望む物望む物
カツカツカツと靴の音が廊下に響く。
早歩きのそれは何処と無くイラついているように感じた。
すれ違うものはみんな驚いた顔を浮かべ、そそくさと逃げていく。
そんな周りの事など気にしていられるかと、イザークは目的地まで無言だった。
「⋯⋯入るぞ」
部屋の主の返事を待たずにロックを解除し室内に入る。
「⋯⋯あれ? イザーク?」
きょとんと驚いた顔をした相手に、イザークはぴきりとコメカミに怒りマークが浮かんだ。
「あれ? では無いわ! キラ! お前は何度言えばわかる!」
カツカツと部屋の壁近くに置かれたデスクに向かう。その上には山積みになった書類の山が出来ていた。
本来ならば、またこんなに書類抱えてと思うのだが、そんな事を言ってる場合でもなかった。
「何故うちに帰ってこんのだ!」
バンッと机を叩くと、その振動で山積みになった書類の束が崩れる。
「⋯⋯落ち着いてよ、イザーク。ね?」
困った様に笑うキラは悪びれた様子はない。
「昨日言っておいたはずだ。必ず家に帰って来いと」
「うん⋯⋯言われてたけどさ、仕事がね⋯⋯」
この状態見たら分かるでしょ?となんでもないようにキラは言い放った。
「⋯⋯確かに分からなくは無い。が、お前の場合は恨を詰め過ぎだ!」
「えー? そんな事は⋯⋯」
ないし、平気だと言ったキラの顔色は余り良くない。寝不足に栄養不足と言ったところか。どうにもキラは食事と睡眠に手を抜く癖が有る様だ。
キラの下に付けたシンからも、どうしたらと助けを求める報告を何度か受けていた。
特にここ最近酷いらしく、切羽詰まった様子です頼まれたのだ。
「貴様は部下に心配されている事にも気が付けないのか?」
「あー、シンとルナマリアが君に報告しちゃったんだね⋯⋯ごめん。そんなつもりはなかったんだけど⋯⋯」
やってしまったとばかりに困った顔をしたキラに、深くため息をついた。
「⋯⋯自覚出来たのなら早く休め」
「うん⋯⋯またちゃんと2人に謝っておくね」
「⋯⋯俺には無いのか?」
「⋯⋯ごめんね? イザーク。ありがとう」
「ふん! おっとそうだ、今日は必ずうちに帰って来い」
本来の目的を忘れる所だった。それを言いたくてキラに会いに来たのだ。
「今日? なんで?」
「いいから四の五の言わずに言うことを聞け!」
「えー。まぁ、分かったよ。イザークにここまで念押しされたら帰るしかないね。早く書類片付けます」
「あぁ。シンとルナマリアも来るように言ったからな。多分そろそろ来る頃だろう」
「用意周到だなぁ。そんなに信頼されてないの? 僕」
少しむくれた顔をしたキラに、思わず笑みが浮かぶ。時折キラは子供のような表情を見せるようなった。以前までアスランにしか見せてなかったらしいが、イザークにも心を許してくれている証拠なのだろうと嬉しくなる。
「ではな。くれぐれも忘れるなよ?」
とどめの念押しをして手を振って部屋を出た。
入れ替わりにシンとルナマリアが来た為、頼むぞとひとこと伝えると、了解です!と元気な返事が返って来た。
夜遅くにどうにか仕事を終え、イザークとキラが借りている部屋にキラが帰ってきた。
「ただいまー」
「よし、ちゃんと帰ってきたな」
出迎えてやるとキラが笑った。
「帰らないとイザークに怒られるでしょ? シンとルナマリアのお陰でちゃんと片付いたし、2人からもう遅いから直ぐに帰れとも言われたよ」
一体2人にどんな脅し使ったの?とキラが笑って言ってきた為、なんだそれはと眉を顰める。
「俺をなんだと思っているんだ。脅しなんぞ使わんわ」
「はいはい。それで? どうして僕をそうまでして帰れって言ってきたの?」
「なんだ、気が付いていないのか?」
「ん? なにが⋯⋯?」
「まぁ待て。もう少し⋯⋯」
イザークは時計を見る。時刻は2359。
カチカチと秒針が音を鳴らす。そして、カチンッと大きな音が聞こえる。
「⋯⋯誕生日おめでとう、キラ」
笑みを浮かべて一言言ってやると、キラはぽかんと口を半開きで固まっていた。
「え? は? あ、そっか⋯⋯すっかり忘れてた」
改めて時計とカレンダーを見て日付を理解したらしい。
「⋯⋯だろうな。お前今日は休暇だからな」
「え?」
「何のために仕事を終わらせるようにシン達に言ったと思っている? 言っておくが覚悟しておけよ?」
にっと笑ってやるとキラが顔を引き攣らせた。
「な、なにを?」
「寝れるか分からんが、朝早くからイベントが目白押しだからな」
キラの誕生日にはたくさんの祝いのイベントを各自が準備を進めている。
キラを独り占め出来るのは今の時間から朝まで。
それまではキラはイザークだけのものという訳だ。
「⋯⋯しっかり祝ってやるから、有難く受け取れ」
引き攣ったキラの顔を無視して、その細身の体を抱き締めてキスをした。
「逃げることは許さんぞ?大人しくしていろ」
「ね、ねえ? 誕生日なのは僕だよね? なのに」
「お前だって欲しいだろ?」
「うぐっ!」
「心配するな。朝にはちゃんと起こしてやる」
「うう!」
文句を言おとするキラの口を塞ぎ、その後きちんとキラの誕生日を祝った。