彦が初めて浮いた時のお話(妄想)「将軍!僕浮いたよ!!」
足もとに冷たい風を纏わせ初めての浮遊を遂げた少年は満面の笑みをうかべている。
地面からつま先までたったの10cm程であるが、たしかに浮いている。こうして見ると、普段はかなり離れていた身長が縮まり、お互いの顔が見易く感じた。
「大したものだ、彦卿。」
そう言っていつも褒める時のように彦卿の頭を撫でようとしたが、彦卿が慌ててそれを制止する。
「わ!待って!!今飛ぶのに集中してるから!」
実際、こうして飛ぶのは簡単ではなく数十年程の修行が必要である。しかし景元が教えているというのもあるが、彦卿はここまで1ヶ月程しかかかっていない。教えるといっても飛ぶ感覚というものは中々口頭では伝わらず、結局は本人がその感覚を掴めるかどうかである。飛剣の扱いが得意な彦卿はその感覚を活用させて自身を浮かせていた。その柔軟な発想とそれを成し遂げる技量は彦卿の類いまれなる才能と言っても良いだろう。しかし、それにしても彦卿に頭を撫でるのを拒否されたのは悲しい。そんなことは知らない彦卿はもっと高く飛べるように全ての神経を集中させているようであった。
「うーん…バランス崩しちゃいそうだな…」
「背筋を伸ばし、視線をまっすぐ遠くの方へ向けるとバランスが安定する。もし君が落ちてしまっても私が支えるから心配ないよ。」
「わかった!やってみる!!」
そう言うやいなや彦卿は一旦着地し、深呼吸をしてまた意識を集中させる。すると直ぐに足が地面から離れ、それからますます浮いていく。
「そうだ、失敗を恐れずに。」
「うん、将軍!」
先程景元が教えたことを直ぐに実践し、自分のものとしている。あっという間に足が50cm程まで上がっていた。
「まったく、君は成長が早いね。」
「ふふん、僕の方が将軍よりも高いよ!」
普段景元と共に暮らす彦卿にとって、遠く離れた身長差は避けられぬ問題だった。鍛錬の時も、任務の時も、夜の訓練の時も…そんな彦卿が今、景元より上の所から見ているのだ。年相応にはしゃぐ気持ちも理解できる。しかし同時に景元は少しばかり悪戯したい気持ちが芽生えた。これは先程頭を撫でさせて貰えなかった仕返しだ。
「そうだね、しかし…」
「うわっ!?」
景元はそっと彦卿の背中から腰にかけて指を沿わせたのだ。それに驚いた彦卿は集中が切れてバランスを崩し、落ちたかと思ったが景元の両腕にすっぽりと収まっていた。
「このように高く飛んで落ちてしまっては危険だ、次からは私の目線と合わせるくらいにしなさい。」
悪戯が成功した景元は満足気に微笑んだ。だが彦卿にとっては子ども扱いされているようで不服だったようだ。
「うー…将軍!!」
「はは、それも愛しい君の為だ。ちゃんと守りなさい、良いね?」
「はーい…」
彦卿はしぶしぶ納得したが、さっきのはわざとだろと言いたげな表情をしている。そんな彦卿の今の体勢は落ちてから景元に抱き寄せられたままである。彦卿はこのまま動きそうにない景元の顔を見て疑問に思った。
「…ねぇ、将軍」
「うん?」
「…もう地面に着いてるから離していいよ?」
不思議そうに見てくる彦卿を見て景元は笑みを浮かべ囁いた。
「せっかく君を捕まえたんだ、このまま何もしない訳がないだろう?」
「えっ」
とりあえずいっぱい頭撫でた