キャンセル界隈「2人はさ、自分は何キャンセル界隈だと思う?」
「締切キャンセル界隈です」
はい!幻太郎先生、早かった!
「え。これ、クイズだったんですか」
「いや、クイズは指されてから回答するだろ」
「俺は……家キャンセル界隈?」
うんうん。あえて、実家キャンセル界隈って言わないところが、センスあるよね!
「へへっ まあーな!」
「さっきから僕の脳内と普通に会話するのやめてくれる?」
―――
昼下がりの麗らかな平日。
3人揃って自由業であるFling Posseは、週末や祝日に関係無く、こうして集まる。
待ち合わせも必要ない、自分達のテリトリーであるこのディビジョンをフラつくと、大抵どちらか、あるいは両方拾うことができる。
「あ。でもミーティングの時とかは、ちゃんとスケジュール立てようね!」
乱数は気晴らし、幻太郎は現実逃避、帝統はいつも通り素寒貧になったので、気分転換をすべく3人は目的も無く歩く。
なだらかな坂道を行く。この街の地形は、すり鉢状になっているのだ。
「ですが帝統、その言い方だと、まるで「自分から進んで、公園や路地裏で寝泊まりしている」とも聞こえますが」
家がキャンセルなのですから、と幻太郎は思案しながら言う。
「そうゆう面もある。俺はずっとスリルのある生き方がしたかったんだ。家が無いなら、今日寝るところを手に入れるっつー目的にもなるし」
「それに!帝統は借金たーくさんしてるから、今日寝るところもわからなければ、明日が無事に来るかもわからない。最っ高のスリルとサスペンスだよ!」
「サスペンスはいらねーだろ!?」
借金という単語で思い出したのか、帝統は少しげんなりした。
最近は賭け事での勝ちが少ない。彼の顔の横から垂れ下がる彼の賽も、心無しかだらんとしている。
幻太郎が まぁまぁ、元気を出しなさい、と帝統の肩にポン、と手を置く。
はぁ、と短く溜息をつき、それからすぐに気持ちを切り替えたらしい。その横顔は精悍な若者の顔に戻っていた。
「ま、最悪家が無くても、なんとかなっしな!」
と、今度は調子の良くニコニコ顔で乱数と幻太郎の方を交互に な!な!、と振り向く。
その調子の良さにツッコむでもなく、乱数はニコニコと笑顔を返し、幻太郎は そうですね、と呆れつつ、乱数に合わせて深くツッコむのはやめる。
「風呂に入りたくなったら、公園の水道があるしな」
「で、この前!その公園にいたおじさんが、試供品のシャンプーくれたんだよね!?」
「世の中まだまだ捨てたもんじゃないですねえ」
「お陰で髪がさらっさらになっちまって」
いやー参っちまうよな、と頭を掻く公園シャンプー男。
「じゃあ帝統は、家キャンセル・髪の毛さらさら界隈だー!」
これで決定ー!と、乱数の声が弾む。
美容院に住む怪異のようだ、と幻太郎は密かに思った。
「ですが、その老人は何故、試供品のシャンプーなんか持っていたんですかね?」
試供品なのだから、通常は似た製品を購入すると貰えたりするものだが、それを公園に住むおじさんが持っていたと考えると……
「拾ったんじゃない?」
「拾ったんだろ」
人から貰える物は全て有り難く使用する、有栖川帝統は見上げた男だ。
「乱数はどうなのですか?」
幻太郎は自分の目線の先にある、ピンク色の後頭部へ向かって投げかける。
2人の前を行く乱数は、話題を振られたことで、う〜ん?と言いながら、頭を捻る。
「僕はね〜……、」
「怪談キャンセル界隈だろ」
「階段キャンセル界隈?」
まだ若いのに、運動不足になりますよ、と座り仕事の頂点に立つ(座る)幻太郎が言う。
「字がちげーわ!つーか、わかってて言ってんだろ!?」
今度は帝統が呆れた顔で幻太郎を見る。幻太郎は楽しそうにくすくす笑った。
「それもあるけどー。う〜ん」
両手を組んで、真剣に唸りを上げる。
なんかこう、捻りがない。それが僕のキャンセルだと安直過ぎない?
こだわりが強い性分はクリエイターの素質とも言える。
乱数の回答を待つ2人も黙り、3人はてくてくと歩き続ける。
―――
気づくと川の横に差し掛かる。
「この川、暗渠化かするか共生するかが再開発の課題だったそうですが、後者を選んで良かったですね」
普段から着物を着こなす彼の様相も相まって、その言葉は随分と涼しげに聞こえた。
「あんきょか?」
「川を地下へ埋め立てる、という意味です」
この川は街の象徴であり、問題児でもあったのですよ、と。
―――
夕暮れに差しかかり、今日の解散の兆しが見える。
「やっぱ乱数といえば、コレだろ」
『医者キャンセル界隈』
「それか『蛇キャンセル界隈』にして、猫っぽくします?」
「いいねいいね〜!」
3人は帰途につきながらも、会話に花を咲かせ続けた。
―――
今月も来てしまった定期健診の日。
一通り検査を終えて、待合室で順番を待つ。
低く良く通る、落ち着いた声で、次々と患者が診察番号で呼ばれていく。
乱数の番は違う。
以前、割り振られた番号で呼ばれる事に抵抗がある事を寂雷に話した。
それ以降、自分の番の時だけ診察室から看護師がわざわざ「飴村さん、どうぞ」と言いに来てくれるようになった。
ある日は看護師の手が空かなかったのか、何食わぬ顔をした寂雷が診察室からひょっこり顔を出して、きょろきょろと乱数を探し、見つけて手招きする、という日もあった。
「やあ、いらっしゃい」
寂雷のいる診察室へ入室して最初の一言。
お前は患者を客として見ているのか?とツッコミたくなるも いや、そうじゃないか。と、乱数はなんとか自力で気づく。
入室時からにこやかで、普段の寂雷の乱数に対する態度の中では、比較的に上機嫌に見えたので、これは少し良い結果だったのかも、と推測した。
結果としては「全てが良好とは言い難い」。
前回と比較し、暗転もしていなければ、好転もしていない。
気になる部分は、引き続き様子見。
医者のテンションは全く謎である。
不必要に落ち込ませまい、だが事実は事実、そんな思いが招いた結果なのだろうか。
潔癖さが馴染む説明を聞いていた。一つ一つ丁寧に説明する姿は真摯で、誠実な性格が出ているな、と思う。
先月の大遅刻を0.8ミリだけ反省した(看護師のオネーサン達にも迷惑かけちゃったし〜!)乱数は、今月は予約時間よりも少し早く来院していた。
もう自分の中で反省は済んでいるので、もし今日、一言でもその事に言及してきたら、文句を言おう。
結果と今後の治療方針の説明と確認を一通り終えた寂雷が、ふぅ、と一息ついて言う。
「今日は時間通りに来ましたね」
「わ・る・か・っ・た・な!」
悪態をつく乱数をするりと躱し、いい調子です、と付け加えられたその言葉で、乱数はハッと勘づいた。
入室時からのにこやかさはこれに対するものだったのか。
良い部分も、悪い部分も、直接、或いは包み隠してでも、伝える。それは信頼に値する行為である。
だがそれを、素直に受け入れられるかは、また別の話。
「ちなみに」
「え?」
「私は『医者キャンセル・キャンセル界隈』ですかね」
帰宅して乱数は即、自身に盗聴器が付着していないか、着ていた服を全部脱いで、確認した。