「よぉ、ユースタス屋。」
こんな寒い夜中にチャイムで起こされ、腹立ちながら、出迎えれば黒い隈を付けたこれまた腹立つ野郎が立っていた。
「何の用だ.........」
キッドは腹の底からできる限りで発せられた低い声で、来訪者に問いかけた。少し開いたドアから流れ込む冷気が、布団で温まった身体を冷やし、心地よい眠気がどこかへと行ってしまった。寒さですっかり目が醒め、冷えた身体にイラつくキッドに、来訪者はゆっくりと目を細めて笑った。
「ちょうど、この近くを通ったからよってみたんだ。」
「ふざけんな、さっさと失せろこのヤブ医者。」
キッドはギロリと睨んだ。しかし、そんな彼をよそにローはただ笑うだけだった。そして、寒いと言いながら、少し開いたドアの取手を引っ張り、中へと勝手に入った。咄嗟のことで、まんまとローを家に入れてしまったキッドは、チェーンを掛けずにドアを開けてしまったことを後悔した。
「本当に何の用だよテメェは、」
「あぁ、別に大した用じゃねぇ。」
「なら、さっさと.......」
「花、咲いたんだな。」
「........あ?」
さっさと用を済ませろと言おうとしたキッドの言葉を遮り、ローはポツリとそう零した。
その視線の先には、大きな靴棚の上に置かれた小さな白い花の植木鉢があった。
この花の植木鉢は、ローがキッドの誕生日に送ったものだった。その時は、まだ蕾だったが、ここ数日で開花した可愛らしい小さな白い花がキッドの目にも入った。
「あぁ、それか.......つい最近咲いた。」
「律儀に育ててたのか.....」
「.........るせぇ.....」
綺麗に育てられたのだろうか、植木鉢の中の土は湿っているようで、その隣に小さな水差しも置いてあった。
鮮やかな緑の葉と、輝くような白い花弁がシンプルな棚を彩る。ローはまじまじと花を眺めてから、満足そうに頷く。
「まぁ、そろそろ咲くかなとは思ってたけど。」
またよく分からない事を言うと、キッドは眉間に皺を寄せる。彼は本当に何しに来たのだろう.......。そろそろ帰って欲しいと願うと共に苛立ちも増してくる。キッドは痺れを切らして、ローに文句を言おうとした。
「おい、何の用も無ぇなら帰え.....」
用がないなら帰れと、そう言葉を最後まで紡ぐ前に、キッドは見てしまった。
薄らと光る刃物をローの手の中にあるのを。
そして、それを見た瞬間。その刃物が自分の胸に突き立てられるその瞬間。その僅かな時間でキッドは、
(あ、死ぬのか)
そう感じた。あとはその後に来た数秒間の激痛。
「なぁ、ユースタス屋。お前に送った花、スノードロップを死体の上に置くと、死体が雪の雫のように変わるっていう逸話があるが、お前はどうなんだ?」
ローは元々鮮やかな色をしていただろう、今は鈍色なった紅い眼を見つめながら首を傾げ、植木鉢に手を伸ばした。
プツンと、白い花を1輪摘み、真っ赤な液体が溢れ出す刺傷にその花を移し植えるかのように挿した。
しかし、彼の遺体は雪の雫に変わるわけでもなく、白い花がただ赤黒く染まるだけであった。