魅入る、魅入られる・不死鳥の男
彼のバックグラウンドについて、近江連合に所属していたというぐらいしか紗栄子は知らない。兄貴分だったという渡瀬や勝矢に聞けば他に色々教えてくれるかもしれないが。
「……修一さんが朱雀なの、知らなかった」
「朱雀も鳳凰も、希少やからな。黙っとった方がえぇことやった」
かつて近江連合の本部に乗り込んだとき出迎えたのが彼だった。上を脱ぎ背中から翼が生えたのを見たとき、本気でぶつかったとしても勝てないのではと恐れた記憶がある。それでも全力を出したわけではないようだが。
「あのとき本当に勝てないと思ってたのよ?」
「後ろに冴島さんと真島さん待たしてんねんで。真島さんの楽しみ取ったらアカンから加減したわ」
鬼庭の後ろに座り、肩甲骨と一体化した翼をなぞる。尾羽は極彩色に煌めいて美しい。
「……ほんと、綺麗」
「おおきに」
「こんなかっこいい人の背中に綺麗な翼があるんだもんねぇ……」
渡瀬と勝矢を除けば紗栄子しかこの背中を知らない。五代目からの相談役という立場と朱雀の希少性も相まって身を守るために教えなかった。
「兄ぃの他は紗栄子にしか見してへん」
「……うそ」
「嘘吐いてどないすんねん。シマのキャストも、舎弟も、それなりに付き合い長いけど教えんかった」
最初に会ったときの長い髪は襟足が僅かになびくだけになり、くしゃっとした短い髪はところどころうねっている。広い背中の翼は限られた人間しか知らない秘密だったのだ。
「……そっか。私、特別なのね」
「おん。紗栄子は俺に惚れてくれたえぇ女や」
振り向いた鬼庭は珍しく、穏やかに笑っていた。
・策士と吸血鬼
風間組が面倒を見ているビルは神室町に数軒ある。その中で風間が直々に手を入れた雑居ビルに一人の女性が囲われていた。
その辺のスイートより手の込んだ部屋は女性だけで過ごすには広い。そして、光が入らないよう分厚い遮光カーテンで窓が閉め切られている。
「元気にしていたか、――」
「はい。またお会いできて嬉しいです、風間さん」
部屋の照明に照らされた彼女の肌は青白い。透明感にあふれる肌は薄く化粧が施され、赤い口紅が映える。
「前に遣った口紅使ったのか。お前の肌にゃ赤が映えるな」
風間の手が頬に伸びる。
「腹ぁ減っただろう。おいで」
ネクタイを緩め、シャツのボタンを二つ開ける。ベッドの端にかけた風間の足に負担をかけないように座った女が首筋に噛みついた。
ちゅう、と小さな音が二人だけに聞こえる。ある程度血を得て満足したのか新しい傷口をそっと舐めて女は首筋から離れた。
「……あの、お身体は大丈夫ですか? いつもそれなりの量を頂いてしまって」
「気にすんな。これぐらいで貧血起こすほどヤワじゃねぇさ」
背中を撫で、緩く抱き寄せる。
「前に嶋野が歳取ってんのかって言ってきやがってよ。還暦のジジィにしちゃシワが少ねぇとよ」
風間とこの女王が出会ったのは87年だったか。あれから血を与える関係になったせいか、加齢の影響が他より小さく済んでいる。
「あいつだって昔からおっかねぇ顔してるのにな」
「……実際、お前のおかげなのかもしれねぇなぁ。老眼鏡の度はそこまで入ってねぇし、脚の後遺症もリハビリの先生は大丈夫だって太鼓判押してくれたぜ」
その代わり、風間自身は夜を好むようになった。元から早朝に行動するのも稀だったが、今は午前中の幹部会や執行部の呼び出しがない限りは行動開始の時間を夕方からにしている。
「……でも風間さんは、太陽が」
「完全にダメってわけじゃねぇ。――みたいに日傘を使うか帽子被るかすりゃ、朝から本部に呼ばれてもどうにかなる」
この女王も日光を浴びて灰になるわけではない。しかし万一のことを思って風間はカーテンを閉めていた。
どうも、眷属にすることへ抵抗があるのか彼女は何度も血を吸う前に聞いてきた。今までの生活を捨てても良いのかと。
「お前と一緒に生きていけるなら、俺ァ風間組の看板だって降ろすさ」