Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    kawa2wa5

    @kawa2wa5

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 3

    kawa2wa5

    ☆quiet follow

    tender(十空)

    #十空
    tenEmpty

    ■tender

     意識の先で規則正しく何かが鳴ってる。
    「うう~……うるさぃ」
     鳴り止まないそれが目覚ましの音だと気づいたのは、アラーム音が随分大きくなった頃。いつもなら空却さんがさっさと止めてしまうであろう音が鳴り続けているということは、今日は自分が師匠の代わりを務める日だ。
     身体を起こして充電器に繋がれたスマートフォンを手繰り寄せ、左から右にスライドする。
    「ん……五時……」
     陽が昇りきっていない障子の向こうは淡い青色で包まれているのか、差し込む控りはぼんやりと薄暗いけれど幻想的。アラームが止まれば、部屋はシンと静まり返って、時間が止まってしまったよう。時たま遠くの方でパキッと何かが割れる音。
     そっと目を閉じ、ゆっくり深呼吸を繰り返す。教えられた瞑想の仕方。肩の力を抜いて、頭の中をからっぽにして、ただそこにある空気をゆっくり自分の中に取り入れる。
     通い慣れた空厳寺の中にある小さな一室。お線香と、空却さんが最近気に入ってる練り香水の匂い。それと、自分の甘ったるいと叱られる香水の匂いと、あと、ちょっと昨日の余韻を残した汗とあれやこれやの匂いが混ざった空気をゆっくり吸って、ゆっくり吐いて。
     鼻を通って肺に入って、自分の身体の中に取り込んでいく。
     どうしてだか、朝この場所でゆっくり深呼吸をすれば、その日一日は無敵になれる、そんな気がした。
    「よし」
     目を開けて、頬を両手でパチンとたたいて気合を入れる。スヌーズ設定になっていたアラームを止めて、同じ布団の中で猫さんみたいに丸くなってる塊に声を掛けた。
    「くうこぉさ~ん、朝っすよ~」
    「ン…………」
    「起きれる? 無理?」
    「………………」
    「無理っすね」
     目は開かれることもなく、眉間に皺を寄せて唇だけが僅かに動く。窄んでから横に引かれて、きっと無理だと言ったんだろう。掠れた声は音になることなく、聞こえなかった。
     少し捲れた布団に入り込む空気が冷たかったのか、暖を求めて擦り寄って来てくれるのはすごく可愛い。いつも傍若無人で暴れまわっている人と同一人物とは思えないほど。
    「睫毛なが…………」
     つるつるのおでこに、ばっさばさの睫毛。黙ってたら本当にお人形さんみたい。
     空却さんの修行というかお勤めっていうのも色々あるようで、毎朝早朝三時に起きなきゃいけないってわけでもないらしい。
     今日は五時起きの食事当番。朝昼晩と灼空さんとそのお弟子さんの分とをつくらなきゃいけない。その代わり、お掃除はやらなくてもいい……って空却さんは言うけど、いつも灼空さんは空却さんのことを探してるので、多分やらないといけないんだと思うけど。
    「自分が朝ごはんつくるっすよ?」
    「ん…………」
    「台所使うっすよ?」
    「すき……て、い……」
    「好きにしま~す」

     小さいちいさ~い声で好きにしていいって許可がもらえたから、立ち上がって部屋にある箪笥を開ける。一番上の段の右半分。自分専用に空けてもらったスペースには下着とパジャマと作務衣の予備。あとはスキンケアとメイク用品がごちゃごちゃいっぱい詰まってる。意外と綺麗好きな空却さんには、整理しろ、片付けろって叱られるけど、全部大事なものなのだからどうしようもない。
     パンツを履いて、裏起毛の長袖のトップスの上に作務衣を羽織る。その上からカーディガンを着て、レッグウォーマーと靴下と。妥協して許してもらえたギリギリの防寒で、部屋を出ようとして、忘れ物に気づく。
    「じゃ、ご飯できる前には起きてくださいね」
     そう言って、いってきますのキス!
     布団に埋もれている空却さんを探し出して、唇にちゅうと吸いつけば、空却さんはめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。
    「そんな顔しなくてもいいじゃないっすか……」
     失礼な師匠を布団に埋め直して、障子を開けて廊下にでる。
     怖いくらいにヒンヤリとした空気に体が大きく震えて、靴下越しでも冷たさが伝わる氷みたいな廊下。爪先立ちになりながら、大きなお寺の小さな台所に駆け足で向かった。
    「ぎゃぎゃぎゃらん、ば~、あ、いちごジャムみっけ」 
     鼻歌を歌いながら冷蔵庫の中のものを拝借しつつ、みんなの朝ご飯を準備していく。
     空却さんがちょっと寝坊できる食事当番の前の日は、どうしてもテンションが上がっちゃって、空却さんのお尻を可愛がりすぎてしまう。すごいえっちな顔でじゅうし~って呼んでくるんすよ? 我慢できないんすよね……へへ。
     それでも体力お化けの空却さんは、次の日元気に走り回ってることが多いけど、月に一回あるかないか。こうやってどうしたって起きれない時がある。
     引き摺っても抓ってもどうしたってダメで。やだやだって布団を握りしめて駄々を捏ねる姿は、あるはずのない母性本能をくすぐられて、無理やり起こすのも可哀想に思えてしまって。
     だから、どうしてもダメな日はこうやって、自分が師匠の仕事の代理をしているのである。
    「ウインナーある、たこさんにしたら皆喜ぶかな~」
     最近お母さんに教えてもらった、たこさんウインナー。包丁で足を作って、フライパンに油を垂らしてウインナーを並べる。熱い熱いって言うみたいにウインナーは跳ねて、足が広がっていって完成~! ごまで目をつければもっと可愛く美味しそうになった。
    「あとは……スクランブルエッグでいいかな」
     残り五つだった卵を全部割って溶いて、さっきウインナーを焼いたフライパンに溶き卵を入れてくちゃくちゃに混ぜる。本当はだし巻きにしたいんだけど、まだ上手に巻けないからスクランブルエッグ。こっちのほうがシェアしやすいし。
     出来上がったものをお皿に盛って、食パンをトースターに入れてふと気がついた。
    「このメニュー、初めてご飯つくった時と同じかも」

       ***

    「お前、これ朝メシで出したのかよ」
     初めて朝ごはんを任された日。灼空さんやお弟子さんに振る舞った後、空却さんの部屋にも届けに行ったらそう言われた。
    「あ! コーンスープ忘れた!」
    「そういう意味じゃねぇよ」
     汁ものって大事じゃないですか? と聞くと、まぁそうだけどなって空却さんは言ったっきり黙ってしまって、ふるふると肩を震えさせ始めた。
     空却さんの肩が震える時は、めちゃくちゃ怒ってるか、めちゃくちゃ笑う寸前の時。
    「親父らどんな顔してた?」
    「えっ、どんな? う~ん、何でか皆、ポカンとしてたっす」
    「…………」
     しばらくの間、緊張が走る。もしかして、何かやらかしてしまっただろうか。
     そういえば、たまに一緒によばれる朝ごはんって、お野菜がメインでちょっと量が少なくて、あんまり色がなくて味付けも薄かったような。思い返していれば、ついに空却さんの溜まった何かが爆発した。
    「ギャハハハ! お前、それ、そん時の写真撮ってねぇの!」
    「写真なんて撮ってないっすよ! やっぱり自分、やらかしました?」
    「いいや、やらかしてねぇよ。さすが拙僧の弟子、立派に朝のお勤めこなしてるわ」
     大爆笑のあとに、さすが拙僧の弟子って言われると、それは褒め言葉ではないような気がしてくる。というか絶対褒め言葉じゃない。
    「なんか作法があったんすよね⁉ 宗教上の理由で食べちゃダメな……ハッ!」
     そこでようやく思い出した。空却さんの実家はお寺で、空却さんは僧侶で、自分はその弟子で。お肉やお魚ってこのおうちではあんまり見たことがない気がする。
    「ヒャハハ、お前っ、どんだけここ通ってんだよ!」
    「えっ、あっ! あ~~!!!」
    「…………十四、とんだ大罪犯しちまったな」
    「じ……地獄行きっすか……」
    「……………………」
     あんなに笑ってた空却さんの顔が突然真顔のお仕事モードになって、憐れみの目で肩にポンと手が置かれる。じわじわ浮かぶ涙の向こうで、空却さんがそっと目を背けてくるから、ついに涙が決壊した。
    「ふぇ、ふぇええぇん!」
     天国にいるおばあちゃん。自分は、とんでもないことをしでかしてしまったので、そっちに行くことはできないみたいです。ごめんなさい。いっぱい罪を償って、たまにはそっちに遊びにいけるように頑張ります。

     胸の前で指を組んでおばあちゃんへの念を送っていると、おでこをぺしんって叩かれた。
    「ヒャハ、冗談だっつの。別に今時何食ったって怒られやしねぇよ。そもそもこの家の台所にあったもん使ってんだから、その時点で分かるだろ」
     確かにそうだ。
     食べちゃ駄目なら、空却さんの家の台所にあるわけない。騙された、からかわれたと分かって腹が立つ。いっつもそう! 嘘を本当みたいに言うのが上手だからすぐに遊ばれてしまうのだ。 
     空却さんの胸を叩いて反撃するも、攻撃は全く効いてないようで、空却さんはゲラゲラずっと笑ってた。
    「もしかして空却さんたちって食べても地獄行かないように毎日修行してるんすかぁ……?」
    「ンなわけねぇだろ」

       ***

     朝ごはんを持って空却さんの部屋に行けば、部屋の主は寝癖でぴょんぴょん髪を跳ねさせながら起き上がってぼぉっとしていた。
     たまにこうやって静かに佇んでいることがある。普段あれだけ騒がしい人だからか、その姿はやけに儚げで消えちゃいそうで。すごく心臓がうるさくなるのだ。
     わざと大きな声で朝ごはんっすよ! と声をかければ、ゆっくりこっちに戻ってきて、お膳の上を見るなり、ヒャハって笑っていつもの空却さんの顔になった。
    「なんか見たことある献立」
    「初めて自分が朝ごはん作った時と似てるっすね」
    「ヒヒッ、あん時はマジで面白かったわ」
     布団を片付け、手を合わせていただきます。粗暴な人だけど、いただきますとごちそうさまは絶対言う。動物でも植物でも、もともとあった命を自分たちの栄養にするために頂戴すんだから感謝だけはきちんとしろ。感謝の気持ちをちゃんともってれば、何食ったって別にいいんだよ。って、あの時言った空却さんの言葉は、今でも自分の中にきちんと大事に仕舞ってる。あれから、好き嫌いもしなくなったし、ご飯を残すことだってしなくなった。
    「今じゃ親父らも十四のメシ、楽しみにしてるって言ってたぞ」
    「えっ! 本当っすか! 嬉しいっす!」
     お前が来た時しかこんなモーニング食えねぇしな。
     そう言って空却さんは、食パンにこれでもかってくらい、いちごジャムを山盛り乗っけて、大きな口を開けて頬張った。
     ただ、食パンをトースターに入れて、ウインナーを切って焼いて、卵を割って溶いて。たったそれだけのことなのに、空却さんも他のみんなも、すごく美味しそうに食べてくれるから、自分は時たまこうやって空却さんの代わりをする。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works