【ゼン蛍】恋の下萌(したもえ) しくじったなあ、と蛍は内心後悔していた。
邸宅にいる猫の脱走を許してしまったこと。今日にかぎって着慣れた旅装ではなく、稲妻の衣である「着物」を身につけていたこと。挙句、そのまま追いかけてしまったこと。
先の二つはどうしようもないが、残りの一つは完全に自分のミスだ。多少手間でも服を着替えるべきだった。
他国の伝統衣装を悪しく言うつもりはないが、着崩れが気になっていつものように動けないし、長い裾が足に絡んでうまく走れない。行動が大幅に制限されている状態では当たり前のことも当たり前に出来ず、普段なら難なくこなせる小動物の捕獲にすら手こずっているのが現状である。
踏んだり蹴ったりだ。思わずため息が漏れ出る。一刻も早く戻りたいが、連れて帰ると豪語した手前、手ぶらで引き下がるわけにもいかない。洞天の中は危険が少ないといえど、なにかの拍子に怪我をしてしまう可能性もある。
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