【ユキバン】無題「君たちさ、何をやってくれてんの?」
バンさんの声が上から降ってくる。何故ならオレたちは今、楽屋の床に正座しているからだ。視界に映るのは少しくたびれた黒のヒール。動きやすさが重視された3センチヒールだ。
「おい、聞いてんのか」
黙ってバンさんの靴を見つめていると、再び声が降ってくる。こんなにも刺々しいバンさんの声を、オレは今まで聞いたことはなかった。
恐る恐る顔を上げて、普段よりもだいぶ離れたところにあるバンさんの顔を見る。案の定と言うべきか「あんな声を出すなら、そりゃそんな顔にもなりますよね」と言う表情をしていた。詰まるところ、バチクソ怖い。
「はい、聞いてます……」
情けなくも震える声で返事をすると、隣で同じく正座しているユキも小さく頷いた。
「二人とも、自分がどこの誰なのか分かってる?」
「えっ、と……岡崎事務所の、Re:vale……です…………」
「その通り。それで『岡崎事務所のRe:vale』さんは、さっきまで何をしてましたか?」
さっきまで、と言われてバンさんの後ろでオロオロとした表情をしている彼女へと目を向ける。すると、オレと目が合った彼女は気まずさと申し訳なさが半々になったような顔をしてバンさんの背中に隠れてしまった。
「………」
「まっ、マネ子ちゃんと話してました!」
チラリとユキに視線を送るが、ユキは俯いたまま依然として無言を貫き続けるので、IDOLiSH7のマネージャーである彼女と話をしていたのだと代わりに答える。ただ、この回答はアウトだったようで、バンさんの片眉がギリリと吊り上がった。
「話してた、だぁ?」
「ヒィッ!」
バンさんは出会ったときから優しくて、格好良くて、それでいて可愛さと美しさも兼ね備えていて、今の今まで怖いだなんて思ったことはなかった。けれども、今日は違う。怖い。怖すぎる。今まで本当に優しく接してきて頂いていたんだと痛感する。涙目になりながら恐怖でおしっこが漏れそうになるのをどうにか耐えていると、バンさんが静かに口を開いた。
「君たちは、うちの可愛い後輩社員に対して、二人がかりで、詰め寄ってたんだよ。しかもテレビ局の廊下、人目のつくところで」
怒鳴るのではなく、淡々と言葉を短く区切りながら伝えてくる辺りにバンさんの憤りの程度が窺い知れる。
「お、オレたち、詰め寄ってたつもりは……」
「あのさ、170センチ超えの成人した男たちが、18歳の小柄な女の子を壁側に追い込んでる図を客観的に考えてくれるかな。どう考えても詰め寄ってるとしか見えないんだよ」
そんなつもりではなかったとやんわり反論してみたが、キツめに言い返されて口を閉じる。けれども、言われてみれば確かにそうかもしれない。涙が零れそうになるのをグッと堪えて、バンさんの背に隠れるようにしてこちらを窺っている彼女へと視線を向けた。
「バンさんの言う通り、傍から見たら詰め寄っているように見えたかもしれないです。ごめんなさい」
マネ子ちゃんに向かって深く頭を下げる。それを見た彼女は「い、いえっ! 私は大丈夫です!! こちらこそすみませんでしたっ!」と慌てた様子で答え、ばつが悪そうにモジモジとしていた。
「……千は?」
お前も謝罪しろ、と言外に告げられて、ようやくユキが口を開く。ごめんなさい、という声は分かりやすく不満げで、バンさんの眉間にシワが寄った。
「何か言いたそうだな。言えよ」
「……」
「言わないのか? ならきちんと紡さんに謝罪しろ」
「ば、万理さん。私は大丈夫ですから……」
「ダメです。こういうのはちゃんとしないといけませんから。千、早くしろ」
「……」
マネ子ちゃんの言葉をピシャリと跳ね除けてバンさんが言うが、それでもユキは黙っている。さらに重くなる空気に耐えかねていると、俯いたままだったユキが不機嫌さを露わにしながらバンさんを睨み上げた。そんなユキに対して、バンさんも睨み返す。まさに一触即発という感じだ。
「万」
「何だよ」
「グラビアって、どういうつもり?」
「…………は?」
「まさかお前のところの社長に強要されたんじゃないだろうな」
「は? え、何? グラビア? 何の話?」
「っ、私が! 私がいけないんですっ!!」
ブチ切れモードから一転して困惑するバンさんへ、ユキの代わりに答えるように、マネ子ちゃんが会話に割って入る。バンさんは驚いたように目を丸くさせた。
「私が、お二人にこの間撮った写真のことを話したんです! それで……」
「この間の写真……?」
「はい。ほら、あのお休みときの……」
「…………あー! えっ、アレ!? アレの話したんですか!?」
「すみませんっ! 休日に何をしていたのかという話になったので、万理さんを被写体にグラビア風の写真を撮っていた話を……。それに、お二人から万理さんの近況が知りたいとよく聞かれていたので、ちょうど良い話題だと思いまして……」
「なんてことを……」
「皆さんの仲ですし、お話しても良いかと思いまして……」
「いや、一番ダメでしょう……」
バンさんが苦悶の表情で頭を抱える。が、彼女に悪気がなかったことは分かっているから怒るに怒れないようだった。
「それで、お二人に『写真を見せてほしい』『言い値で買うからデータごと売ってほしい』と言われていたところを万理さんに見つかって――今です」
「ああ……」
ことの顛末を知って、いよいよ言葉を失ったようだ。先ほどまで鬼のような形相で仁王立ちをしていたというのに、今は力なく項垂れている。バンさん、紛らわしいことして本当にすみません。
「万」
「何だよ」
「さっきの質問に答えて。社長に強要されたとかじゃないのか」
「バッ、バカ! んなわけあるかっ! 自分がオフショットの写真を撮ることもあるだろうから、写真の技術を上げたいって紡さんに頼まれて被写体になっただけだ!」