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    kawa2wa5

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    ■jealousy

    #十空
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    ■jealousy

     十四が空却をライブに呼ぶ日は何度かあったが、決まって返事は「おう」だった。素っ気なく、行く、とも、行かないとも言い切らない返事は普段の空却らしくないが、今のところ八割近くの確率で来てくれていることを十四はきちんと知っている。チケットと交換制のドリンクチケットが、空却の部屋にある木製の箱の中に貯まっているのも、実は知ってる。
     開演時間になり、ライブハウスの照明が一度真っ暗になる瞬間。重たい扉がゆっくり開き、背中に光を纏った小柄な男の姿が浮かび上がってすぐに消えた。
     待つのが嫌いだからか、狭いライブハウスの中にいるのが窮屈だからか、はっきりとした理由は分からないけれど、開演前の賑やかさがピタリと止む瞬間に空却は必ずやってくる。
     十四はその姿を目に留めて、閉じ込めるように一度目蓋をきつく閉じた。
     深く息を吸い込んで、空気を震わせて音を吐き出した瞬間、眩しいくらいに照らされるステージの光。その光が届くか届かないかというところで、燃えるような赤い毛の男が真剣な顔でじっと十四のことを見つめていた。
     湧いた歓声を真正面から受け止めて、熱心なファンに目配せしてアピールしながらも、十四の意識はずっと空却の方へ向いている。歌う勇姿を一番見てほしい人、聴いてほしい人。そう思って、いつも流れる汗を拭うこともせずに歌い上げるが、結局最後まで空却の表情が和らぐことはない。
     ライブハウスの片隅で腕を組み、鋭い眼光を光らせてずっと十四のことを見つめている。目も逸らさずに、焼き付けるかのようにずっと。
     楽しく、ないのだろうか。そう思うと心が沈んだ。
     今日のライブでもそうだった。ロック音楽は好きなはずなのに、十四のライブに来る空却は、いつも開演の直前に来て、終われば十四を待たずに帰ってしまう。
     師匠である波羅夷空却のことは、出会った頃に比べて随分理解できるようになったけれど、ヴォーカリストの十四を見つめる視線の真意は、いつまでも分からないままだった。
     その日、新曲を歌うから見にきてほしいとチケットを渡した時、やはり空却は行くとも行かないとも言わず「おう」とだけ言って、チープな作りのチケットを受け取った。
    「いつも怒ってるんすか?」
     手からチケットが離れていくタイミングで十四は聞く。
     ライブで……と、十四が言い淀みながら伝えると、始めは何のことだと首を傾げた空却だったが、やはり心当たりがあるのか少し苦い顔になった。
    「別に怒ってねぇよ」
    「でも怖い顔して自分のこと見てるじゃないっすか……」
    「お前ンとこ、にこやかに見守るバンドでもねぇじゃねぇか」
    「そうっすけど……でも、やっぱり、なんか……怒ってるんすよね?」
    「だァから、怒ってねぇって」
     同じ質問を繰り返すことを空却は嫌がるけれど、十四だって引き下がるつもりはない。遠慮しなくていいと分かった相手には、とことん喰らいついていくのが今の四十物十四だった。それは空却もよく知っている。だって、師匠なのだ。そう鍛えたのは空却自身。
    「楽しくないっすか?」
    「そういうんじゃねぇ」
    「じゃあ、何すか」
     何、と言われると言いづらい。言いづらいというより、小っ恥ずかしさの方が勝ってしまう。歌う十四を見て沸き立つ感情が何と呼ばれるものなのか。小さな子供ではない空却は、嫌でも気づいてしまっている。
     嫉妬だとか、やきもちだとか、独占欲だとか、執着心だとか。
     人間には必要不可欠で、でも、抱いているとは知られたくない醜い邪な感情だ。持つべきではないと、厳しい修行で学んできたはずなのに、どうしても抱いてしまうのはまだまだ未熟の現れだろうか。
     歌う十四を見るのは嫌いじゃなかった。堂々と歌い上げる姿は、チームの一員としても誇らしいと思っている。だから、チケットをもらえばライブハウスに足を運んでいるのだ。
     ただ、どうしてもミュージシャンの十四を前にすると、感情が上手くコントロールできずに顔が強張ってしまう。
     空却が一番よく知る四十物十四は、泣き虫で、甘えん坊で、人の話を聞かない割には目敏くて。頑固で、諦めの悪い、格好つけの男の姿だから。
     それが、あの狭い箱の中では、耳をつんざくような悲鳴の中心に十四はいる。よく知る十四の姿はどこにもなく、あの世界の中では、見目よく声を響かせ愛を謳う男が「四十物十四」なのだと、見せつけられて気付かされる。自分ではきっと一生持つことができない十四に対しての感情を、他人が大切に持っていることに嫉妬してしまう。
     なんて醜い感情だろう。分かっていてもどうしようもなかった。一度生まれて抱いてしまった感情は、中々消え去ってはくれないのだ。
    「あ、やきもち?」
     この場をどうやって逃れようかと、空却が思考を巡らせていれば、身を屈め視線を合わせてきた十四がぽつりと呟く。
    「それ、やきもちっすよね?」
    「……は?」
     まさか言い当てられるとは思っておらず、思わず気の抜けた声が空却の口からぽろりと零れた。
     隠しきれない愚かな感情を見破られてしまうのは、もはや師匠失格だろうか。
    「あ~! そうか分かったっすよ! あれ、面白くないって顔だ!」
    「ハァ?」
    「ステージの上からずっと考えてたんすけど、今、近くで空却さんの顔見てやっと分かったっす! あれ、やきもち妬いてる顔だったんすねぇ~」
    「…………おみゃあ」
     突然黙り込み、ステージの上で歌う十四を睨みつける時と同じ表情になった空却を間近で見つめることができ、十四はようやく合点がいった。
     遠く、わずかな光だけで見える顔は、怒りを含んでいるように見えていたが、あれは違った。
     きっと泣き虫な自分が、きゃあきゃあと悲鳴を浴びて悦に浸ってる姿を見るのが気に入らないのだ。普段、空却には見せない顔を、ファンに向けていることに嫉妬している。
    「当たりっすよね? 自分、名探偵じゃないっすか?」
    「どんだけ自意識過剰なんだよ」
    「あれ? 違いました?」
     揶揄うように悪びれもせず、にやりと口角を上げて悪戯に笑う顔はどこかの誰かにそっくりだった。
    「…………」
    「空却さん?」
     バレてしまったものをどれだけ取り繕っても意味がなく、違うと言い訳を並べる方がみっともない。
    「違わねぇよ」
     空却は熱を持ち始めた顔を隠すように十四に背中を向けた。これ以上、醜態を晒したくはないのだが、背中に刺さる視線が煩わしい。
    「へへ、今度のライブも絶対来てくださいね」
    「……チッ」
     舌打ちは、きっと行くの合図だ。

       ***

     今度のライブの時は、もう少しステージの近くに寄ってきてくれるだろうか。できれば、ドリンクチケットも使ってほしい。空却のために緑茶のペットボトルを用意してもらってるのだ。
     もっと特別扱いさせてほしい。周りなんて気にせずに、自分の姿だけを見てほしい。
     ステージの真ん中に立っている己の師匠なのだから、いつも通り、もっと堂々と自信満々に踏ん反り返っていてほしかった。だって、十四のよく知る空却はそういう男なのだから。
     ―――嫉妬なんて、普段見せないような姿、他の人の前でしないでよ。
     空却とはまた違うところで、十四はどろりと感情を溢れさせた。
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