【ユキバン】無題 目覚めると同時に、万理の脳内は「ヤバい」の単語で埋め尽くされた。
見知らぬ天井、馴染みのない手触りの寝具。それに加えて、隣で眠る人の気配──どう考えても役満であると言えよう。当然、悪い意味での。
昨日は退社後、自宅に直行して酒も飲まずに寝たはずだったが、どうやら昨夜の自分は記憶を捏造するほど酒を飲み、挙げ句、誰かを持ち帰ってしまったらしい。どちらかと言うと誰かに持ち帰られてしまった、と表現する方が正しいのかもしれないが。どちらにせよ、小鳥遊事務所で働き始めて早数年。こんな失態は千と組んでいた頃以来のことだ。頭を抱えずにはいられない。
セックスや深酒したとき特有の気だるさが無いことに違和感を覚えるが、そんなことよりも『ここがどこで、誰と寝ているのか』が今は重要だ。なにせ持ち帰られた記憶も行為中の記憶も無いのだ、自分には。
覚悟を決めて上体を起こす。知り合いでも知り合いじゃなくても、穏便にことが済ませられれば良いなと念じながら隣で眠る人物を確認する。
「は?」
視界に映った人物に、間抜けな一音がこぼれた。
***
遠くから声が聞こえる。その声はだんだんと大きくなり、どうやら自分の名前を呼んでいるらしかった。
霞がかった思考の中でその声を無視しようとすると、身体を容赦なく揺さぶられる。
(やめろ、鬱陶しい)
深くに沈んでいた意識を無理やり引きずり上げられてイライラする。もう何もしたくないのに。朝も、夜も、来ないでほしいのに。
無視を決め込もうとしたところで、それを許さぬように、覚醒させるかのように、今度はハッキリと自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
──万理の声が。
***
「千ッ! おい、起きろ千ッ!」
「ハッ……!」
寝こける千を揺さぶっていると、固く閉じていた両目がようやくバチリと開いた。
「やっと起きた。相変わらず寝汚いな」
「…………万?」
「いやー、焦った。起きたら知らない部屋で寝てんだもん。うっかり誰かとワンナイトしたのかと思ったけど、ここお前の家だったんだな」
昨夜は帰り道で千に捕まり、そのまま家にでも連行されたのだろう。それで記憶を飛ばすほど酒を飲んだというわけか。羽目を外しすぎだろ。もっと理性のある飲み方をしろ。お互いいくつだと思っているんだ──などと考えていると、思い切り肩を掴まれた。この状況下で犯人は一人だ。
「痛ッ、ちょ、千。痛いって。加減しろよ」
「万? 万なのか!?」