「⋯⋯はぁ」
突き刺さる視線。
僕がザフトへ出向しに来て、どのくらいの日数が経っただろうか。
僕が通る度に陰でヒソヒソとされる毎日。
ここへ来る前に覚悟をしていた筈だった。
僕はフリーダムのパイロットでザフトと敵対していた人間。
トップであったデュランダル議長を討ち、デスティニープランを否定し、決別を選んだのは僕自身だ。
デュランダル議長にも言ったが、戦う覚悟はある。
どれだけ蔑まれても、どれだけ憎まれていても僕はこの道を選んだ事を後悔していない。
でも、こう毎日憎しみの視線や嘲笑うような視線を浴び続けていると流石に堪える。
気にしないようにしていても、どんどん疲弊していくのが感じられた。
このままだと良くは無いと思うが、気にしないようにしていても、突き刺さる悪意に過敏に反応してしまう。
この間も人気の少ない場所で絡まれた事もある。
『お前のせいで親友が死んだ! お前が介入したせいで!』
そんな言葉を投げつけられた。
『お前のやった事は偽善だ!』
偽善。確かにそうかもしれない。僕は出来るだけ命を奪う事をしたくない。けど、時と場合によってはトリガーを戸惑いなく弾く。それによって命を散らした人達も多く居るのも理解している。
僕は守りたいと思いながら、その対象は自分の身近な人達だけに向けられているに過ぎないのだと実感させられる。
僕は強くない。自分の大切な人達を守るだけで精一杯だ。その人達を守る為なら、その他の犠牲は仕方がないと思ってしまうところもあって、そんな事を考える自分が心底嫌いだった。
「⋯⋯誰か⋯⋯」
ぽつりと呟く言葉は誰にも聞こえない。
ずっと望んでいる事がある。自分の出生を知ってから誰にも打ち明けず、いつかはと願う事。
それは自分の命を誰かに奪って貰いたい。
自ら命を放棄する事は許されない。
僕は自分でこの道を選んだのだから、逃げる事は許されない。
なら、誰かに殺して貰えば良いのだとそう考えた。
アスランは絶対に許してくれないし、言えない。カガリも、ラクスにも言えない。
なら、あの子はどうだろう。
1度フリーダムを落としたシンなら、僕を殺せるのではないかと考えるようになった。
僕の血に濡れた手を取って、更に慕ってくれているシン。
彼なら僕を殺せる。そう思った。
あの時はまだ死ねなかったから、死ななくて良かったと思ったが、何時までも変わらない世界でいつか僕が耐えられなくなった時に、シンに殺して貰いたいなと思う。
そんな事をシンに言えないから、まだ僕は生きていける。まだ頑張れる。
「⋯⋯時が来たら、僕をころして⋯⋯」
呟いた言葉は誰にも聞かれず飛散した。
* * *
その人はいつも笑顔を浮かべていたが、何処か危ない雰囲気があった。
いつか壊れてしまう。そんな漠然とした予感があった。
オーブの慰霊碑で握手を交わし、ザフトに出向してきたキラさん。
穏やかで優しくて、本当にこの人がフリーダムのパイロットなのが信じられない。
そう思うやつがザフト内でも多く居て、そいつらの悪意の籠った視線や、興味本位の視線のせいで、キラさんが疲弊しているのが分かった。
キラさんの知らない所で陰口をしている奴らや、嫌がらせしようとしていた奴らを俺が睨んだり、潰したりしていた。
初めはキラさんにバレてしまい、キラさんが監督不行届という名目でジュール少佐に怒られていた。
困った様に笑ったキラの『ごめんね』という言葉が嫌いだった。
なんでこの人は自分の事を下げるんだろうか。キラさんは凄い人だ。パイロットとしても、技術者としても群を抜いた実力を持っている。
その事に驕らず、どんな人間にも訳隔たりなく接する。そのお陰でキラさんの為人を知って、キラを受け入れる人間も増えてきた。
だが、いつまで経っても憎しみを消せない奴らは一定数いる。それも仕方がない事だとは思うが、それをキラだけにぶつけるのはおかしい。
少しずつ疲弊しているキラに、シンはぎゅっと拳を握る。
もっと頼って欲しい。1人で背負わないで欲しい。俺にキラさんの抱えている物を少しでも分けて欲しい。
そう思うのに、キラは『大丈夫だよ』と笑って誤魔化す。
そんな表情で何が大丈夫なのか?
どうもキラは自分の命への執着が薄い。守りたい人達に対しての執着に近い意思は強くあるのに、自分の命は軽く見ている。
「キラさん⋯⋯」
聞こえないように呟く。
もしこれを言ってしまったら、キラの張りつめていた糸が切れてしまう。そんな気がした。
「俺が貴方を守るよ」
あなたは死なない。俺が貴方を守る。そう決めた。
キラが死にたがっていても、俺に殺されたいと思っていたとしても、全てを包んで俺が守る。