懐中時計の刻む音懐中時計の刻む音
カタカタカタと苛立たしげにキーボードを打つ音が執務室内に響き渡っていた。
(くそっ! なんでまた今日に限ってこうなる!)
今日は8月8日。イザークの誕生日だった。それなのに、現在の時刻は既に19時が過ぎているにも関わらず、イザークは仕事に追われていた。
なにも今日、こんな頭を悩ますエラーが出なくてもいいだろうがと腹が立ってくる。
誕生日を喜ぶ様な年齢では無いが、それでも今日は共に過ごしたいと思っていたのに、これでは帰る事も出来ない。
(一体なんの嫌がらせだ!? これは!)
先程からビーっとエラー音が鳴る度に、ピキリとこめかみ辺りが痙攣する。
(ふざけるなよ!)
こうしてドツボにハマって行くのを分かっていながらも、時計ばかり気にしてしまっていた。
「くそっ!」
バンッとイラついたまま机を叩いたその時、メールの受信音が聞こえた。
即確認すると相手はキラからだった。
『イザーク、仕事終わりそう?』
短い文だったが、キラからのメールと言うだけで少し苛立ちが治まった気がした。
『まだ掛かりそうだ。悪いが帰るのが遅れる。先に食事を取っていろ』
メールを送信して、はぁーと椅子に深くもたれ掛かる。
本当ならとっくにキラと共に食事を取りながら、イザークの誕生日をキラに祝って貰っている筈だった。
キラも忙しいながらも、イザークとの予定を合わせて仕事を早目に終わらせていたというのに。
「……くそっ。厄日か、今日は」
ここまで多忙だったのは久し振りだった。よりにも寄って何故今日だったのか不思議で仕方が無い。
誰かに邪魔でもされている気分だ。
文句を言っても仕方が無い。さっさと片付けるしかないと再び端末に目を向ける。
キラからまたメールが届いたのを確認すると、『今から行くね』と短い文言が書かれていた。
キラがここへ来る。それだけでイザークの最悪だった気分が上向いた。
少しして執務室のコール音がなったかと思えば、返事を待たずに扉が開く。
「イザーク、手伝いに来たよ」
見慣れたザフトの白服に身を包んだキラが、ニコッと微笑む。
「キラ。悪いが……」
確かにキラが手伝ってくれれば助かる。だが、イザークのプライドが邪魔をして、素直に受け入れられなかった。
「二人でやる方が早く終わるでしょ? 終わったらちゃんとお祝いしたいから」
イザークの言葉を遮って、キラはさっさとイザークの背後に立つと、端末を弄り出した。
「あ、ここが間違ってる。それと、ここも。これならもう少し頑張れば終わるよ」
素早い動きでキラはあっという間に修正箇所を見つけた。
「……」
プログラミング技術はキラには勝てないと改めて思い知らされた。
「イザーク、終わったよ」
「あ、あぁ。助かった」
「どうしたしまして。それと、イザーク誕生日おめでとう」
「ありがとう、キラ」
このタイミングでの祝いの言葉は嬉しかった。
「じゃあ早く帰ってちゃんと祝おうね。まだ時間あるから」
「……キラ、お前が考えてくれたのか?」
「そうだよ! プレゼントだってちゃんと用意してるからね。楽しみにしててよ?」
ニッコリ微笑むキラの顔が輝いて見えた。
「楽しみにしておく」
イザークもキラに釣られて微笑んだ。
イザークの微笑みはキラにしか向けることは無い。この貴重なイザークの顔を知るのはキラだけだ。
「誕生日おめでとう、イザーク!」
キラからのプレゼントは懐中時計で、何故懐中時計なんだと聞いてみると、キラは恥ずかしそうに「この時計が壊れるまでろ、イザークといつまでも居れたらいいなって思って」なんて可愛い事を言うものだから、即イザークの理性の箍が外れそうになったのは後日談だ。