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    merry_popopo

    @merry_popopo

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    merry_popopo

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    中流家庭育ちの七星(β)×都会の上流家庭育ちの凛(Ω)「ほ、本日はっ、お日柄もよくッ、いい天気ですね!」

    ザァーと降りしきる雨音が響く室内に自分の素っ頓狂な声が響き渡る。
    この世に生を受けて16年間。七星虹郎として生きてきた人生の中で今日ほど緊張した日はない
    恥ずかしくて面をあげる事もできず沈黙が気まずくなり、何か言い訳をしなくてはと乾き切った口を金魚のようにパクパクさせながら恐る恐る顔をあげる。

    「……。…まあ……人によっては…そうかもな」

    目の前にいる冷たい印象を受ける綺麗な男の口からはこちらを気遣うようななんとも言えない返事がきて、全身から汗が吹き出す。
    (し、しまったぁ〜!)
    脳内で自分の頭を叩き自分が今盛大にやらかしてしまったことを悟る。絶対にバカだと思われた…!

    「い、いやぁ、俺…すんません、あっ!いや!すいません!あはは、緊張してしまって…」
    「…」
    「まさかこっ、こんなべっぴんさんだなんて思ってなかったから…はは、うちはほら、なんせ田舎なもんで…」
    「…」
    「あ!でも!せっかく嫁さ来てもらったんだから絶対不自由はさせませんので!都会と比べたら全然だろうけど…その辺は、」
    「……俺は」
    「はぃ!?なんでしょう!」
    「…俺は…悪いけどアンタとは寝ない」

    ピキッと空気が凍るのを感じる
    寝ない、とは…?
    悪いけど…俺とは寝ない…?って、もしかして…
    体の奥からカッと湧き上がるような熱を感じ顔が一気に熱くなる。おそらく鏡で見たら多分今の自分は羞恥で耳まで真っ赤に染まっているだろう。

    「あ、え、あっ」
    「俺はアンタと夫婦めおとの契りを交わすつもりはない。…今日から離れで暮らさせてもらう。邪魔にならないようにはするが出て行って欲しければいつでも出て行く」
    「え!?ちょ、ちょっと待ってください!」

    何故いきなりそんなことを言われるのかわからず慌てて我が妻…旧姓糸師凛の膝下に縋りつき言葉を制止する。
    相変わらず何も映していないようなターコイズブルーの瞳には一片の光すらなく、柳の木のような冷たさと不気味さ、そして独特の美しさを感じ思わずごくりと唾を飲み込む。

    「お、俺が何か粗相をしてしまいましたでしょうか…?それともここが気に入らないとか…」
    「………違う。アンタは何も悪くない」

    どこか淡々と抑揚のない声で「俺が、…俺が悪いんだ」と呟いた後ゆっくりと立ち上がると襖に手をかけた。どういうことか全くわからず本当は手を掴んで止めなければならないというのに。チラリとこちらを振り返り長い前髪越しに見える瞳が揺れる

    「俺が欠陥品だから」


    七星家ははっきり言って食うに困ることはないが特別秀でた所もないド田舎の中流家庭にあたる。先祖が何やらすごい事をしたらしいが今は昔の話だ。そこそこに軍資金はあるものの都会に出れば淘汰されるだろうこの生まれを恥じたことや不便だと思ったこともないが逆に特別視したこともない。幼少期は他の子に混じって木の実や山菜取りなんかをしていたし子どもながらに藪の中で秘密基地を作ったりもした。学校でも目立つ華ではなかったし、それは今も変わらない。

    それに比べて糸師凛は…真逆の存在だ
    糸師家は由緒あるお家柄でうちもまあまあ歴史はあるが比べてはいけないくらいには糸師の歴史は長く根深い。
    高い身長に艶のある髪。泥だらけになってはしゃいだ事など無さそうな佇まいや所作からはいかにも名家の生まれだということを感じさせられて本当に同い年かと疑いたくなる。
    そんな彼の家から縁談の話が舞い込んだ日は家中大騒ぎで一体どこの誰と間違えて自分なんかにそんな話が回ってきてしまったのかと慌てて連絡を取ったところ「間違いではない」と言われていよいよ腰が抜けて立てなくなってしまうところだった。

    両親と共に出向いた糸師家の門構えの立派さと言ったなかった。高い塀の向こうにある立派なお屋敷に圧倒されてしまいカタカタと震えながら待っていると凛の体調がすぐれないとかで敷居を跨ぐ事なくその日は終わり、結局翌日になっても御目通りが叶うことはなく。いよいよ婚姻を結ぶ日まで写真でしか姿を見た事はなかったが実際のところ変に緊張して余計なことを言いかねないのでその方がかえって良かったと両親共々胸を撫で下ろしたのはわずか数日前の話だ。

    ー閑話休題ー


    「…また殆ど食べていませんね」
    「うーん…」

    凛がこの家にやってきてから一週間が経とうとしているというのに初日から離れに引きこもり食事もまともに取っていないようだった。流石に心配になり何度か訪ねてみたものの居留守をくらい、翌朝になって「問題ない。立ち入るな」と書かれた紙が戸に貼られていたのを見つけた使用人が気まずそうに持ってきたのは記憶に新しい。

    「坊ちゃ、いえ。旦那様…どうされます?」
    「そんだなぁ、俺がもう一度見に行ってみるべ」
    「そうされましたらこれを…」

    少しでも何か食べさせなければ死んでしまうと渡されたのはおにぎりが数個入った包みで、ありがたくそれを受け取ると早速離れへと向かった。また会ってもらえないかもしれないが一応身なりを整えて万が一の事がないようにと襟を正す。

    「凛さーん、起きてますかー?」

    トントンと戸を何度か叩きせめて顔を見せて欲しい。具合が悪いなら医師を呼ぶし不都合があるならできる範囲でなんでも叶えると告げる。こんな田舎に連れてこられて気を損ねたのかもしれない、俺が初対面で噛みまくって情けない夫だと呆れたのかもしれない、思い当たる節がありすぎてどうしようもないなと頭を悩ませていると扉の向こうから人の気配がした。カラ、と乾いた音を立てて扉が引かれ小さく空いた隙間からコチラを伺うようにしている凛の姿が確認できた。

    「凛さん!大丈夫ですか?」
    「…ああ、……その、悪かった。何日も…」
    「いえいえ!声が聞けてよかった!お腹は空いてないですか?」
    「………少し」
    「おにぎり持ってきたんで一緒に食べましょう?」

    自分にしては上出来ではないだろうか
    さりげない食事の誘いに凛は小さく返事をすると戸を開けて俺を迎え入れてくれた。ほのかに甘い香りが漂う室内は綺麗に整頓されており生活感がまるでない
    この一週間何をしていたのか聞きたいところだがまずは腹ごしらえだとおにぎりを差し出すとやはり腹が減っていたのか小さな口で次々に平らげてしまった

    「腹減ってたんですね。まだあるんでどうぞ食べてくだせえ」
    「あ、…悪い…」
    「いんえ。…それより出した食事は口に合わなかったですか?」
    「ちがう、その、美味かった。すごく…。ただ…」
    「ただ?」
    「…………あまり、体調が良くなくて」
    「え!!?」

    日を浴びていないせいか生っ白い首や額に手を当て熱がないか確認し今はどこも苦しくないかと詰め寄れば驚いた様子で何度も頷いていた。
    今までずっと体調不良を隠していたのか、なんでそれに気づけなかったんだと唇をかみしめて悔やんでいると「おい…」と声をかけられる。よく見てみると自分の手は凛のひんやりした喉元に密着しており慌てて後ろに転がるように飛び退いた。

    「ひゃ!ご、ごめんなせぇ!」
    「いや…別にいい」
    「俺…失礼な事ばっかりで申し訳ねぇべ…」
    「……俺の方こそ、」

    そう言ったっきり凛はまた黙りこくって俯いてしまった。あまり多くを語りたがらないタイプらしくその後も気まずい沈黙が続く。何か話題をと思い凛の私物からヒントを得ようとするが…何もない。コチラが用意したもの以外部屋には何も置かれていなかった。

    「凛さん。ここにくる時手荷物をほとんど持ってなかったように見えたんですけど誰かに運ばせる予定は…」
    「ない。元々俺の荷物はあれで全てだ」

    全て…というのはあの小さなトランクひとつのことを指すのだろうか。
    こんな何も無い部屋に少量の荷物、使われた様子のない家具類はここでくつろぐ事もなく体調を崩して寝込んでいた事が伺えて心がチクチクと痛み出す。

    「あれだけだべか?」
    「あぁ」
    「はぁ…ちなみに中身は…」
    「服と生活用品」
    「…そうだべか……」

    その言葉を最後に部屋は再びシンと静まり返り言いたいことはたくさんあるのに言葉がでてこない。本当にもう体調は大丈夫なのか、もう腹減ってないのか、不便な事はないのか
    …欠陥品とはどういう意味なのか。

    「……出て行けって、言われるかと思ってた」
    「へぇ!?」
    「…夫婦になってから今日まで離れに篭りきりで、どうしようもない嫁だと思われてると…」
    「そ、そんなことねぇべ!むしろ俺なんかのとこにこんな綺麗な嫁さんが来てくれたのがいまだに信じられねぇっていうか…その、あの、」

    いまだ緊張してしどろもどろになってしまい背中に汗が滲む。本当にいまだに信じられないのだ
    追い出すだなんてとんでもない。むしろこっちの方が甲斐性なしだと怒鳴られて三行半を突きつけられても仕方ないと頭を掻きながら恐る恐る顔を見ると凛は薄らと口角を上げていて、微笑にも満たないその確かな微笑みにまた心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

    「えっと、もしよかったら本邸の方に移りませんか?こっちが気に入ったならこっちでもいいんですけど、」
    「……」
    「したらば俺もこっちで一緒に暮らし、」
    「俺は、初日に言った通りお前と夫婦としてやっていくつもりはない。それはどんなによくしてもらっても変わらないことだ」
    「あっ、はい!それはわかってます!」
    「…」

    自分で言っておいて悲しい話だが正直言ってまだ目の前にいる眉目秀麗の彼とどうこうなんて恐れ多くて考えることすらできない。それより今はもと住んでいた土地より遥かに不便であろうこの環境に慣れてもらう方が先決だ。

    挨拶に伺った際に見た凛の住んでいる場所を観光がてらに見てみたのだが…あまりにもコチラとの差がありすぎて驚いてしまった。
    彼の生まれ育った地に山や森といった自然物は無く多くの人が行き交い交通の便も発達しており立っているだけで目がまわる様な場所だ。田舎者の自分にとっては真っ直ぐ歩くことすら難しくあまりの人の多さにどこに避けたらいいかもわからず何度も人にぶつかりかけたし散々迷惑もかけてしまい申し訳ないがあまりいい思い出はない。

    だがそれは凛とて同じこと…むしろ1人親元から離れてこんな辺境の地に来てしまったのだ。
    心細いだろうし思うようにいかないことの方が多いはず。寂しさは拭えずとも孤独感は感じてほしくない。

    「凛さんには自由に過ごして欲しいんです。向こうみたいに自由に買い物したり、おしゃれな食べ物が置いてあるような場所はないけど…できる限りの事はなんでもします」
    「…なんで…そこまで、」
    「俺、凛さんと夫婦になれて嬉しいんです。……といっても俺みたいな情けない男が夫じゃ凛さんは不満かもしれないけど」
    「…そんなことない。…色々よくしてくれて、助かった」

    俯いてしまい表情は見えないが凛はしばらく何かを考えるような素振りを見せた後小さな声で「少し、考えさせて欲しい」とつぶやいた。
    あまり押し付けがましいのも良くないと母に言われたのを思い出し俺は何度も頷くといまだ俯いたまま顔を上げる様子のない凛に「夕飯は一緒に食べましょう、用意させますんで」と努めて明るく声をかけてからその場を立ち去った。

    その長い前髪に隠された瞳に大粒の涙が浮かんで頬を伝い握りしめた拳に落ちるのも知らずに。


    晩春から初夏へ移り変わり凛との生活にもようやく慣れ始めた頃。相変わらず凛は離れで暮らしており最近になってようやく自分もそれに合わせて住居を移し2人同じ屋根の下暮らしていた。
    凛の口数は相変わらず少なく何を考えているのかは正直言ってよくわからないままで、趣味も特にない様で日々やる事と言ったら女中の真似事の様な雑事ばかり。初めこそそんなことさせられないと止めようとしたが「じっとしてると落ち着かないから」と言われてしまい勝手に庭の掃除を始めたり俺の服を縫ったりとそれはそれは色々なことを自ら買って出ていた。それを俺は呑気に流石だなぁとか働き者だなぁなんてそこまで重く捉えてはいなかったが凛の様子を両親に聞かれた際に家事を自分からしていることを話せば2人揃って顔を曇らせ「あのなぁ」と話し始めた。

    「凛さんがなんでそんなことできるのか、自分から雑用をしているのか考えた事はある?」
    「んぇ、…えっと…」
    「いい?虹郎。凛さんはまだアンタに気を許せていないのよ」

    正直かなり痛いところをつかれ思わず呻いてしまう。未だ凛と話す時に距離がある様に感じられる。だがそれが何故雑用を買って出ることになるのかわからず頭を抱えていると糸師家の事は正直よくわからないがもしかしたら…と父が渋い顔をして話してくれた。

    「凛さんは、糸師家であまりいい扱いをされていなかったのかもしれない」

    その原因は凛の第二の性がオメガであるという事が挙げられる。
    自分の住む場所にもオメガはいるし数は少ないものの決して珍しい存在ではない。大昔は差別されひどい待遇を受けた末に自死…なんてのはありふれた話だったらしく聞くだけで涙が出そうになる話も多いが現代では考えられない話ではある。勿論倫理を逸脱した非道な行為をすれば大問題になるだろう。…だがこれは一般論の話だ
    エリート家系の糸師家にはもしかしたらその一般論は当てはまらないのかもしれない。

    「滅多なことは言えないけどもしかしたら使用人まがいの事をさせられてたのかもしれねぇなぁ…」
    「そんな……」

    でなければ上流家庭にあたる糸師家の人間が針に糸を通すことなどできないだろうと言われ自身に置き換えてみると確かにそうだと思い直す。と同時に自分が聞いたことのあるオメガへの虐待の話を思い出しどうしようもない気持ちにさせられ夕食もあまり箸が進まなかった。

    「…はぁ」
    「……。…、…疲れてる、のか?」
    「あ!いや!大丈夫っす!へへ」

    凛がチラチラとこちらを伺う様にして見てくるのに曖昧に笑って誤魔化す事しかできない。不自然な素振りを見せては余計にいらない心配をさせてしまうだろう
    味噌汁を啜り「美味いっぺなー」と呑気に笑う姿を見せれば安心するだろうと敢えてヘラヘラしていると凛は思った通り胸を撫で下ろしていた。

    「…よかった。……今日、俺が少しだけ夕食の手伝いさせてもらったんだ」
    「え!?」
    「いや、余計な事はしてない。ほんの少しだけだから心配すんな」
    「……」

    これはいけない。
    いやもちろん嬉しいしありがたいのだが凛は自分の妻であって召使ではないのだから好きなことをしてゆっくり過ごして欲しいのだ。気を遣って自分を律しているのであればそれは俺の望むところではない。…何より可哀想だ。
    ー「お前と夫婦としてやっていくつもりはない」
    その言葉が今になって重く突き刺さる。

    「り、凛さん!もしよかったら明日、俺と一緒に過ごしてくれねぇべか!?」
    「え…」
    「本格的に夏になる前に一度村を見てほしくって、」

    我ながらおかしな言い訳だと思うが実際凛はここにきてから敷地より外へ一歩も出ていない。
    自分はそろそろこの家から出て隣の村へと働きに出る予定があり凛としばらく離ればなれになる。その前に村を案内しておかねばと常々思っていたところだ。
    今の時期は緑が鮮やかで綺麗なのだとかたまには外に出た方がいいだとか捲し立てる様に話すとこちらの圧に押されたのか少し引いた様に「わかった…わかったから、」と首を縦に振った。


    翌朝。雲ひとつない青空に澄んだ風が吹き絶好の散歩日和だと凛に笑いかけて外に連れ出すと生っ白い肌に日があたり余計白く美しく生えるのに思わず見惚れてしまう。雪を連想されるその艶めかし艶肌に当てられるようにこのあたり一面に見える田畑も冬になれば雪に埋もれてしまうのだと教えてやると少し驚いた様に目を見開いて「雪…そんなに降るのか…」と珍しく食いついてきた。

    「どれくらい続くんだ、それ」
    「んー。その年によりけりだけど去年は膝下くらいまでは降ってたなぁ」

    自分の脚と見比べながらふぅんと少し期待した様に声を弾ませる。どうやら凛にとって雪は珍しいものらしい。…ここで暮らしていくうちに億劫になると思うが今はまだ水をさすべきではないだろうと口を噤んだ。「何もかも違うんだな…。高い建物がないぶん空が広く見える」そう空を見上げながら呟くのを同じ様に上を見ながら頷く。

    「空の青、好きだ」
    「俺も」
    「…七星も?」
    「うん。凛さんは?他に好きなものありますか?」
    「……好きな、もの…」

    そう言ったっきり黙りこくってしまったのを見てまた胸が痛む。好きなものひとつ言う事ができないなんて
    俺より高い背は一見アルファと間違われてもおかしくないほどだというのに…
    肉付きが悪く骨ばった手を弄りながら眉を寄せて頭を悩ませる姿が痛々しい。

    「…凛さん!俺の好きなものたくさん教えるんでもしその中で凛さんもいいなと思えるものあったら教えて欲しいっぺ!」
    「え…」
    「まずはこっち!行きましょ!」
    「あ、あぁ」

    急かすようにして繋いだ凛の手は硬くカサついていて少し冷たくてまた朝から雑事をしていたのかと思わず強く握りしめる。これ以上傷ついてほしくないと思うのは同情からではない。初めて会ったあの日から抱いている気持ちはそんな安い感情なんかじゃない。

    新緑の香りが爽やかに自分たちの間を通り抜ける。暖かな日差しの下、穏やかな雰囲気のまま村の中を歩き回る。人口の少ないこの場所ではほぼ全員が知り合いで特に凛の様な他所から来た人間は物珍しいのだろう。人に会うたびに声をかけられその度に丁寧に挨拶をする姿に惚れ惚れしていると「いいお嫁さんもらえてよかったねぇ!」「しっかりするんだよ!」と背を叩かれてしまった。
    自分が生まれる前から自分のことを知っている人間ばかりのこの村では母親がたくさんいるみたいで凛の前で叱られるのが少し気恥ずかしい。その上手を繋いで歩いていることを揶揄われてしまい後から「いい加減離せ」と怒られてしまった手が今は寂しく空いている。
    紫陽花が咲並ぶ。シロツメクサとクローバーが生い茂り柔らかく揺れる。水が張られた田んぼに日が反射しキラキラと輝く。木の実をもいで渡してやれば手のひらから一粒ずつゆっくりと味わう様に食べ始め越冬前のリスを思わせるその素振りに思わず笑みが溢れる。

    「たくさん歩いて疲れたべ?休む?」
    「別に平気だ」
    「んだらもう少し行ってからにすっぺ」
    「……あの階段はどこに繋がってるんだ?」

    指差した先にあるのは少し長い石造りの階段で、あれを登った先に大きな社があるのだと伝えると珍しく行ってみたいと凛の方から提案してきたので快諾し登り始める。
    子どもの頃はよくここで遊んでいたのだと教えるとイマイチ想像つかなかったのか不思議そうな顔をしていた。

    「鬼ごっこや隠れん坊してたんですけど凛さんは?」
    「…やったことねえな」
    「ええ!?…や、やっぱり都会の人はそういう遊びはしねえもんなんだべか…」
    「いや、昔は兄ちゃんと…。」

    そこまで言って言葉が途切れる
    兄ちゃん…凛さんのお兄さんの事だろうか
    あまり詳しくは知らないが海外に留学しているとかでもう何年も会っていないらしい。…らしいというのも凛から直接聞いたわけではなく両親伝に聞いたものだから実際の関係性などは想像するしかないが今言いかけたのはおそらくそういうことだろう。

    「お兄さんとよく遊んでたんですか?なんか想像つかねえっぺ…」
    「…」
    「凛さんの小さい頃はきっと可愛かったんだべなぁ…」
    「…別に、可愛くねえよ」

    ぶっきらぼうにそう言い放つと少し怒った様にさっさと階段を上がっていってしまう。…妻とはいえ、オメガ性とはいえ、凛は立派な男性だ。可愛いと言われても嬉しくもなんともないのだろう
    慌てて後を追うと既に社の前に立っており流石脚が長いだけあって歩幅も段違いだなと苦笑した。
    2人で並んでお参りを済ませた後しばらく辺りを見て回る。変わり映えしたものは特にないが自然に囲まれた中で動物の声を聞きながら会話するのは楽しく1番見せたかった高台に着くのはあっという間のことだった。

    「ここから村が一望できて、えーと…あ!あそこが俺たちの家ですね」
    「…本当だ。デカい家だと思ってたけどここから見ると小さく見えるな」
    「はは!確かに!凛さんの元のお家がここにあっても小さく見えるかもしれねぇべな」

    言ってからしまったと思ったがもう遅く、凛は長い前髪の下へと目を伏せてしまい「そうだな」と小さく覇気のない返事をして近くにあった木のベンチへと腰掛けた。やはり糸師家のことはタブーなのだろう
    景色を楽しむ間もなく元気を無くしてしまった凛の横へ座り何か言わなくてはと声を上げようとすると向こうから先に「…今日は、ありがとう」…そう言ったっきり無言になってしまった。
    気まずい沈黙が訪れる。このままではずっと同じことの繰り返しだ、思い切って今までずっと怖くて聞けなかった事を聞いてみようと大きく息を吸う。
    「あの!」思ったより大きな声が出て凛の肩がピクリと跳ねた。驚かせてしまった。が、もう止められない。

    「ここでの生活はっ、どうですか!?」
    「……え」
    「しばらく経ちますけど、俺や皆にっ、まだ気を遣ってるというか、あの…何故、女中の様な事を…?」
    「凛さんは、その、俺の、つ、つ、っ、妻っ、じゃないですか」
    「もっと、こう…のんびり過ごしても誰も文句は言わないしむしろそうして欲しいというか…!」

    顔が熱くなって言葉も詰まりながらもどうにか言い切った後今から何を言われるのかと緊張で冷や汗が浮き出る。糸師家で何があったかはわからない。もしかしたら全部自分たちの勝手な妄想で酷い扱いなどされてないかもしれない。それならそれでいい。だがもしそういう扱いをされていたとしてここでの生活はどうなのだろう
    こんな何もない場所に嫁がされて辛い思いはしてないのだろうか。今ここに誰もいないのをいいことに俺にだけは話してくれないだろうか

    「……迷惑だったか」
    「全然!!むしろ助かってます!…ただ、」
    「…?」
    「……もしそうしないといけないと思ってるのなら、やめてください。そんなことしなくても誰も凛さんを責めたり、酷いことを言ったりしません」
    「前も言ったけど…俺、本当に凛さんと夫婦になれて嬉しいと思ってます。でも凛さんがそれを望んでいないなら、悲しいし…辛いです」

    こんなに情けなく頼りない声が自分から出るとは思わなかった。本当に辛いのは彼の方なのに何故自分がこんなに泣きそうになってるのか、情けなくて仕方ない。
    慌てた様な驚いている様な声で「そんなことない」とこちらを覗き込んでくる瞳に動揺の色が浮かんでいる。

    「俺は……、」

    嘘がつけないのだろう。
    曇った様な表情のまま掠れた様な声でそう漏らすと口を閉じ黙りこくってしまい風と鳥の鳴き声だけがこの場所を支配する。こんなやりとりももしかしたら彼を追い詰める1つの要因になるかもしれないと思うとやりきれない気持ちになってくる。

    「……今言うことじゃないかもしれないけど、俺…半月後に隣の村に田んぼの手伝いのために家を出ます。多分1ヶ月は帰ってきません」
    「そう、なのか…」
    「できればその間に凛さんが楽しいと思える事を探して、俺に教えてください」
    「見つからなかったら、俺は…」
    「ちょ、ちょっと待て!違う、その……本当に、俺はそんなつもりで色々してたんじゃない…!」

    誤解だ、とポツリポツリと呟く様にして話し始める。
    半分は予想していた通りどうやら最初は本当にそう・・だったらしい。ここで暮らす人はお互いを助け合って生きてると聞いていたから自分がのんびり過ごすのはどうにも気がひけると始めた掃除が周囲に感謝される様になって気分が良かったのと、身体を動かす為にも色々したかったから…。と話し終えどことなく気まずそうにしていた。

    「そうでしたかぁ…あぁ…それならよかった」
    「…」
    「俺、勝手に1人で色々勘違いして…申し訳ねぇべ…」
    「……さっき、なんて言いかけたんだ」
    「え?」
    「俺が、楽しいこと見つけられなかったら…」
    「ああ…えっと、お恥ずかしい話なんですけど…凛さんを幸せにできないのならもっといい方を見つける為に離縁を、と」

    一瞬空気がピリついたのがわかり、横にいる男の顔をそろりと盗み見る。「俺が…嫌になったのか、?」そう話す彼の顔が迷子になった子どもみたいに歪んでしまい慌てて訂正するもあまり話が入ってこないのか聞いていないのか、俯いてしまってまともに会話ができない。
    何度も違うと伝えても埒があかず…ええいままよ!と俺の手は知らぬ間に凛を抱きしめ「俺は!凛さんのことが好きです!」と叫んでいた。
    自分でもおかしなタイミングだし雰囲気も何もあったものではないが「ふぇ、」と腕の中から可愛らしい声が聞こえてきて思わず力を強めてしまう。

    「好きだから大切にしたいし幸せにしたいし、嫌な思いや悲しい思いをしてほしくないんです、」
    「俺は…世間知らずで、楽しい話も面白いこともできません…凛さんのことが好きなのに楽しませ方がわかりません…」
    「だから俺の好きなこの土地で好きな事を見つけたら教えてください。そうしたら凛さんがもう飽きたって言うまでさせてあげるし、それが物なら毎日送るし、それが景色なら毎日見せてあげます」

    これ以上ないってくらいに幸せにしてあげたい
    まだたったひとつの季節しか超えていないほどの短い時間で自分はこの男に湧き水の様な愛情が止まらないのだ
    朝起きてから寝るまでの間いまだに夢ではないかと疑うほどに共にいられることが嬉しくて仕方がない
    これが恋じゃなければ一体なんだというのだろう

    「…なんで、おれ、なんか、」
    「俺、一目惚れでした…写真で見せてもらった時からずっと、こんなに綺麗な人が俺の…ぉ、奥さんになるのかってドキドキしっぱなしで…情けない話だけど、初めて会った日のことは……よく覚えてません」
    「……」
    「緊張しっぱなしで…テンパって変なこと言ってたかもって、後になって思い返そうとしたけどなんも覚えてなくて…凛さんの言葉だけが頭に残ってて、こんな事初めてなんです」
    「顔だけでなんて不埒だと思われるかもしれませんけど、毎日思うんです。この人が好きだなって」
    「…っ、」
    「…凛さん?」

    気づけば胸の中に抱き寄せていた愛おしい妻の頬には涙が伝っていて慌てて腕を離そうとするがその腕に重なる様に手が置かれる。離すな、という意味だろうか
    透き通る様な碧い瞳がガラス細工みたいで美しいなんて余計な事を考えていると薄い唇が震えを隠す様に噛まれているのに気づく

    「噛まないで、傷になります」
    「…なんで…ッ、」
    「ん?」
    「…ッ…ぅ、っ…」

    なんで。その単語を残したきり凛は嗚咽を漏らすのみでこちらの問いかけには応えようとはせず、先ほどまで爽やかに聞こえていた風の音や動物の鳴き声はいつのまにか消え失せて時折鼻を啜る音だけがする。こんな風に泣かせるつもりではなかったのに、と後悔だけが心に残り青かった空も陰りを帯び始めていた。
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