魂は3g「魂の重さは3gだそうですね」
「怖い話はよせ」
ドスの効いた、普段の雰囲気とは真逆の、所謂もう一人の乱数の声が、光の速度で返ってきた。
いつ怪談を始めていいと言った?突飛な発言はよせ。いつもの事だけど。
定期ミーティングを早々に終えた3人はすぐに解散……するでもなく、極才色で彩られた乱数の事務所で思い思いの時間を過ごしていた。
乱数とテーブルを挟んで向かい側のソファに座る幻太郎は続ける。
「ちがいますよ。ある実験で、人間が死ぬ前と死んだ後で体重を測ったところ、死後の体重は生前と比べて、3g減っていたんだそうです」
「乱数じゃねーが、そりゃあ怖い話になるんじゃねえの?」
呆れ顔の帝統の助け船に全力で乗っかる勢いで、乱数は言った。
「そーだよ!なんで急に死ぬ前だの後だのの話になんの!?
今楽しく「昨日この事務所でボヤ騒ぎがあってさ〜」って話してたじゃん!?」
「死ぬ前っつか、死後の話だな」
帝統、お前だけは俺の味方だと思っていたのに。
幻太郎と同じく、乱数とテーブルを挟んで向かい側のソファに大股を開いて富豪のように座る帝統は、会話に混ざりながらも、頭の隅で次のレースの予想を立てていた。2人の会話に興味はあれど、あまり真面目に聞いているわけではなかった。隣り合って座る幻太郎に、膝の先がわずかに触れている。
死後の世界に想像を馳せ、青ざめ始めた乱数と反して、幻太郎はにこやかな顔で続ける。
「ええ。昨日は乱数がお昼に買った寿司をテーブルへ出した途端「炙りサーモンが食べたくなった!」と言い出し、運悪くこの事務所にバーナーがあったおかげで、危うく火事になるところでした」
「そうそう!やっぱり建物のどこに消火器があるかをちゃんと把握しておくのは大事だね!」
あの時は死ななくて良かったよねーと、いつものおちゃらけた雰囲気へ戻った乱数は、幻太郎と目を合わせると、2人仲良く「ねー」と声を合わせる。
死ぬ前だの後だのではなく、死にかけた、の話をしていた。
帝統の脳裏にふと疑問が湧く。
「なぁ、その寿司の中に、サーモンはあったのか?」
「ありませんでした」
「ねえのかよ!」
――――
「話を戻すと」
「戻すな」
「いえ、戻しますと」
さっきまでの和気あいあいとした雰囲気から変わり、またしても2人は仲良く言い争いを始めかける。
「ま、俺の魂は3gぐらいじゃあ済まなそうだがな!」
2人の小競り合いを打破するように、帝統は言った。根拠が無いとは思えないくらい、誇らしげだ。
「確かに!でもなんでかな?借金たくさんしてるから?」
「なんでだよ!」
帝統のデカい声は、こういった突拍子も無い発言に対するツッコミに最適だった。
――――
友達として仲をやり直すため、乱数と寂雷は以前のように、連絡を取り合うようになった。
休日が合う日を見つけた寂雷に、少し会いませんか?と誘われたので、たまにはいいよ、と乱数は返した。
各ディビジョンのリーダーである事に加え、先のバトルで新たにファンから評判を得た2人は、以前よりも目立つ存在になった。人目が付かない場所を探した結果、無駄に広くて、掃除と整理整頓の行き届いた寂雷の家で会う事にした。
寂雷が用意した芳醇な香りの紅茶と、乱数が持ち寄った苺の形を模した真っ赤なケーキが2人の前にある。
少しの気まずさに気付かないフリをしながら、2人は近況を述べ合った。
乱数は、自分の事務所でボヤ騒ぎを起こした話をした。
話しながら、あ。これまずいかも、と思うも後の祭り。
自分や身内に危険があった訳でもないのに、それまでうんうん、と大人しく話を聞いていた寂雷の眉間に皺が寄る。
「あー。でも、その時は幻太郎も一緒だったし。幻太郎がビルにある消火器の場所を知ってたから、未遂だよ?」
話しながら乱数は、何故この事で自分が寂雷からお小言を貰わなければならないのか?という気持ちが芽生えて、語尾が少し強くなった。
対して神だ仏だとしばしば人間以上の存在に擬えられる寂雷も、自分にとって大切な存在の事となると、感情的になるものだ。
「はぁ……全く君という人は。相変わらず、危険な橋を渡っているんだね」
寂雷は自分が持つこの感情が、果たして乱数に正しく伝わるか、瞬時に思慮するも、すでに口から出ていた。
案の定含みのある言い方に乱数はムッとするも、気を取り直して そんでね、と、例の魂の重さの話をした。
それは寂雷も知っていた。
「ああ、昔読んだ本にそんな事が書いてあったよ」
どんな本を読んでいたのか。何となく医者がオカルトチックな本を読んでいる可能性に嫌悪感を抱くが、同時に寂雷の興味の範囲ならそれも有り得るか、と思う。
「寂雷も、3gじゃ済まなそうだよね……人たくさん殺したから?」
「人より知識があるからです。」
乱数の発言があまりに鋭角だったので、寂雷は柄にもなく脊髄反射で言葉を返した。
――――
「で、どうしてこの話しようと思ったの?」
「いえ、別に、大した意味はないですが。昨日はここで火事になって死んでいたのかもしれない、と考えていたら、あの話を思い出しただけです」
いつもの「嘘ですけど」の代わりに「正直、今思い出してもヒヤッとします」と付け加えられた。
乱数は「すみませんでしたー!」と、帝統に倣った華麗な速さで土下座した。昨日越しの謝罪だった。
自分の軽率な行動を、1ミリだけ反省した。