すきまなく 荒い息が耳につく。自分のか、相手のか、それとも両方か。
ぜっ、ぜっ、と耳触りなはずのそれは長い事聞いてなかったせいかどこか心地好くて、口元が自然と歪むように緩んだ。立ちっぱなしの鳥肌。興奮でぼおっと熱が籠ったままの頭。最初どろりと濁ってた目は今きっと輝いてて、それでも底の方には消えない澱みが居座ってるはずだ。目の前のキミと同じように。鏡で確認しなくてもわかる自分の表情にまた変な嗤いが零れる。
玄関でなにやってんだろ、なんて自嘲は、浮かんだ端からすぐ溶けていた。どっちが先かなんて覚えてない。鍵をしめた瞬間腕を伸ばしていた。マユミくんも同じように、僕に腕を伸ばした。
肩を掴む。掴まれる。脇の下から腕を背中に回す。回される。ぎしり、骨が軋む感覚も嬉しかった。久しぶりの体温、間を空けたせいで狂った力加減、そこから生まれる痛みも、全部、ぜんぶ。
「……ン、ぅ…っぷは、ァ、……んんっ、まゆみ、く、」
「は……ふ、…ッんく…」
絡んだ舌が立てる濡れた音も、鼻から漏れる甘い声も、開いたままお互いを映してる瞳も、何もかもが、興奮に直結する。ひたりとくっついたところから溶けそうな程、熱かった。熱が逃げないように、逃がさないように。ぬるりと触れ合った舌も熱に侵されている。懐かしくて、それでいてどこか新鮮で、安心できて、なのに腹の底から急かすようにどんどん熱が湧いてくる。
(もっと)
どれくらい会ってないかなんて数えるだけ無駄だ。僕だけじゃなく、いつも余裕で涼しい顔をしてるマユミくんまで半分理性吹っ飛ばしてるってだけで、しんどいくらい離れてたんだってわかる。
(もっと)
鍵をさしこむ指先は震えてた。ドアを開き切りもせず、隙間に体を滑り込ませるみたいに中に入って。そうして仄かな闇の中で目があった瞬間、マユミくんの瞳孔がきゅうっと引き絞られて、まるで肉食獣みたいなその瞳にどうしようもなく体が疼いた。いつもより多いよだれはお互いの口から零れて、ぬりゅぬりゅと舌がいつもよりぬめっている。
(もっと、もっと、もっと!!)
会えない時間が愛を育むなんてクソ食らえだ。一日中傍にいても足りないのに。だけどこうやって離れてた時間だけマユミくんの理性がぐずぐずになって、きっとこのあとめちゃくちゃにされるんだって予感に背中を焼かれるのも好きで、ああ、もう何を考えてるんだかわかんなくなってきた。
がくん、ととっくに抜けてた膝が、支えを失って陥落して、みっともなく玄関マットに尻もちをついた。一緒に玄関脇の棚に乗ってた陶器の置物が床に落ちる。ガツン、と固い音もどこか遠く。ぼんやりとへたりこんだ僕を、引っ張り上げるでもなくただ見下ろしてるマユミくんの目も微妙に焦点があってない。
「………ももひと」
僕とマユミくんのよだれでべしょべしょになった唇が低い声で名前を呼んだ。それだけで腰がびくっと跳ねる。形だけいつもどおりの優しさを取り繕ったてのひらが僕の頬を撫でて、浮かべた下手くそな笑顔はギラついてた。
「声、がまんできるか」
「むり」
「……そうか」
「マユミくん、かばんにタオル、いれてるでしょ」
「…………」
「あー」
かぱ、と大きく口を開けて、雛鳥みたいに強請る。開け切る寸前まで上顎にくっつけた舌はわざとだ。こうやって唾液の糸が途切れる瞬間を見せつけるのが、みっともなくてわざとらしい下品さがこういう時のキミには良く効くって知ってる。奥歯を噛んだマユミくんに鞄から引っ張り出したタオルを口に突っ込まれて、口の中からマユミくんのにおいに犯されながら覆いかぶさられて。フローリングの冷たさを背中に受けて、ズボンの中がぐしゃぐしゃになったのを感じて、わらった。
優しくされるのもすきだけど、ひどくされるのも、だいすきだから。
キミにされるなら、なんだっていいから。
(あいして、まゆみくん)
ぼくのこと、しあわせにして。なんて。出会ったころなら絶対に願えなかったことを胸の中で呟いて。
浮かれてるのにどこか冷静な頭は、靴ぐらい脱いでから始めればよかったのに、と僕とマユミくんをせせら笑っていた。