くさなくてはとつい力んでしまっていた。全く潔を再現したいだけなのに余計な副産物だと自分でも思う。
今から一年としばらく後
青い監獄が始動し始めれば嫌でも潔の名前を耳にする機会が訪れるだろう
その日までにどうにか、どうにかと急ぎすぎた感は否めない
聞けば本物に会いたくなる。そんな気がしていたから
そんな事をしたらなんのためにサッカーをやめて絵で代用しようとしていたのか分からなくなる
だが焦っているからこそ他のことをしてみるのもいいかもしれない
手が鈍らないように絵は描き続けたし都内にある美術高校に入学し絵からは決して離れなかったが一辺倒生活からは脱したまにフラフラと外に出てみたり兄ちゃんの試合を観に行ったりもしてみた(いきなり1人で行ったら驚くかなと思ってやってみたら驚きすぎて説教された。中身は何回も海外を行き来した大人だと説明しても聞き入れてもらえなかった)
それから兄ちゃんとはたまに連絡を取る様になった
というか一方的に送られてくる
大体体は大丈夫か。心配事はないか。俺はお前の味方だ。といった内容で俺の突飛な行動が余程衝撃的だったのだろう
別に今はなんともないというのにやたら「何かあったらすぐに言えよ」と言ってくる
ただ遊びに行っただけなのに重く捉えられてしまったらしい…。
毎回毎回大丈夫だよと送るのも面倒なのでスタンプで返すようになったら今度は電話がかかってきて「これは何かのSOSサインなのか?」と真面目に心配され兄ちゃんってこんなにめんどくさい人だったっけ…。なんて思ったり…思わなかったり…。
心配してくれる兄ちゃん優しい!好き!とかそんなこと考えてるのは内緒の話。