(アスキラ)
「アスラン」
突然呼ばれて振り向くと、にこやかな笑顔を浮かべたキラが居た。
「どうした?」
なんだかご機嫌だなと考えていると「これあげる」と渡された包みを見て首を傾げる。
「⋯⋯なんだ? これ」
「チョコ」
また突然だなと思う。
「⋯⋯ありがとう。だが、俺は⋯⋯」
あまり甘いのは得意じゃない事はキラも知っているだろうに、何故チョコをくれたのか不思議に思った。
「君が甘い物苦手なのは知ってるよ? けどさ、今日はそういう日だから」
「⋯⋯あぁ、そうか⋯⋯」
今日は2月14日。バレンタインだ。
世間的には異性にチョコを送る習慣のイベントだが、最近では男女関係なく友チョコを送るというのが定番だと誰かが話していた。
アスランにとってはこの日は忘れられない日でもある。
「⋯⋯」
「アスラン行こう」
「どこに?」
「どこって⋯⋯レノアさんのお墓参りだよ」
だから今プラントに来てるんだよ? となんでも無さそうに言ったキラに、「そうだな」と微笑む。
母の墓には何も居ないが、そこには確かに母の名前が刻まれた墓石がある。
キラは母が好きだった花を覚えてくれており、その花束を供えてくれた。
「⋯⋯キラ、母も喜んでるよ。ありがとう」
「⋯⋯うん。やっとちゃんと来れた」
ずっとキラはここに来たかったと言っていたけどなかなか来るタイミングが無くて今日になった。母はキラの事を気に入っていた。そのキラが祈りを捧げてくれたのだ。きっと喜んでいるだろう。
「⋯⋯アスラン。それちゃんと食べてね?」
渡されたチョコをキラは食べろと催促してくる。
「⋯⋯食べるが⋯⋯なんでまたそんなに食べさせたがるんだ?」
食べずに放置されると思ったのか? キラから貰った物を放置なんてしないのに。
「それ僕が作ったんだ。レノアさんから教えて貰ったレシピで」
「⋯⋯母の⋯⋯?」
まさかの言葉に目を見開く。いつキラは母からレシピを教わったのだろうか。
「月に居た頃に、レノアさんから聞いてたメモを、データで母さんが保存してたみたいでさ。整理してた時に見付けて僕に教えてくれたんだ。ちゃんと書かれた通りにチョコを溶かして作ったんだよ?」
微笑むキラを見て、貰った包みを開けると小粒のチョコが三つあった。
1つ手に取り口に入れると、じわっと優しくチョコが溶けて、その感覚が酷く懐かしかった。
「⋯⋯本当だな⋯⋯母の、作ったチョコみたいだな⋯⋯」
胸が熱くなる。懐かしい母からのバレンタインチョコレート。母はバレンタインのチョコは必ず手作りしてくれていた。
市販のチョコとはまた違い、じわっと優しく溶けるそれは確かに母が研究を重ねて作り出したものだった。
「ありがとう、キラ。母のチョコを作ってくれて。お陰で懐かしい気持ちになったし、悲しいだけのバレンタインの思い出では無くなったよ」
「⋯⋯良かった。君にとっては悲しい日になってしまっているだろうけど、幼年期のバレンタインを思い出して欲しかったんだ。きっとレノアさんもこの日が悲しいだけにして欲しくないって思うだろうから⋯⋯」
母の前向きな性格を思い出して、懐かしさに胸が熱くなる。
「そうだな⋯⋯キラ、また作ってくれるか?」
「いいよ。今度は一緒に作ろう?」
「あぁ」
お互いに手を結ぶともう一度母の墓前に祈りを捧げた。
“これからもキラと共に歩める様に見守っていて下さい”