【王道学園】生徒会に歯向かった【平凡】平凡なある日の昼下がり。
とある学校のなんてことない普通の教室では、昼休みにも関わらず静かだった。
その教室から聞こえる声はたった三人の声のみで、場はその三人が支配していると言っても過言ではない。
同じクラスの生徒は、息を呑むようにその光景を目に焼き付けていた。
「佐藤、そっち行った!」
「おけ、あっ!ごめん御園!任せた!」
「はいはい任されましたよーっと!」
そして俺たち三人はしばらくの撃ち合いの末、やっとのことで戦いに勝った。疲れた目を休めるために、目を瞑る。真っ暗な中、御園…つまり俺の無駄な動きが浮かび上がってきた。あぁ、もっとこう動いとけば良かったな。
瞼の奥で、誰かの布が擦れるような音が聞こえる。位置的に俺の向かいに座っている塩見が座り直したのだろう。
俺はまた目を開いた。ら、眩しかったのでやっぱり目を瞑る。
「はー…今回は手強かったな」
「まーまー、ゆーて俺と佐藤と塩見が揃ってればよゆーっしょ」
「そういうことなんだよ塩見くん」
「なんで佐藤がドヤ顔してんだよ、さっきミスってたろ。あとくん付けすんな」
「でも結局は御園がカバーしてくれたしね?」
「まかせろりー」
周りはおぉーっとまるでDJがフロアを沸かせたかのような熱気に包まれ、先程しくじっていた佐藤と、俺の向かいに座る塩見と、反省など無かったかのように余裕ぶっこいてた俺(実際はやらかしたところがあった)はスマートフォンを机に置く。
そう、スマホ。俺たちがやっていた『撃ち合い』はゲームだ。
プレイしてたのは、そこまでの人気はなかったけれどスマホアプリ版がリリースされたことによって流行り始めたFPS。
お試しとしてプレイしてみたのだが、かなり白熱した。
「なぁなぁ、これ配信でやるの?」
俺たちの周りにいた内の一人が、興奮気味に聞いてくる。
「うーん、確かに最近これやってほしいってDMくるし、やってみる価値はあるかもね」
「ファンがやってほしいっつーんなら俺は良いよ」
「塩見ってすごいファン想いだよねー」
「?」
「あー照れた」
「これ配信で言っちゃお」
「すみませんした」
潔く頭を下げて謝る塩見に、俺と佐藤は笑って冗談冗談と顔を上げさせる。でも人に対してすぐ凄むのは良くない!
「うわー!今日それやるのか! 俺のTL騒がしくなりそー!」
「クッソ今日に限って風紀の見回り番なの運悪すぎだろ!誰か変わってくれよ!」
「えっ今日そのゲームやるの!?じゃあ僕たち早めにご飯食べて待機しとかないと!会長様を崇めないのは残念だけど」
「まぁまぁ、落ち着いて。今日の配信もちゃんとアーカイブ残すつもりだから。リアタイで見てくれようとしてるって気持ちだけで十分嬉しいよ」
ニコッと爽やかな笑みを浮かべて、佐藤がそう言えば先程とは違う意味で教室が沸く。
その教室の騒がしさに耐えられずに俺は咄嗟に耳を塞ぎ、塩見はげんなりと項垂れた。
たった一声だけで、佐藤はクラス中の視線を集め、コントロールするのだから大したものだ。
まぁそれは佐藤だけでなく塩見でも同じなのだが。
「わざわざ煽るようなこというんじゃねーよ、お前モテんだから」
「えー、うるさいから静かにして欲しかっただけなんだけどな。てかモテんのは塩見も一緒でしょ?」
「余計うるさくなってるんだよねー」
「佐藤様ッ煩わしかったでしょうか!?」
突然俺たちの間にひょこっと飛び出てきたクラスメイトを避けながら、佐藤に聞いているにも関わらず俺は答える。彼はからかい甲斐があるのだ。
「慣れたから平気だけどねー」
「御園様には聞いておりません!」
「反省してるなら静かにしてくれ」
「塩見様にも聞いておりません!」
「んー、でも佐藤もなんやかんやで許してるし良いんじゃなーい?騒ぎすぎもアレだけど」
「だから御園様には聞いてないんですって!」
さっきから一言も発さない佐藤を見れば、一人でふるふると俯きながら笑っている。人をからかったりおちょくったりするのが趣味な爽やか好青年の皮を被った腹黒佐藤のことだ、多分この状況も楽しんでいるのだろう。
全く性格が悪いと思いつつも、俺も塩見も似たところがあるので注意はしない。
目の前にいるクラスメイトがようやくからかわれていたことに気づいたようで、佐藤に「なんでこんなことするんですか」と詰め寄っている。
その様子が面白くて、俺はつい塩見と顔を見合わせて爆笑した。
これが、私立恵美酒(えびす)学園高等部2年B組に在籍するモブ生徒A。
御園(みその)という男子高校生の日常だ。
「準備かんりょー、『サワヤカ』、『オオカミ』、いけるー?」
「お前の準備を待ってたんだよ」
「それじゃあ配信の枠取っちゃおうか!」
夜の九時、学園の寮の一室。俺はパソコンの前に座っていた。
俺が合図を出すと、佐藤、もといサワヤカのミュートが外れ、ボイスチャットからはサワヤカの声が聞こえる。佐藤ではなく、「サワヤカ」としてする自己紹介を聞くのも、この数年で慣れた。
高校生男子らしい程よい音の高さに、耳あたりの良い爽やかな声である。
続いてミュートが外れたのは塩見、もといオオカミ。
低くて落ち着きのある安眠ボイス。どれだけのファンが寝落ちさせられたかは未知数である。なおツッコミのキレは抜群なのでそれで飛び起きるリスナーも少なくはない。
「それじゃあお次は…」
「はーい、どうもヘイボンでーす。さて、今日は今話題のFPSをやるつもりだよー」
いつも通り、周りには誰もいない状態で喋る。
俺の名前である「御園」ではなく、「ヘイボン」として名乗るのはこれで何度目だろうか?もはや数えきれない。
今、画面の向こうにはおよそ六百の人がいる。リアルタイムで俺たちの言葉が画面の向こうに届く。生配信というやつだ。
生配信、それが意味するところ。
すなわち、佐藤、塩見、俺の三人はゲーム配信者グループを組んでいるということだ。
中等部の頃にこの恵美酒学園に入学した俺は、幼稚舎、初等部と同じ仲間で過ごし、グループが既にできている奴らに馴染めずに一人でいることが多かった。別に話すことが苦手なわけではないし、友達だって作ろうと思えば作れるのだが、そのグループに突っ込むほどの気力は湧かなかった。
友達作りも諦め半分で、なんとなく手元にあったスマホの電源をつけ、いつもやっているゲームを開くと、たまたまちょうど側を通りかかった佐藤が目敏くそれを見つけたのだ。嬉しそうな顔をした佐藤は俺に一言、いきなりぶちかましてきた。
「フレンドなろうよ」と。
挨拶も自己紹介も無しな上に、佐藤の名前すら覚えていなかった俺は、戸惑いでつい「うん?おぉ、おん」みたいな返事をしちゃった気がする。
後々聞いてみれば、佐藤もそのゲームをやっていたのだが、学園にはあまりゲームをやるような友達がおらず、かつそのゲームがマニアックだったために、たまたま見つけた俺という同士を逃すまいと先走りすぎたらしい。
今になってみれば、佐藤が実はほんのちょっと(?)腹黒だったり、意外に口が悪かったりすることは俺と塩見の共通認識だが、当時の佐藤は可愛かったと思う。どこからこうなった。
塩見との出会い?いや塩見は自然と友達になったというか。
塩見にはサボり癖があったのだが、それに加えて不良気質だったので塩見の周りには人が寄らなかったのだ。
だがしかし、いくら不良の塩見でも全部の授業サボるわけにもいかず。というかサボればサボるほど課題出るし。特にグループワークは課題がめんどくさくなる。本来六人とかの人数でやるような課題を一人でやらなければならないのだから当然ではあるだろう。それを分かっている塩見はグループワークの授業や実技系教科は毎時間参加し、それ以外の授業では課題が出ないギリギリのラインを攻めていた。
ただ、塩見は与えられたタスクはきちんとこなすのだが、威圧的な外見もあってかコミュニケーションが成り立たない。塩見自身の受け答えはしっかりしているのだが、相手が怖がってしまうのだ。そのため塩見がいるグループは大体お通夜みたいな雰囲気になる。
そこで白羽の矢が立ったのが、ゲーム繋がりでよくオンラインプレイを一緒にするようになった俺と佐藤だ。その関係か、クラス内でもよく絡むようになった。
当時の担任曰く、「全然違うタイプのお前らでも仲良くなれたんだから塩見とも仲良くしてくれるとありがたい」らしい。いやいや、それは無理がありますやん。
実際無理があった。さすがの爽やかコミュ力佐藤でも、とっかかりがないと厳しいらしく、塩見も塩見でこちらを警戒してるせいかまともな会話もできず。俺?ビクビクしてたさ!いかにも不良って感じの人は怖いよ!
しかもグループワークで同じ班にされて(担任によって)、俺たちの班はさながら今まで塩見がいた班と変わらないお通夜状態。
そんな中、俺のスマホがマナーモードになっていなかったらしく、ゲームの通知の音が思い切りクラスに響き渡ってしまったのだ。
慌ててマナーモードにし、佐藤からどうしたのと聞かれてそのまんまゲームの通知音だと答えたところで閃いた。
「なぁ塩見、お前ゲーム好き?」
「は?いや、別に」
「やったことは?」
「いや、まぁ、ないけど…」
いきなり馴れ馴れしくしてきた俺に戸惑った様子だったが、普通に答えてくれる塩見は多分優しいんじゃないだろうか。
「じゃあさ、今日ゲームしよー。佐藤の部屋集合で」
「そういうことなら大丈夫だよ。同室者の子には後で確認とっておくね」
「…は?」
俺の考えは間違っていなかったらしい。律儀に部屋に来てくれた塩見にコントローラーを渡し、そこからは某乱闘ゲームで倒し倒され、消灯時間近くにはすっかり塩見と俺と佐藤は仲良くなっていた。いかにも中学生らしいエピソードである。
俺たちはすっかりゲーム仲間として、ゲーム三昧の日々を過ごしていた。
転機が訪れたのは、なんてことない中学三年生のある日。世の中学三年生と言えば、受験やらなんやらで忙しいだろうが、俺たちは高等部への進学が決まっていたので関係ない。つまり、暇をしている。
「どうせならなんか三人で思い出でも作ろー」
ふと思い浮かんだことを特に考えもせず口に出すのは俺の悪い癖だとは理解しているが、このときばかりは口に出して良かったと思っている。
「そうは言っても見ろよ、この学園山に囲まれてんぞ?麓行くだけでも時間はとるわ疲れるわっつーのに、どう思い出作るんだよ」
「あ、塩見!そっちにアイテムある」
「うわ本当だ、これ確かなかなかドロップしないやつじゃね?」
「うーん、なんか変わったことやらなくても良いと思うけどー」
「俺たちってゲームで仲良くなったし、ゲーム関連の思い出でも作る?」
「佐藤、お前本気にしてんのか?てかゲーム関連って、今まさにゲームしてんじゃねーか」
「だって面白そうじゃん」
「ゲーム、ゲームかー…。あっ!」
『ゲーム配信、やってみよーよ!』
そんな一言から始まったゲームの生配信。意外に楽しくて、全員今でも続けている。某動画投稿サイトで毎日のように配信をし、ときたまきちんと編集した動画を投稿する。そんな地道な努力が身を結んだのか、現在のチャンネル登録者はおよそ五千人。素人の高校生にしてはなかなかの数字じゃないだろうか。
登録者五千人で生配信の同時接続数は六百人前後。生配信のアーカイブは一週間後ぐらいには、いつもと同じなら二千回再生ぐらいになっているだろう。登録者と比べても、明らかに視聴率が良い方だ。嬉しいことである。
配信で終わりの挨拶をし、ボイスチャットで軽く喋ってからいつも通り落ちる。今日の配信も面白かったなぁ。特に塩見と佐藤のコンビプレイはやばかった。後で配信見返そう。
ぐっと背伸びし、ゲーミングチェアに背中を預ければ、コンコンとノックの音がした。
「よっ、お疲れー。今日の配信も面白かったよ!はいこれ夜食」
「マジでー?ありがとー、米原(よねはら)」
「いえいえー僕も楽しませてもらったしね。特にヘイボンのあのスーパープレイはガチで鳥肌モンだった!他にもヘイボンとオオカミのコンビネーションも良かったし、サワヤカを囮にしてからのヘイボンのエイムがこう、ぞわーってしたよね」
「えー?褒めすぎでしょー」
「いやいや、マジの話だって!」
米原が俺におにぎりを差し出し、俺はそれを受け取ってがぶりと一口食べた。
米原は俺の同室者だ。同じクラスでもあり、一年生の頃からの仲なのでわりとよく話す。塩見も佐藤もイケメンだが、米原もまた違ったタイプのイケメンだ。なんで俺だけこんな平凡なんだ。まぁだからこそ活動名は「ヘイボン」なんだが。
ちなみに、初めてゲーム配信者であることを打ち明けたのは他でもない米原である。
元々俺たち三人は配信をしていることは秘密にしていたのだが、諸々の事情でそうもいかなくなったので、同じクラスの奴と、あと佐藤と塩見の親衛隊員だけに伝えている。同じクラスと言っても成績でクラスが決められるせいかクラス替えはほぼないし、配信のことを広めて欲しくないこともみんな分かってくれているので、俺たちのことも周りに漏れていない。なんて良いクラスなんだ。
まだ誰にも配信のことを言ってなかったとき。
さすがに全員に秘密にすることに限界を感じ、米原に打ち明けると、俺たちの配信を早速見てくれて、見事に沼に落ちたらしい。元々配信とか興味ないと言っていたが、今では俺たち以外の配信も結構見ている。流行りのゲームや新しいゲームの情報も、最近は米原から仕入れることが多くなってきた。
「そういやさ、明日転校生来るらしいよ」
「マジでー?こんな時期に?始業式二週間ぐらい前じゃなかった?」
「しかもSクラスらしい」
「S?へー、珍しいもんだねー。こんな辺境にある男子校に転入っていうのもそうだけど、編入試験をパスしたとかー」
米原は俺が持っていたおにぎりに一口かぶりつき、そう切り出す。
米原は新聞部で、学園の色々な情報を持っていて、面白い話があるとたまに俺に話してくれたりする。
「ま、なんにせよ面白そうだから楽しみではあるね」
「俺はいつも通り配信できればそれで良いかなー」
「御園はブレないね」
「まーね」
おにぎりを食べ終わり、米原は部屋から出て行った。満足感に満たされた俺はベッドへ身を投げる。
「転校生ねー」
転入生とは言っても二つ離れたクラスだし、俺にはあまり関係ないだろうと自己完結して眠りに落ちた。
「なぁなぁ聞いた?転校生やばいらしいよ」
お昼休み、俺と佐藤と塩見がいつも通り机をくっつけてお昼ご飯を食べながらプチ企画会議をしていると、米原が近くの椅子を引っ張り出してきて俺の隣に座った。
「やばいってー?」
「なんか副会長に気に入られたらしいよ」
「うわ転校生かわいそー」
言いながら米原は、卵焼きを挟んだ箸を持つ俺の手をぐっと掴み、自分の口元へ運ぶ。いとも容易く俺の卵焼きは米原の胃の中へと吸い込まれていった。
「ちょっと米原ー!俺卵焼き好きなんだけど!?」
「うん、御園の卵焼きは今日も美味しい!」
「聞いてないし反省する気もないよね!?」
怒ったフリをするが、ぶっちゃけ日常茶飯事なのであまり気にしていない。夜食作ってもらってるしまぁこのぐらいは良いかという気持ちだ。それに、手作りのお弁当を褒めてもらうのは悪い気がしない。
「米原?今企画会議中だから」
有無を言わさぬ圧を放つ腹黒モードに入った佐藤を宥め、ごめんごめんと米原は立ち上がる。
「そうそう、僕が言いたかったことは副会長のことだけじゃないんだよ」
さて、突然になるがこの副会長とはどういう存在なのか。ここは学校なので、もちろん副会長と言えばあの生徒会の副生徒会長に間違いないのだが、他の学校とは違う点がある。
それは、副会長含む生徒会の役員がすごい人気であるということだ。
何故か分からんがこの学園には抱きたいランキング、抱かれたいランキングとかいう色々とおかしいランキングが存在し、そのランキングの上位者が選ばれるという伝統がある。汚いゴシップだな。ちなみに俺は去年のランキングで嫌がらせも兼ねて抱きたいに佐藤、抱かれたいに塩見へ票を入れた。ぶっちゃけどっちがどっちでも構わない。それを言った二人に変な目で見られたことは言うまでもない。嫌がらせ成功だぜ。
っと、話が逸れてしまった。そんな超人気生徒会の内の一人、副会長さんは抱きたいランキング1位の美人さんだ。他の役員ももれなく美形揃いである。俺様気質の会長さんに、チャラチャラした下半身ゆるゆる会計さん、コミュ障を疑わせるわんこみたいな書記さんと小悪魔のようなツンデレ庶務さんなど、それぞれキャラが濃い。
そんな人気生徒を敬うために作られた組織が親衛隊というものだ。
親衛隊は親衛対象のために色々なことを尽くす健気な人の集まりである。と言えば聞こえは良いが、それは親衛隊を取りまとめる親衛隊の隊長や、親衛対象によるのだ。制裁と呼ばれるイジメをガンガンやってく親衛隊もあるし、穏やかに見守るだけの親衛隊もある。
どうしてそんな組織があるのかと言われれば簡単なことで、この学園には強姦などの性犯罪がちょこちょこあるからだ。本来親衛隊はそれを親衛対象から守るために作られたらしい。
いやなんで?ここ男子校だよな?聞き間違いであれと思いたいが、どうやら幼稚舎からこの学園に放り込まれる生徒が多いらしく、かつ外に行きづらい環境だからか多感な時期の男の子たちはそれを同性に向けてしまうらしい。かく言う俺も既にそんな校風に慣れてしまい、ちょっとやそっとのことじゃあまり動じなくなっていた。
さて、ここで俺の「かわいそー」発言に繋がるわけだ。
そんな男同士のあれやこれが蔓延しているわけだから、顔が良い男はモテるモテる。もちろん塩見も佐藤も米原もモテるモテる。全員親衛隊持ちだしな。
俺も佐藤と塩見の親衛隊から制裁を受けかけたことがあるが、配信者グループを組んでいると明かしてからは逆に親衛隊員から「塩見様とゲームで遊びたいので教えてください」とか、「佐藤様をゲームでボコボコにしたいので練習に付き合ってください」と言われたりすることもある。親衛対象に対してそれは良いのだろうか。まぁ俺、三人の中だったら一番ゲームうまいしね。
たまーに「ヘイボン様の昨日のプレイ、惚れ惚れしました!」と言われることもあり、正直めちゃくちゃ嬉しい。
だが、佐藤と塩見の親衛隊員じゃなくとも美形と平凡が関わること自体を良しとしない人もいるので、教室から出たら俺は一切塩見と佐藤とは関わらないようにしている。
長くなったが平凡な奴と美形な奴というのは関わるのに色々注意が必要なのだ。
噂の転校生くんが美形であることを願ってるよ…!
「それで?副会長だけじゃないってどういうこと?」
佐藤が呆れたような目をして、聞いて欲しがっている米原に少し体を向ける。すごいな米原、佐藤がこんな目をするの米原だけだよ。そして、無視してれば米原に絡まれることもないんだがと思いつつ佐藤を止めない俺。
塩見は相変わらず無心でご飯を食べていた。彼は米原が来てからずっと無言である。これが正しい対応だ。
「よくぞ聞いてくれましたっ!」
「いや聞いて欲しそうにしてたんだよ」
「塩見クン!」
唐突にビシッと指を刺され、塩見はゆっくりとそちらに顔を上げた。どうやら会話の内容はちゃんと聞いていたらしい。
「今日来た転校生、どうやら君の同室者になるらしいね」
「あー…らしいな。今朝荷物運びに業者来たから」
「モサモサアフロに瓶底眼鏡って聞いたけどマジ!?まぁ見に行ったからマジなの知ってるけど!」
「知らね、まだ会ったことねぇし」
「確か転校生って今日から入寮なんだろ?で、塩見は寮の案内をするよう教室で待てって先生に言われたんだっけ?」
「なんでそんなこと知ってんだよ」
不機嫌さを隠そうもせず、覇気のない声でそう答える塩見はいかにもめんどくさいと思っていそうだ。実際めんどくさいのだろう。
あぁ転校生くんかわいそうに…。
先ほども言ったが、ここでは顔の美醜がそのままスクールカーストに適応される。そんな顔の判別ができないような生徒はまず論外だし、間違いなくカースト最下層だ。そんな生徒が、生徒会というカースト最上位に好かれているのだ。関わったら面倒事になるのは簡単に想像がつく。あ、ちなみにだがこの学園にはカースト制度はない。ただのイメージだ。
俺はおそらく下位よりの中層ぐらいかなと思いながら唐揚げを食べる。うん、美味しい。
佐藤を見れば食べたそうな顔をしていたので、「あー」と言う。真似して佐藤も「あー」と言ったので、すかさず唐揚げを放り込んだ。
途端に顔を綻ばせたので、多分美味しかったのだろう。どこなく犬耳っぽいのが見えたような気がした。
「大変ですよ!」
思わず犬好きとして犬っぽい佐藤を撫でようとしてしまったとき、教室にクラスメイトが飛び込んできた。
あっぶね!何の脈絡もなく男友達の頭を撫でそうになった!
飛び込んできたクラスメイトに感謝だ。
さて、救世主は一体誰かと振り向けば、その救世主は可愛らしい容姿をした同じクラスの生徒、佐藤の親衛隊の隊長だった。ほら、昨日俺と佐藤と塩見の会話に割り込んできた人。「佐藤様をボコボコにしたい」と言っている特殊性癖持ちの人。多分日頃の鬱憤も晴らしたいっていう理由もある。よくからかわれてるし。
「どうしたの小麦、そんなに慌ててるなんて珍しいね」
佐藤が唐揚げをよく噛んでからごくんと飲み込み、佐藤の親衛隊長、小麦へ向き直る。ちなみに小麦は名字だ。俺が名前で呼ぶ人はいない。
「えぇ、まぁ僕たち佐藤様親衛隊には関係ないのですが…。先ほど、食堂で生徒会役員を転校生が攻略しまして」
攻略。これもゲーム配信がすっかり浸透している俺たちの教室じゃなきゃ使われない単語だろう。
佐藤の恋愛シミュレーションゲーム実況は人気だよなぁ、声が良いからか女性リスナーの沸きようすごいし。なんて思わず考えてしまうが、ちょっと待て。転校生そんなやり手だったんか。
話をよくよく聞いてみれば、転校生は生徒会役員を連れた副会長と食堂で接触し、そこで見事チャラい会計さんと友達になり(会計さんは普通に恋に落ちた模様)、コミュ障書記さんの言いたいことを察して受け入れられ(例外なく転校生を好きになった様子)、小悪魔庶務さんのデレを引き出し(庶務さんはツンデレ属性らしい。知らんがな)、極め付けに会長さんからキスをぶちかまされたらしい(普通にセクハラで草)。色々と何があってそうなった??
話を聞けば聞くほど塩見の眉間の皺が増えていく。
ただでさえちょい強面なのに、そんな顔をしたら美形が台無しだぞー。ぐにぐにと眉間をほぐせば、塩見はふっと息を漏らすように笑って俺の手を掴み、額から離させる。
「まぁ寮に案内するだけだし、そんなすぐ面倒事は起きないだろ。なるべく自分の部屋に引きこもるようにするし。配信者なんだから引きこもりには慣れてる」
「塩見耐久配信得意だからそこは心配してないけど…っていやそうじゃなくてさー」
「だから安心しろよ、俺は大丈夫だから」
ぽんっと俺の頭に手を置き、そのままわしゃわしゃと撫で回す。それを見た佐藤も俺の隣に寄ってきた。心なしか犬の耳が見える。何をして欲しいか察した塩見は、佐藤の頭にも手を置いてわしゃわしゃと俺と同じように撫で回した。二人とも楽しそうだ。
「…三人とも、仲良いね」
カシャカシャとカメラのシャッターを切りながら、ため息をつくように米原が呟く。もちろんその声は俺たち三人全員に聞こえるものだったので、俺たちは全員で揃ってピースを向けた。「へへーん、良いだろー」というドヤ顔も一緒に。
てか米原、いつも勝手に写真撮ってるけど急に撮るのはやめてくれないかな?
「…何も起きないと良いな」
そう、俺たちは何も起きないだろうとたかを括っていたのだ。
どうしてこうなった、とバクバク鳴る心臓とは裏腹に冷静な頭で考える。あぁ、本当に何も考えずに口に出すのは…いや、何も考えずに行動するのは俺の悪い癖だ。
目の前には顔面キラキラな人たち。所謂カースト上位の生徒会。そんなキラキラな人たちは顔を歪め、俺たちを睨みつける。一瞬恐怖で腕に力が入りそうになったが、そうしたい気持ちを必死に押さえつけ、俺はしっかりと前を見据えた。
そもそもの発端は何か。
放課後、俺たちはSクラスのホームルームが終わるのを待っていた。言わずもがな、転校生を塩見が待たなきゃいけないからだ。塩見は別に俺たちまで待たなくても良いと言っていたが、佐藤はいつも塩見と登下校(とは言っても寮まで五分もかからないぐらい)をしているし、このままだと俺一人になるからと佐藤は一緒に待っていることにしたのだ。転校生はお世辞にも美形とは言い難く、美形と平凡が絡むと親衛隊からの目が痛いことは佐藤も分かっているが、生徒会から既に好かれている転校生だ、今更自分が関わったところでどうにもならないだろうという結論に至ったらしく、むしろ開き直っているように見える。佐藤の親衛隊もしっかり教育されてるし、佐藤がいつも塩見と帰っていることは、親衛隊どころかクラスみんな知ってることなので、特に気にした様子もない。
「大体、転校生のために俺が塩見と帰るの我慢しなきゃいけないとかおかしいと思うんだけど。なんで友達歴五年の俺より会ったこともない転校生が優遇されなきゃいけないの」
「なんかめんどくさい彼女みたいなこと言ってんねー、佐藤」
「これ御園にも言えることだからね?本当は俺御園とも一緒に帰りたいんだから。大体親衛隊からの制裁とか俺が守るのにブツブツ」
腕を組み、俺から顔を逸らした佐藤がむすっとしながら言う。うぅん、かわいいなコイツ。今日はお昼休みの話を聞いてからずっとご機嫌斜めだ。
今日の配信は佐藤のレアで地味にムカつくいやらしいプレイが見れるかもしれない。あの細かいコントローラー捌きは、佐藤の機嫌が悪い時にしか見られないのだ。そうなると今日もFPSかな、どのタイトルにしようか。
呑気に考えてる俺は単純な興味本位で残っている。いやだってさ、アフロに眼鏡っておもろくない?
どの道帰るときは別だから、二人を見送ってから帰ろうと思っている。どうせ俺は一人で帰宅組だしな。寂しいとは思わないし、クラスメイトも分かってくれてるから特に寂しい奴だとも思われていない。
とりあえず美形がそんな顔をしたらいかんぞという気持ちを込めて佐藤の頰を軽く引っ張れば、佐藤も俺の頬を掴んでくる。
「あはは、御園変な顔してるよ〜」
「お前もな」
「塩見も入る?」
「誰が入るか」
「しょーがないなー」
「いや入るって言ってないからな!?」
そう言うくせしてちゃんと顔をこちらに向けるし、机の上で特に意味もなくぐでーんと置かれた手も俺の頬へ伸びてくるのだから、渋々とした口調に合わずノリノリであることが分かる。コイツもかわいいな。
「どーん!」
三人で頰を引っ張り合っていたとき、米原が俺たちの間に突っ込んできた。
「うわっ米原、びっくりしちゃうじゃーん」
ビビって思わず佐藤の頬から手を離すと、佐藤は片手で掴んでいた塩見の頬から手を離す。垂れた犬耳らしきものが見えた。
「米原、どうしたんだよ」
塩見が名残惜しそうに俺の頬から手を離し、その手を拳の形に変えた。ヤンキーの血は健在のようだ。
「ちょっ待て!ストップ!転校生来たから教えに来ただけだって!」
「そういうことなら早く言えよ」
「「そうだそうだー」」
「うっわコイツらッ…!教えに来た僕に礼とかないの!?」
「ないねー」
「ないな」
「ないよね」
「ひっどいな」
「あのー…」
そうだ、転校生を待たせてしまっていたんだった。
入り口からおずおずと申し訳なさそうにこちらに歩んでくるもさもさが見える。あ、あれが転校生か。思ったより小動物っぽい。見れば見るほど変なファッションだが、なぜかこの教室に溶け込んでいる。
「あぁわりぃな、文句はこいつに言ってくれ。俺は同室者の塩見だ。転校生だよな?」
「はい、転校生の食図(くわず)です。…えっ!」
さらりと責任を米原に押し付け、塩見は席を立った。
転校生、もとい食図がぱちぱちと驚いたように瞬きをし、バカでかい声を出す。
「おい、急にそんな大声出してどうしたんだよ」
「好き…」
「「「はぁ?」」」
教室中が一斉に同じ音を発した。
好き?一目惚れ?確かに塩見の顔は良いけど。なるほど、転校生は元々ゲイなのかと納得し、一人で頷く。そう、これはいわば現実逃避に近い。
何故なら…
「おい、今のはどういうことだ?」
先程の「はぁ?」は、実を言えば教室内だけじゃなかった。教室の廊下…つまり外からも発せられたのだ。
さて、その声は誰が発したのか?
傲慢さを感じるが、その中にある確かなカリスマ性。顔立ちがずば抜けて整っており、不純物を知らなさそうな堂々とした佇まい。
彼は、この学園の頂点。圧倒的抱かれたいランキング一位の生徒会長様である。
いやいやマジかよ。全校集会とかイベントとかで遠目からしか見たことなかったよ。改めて見るとオーラやべー…。俺たちは弁当党だから、唯一生徒会を間近で拝めるという噂の食堂行かないし。購買すら行かない。俺も佐藤も塩見も料理できるから。あ、今度料理企画とかやってみてー、カメラ枠はさすがに無理があるかな。そもそも俺たちゲーム配信者か〜ってさらに現実逃避すんなバカ!
「味月(みづき)はこういうのが好きなんだね」
「なんかいが〜い、頭悪そうじゃん」
「…」
「これのどこが良いの?この学園ならこのぐらいのレベルの顔、ごろごろいるじゃん」
「ふっ、どうなんだ?食図」
生徒会長様だけかと思いきや、どうやら生徒会メンバー勢揃いでした。
明らかに見下した態度の副生徒会長さん(そして物かのような扱い)、間延びした口調をしている会計さん(別にどんな人が好みでも良いだろ)、ひたすらに敵意を込めた目で睨んでくる書記さん(無礼すぎだろ)、毒のある言葉を吐く庶務さん(ツンデレで許されるレベル超えてる)、最後に何を考えているか分からない会長さん。
そんな学園の人気者が塩見の前に立ちはだかり、会長さん以外は塩見を睨みつけている。
食図も最悪なタイミングで好きと言ってしまったことに気づいて、焦った様子だった。あと君味月って名前だったんだね。
そこまで見えたとき、人が塩見たちの周りを取り囲んだ。
この人の壁は、おそらく他クラスの親衛隊や、廊下にいた野次馬たちだろう。同じクラスの人たちは輪から弾き出されたようで、不安げに中心を眺めていた。
「…塩見、見えなくなっちゃったねー」
「声は聞こえるけど…」
「なんというかー」
「「すっごいムカつく」」
輪から聞こえる声には、生徒会の罵倒や親衛隊とみられる周りの生徒のデタラメなどなど。聞くに耐えない言葉たちに不愉快さが募る。
この中心にいる塩見はどんな顔しているんだろう?
彼は、元々一人が大丈夫なはずだった。
実際そうだったからこそ中学生のときはひとりぼっちで、サボりを繰り返していた。
でも、俺たちと絡むようになってからはちゃんと学校に来るようになったし、クラスメイトとの仲も良好になったのだ。聞いてみれば、自分の威圧感のある顔のせいで怖がらせてしまうことが多く、他人も傷つくし自分も傷つくしであまり人の前に出たがらなかったらしい。そのストレスからか、サボった先で不良と会えば喧嘩を売られ、それを買って落ち込んで自己嫌悪みたいな負のループ。それでも、きっかけが俺たちとは言えクラスに馴染もうと頑張ったのは他でもない塩見だ。やっとクラスメイト程度なら気兼ねせず話せるようになったのだ。
それがぽんとこんな人の目が集まるところに放り出され、あることないことを口々に言われ、自分が悪いわけじゃないのに敵意を向けられ。
あの輪の中には、去年塩見と同じクラスだった人もちらほらいる。
この学園はクラス編成が少し特殊であり、S組は家柄良し顔良し運動良し成績良しの完璧人間たちが集まったクラスだ。学園の人気者である生徒会も大体がここから選出される。今年の会計さんと書記さんと庶務さんは確か二年だから多分S組だ。
中等部の頃はランダムにクラスが組まれていた。いや、正しく言えばランダムではないのだろう。クラス会議的なものがあって、教師たちの話し合いによって塩見のストッパー役となる俺と佐藤が二年と三年でも同じクラスになっていた。
だが、高等部はそうではない。優秀な者はS組に放り込まれ、スポーツ特待生はC組へ、芸術特待生はD組に、裏稼業系を生業としている家の子供や問題児はE組とまとめられた。
A組は普通科の文系クラス、そして今俺と佐藤と塩見のいるB組は普通科の理系クラス。
一年生のとき、俺と佐藤は今と変わらずB組だったが、塩見はS組だった。元々頭の出来が良かったらしい。おそらくこれも彼がサボる要因になったものでもあるのだろう。
また、中等部時代も一年生の最初を除けば出席日数としては問題なく、家柄の見劣りは多少あるかもしれないが人気もあるし顔も良い、運動もできるからと教員は判断したのかもしれない。
だが彼は、一つ大きな弱点があった。
それが、俺と佐藤の存在である。
クラスが別れたと分かった瞬間、塩見が絶望したような表情をしていたのは今でもしっかりと覚えている。掲示板にクラスが張り出され、塩見と一緒に名を連ねる者は俺でも知ってる有名人ばかり。元来彼は社交的ではない。常に腹の探り合いが行われるようなS組の雰囲気や、唯一気兼ねなく話せる俺と佐藤がいなかったことがストレスに繋がったのだろう。
昼休みは毎回B組で一緒にご飯も食べたし、放課後は佐藤と塩見は一緒に帰るし、配信だってほぼ毎日やっていた。
だがそんな日常でも耐えられなかったらしく、塩見はまたサボりが習慣化してしまい、そこで喧嘩までしてがっつり停学になってしまった。それが原因で一年生の後半からはB組への降格となってしまうのだが、本人的にはだいぶ肩の力が抜けたらしく、「S組には行きたくねぇ」とぼやいていた。
喧嘩は良くないかもしれないが、S組の人が苦手な気持ちは分かる。
前に移動教室で佐藤と塩見が一緒に移動教室先へ向かっていたとき、元々同じS組だった奴がすれ違い様に塩見を馬鹿にしたという話を佐藤から聞いたのだ。
その話を聞いたときからずっとS組への苦手意識がある。
当の本人は隣に佐藤がいたからか、飄々とした態度を取っていたらしい。手が出なかったことをすごく偉いと褒めたい。
さて、じゃあ今の彼には誰が隣にいる?
かつて同じクラスだった奴に囲まれ、目の前にいる生徒からは見下され、罵倒されて。
自分がストレスをぶつけられ、勝手に嫉妬される現状に納得しているとでも?
そう考えたらいてもたってもいられない。
一歩踏み出すと、誰かが俺の腕を掴んだ。
誰か、なんてことは分かりきっている。
「御園、塩見のことが心配な気持ちは分かるけど…!」
「でも、だからって塩見のこと見捨てられないよ」
「今ここで出て行ったら、俺と佐藤と塩見が友達だって周りに言ってるようなもんだよ。そんなことしたら御園が危ない目に遭うんだよ!分かってる?今までそうなりたくなかったからクラス以外で俺らと関わってこなかったでしょ!?」
「知ってるよ、それぐらい。…でも、今はそんなんどうでも良いかなー」
俺が平然とそう返せば、佐藤は手の力を少し強めて、それから緩めた。そして、ため息を一つつく。
でも、そのため息には呆れや疲れが見えない。むしろ、好戦的な色すら見えた。
「まぁ、御園がこういうとき頑固なのは俺も知ってるし。…こうなった以上は俺も協力するよ。それに、」
「正直我慢の限界、だしね?」
にこりと爽やかに笑った佐藤の目は、かけらも笑っていなかった。
そうだろうね、お前も俺と同じ気持ちだろうよ。
人混みを掻き分け、俺と佐藤は輪の中心へ出た。
そのままずんずんと塩見の元へ向かい、二人で両側から挟むように塩見の腕を掴む。
急な登場人物の追加に、生徒会メンバーや周りにいた生徒の間に沈黙が流れる。塩見の強張っていた顔には、ほっとしたような安堵の色が見えた。何も考えていなかったが、これだけでも十分飛び出した甲斐があった。会長さんは、どこか楽しげな様子で目を細めた。
「あの、生徒会の皆様はどうしてここにいらっしゃったのでしょうかー?」
俺が声を発すると、食図ははっと口元を抑えた。それに疑問を抱きつつも、生徒会の人たちへと耳を傾ける。
少し声が裏返りそうになったけど大丈夫だった。画面の向こうとは言え、大勢の前で話すことに慣れていた結果だろうか。
「味月に学校の案内をしようと思ってね。元々寮までの案内は同室者の彼がすることは知っていたから、彼…えぇと、名前はなんだったかな?」
「…塩見」
「そうそう、塩見くんに言って代わってもらえないか頼みに来たんだ」
副会長さんは、俺たちの顔を交互に見ながら穏やかに説明した。しかし、浮かべる笑みは口角を上げただけで俺たちに対する敵意がありありと見える。
あと名前忘れたとか絶対嘘だろ。ただ馬鹿にしたいだけだろ。なんで寮の案内を同室者がやること知っててその同室者の名前知らないんだよ。
俺の言いたいことを佐藤も分かっているのか、佐藤は一瞬視線をこちらに送り、小さく頷いてから塩見の腕を掴んだまま前へ出た。あー、これは佐藤怒ってるな。
「それならば、わざわざ言い合いなんてせずとも早く言ってしまえば良かったのでは?」
塩見の前に出たせいか、若干塩見を守るような姿勢で佐藤は営業スマイルを浮かべながら言った。あ、なんか食図がまた口元を抑えて「はわわ」みたいなこと言って挙動不審になってる。だが周りはそれを気にした様子がない。おい生徒会、思い人だろ。色々と気配がうるさいからどかしてくれ。
だがそんな不満も、佐藤の作り笑いを見れば吹き飛んだ。
確かに顔の造形自体は生徒会の人たちの方が上かもしれない。それでも、佐藤の作られた笑顔は副会長さんのそれをはるかに凌駕していると言っても過言ではない。そのぐらい綺麗な微笑みを浮かべている。
米原によると、副会長さんは食図に作り笑いのことを指摘されて惚れたらしい。そんな作り笑いがバレてないと思っていたこと自体が滑稽だ。よく見てください副会長さん。貴方の目の前に立っている彼の微笑みこそが愛想笑いの完成系ですよ。
副会長さんもそれにたじろいだように、ぐっと口を噤んで一歩後ろへ退いた。そもそも「言い合い」じゃなくて一方的な罵倒だったしな。塩見は一言たりとも喋っていない。この言葉選びも佐藤なりの皮肉だろう。
まずは一人。
副会長さんが何も言えないと察したのか、小悪魔でツンデレらしい庶務さんが前に出てきた。
「それはそいつが味月に好きだなんて言われたからだよ」
「好かれた方が悪いとでも?塩見はまだぜーんぜん喋ってもないのに?あなた方への好感度が低すぎるだけなんじゃないですかー?」
俺が間髪入れずにそう返せば、庶務さんは小さく項垂れた。おそらく本人も八つ当たりなことぐらい分かっているのだろう。
計算高い小悪魔な人だからこそ、自分の言っていることが間違っていることを理解している。
仲間がいるから大丈夫、と錯覚しちゃう気持ちは分からなくもないけどね。実際俺だってそうだし。多分塩見と佐藤がいなきゃ飛び出せないし。もしここでぐちぐち言われてるのが塩見じゃなかったら、きっと俺はスルーしてさっさと帰っている。
庶務さんも正気に戻ったようで、食図に一声かけると廊下へ出て行った。どこに行ったかは分からないけど、少し小走りだったから行くべきところへ行ったのだろう。塩見に謝ってから行って欲しかったけど、もう手を出す気がないなら俺は何も言わない。謝って欲しいですけどね!
残るは相変わらず楽しそうに笑っている会長さんと、こちらを睨む会計さんと書記さん。
「大体さぁ、そっちが色目使ったんじゃないのぉ〜?」
「まだ全然喋ってないって言ったばっかですよねー?会計様じゃあるまいし自己紹介だけで人を堕とすようなこと、うちの塩見がするはずないじゃないですか〜。会計様はともかく」
「うっ」
念を押すように二回言えば、図星だったかのように会計さんはダメージを受けたような声を出した。うっそだろ会計さん!弱っ!
ふっと鼻で笑うような声が聞こえて思わずそちらを向けば、会長さんとばっちり目が合った。笑ったのあんたかよ!
うーん、会長さん生徒会の味方なのか敵なのか謎だな。てっきり会長さんも食図にベタ惚れだと思っていたんだが。
さて、あとは敵か味方か判別がつかない会長さんと、実質一人の戦闘員である書記さん。
かと思いきや、書記さんはすっと会計さんの後ろに下がった。
そうだった、確か書記さんはコミュ症なんだった!
いや生徒会カード弱っ!!
これで会長さんが出てくるかと思いきや、会長さんはやっぱりみんなより後ろで一人楽しげだ。
つまり。
「えっ生徒会チョロ…」
本当に小さい声で、佐藤が呟いた。おそらく誰にも聞こえていないだろうが、がっつり俺と塩見には聞こえている。思わず笑いそうになったが、とりあえず生徒会の戦意を喪失させたので、俺たちはここを出ることにしよう。これ以上目立つのは俺にも塩見にも良くない。
三人で頷き合って、俺と塩見と佐藤は三人で手を繋いで出口へ向かった。
と、その前に。
「あの、食図に案内するの、やりたいならやって良いですよ」
「えっ良いのかい?」
「そう言って気を引こうっていう作戦〜?」
「違いますよ」
「「俺たちには、貴方たちを相手するよりももっと大事なことがあるので」」
佐藤と俺はにこりと笑って、それから手を繋いだまま廊下を全力で走った。
今日はやけに静かだな。
廊下を一人で歩いていて、ふとそう思った。いや、俺が一人だからそう思ったのではない。ちゃんと俺にも友達はいる。なんかこう弁解すると友達がいないみたいだな。
一人でくだらないことを考えながら、歩みを進めていく。
さて、三年生の階の見回りも終わったし次は二年生の階か。
突然だが、俺は恵美酒学園風紀委員会委員長である。
どんなことをしているのか?ざっくり言えば学園の治安維持だ。
よく分からんが、この学園には男子が男子を、いや、その、ほら、恋愛的にね?慕うせいか、なんか、こう、諸々の性的なアレみたいな犯罪が蔓延っているのだ。いやなんでだ。
俺たち風紀委員会がやることはただ一つ、そういう犯罪を未然に防いだり、助けたりすることだ。
時には喧嘩をしたりするから、強い奴が風紀委員長に選ばれるのだが…。
「はーあ、めんどくさ」
幼い頃から空手をやっていたおかげか、中等部に入学してすぐに巻き込まれた喧嘩で無双してしまったせいで、高等部で風紀委員長をやることになってしまった。いやあのときの喧嘩はただなんか絡まれてる人がいたから助けただけだからね!?なんかすごいボコボコにしちゃった気がするけど!
あのとき人助けなんてしなければ良かったのか、とため息をつく。
今日は特にひどい。生徒会共が転校生に惚れただかなんだかで、親衛隊やら転校生やら生徒会やら色々騒がしくなってしまった。そのせいで、俺は授業免除という風紀委員会と生徒会のみが使える特権まで使って問題の解決に奔走していた。ちなみにこの二つの組織は仕事が多いため、授業免除という特権が与えられるようになったらしい。使ってしまえばあら不思議。たちまち出席していなかった授業が公欠になるのだー。
いやいらねぇよ。俺の代わりに誰か仕事してくれよ。それで授業に出させてくれ。学生の本文は勉強だろうが。
行きたくないという気持ちのせいかなかなか進まない足で階段を上ると、上から走ってくる音が聞こえる。
三人の生徒が階段を走り抜け、俺の横を通り過ぎて行った。
一応風紀委員長なので、怠いが形だけでも注意しておく。
「廊下は走るなー」
「「「すみませーん!」」」
反省の色が見えない返事だが、良いだろう。俺も形だけの注意だし。
そういえば二人に手を繋がれていた真ん中の奴、去年風紀室の常連だったな。風紀室の常連ってことは、それだけトラブルを起こしたかトラブルに巻き込まれたかなので褒められたものではないし、あいつは前者だから全く良いことではない。
一年生の途中、Bクラス落ちしてからぱったりと来なくなったが、もう大丈夫なのだろうか。てっきり何か悩んでいるのだと思ってたのだが。まぁ解決したなら良いことだろう。
彼は喧嘩がとても強いから、監視も兼ねて風紀委員会に欲しいと思っていたのだがな。あんな風に青春してるならしょうがない。諦めよう。俺ってこういうところが甘いんだよな。
そのまま二年生の教室がある三階に足を踏み入れると、三年生の教室がある二階とは打って変わってかなりざわついていた。でも、不思議とうるさくはない。
なんというか動揺しているというか。
あの三人はこの中を走り抜けてきたのか?そう思うぐらいには異質な雰囲気だった。
とりあえず人が固まっているところへ進むことにした。
そう言えば、さっきの真ん中の奴が現在B組のはずだから、他の二人もB組だろうか?確か片方は親衛隊持ちだったが、問題を起こさない親衛隊なのであまり記憶にない。よく風紀のお世話になる親衛隊なら覚えてるんだけどな。あとのもう一人に関しては面識すら無かった。本来なら大半の生徒がそうであり、面識がある生徒が多い、つまり問題の多いこの学園の現状がおかしいことは理解して欲しい。
とりあえず人が多い方へ向かい、教室のドアから室内を覗く。
驚くことに、こんな平凡なクラスに生徒会が集まっていた。2年B組だ。今のところ、四月からこのクラスの生徒が問題を起こすのはあまり聞いたことがない。あの走り去って行った生徒たちに何か関係があるのだろうか?
生徒会の内、庶務の姿だけが見えないが、その生徒会がベタ惚れしているらしい転校生もいる。
どう声を掛けるべきか迷っていると、会長のすぐそばに一人歩み寄った。
(米原か…)
そう言えばこいつもいたな。こいつは新聞部の奴だし、成績だけで言えば普通の2年B組に在籍しているが、頭が意外に切れる奴なのだ。その上親衛隊持ちなので警戒している生徒である。
ちなみに新聞部は学園の色々な情報を持っているからお世話になることが多いのだが、見返りを求めてくるのであまり関わりたくない組織ナンバー2である。一番?俺の今日の仕事を増やした親衛隊含む生徒会に決まっているだろう。
「…とりあえず、生徒会の皆様はあの三人の敵でしょうか?」
「さぁ?どうだろうな?だとしたらどうする?」
聞いたこともない低い声で米原がそう尋ねれば、会長は不敵に笑いながら挑発的な返事をする。
米原はこめかみに青筋を立て、会長…いや、生徒会を穴が空きそうなほどの強い目で見た。
「敵だとするならば、2年B組全員であの三人を守ります」
力強く言い切り、「それでは部活があるのでここらで失礼します」と後ろを振り返らずに教室から去っていく。
生徒会の親衛隊らしき奴らは、その背中を鋭い目つきで見ていたが、当の会長は飄々としている。
副会長は近くにいた自分の親衛隊員を呼び寄せた。
そういえばそいつは米原のことを周りとは違う目で見ていた気がする。そう、まるで同調するような…。
「ねぇ、君は僕の親衛隊の隊員だよね?さっきの奴は2年B組全員で、と言っていたが、君はどうなんだい?」
なるほど、2年B組の奴だったか。声をかけられた生徒は視線を彷徨わせ、しかし覚悟が決まったように副会長と目を合わせる。
「僕はあの三人の味方です。例え貴方に何を言われようとも協力できません。申し訳ないです」
それだけ言うと、一礼して副会長の前から走り去った。
副会長含む生徒会が呆気に取られているが、それを気にしないように2年B組の生徒は帰り支度を始め、普通に会話をし始めた。その様子を会長は楽しそうに眺めている。
ぽかんとした生徒会役員共の頭を会長が小突き、ついでに転校生の手を取る。
「まー任されちまったもんはしょうがないしな」
「おい」
そのまま教室を出ようとしたので、事情を聞こうと呼び止めれば、会長はくつくつと笑って俺の肩に手を回した。
「なぁ委員長、面白いことが起きそうじゃないか?」
「面白いことって…はぁ、お前のその愉快犯みたいな性質マジでタチ悪いな」
「残念だが俺は今回何もしてないからな。勝手に面白いことになっただけだ。あぁ、事情聴取ならそこの残ってる役員たちにしろよ。俺は食図を寮まで送ってくる。同室者が帰っちまったからな」
「お前…はーあ、分かったよ」
「話が早くて助かるぜ、あとため息つくと老けるから気をつけろよ」
「それを言うなら幸せが逃げる、だろうが!っておい!」
ひらひらと手を振り、転校生と繋いだ手を離しながら会長は廊下を歩いていく。
振り返れば、混乱した野次馬や動かない生徒会、いつも通りの日常を過ごす2年B組。
これをなんとかしろと??
あぁ、本当に。
「…めんっどくさい!」
「今日の配信どうすんだよ」
「佐藤めちゃくちゃイラついてるけどー」
「イラついてますが???」
「でももう配信するって告知しちゃったしねー」
「じゃあやるしかねぇな」
「ほんっとにありえねぇ、あのゴミ役員が」
「おーい、ブラック佐藤出てるよ。ほらほら爽やか爽やか」
イライラした様子で生徒会役員に対する愚痴を吐いている彼は、ネット上での活動名がサワヤカである佐藤だ。
今はその爽やかさが微塵も感じない。これが、佐藤を腹黒だと認識せざるを得ない一面である。とは言っても、ここまで口の悪い佐藤ホラゲー実況以外で初めて見た。ホラゲー配信では頻繁に見られるけど。レアだからなんとなくスマホを取り出して動画を撮る。
スマホを向ければ、いつも通りの爽やかな顔に戻ったのでスマホをポケットにしまう。
どうやら今のでスイッチが切り替えられたようで、ころりと元の表情のまま短く「ごめん」と謝った。
「いーって別に。俺も怒ってるしねー」
「まぁ俺も、あのとき二人が出てきてくれて助かったし…その、ありがとう…」
「はわわ」
「はわわ」
「おい変な鳴き声発するな」
「だって!塩見が!」
「塩見がー!」
「お前ら本当に仲良しだな!?ほら、さっさと配信の話すんじゃねーのかよ!」
「安心してねー、塩見を仲間はずれにしないから!塩見とも超ウルトラスーパーハイパー仲良しだからー!」
「そうそう、俺ら三人で愛し合ってるから!ウチらズッ友だから!」
「だっさ。あと知ってる」
「塩見…」
「あ?」
「…ねぇ佐藤、この子バカ可愛くない?無自覚なの?大丈夫?」
「控えめに言って政府の力を使ってでも保護するべきだと思う」
「は?何言っ…っいや!ちがっ、違う!」
「違かったらなんなのさー?」
「あぁクッソ!そういうことで良いからさっさと配信の話すんぞ!」
顔を赤くした塩見が、目の前の机にゲームソフトを並べていく。決してぞんざいに扱うことはない。何故なら彼はわりと丁寧な性格だからだ。うん、こいつやっぱかわいい。
ここは俺の部屋である。食図を生徒会に任せてしまった以上、食図が生徒会を連れて塩見がいる部屋にやってくる可能性もなくはない。鉢合わせたらさっきの件で三人ともボロカスに色々言われることは間違い無いので、それを防ぐためにここに来たのだ。
今日は塩見も佐藤も俺の部屋に泊まっていく。米原も、「佐藤と塩見も一緒だと面白いし良いよ」と軽々しくOKしてくれた。良い同室者だ。
「あ」
「「あ?」」
ゲームソフトが入ったケースを漁っていた塩見が、何かに気づいたような声をあげた。
俺と佐藤も揃って返すと、塩見はこちらに向けて一本のゲームソフトのパッケージを差し出した。
「このゲーム、最近やってないし良いんじゃね」
「これ?あぁ、確かに人気だけど旬は過ぎた感あるから最近やってなかったね」
「実況は減っててもプレイ人口自体はそこまで変わってないもんねー。三人でもできるし良いんじゃなーい?俺は本体一台しか持ってないから、とりあえず米原とあともう一人誰かに借りなきゃかー」
「まぁこの状況で部屋には帰れないよね、生徒会の親衛隊に待ち伏せされてるかもしれないし」
「あんな宣戦布告みたいなことしたから当然ではあるな」
「ごめんて」
「別に怒ってねーよ、さっきも言ったけど…いや、やっぱからかわれるから言わねー」
「えー、塩見のデレは貴重だから摂取できるときに摂取しとけってありがたーいお言葉もあるのにー」
「誰の言葉だよ」
「佐藤だよー」
「あぁ…」
「何その目」
塩見に呆れたような目を向けられ、佐藤はぷくーと頬を膨らませる。
とりあえず米原からゲームを借りることを決定事項とした俺は、もう一台を誰から借りようか考えていた。
基本同じクラスの奴らは貸してと言えば「良いぜ!」と言ってくれそうだが…。
はたしてこのゲームのソフトも持っているやつはどのぐらいいるのだろうか?そもそも、この学園はお坊ちゃん学園なだけあって、ゲームを持っている奴が極端に少ない。というかそもそもゲームとか興味なさそう。娯楽とか一体どうしてるんだろうと思うが、みんな勉強やら部活やら美形を追っかけることやらで毎日楽しいらしい。それは良かった。ちなみに米原は俺に付き合ってゲームしてくれることがあるので、普通にアイテムや装備、武器などの回収はしている。無許可でゲームを借りると決めていること以外は問題ない。
クラスメイトの中でも、俺たちの実況から興味を持ってくれて、ゲームを購入するまでは良いが手を少ししか着けていない奴が何人かいたな。だが、初期装備でマルチに潜るのは心許ない。
俺たち並に装備とか揃えている結構なガチ勢さんはどこにいるのだろうか…。
俺たちの知り合いでゲームガチ勢さん…。
『佐藤様をボコボコにしたいのでゲーム教えてください』
いるわ!佐藤負かすために小麦がめちゃくちゃやり込んでた!
多分佐藤を負かすためだけに小麦は武器も装備も揃えているだろうし、あれだけ練習していたらランクもなかなかのものではないか?メインストは当然の如く全クリ+アイテム回収済みだしな。もうあの熱量は俺たち以上だろ。
とりあえず俺たちが実況したことあるゲームは大抵小麦もプレイするし、このゲームも数ヶ月前とは言え俺たちも実況したことがある。間違いない、小麦ならやり込んでる。
そういえば小麦は確かちょうど上の階だったか。佐藤に連絡してもらい、ソフトを貸してくれるか頼んだところ快くOKしてくれた。
だがしかし。
『佐藤様っ!』
「どうしたの、小麦」
『その、御園様の部屋の扉の前に生徒会の親衛隊らしき者がいて、近寄れません』
「えっマジで!?チャイムとか鳴らされてないんだけど!てか米原帰ってこれないじゃん!」
『おそらく近寄った人物にチャイムを鳴らさせて警戒させないように外へ連れ出す作戦かと。佐藤様レベルの卑怯さですね!』
「ゲームの話だよね?普段の俺卑怯じゃないよね?てかゲームでもそんな卑怯なプレイしないよね?え?小麦?聞いてる?」
『とりあえず一旦部屋に戻りますね!』
「えっ小麦!?俺卑怯者のレッテル貼られたままなんだけど!」
どことなくショックを受けたような顔をした佐藤がスマホを握りしめる。
俺と塩見は顔を見合わせて、二人で佐藤の背中をポンポンと撫でてあげた。
大丈夫、佐藤は卑怯じゃないよ。ほんっとうにたまーに狡い手を使うぐらいだよ。
「それフォローになってないよね?」
「やべっ声に出てたー?」
「バッチリ聞こえちゃったよ!俺ちょっと傷つく!」
「とりあえずゲームをどう貸してもらうか…」
「塩見に関してはガンスルーだし!本当に塩見スルースキル高いよね!?」
佐藤が塩見にもたれかかり、塩見がそれをはにかみながら押し返す。
きゃっきゃとはしゃぐかわいい二人を眺めながら、俺はどうしようか考えていた。
テーブルの上に置いていた佐藤のスマホがブーブーとバイブ音を鳴らしたので、小麦が部屋に帰ったのだろうと予想をつけて、佐藤の代わりに電話に出る。
『佐藤様!部屋に帰って参りました!』
「おっ小麦おつかれー」
『あれ?御園様?佐藤様はどこに?』
「今塩見にからかわれてるー」
『そういうことでしたか、分かりました。そうそう、部屋のベランダに緊急用の縄梯子があったんですよ。僕の部屋の真下は御園様の部屋ですからちょうど良いかと思いまして』
「ナイス小麦ー!ちょっと待っててねー!」
小麦なんて言ってた?かくかくしかじか。あーなるほどね。
塩見と佐藤に軽く説明し、三人で頭を捻らせる。
梯子があったのは良い。だが、小麦は俺たちの階へ梯子を使って渡れるのか。言っちゃ悪いが、小麦は運動がわりとできない部類だった気がする上に、ここは四階。つまり小麦の部屋は五階だ。そんな高さから恐怖を抑えて梯子を登ったり降ったりするのは難しいんじゃないか。いやあの子なら「佐藤様のために!」って言ってやりそうだけども。それはそれで怖い。怖すぎる。
三人とも考えることは同じだったようで、苦笑した。
「じゃんけんで決めよー」
「いや俺が行く」
「え?塩見?」
「今日は二人に頼りっぱなしだったからな。これぐらいなら俺は余裕だし」
「「塩見…!」」
「いやだからお前らが仲良しなのはわかったから…っつーか、守られるのは性に合わねーしこれぐらいはやらせろよ」
「どうしよう佐藤ー!この子死ぬほどかわいい!」
「とりあえず抱きしめたい」
「お前らのそのノリなんなの?」
ぎゅむぎゅむと二人で塩見を抱きしめ、塩見は行き場のない手を宙に漂わせるが、諦めたように俺と佐藤の服の裾を掴む。かわいい。
ゆっくりと二人で離れ、塩見は立ち上がる。俺たちも同じように立ち上がり、塩見をベランダまで見送った。
そこで、何やらベランダに誰かがいることに気づいた。
「「「は?」」」
思わず三人で素っ頓狂な声を出し、塩見ががらりと窓を開ける。
本来は開けないほうが良いのだろうけれど、さすがに気になったのだろう。それに、喧嘩の強い塩見なら相手が不審者だろうがなんとかできるはずだ。特に止めもせず、俺と佐藤も窓際へ寄ると、そこにいたのは見知った顔だった。
「あっ兄貴!ちっす!」
「素麺(そうめん)?なんでここに…」
「兄貴が困ってると小麦くんが言ってたんすよ!そこで俺がゲームをお届けに参りました!」
「お、おう…ありがとう」
「このぐらい兄貴のためなら当然っすよ!高いところ俺大好きですし!」
「そういう問題じゃねぇだろ」
「心配してくれてるんすか!?やったー!嬉しいっす!でも配信も俺楽しみにしてるんでこれだけは譲れないっすね!そういうわけでここらでお暇させて頂きます!」
「あっコラ!」
嵐のように登場し、嵐のように去って行ったのは塩見の親衛隊隊長である素麺だ。すごい独特な名字である。下の名前は知らない。そうか、そう言えば小麦は素麺と同室だったな。
なんでも、塩見が中等部一年生のやさぐれてた時期に喧嘩を売り、それでボコボコにされ、そこから塩見にゾッコンLOVEらしい。本人曰く「俺は兄貴の舎弟っす!」らしい。ちなみに彼は格闘系のゲームを好む。
クラスはヤンキーが多く放り込まれているE組だが、めちゃくちゃ親しみやすい奴である。最初は俺に対してつっけんどんだったが、格闘系ゲームのコツを教えてから俺のことを「先生」と呼ぶようになった。ちなみに佐藤のことは「爽やかさん」と呼んでいる。まぁ間違ってはない。身バレしないようにな。
「全くあいつは…落ちたらどーするつもりなんだよ」
「まーまー、何事もなかったわけだし許してあげなよ」
「また同じことしたらどうすんだよ」
「それまでに現状を改善すれば良いんだよ」
「それができたら苦労しねぇよ」
それもそうだよなぁ。食図は生徒会に好かれてるし。しかも生徒会に喧嘩売っちゃったし。どうしたってこれからめんどくさいことがたくさん起きるだろう。
どことなく居心地の悪さを感じ始めたとき、「ただいまー」と呑気な声と共に、部屋のドアが開く音が聞こえた。反射で「おかえりー」と返したが、いや待って、お前どうやって部屋に入ってきたの?親衛隊が待ち伏せてたんじゃなかったの?
「おっ三人ともお揃いじゃん、どうしたんなんか空気重いけど」
「米原…お前どうやって部屋に…」
「親衛隊のこと?別になんでもないよ。ちょっと物で釣っただけ」
にこりと笑う米原に若干の恐怖を感じたが、そこには触れないでおこう。うん。
米原の空気を読まない発言により、部屋内はいくらか和んだような気がする。
「あぁそうそう、御園と佐藤と塩見に言わなきゃいけないことがあってね」
頭を軽く掻きながら米原はそう切り出し、俺たちから軽く目を逸らした。なんかやましいことをしちゃった人みたいな絵面だ。
「生徒会に喧嘩売っちゃった☆」
「何してんのー!?」
「馬鹿なの?」
「終わったな」
「つい先刻貴方方も喧嘩売りましたよね!?全部驚くほど説得力ないしなんならブーメランだよ!」
「てかなんでそうなるの!?」
「正しく言うと、2年B組が喧嘩売りました!」
「尚更良くないよねー!」
話を聞くと、どうやら発端は俺たちらしい。おいおい、俺たち三人のためにクラス全員がほぼ全校生徒敵に回すとか何事だよ。生徒会は人気者で構成されているから、ほぼ全校生徒に支持されているんだぞ。明日から何が起こるか分かったもんじゃない。
「うん、だから僕たちが三人を守りますって」
「つまり?」
「三人はしばらくの間、姫プされててってこと。さっきのドアの前にいた親衛隊もさ、書記さんのところの親衛隊みたいで、書記さんに命令されたから来たらしいんだよね」
「はぁ!?姫プ!?」
「『ゲーム配信者の』俺たちが?」
「すごい屈辱感じてるところ悪いけど、あくまでも例え話だからね?騒動が収まるまでだし」
「それは分かってるけどさー、でも皆んなが危ない目に遭わないって保証はないでしょー?自分のためにクラスメイトが怪我しちゃうとか嫌なんだけど」
俺の言葉にうんうん頷く塩見と佐藤を見つつも、米原の考えは変わらないらしい。
「三人の意見も分かるけどね。でも、そもそも、三人は分かってないんだよ!君らは学園外、つまり配信のファンがいるんだよ。もしなんかあったらリスナーが心配しちゃうじゃん?何しろ、五千人ものファンがいるんだから」
「だからって自分たちが犠牲になりゃいいってもんじゃないでしょー」
「怪我をするって決まったわけじゃないよ。さっきだって僕が親衛隊を買収…ゲフンゲフン、とにかく、方法はあるんだから」
「本当かなぁ…」
佐藤は訝しげに米原を見るが、すっと目を逸らされる。
もちろん不満はあるし、そこまでしなくてもという気持ちもある一方で、クラスメイトにそこまで思われていたことは素直に嬉しい。だが危ないことに首を突っ込むのは頂けない。
しかし、ここまで言ってても話し合いは全然進んでいない。結局平行線のままだ。
明日クラスメイトとまた話し合おう、という結論に落ち着き、とりあえず俺たちは夜の配信に向けて準備を進めることとした。
「どうもこんばんはー!ヘイボンでーす!」
『こんばんはー』
『どーもー』
『今日は何やるの?』
俺が枠を取っていつも通り挨拶をすれば、コメントがゆったりと流れる。
同接が五千人の登録者の内六百人いて視聴率がかなり良いとは言っても、他の大手の人の同接数と比べたら間違いなく少ない方だ。
でも、この速さで流れるコメントは拾いやすいから個人的には好きである。大手になっても色々めんどくさそうだしなぁ。
「今日やるゲームは…っと紹介する前にー、まずは二人を呼ばなきゃだねー。お二人さんかもーん」
「雑かよ、オオカミっす」
「いつも爽やかサワヤカくんだよ~!」
「嘘つけ、ホラゲーやるときは爽やかどころか俺よりもヤンキーじみてるってのに」
「ちょっとオオカミ~?」
「はいはいお二人さん。痴話喧嘩は後でやってねー」
「「恋人じゃないわ!」」
『www』
『息ぴったりやんwww』
『仲良しだ』
「今日はですねー、お久しぶりにこのゲームをやろうと思いまーす」
「まぁまぁ久しぶりにやるよねそのゲーム。前にやったのいつだっけ?」
「さっき見たら半年ぶりぐらいだった」
「え?マジか、これそんな前に発売されてたっけ。オオカミ、パッケージどこ?」
「それなら確かこっちに…」
『待って、今三人同じ部屋にいる?』
『仲良しじゃん』
『なんかマイクの音質違うなと思ったらそういうことか』
『初めてじゃね』
「そうそう、そーなんですよ。諸々の事情でオオカミとサワヤカが帰れなくなっちゃったんで俺の部屋いるんですよねー」
「サワヤカ、パッケージあったぞ」
「でかしたオオカミ」
「お二方まだ探してたのー?もう始まるよー?」
「探した意味!」
三人で身を寄せ合って、配信画面を見ながら笑う。コメント欄も同じように笑っているようだった。
今日やるゲームは陣取りゲームのようなものだ。チームで別れ、そのチームの色でフィールドを塗り潰していく。制限時間が設けられ、その終わりの時点で色が多かった方のチームが勝利だ。単純で分かりやすくはあるが、色を塗る武器は相手チームに対しても使えて、うまく当たれば相手をキルできたりする。アイテムや、ゲージが溜まったら発動できる特殊技などもあり、単純でありながらも初心者からガチ勢まで誰でも楽しめるゲームだ。
久しぶりのこのゲームの配信に、コメント欄も楽しそうにしている。
俺たちは三人だから四人で一チームのこのゲームだと野良が一人入ってくるが、まぁ問題ないだろう。
とりあえず三人でダラダラ話をしながらマッチングするのを待つ。
「お、試合始まるねー」
「これ友達から借りたやつだからランク下げないようにしないと」
このゲームは負けるとランクが下がってしまうので要注意だ。
プレイヤー名は変更してあるが、基本は小麦と米原のデータそのままなので、二人に返したときにランクが下がることのないように勝たなければいけない。
野良が少し心配なところだが、俺たち三人でもなんとかやっていけるだろう。
各々好きな武器を持った俺たちは、フィールド上を駆けていく。
忘れてはいけないのは、これは相手を倒すゲームではなく陣取りゲームであること。最終的に色の面積が多いチームの勝利となるので、サワヤカは後ろに下がって色を塗っている。配信としての見栄えはあまりよろしくないが、今回の配信に関しては視点が俺なので問題ないだろう。
作戦では、サワヤカは塗り潰し兼俺とオオカミのサポート、オオカミは後衛担当、そして俺が前衛担当となっている。要するに俺とオオカミがキル担当だ。
野良の人は自由にやっててくれ。戦犯にならなければなんでもいい。
「待って野良の人強っ」
「おいヘイボン、後ろいるぞ!」
「了解!ってオオカミ、敵近くにいるよー!」
「うぉっマジだ!やべっ」
「広範囲攻撃行きまーす!」
「「サワヤカナイス!」」
こうして三人で勝ったり負けたりを繰り返し、いつも通りの挨拶をして配信を閉じた。ランクも下がらなかったし、米原と小麦に怒られることもないだろう。
もう時刻は十一時、そろそろ寝る時間だ。
明日のお弁当の仕込みも終わってるし、課題もやってある。特に問題ないはずだ。あとはクラスの人たちに今日あったことについて話すぐらいか。
とりあえず米原にゲームを返しに行くことにした。
「米原ー、ゲームありがとー」
「いえいえどういたしまして。夜食作ったけどいる?」
「おにぎり?」
「おにぎり」
「いるっ!」
「ははっ、御園ならそう言うと思ったからちゃんとあるよ。これ塩見と佐藤の分ね。てかさ、初戦の野良の人めちゃくちゃ上手くなかった?」
「いや本当にそれね、あのときさ…」
先程の配信の話をしていると、俺の部屋の方から視線を感じたのでそちらに目を向ける。
案の定、塩見と佐藤が扉の隙間からこちらを無言でガン見していた。
「どうしたのーさとしお」
「纏めるなよ。…いや、おせーなって」
「ごめーん、ちょっとさっきの配信の話してて盛り上がっちゃってさー」
「俺たちにも構ってよー」
「はいはいよしよし」
「あ、塩見と佐藤にもおにぎりあるけどいる?」
「食う、さんきゅ」
「ありがたく頂戴します」
「あ、なんか御園が塩見と佐藤に可愛い可愛い言うの分かるかもしれない」
「でしょー?」
俺が塩見と佐藤を撫でながらドヤると、二人から「なんでお前がドヤってるんだ」と言いたげな目をされる。別に良いでしょ!二人とも口元にご飯粒つけてるし!本当にこの二人は可愛いんだからと母親面したくなる。とりあえず塩見と佐藤の口元についている米粒を取ってあげて、俺も米原のおにぎりを一口食べる。うん、やっぱり塩の塩梅がめちゃくちゃちょうど良くて美味しい。米原は料理は苦手だが、おにぎりだけには自信があるらしい。実際俺が握ったおにぎりよりも数百倍は美味しい。塩見と佐藤も目をキラキラさせながら食べている。可愛い。
「そう言えば」
「んー?」
「明日、早めに学校出た方が良いんじゃない?ほら、今日みたいに親衛隊がドアの前で待ち伏せてる可能性もあるし」
「それもそっかー。じゃあこれ食べ終わったらもう寝よー?塩見と佐藤はどうする?俺のベッド使うー?」
「えっ二人でシングルのベッド…?それ狭くない?俺は良いけど塩見平気?」
「佐藤だから大丈夫だ」
「え、本当に塩見なんなの?可愛すぎない?」
「は?」
「しかも気づいてないじゃん超笑えるー」
「そしたら御園はどこで寝るの?」
「俺は床に布団敷いて寝るよー…あ、それなら二人がベッドと布団使って俺がここのソファ使った方が良いかな?」
俺が自分の今座っているソファに目を落としながら言うと、二人に体痛くなるからやめとけと注意されたのでお言葉に甘えて布団を使わせてもらうことにする。
二人でシングルのベッドを使わせるのは少々狭苦しいと思うが、一晩耐えてくれ。
しかし、塩見は180センチ近くあるし、佐藤は173センチだと言っていたような気がする。二人とも俺より大きいが、ベッドに収まるだろうか。ちなみに俺はド平均の170センチだ。
一人で頭を抱えていれば、二人は訝しげに俺を見る。が、「あぁ、いつも通りのやつね」と俺にもわかるアイコンタクトを交わし、さっさと俺の部屋へと向かって行った。
っておい!捨てるな!
そんな様子を微笑ましげに見ていた米原に「おやすみ」と告げ、俺も二人の後に続いた。
「えっ寝るの早っ…」
あれだけベッドに二人で入るのがどうのことうの言っていたというのに、二人はすっぽりとベッドの中に入っていた。
まだ寝たばかりだというのにもう剥がれかかっている布団を掛け直そうとベッドに近づく。
ベッドでは、体を丸めた佐藤を軽く抱くようにして塩見が眠っていた。さすがに二人ともここまで超スピードで寝るとは思えないので、今日気を張っていた分疲れが出ていたのだろう。塩見は俺に対して「佐藤と御園は仲が良い」と言うが、俺からすれば塩見と佐藤も十分仲が良い気がするけどな。なんてったって、一緒に毎日登下校してる訳だし。たまにお互いの部屋に行ってるらしいし。
…いや別に羨ましいとかそんなんじゃないですけど!?ちゃんと配信だってありますし、休み時間だってあるし!確かに中等部の頃はいつも一緒だったけども!それに、この生活を選んだのは俺だ。
顔の良いやつと平凡なやつがこの学園で関わったところで、ろくなことにならない。だからクラス外ではこの二人と関わらないと決めていると言うのに。
…でも、それももう今日で終わりなのか。
そういえば、高校生になってから初めて三人で一緒に帰ったな。
俺の髪が目にかかる。どうにかして二人と並んでも違和感がないようにと気合を入れて茶色く染めた髪。思ったより似合っていたことは良かった。鞄の側にはコンタクトレンズの箱と、お気に入りの黄色いピアスが入ったピアスケース。
髪を染めたのも、コンタクトにしたのも、ピアスを開けたのも、全部塩見と佐藤と一緒にいるためだ。おしゃれを頑張って勉強して、たまに米原に「今日の服選んで欲しい」と頼まれるぐらいにはファッションセンスも磨かれたと思う。
それでも、クラスから出た俺は二人の隣に並べなかった。
怖かったんじゃない。心配をかけさせたくなかったわけでもない。
ただ、俺が守られるのが嫌だっただけだ。
(…でも)
今日、塩見が囲まれていた時に、佐藤と二人で突っ込んだときのことを思い出す。あのとき、塩見はどんな顔をしていたか。
あの表情を引き出せたのは俺だけじゃないけど。
(俺だって、守れるんだ)
「…よしっ」
小さい声で気合を入れるように呟き、俺はとあるものを鞄に放り込んだ。
「忘れ物はないか?」
「課題あるー」
「御園が作ってくれたお弁当もあるよ」
「身だしなみはー?」
「いつも通りだ」
「塩見後ろはねてるよ」
「えっ」
「時間は?」
「まう少しで七時半になるところー」
「おい佐藤、はねてるところ直ったか?」
「ほら、三人で玄関いると狭いからさっさと出ちゃってー」
最終確認をもだもだとしていると、米原が歯磨きしながら顔を出す。
俺たちは、米原の言う通り早く学校に行くことにした。親衛隊と鉢合わせるのを防ぐためだ。いつもの登校時間は八時半なので、随分と早起きしたと思う。
「「「行ってきます」」」
「行ってらっしゃい」
ニコニコと手を振る米原に俺たちも振り返し、さぁ行こうと前を向いた瞬間に、何かに顔面をぶつけた。あれ、なんか柔らかい。そう、まるで人体のような強度だ。恐る恐る離れてみれば、そこにいるのは塩見と負けず劣らずのデカい生徒。後ろにも何人か同じような生徒がいる。
「えっ」
ぐん、と襟首を引っ張られたと思ったら、俺はいつの間にか塩見の腕の中にいた。
目の前にいるデカい生徒は、俺が数瞬前までいたところに拳を振りかざしていた。塩見が引っ張ってくれなかったらあれに殴られていたと思うとゾッとする。
塩見が俺と佐藤の前に立ち、少し腰を落とした。
…これ、まさかここで喧嘩始まったりしないよね?
俺がハラハラとしていると、廊下の奥の方から「おーい!」という声が聞こえる。
思わずそっちに目をやれば、そこにいたのは柔道部に所属しているクラスメイトと空手部に所属しているクラスメイトだ。
そのクラスメイトたちは俺たちを見つけると、走ってこっちに向かって来る。
そのまま塩見とデカい生徒の間に入り、俺たちを守るように立った。
「は?おい、なにして…」
「守るって米原から聞いてなかった?大人しく姫プされてろってこと!」
塩見が戸惑うように声を上げれば、クラスメイトは塩見を横へ突き飛ばした。それを支えるように俺と佐藤もつられて横へ飛ぶ。
「おいっ!」
「だから早く学校行け!少なくともクラスに行けば安心だから!」
「そんなことさせるわけねぇだろ!」
「ついでに風紀呼んでくれるとありがたい!」
「…わかった。行こう、塩見、御園」
「佐藤は聞き分けが良くて助かるな!」
佐藤は俺と塩見を引っ張り、エレベーターまで連れて行った。
「どういうつもりだ、佐藤」
「この場合は早く行った方が良いんだよ。俺たちが行くのが遅くなればなるほど、きっと人は増える。そうしたらクラスメイト、もしかしたら俺たちの親衛隊もかも。その辺りの犠牲ももっと増えるはず。多分この調子なら味方も敵も道中でスタンバってるだろうしね」
「そーいうことかよ」
舌打ちした塩見と、それを冷静に説き伏せる佐藤を横に、俺は風紀委員へと連絡する。交友関係がわりと広いことが助かった。中等部の頃同じクラスだった風紀委員会の子に連絡すれば、すぐさまそっちに行くと返事をされて通話を切られたので、用の無くなったスマホを鞄の中へ突っ込んだ。
…学校に行くまでの道がこんなものなら、これは必要ないかな。
スマホを鞄の中に入れるときに見えた例の物が視界に入り、思わずそう考えてからチャックを閉める。タイミング良くエレベーターが一階に着いたので、俺たちはエレベーターから外へ出た。
寮のエントランスは静かだった。この時間だと朝練がある生徒はもう学校へ行った後だし、だからと言って朝練がない生徒が学校へ行くのには早すぎるのだろう。
そうは分かっているが、ここまで人がいないと少し不気味で、同じように感じ取った塩見と佐藤と顔を見合わせ、なるべく早足で寮から出る。
見つからないように変に脇道に入ったりするのは得策ではない。むしろこの場合は堂々としていた方が手は出されにくいはずだ。そう思っていたが、思ったよりも学校までの大通りに人はいない。
おまけに道の脇には木や茂み、保健室や会議室がある特別棟などが並んでいて、人が隠れるスペースがわんさかある。
俺たちはそれぞれ周りを見渡しながら慎重に、かつ素早く進む。そう、ここが突破できればあとは校舎内だけなのだ。二年生の教室は三階、加えて長い廊下の真ん中あたり。まだまだ道は長い。
まだまだ道半ば。気を引き締めろ、頑張れ御園と自分に発破をかけ、後ろを振り向いた瞬間。
ヒュン、という空気を切るような音と、眼前に迫る握り拳。
あ、これ終わったなと目を瞑る。
しかし、直後に聞こえた音は俺を殴るような痛々しい音ではなく、パシッという乾いた音だった。
どういうことかと目をそろそろと開ければ、横から伸びた手が俺に迫っていた拳を掴んでいる。
この手は一体誰の手だ、なんて考えずとも分かっている。
俺の横に並んでいた塩見が手を伸ばして抑えたらしい。塩見はいつもとは全く違う冷めた目をし、ぐっと握っていた手に力を入れた。
途端に抑えられていた奴は呻くような悲鳴をあげた。
塩見は相手から一旦戦意が喪失したのを確認し、手を離す。そこから素早く俺と場所を交代した。
「あー…」
俺が塩見と交代したことにより、佐藤と隣合うこととなった。その佐藤は苦笑いをしながらなんとも言えない声を漏らした。
「…囲まれたか」
佐藤がなんでそんな声を漏らしたのか、なんて一目瞭然なわけで、塩見が抑えたやつが殴りかかってきた時点で、俺たちは体格の良い奴らに取り囲まれていたのだ。
ぐるりと周りを見渡してもいるのは不良ばかり。親衛隊に買収されたのかなんなのかは知らないが、よくもまぁこんな朝っぱらから…暇なのか。少しイライラしているが、俺に何ができるかと言われても全くわからない。とりあえず鞄のチャックをこっそり開けて、突っ込んだ物に手探りで探す。
「…お前らは下がってろ」
塩見が俺と佐藤を庇うように前に出た。それを合図に、周りの不良たちも一斉に襲いかかる。
「走れ!俺はここ潰してから行く!」
漫画でしか聞かないようなセリフも、塩見が言うとなんだかかっこよく聞こえるような気がする。
それはきっと、俺たちを想って真剣に言ってくれていることが伝わっているからだろうか。
今度は佐藤が躊躇した。さっきは躊躇うことなくクラスメイトを置いて行ったのに、と思ったがさすがにクラスメイトと塩見を同列には俺も並べられない。それは俺だって同じだ。
だが、心配する心とは裏腹に、俺は佐藤の腕を掴んで走っていた。
「ちょっ御園!?」
「塩見!停学にならない程度にしとけよー!」
「あったりめぇださっさと行け!」
にっといたずらっ子のように口端を持ち上げ、余裕そうに俺に手を振って塩見はまた敵を見る。塩見によって作られた空いているスペースに二人で体を滑り込ませ、そのまま全速力で走った。
俺は体力があるわけではないが、足が遅いわけでもない。下駄箱までそのままのスピードで突っ切る。
「御園…?塩見のこと、」
「もちろん心配だよー。あの数相手に塩見一人とか普通敵うわけないって思ったし」
「それならなんで?」
「だって塩見言ったでしょ、『俺はここを潰してから行く』ってー。それに、大丈夫そうだったから」
「…そうだね、塩見も一年生のときのままじゃないか」
佐藤もぺちんと自分の頬をたたき、上段の方にある自分の下駄箱から上履きを取り出した。
行ったか、と足音が聞こえなくなったときに目をちらりと後ろに向けた。
「おいおい、よそ見とか余裕すぎねぇ?」
「さすがに一人は無理っしょ」
「去年ボコられたやつも情けねぇよなぁ。一年生にあんな無様に負けてさぁ!」
ゲラゲラと俺の周りから不快な笑い声が聞こえる。
俺は防戦ばかりで、殴ったりはしていない。
「停学にならない」ってあいつと約束したから。
だが、コイツらはそんな手を出さない俺を弱いと笑っていた。
去年までの俺だったら間違いなくブチギレものだし、問答無用で全員叩きのめしている。
それでも不思議と心は穏やかだった。
今の俺の勝利条件はこいつらを全員ぶちのめすことじゃない。
できるだけ足止めして、佐藤と御園に危害を加えさせず、かつ心配させないことだ。
本当ならさっさと全員倒して二人を守るために追いかけた方が良いのだろう。でも、それは駄目だ。
何より、あの停学期間には俺も耐えられない。
襲いかかってきたやつが視界に入ったから、すぐそばにいた奴を一人盾にするように引っ張った。
自分から暴力を振るうことはないが、だからと言って何もしないわけではない。
こうしていけば、いずれは全員倒せるだろう。
なんなら全員倒さなくても良い。要するに、相手に「こいつは倒せない」と思わせればそれで良いのだ。
さて、そう思わせるためには誰を倒すのが良いのか。
当然ながらこの場を仕切るリーダーがいるはずだろう。御園風に言うなら「てっぺんとったどー!」っていうヤツだ。要するに頭をとっちゃえば連携が取れなくなるだろうという魂胆である。
ぐるりと見渡し、リーダーっぽい奴を探す。探しながらも攻撃を避けることは忘れない。
キョロキョロと(一方的な)喧嘩をしながら辺りを見渡す俺は、さぞかし滑稽だろう。周りの奴らも「なんだコイツ」と言いたげな顔をしている。とりあえず少し位置を変えようと思い足を踏み出せば、ぐにっという少し硬い何かを踏んだ感触。あぁそうだ、そういえばさっき盾にした奴を転がしたまんまだったんだ。こいつは先程(味方に)殴られたせいで気を失っていた。見るからに周りの奴とは違ってガタイも良さげだったが、おそらく当たりどころが悪かったのだろう。結局は急所が全てを語るってことだな。佐藤もホラゲーをプレイするときは半泣きで急所を正確に撃つしな。
邪魔だったから軽く蹴飛ばすと、面白いくらいにバウンドした。やべ、喧嘩とか最近してなかったから力加減ミスった。やりすぎた。まぁ良いか、あれぐらい離れてれば喧嘩に巻き込まれることはないだろう。怪我とかも見たところしてなさそうだし、茂みが良い感じにクッションになってくれている。これはこれでなかなかベストポジションなのでは?ゲームだったらヘイボンとサワヤカが「オオカミナイス!」と褒めてくれるだろう。
そんな俺の心境とは全然違い、周りからは「熱海さん!」やら「熱海さんの仇!」という声が聞こえる。
…あ、もしかしてこの熱海って呼ばれてる奴リーダーかよ!秒速退場してたじゃねーか!
しかしこれは困ったことになった。とりあえず先にリーダー潰しときゃ良いだろと思っていたが、思ったよりも先すぎた。なんなら一番最初にてっぺん取ってた。
俺が死体蹴りをしてしまったせいか、むしろ闘志をさらに燃やす相手に対してこっそりため息をつく。やらかした。御園と佐藤に話したら爆笑されそうだ。知らない内にボスを倒すってなんだよ。大体こいつ弱すぎんだよ。一発でダウンするとか根性ねぇなぁ。…さすがにこれは八つ当たりがすぎるな。うん。打ちどころが悪かったのは仕方ない。とりあえず頭を切り替え、次々に襲いかかってくる奴を避けたり、盾にしたりして捌いていく。
「あ」
もはや単調な流れ作業だと思いつつ、無心でいなしていくと、俺が盾(人)で弾いた奴が反動でふらついた。
どうやら喧嘩しているうちにだいぶ最初の位置とはずれていたらしく、俺のすぐそばには茂みがあった。
その茂みには、あー名前なんだっけ、そう、熱海って奴が未だ気を失ったまま横たわっている。
気を失っている状態だと抵抗することもできない。この勢いのまま潰されれば、危ないことになるのは間違いない。咄嗟に盾だった奴を捨てて、今にも倒れ込みそうなそいつの服の裾をグイッと思い切り引っ張った。
「ん…」
ちょうどそのとき熱海が身じろぎ、ついそちらに目をやるとゆっくりと目を開けた。
「…やべっ気ぃ失ってた!」
おいおい声出して良いのか、敵(つまり俺)に気づかれるだろ。まぁ今は圧倒的数的なアレで優位に立ってるから大丈夫なのかもしれないが。
バッと素早く起き上がろうとしていた彼だが、ふとその動きが止まる。俺はといえば、先程と体勢は変わっていない。相変わらず倒れ込みそうな奴の服の裾を掴んだままだ。
熱海は俺たちの方を見て、一瞬で理解したようだ。さっと身を引き、茂みから通路の方へ飛び出す。
あー、リーダー格の奴が起きて良かったのか良くなかったのか…。
リーダーが起き上がったことにより、せっかく萎ませてきた闘志がまた燃え始めている。これエンドレスじゃね。
思わず眉間に皺が寄ってしまっているような気がするが、気にしない。とりあえず手に持っていた不良をぽいと投げれば、他の奴が抱き留めたようだった。まぁそうなるように誰がどこにいるか軽く把握しておいたんだが。
片足を軽く引き、腰を少し落とす。多分さっきあっさりと倒せたのはまぐれ中のまぐれだ。本来ならそう簡単にいかない相手であることが、ビシバシと感じる圧から感じ取れる。これだったら大人しく気絶してもらったままの方が良かったかもしれない。なかなかに骨が折れそうだ、と舌を舐めた。
対する相手はじっと俺のことを見るが、ふいと目を逸らし、自分の仲間に対して手を軽く振った。
「終わり終わりー、俺こいつに助けてもらったし、さすがに恩人には手ぇ出せねーわ」
「…は?」
思わずポカンと口を開いてしまった。多分今の俺すごいアホ面してると思う。実際、周りの奴らも不思議そうな表情を浮かべていた。
「ほらほら、解散!散れぇ!」
「「散ってきます熱海さん!」」
先程よりワントーン上げて熱海がそう言えば、不思議そうな色が顔から消えた周りの奴らは元気な返事をして、各々好きな方向へ向かって行った。てか学校はあっちなのになんでそんな散らばるんだよ。登校しろよ。
「えぇ…」
思わず気の抜けた声を出し、臨戦態勢を解く。まだ警戒しなくてはいけない段階かもしれないが、熱海の様子を見る限り襲ってくることは無さそうだ。
呆然と不良が行った先を眺め、それから校舎の方向を見る。…そうだ、こんなところにいる場合ではない!俺は学校に向かわなければ。
雑念を飛ばすように軽く頭を振り、全力で走ろうとしたところを何者かに腕を掴まれたことによって阻まれる。その何者が誰かなんてのは振り返らなくても分かっているので、前を見たままさっさと話を終わらせることにする。腕を振り払っても良いのだが、そのガタイに合った力の強さだ。つまり振り払えない。
「…あの、俺もう学校行かなきゃいけないんすけど」
「ははっ態度悪っ!でも学校はちゃんと行くんだ、優等生じゃん」
「別にそんなの熱海サン?には関係なくないっすか。あと優等生のハードル低すぎません?」
この熱海という男が何年生かも分からないので、一応敬語になりきれていない敬語で問いに答えていくと、不意に耳元に息がかかった。
「っうわ!?きゅ、うに何するんだよ!」
「あ、敬語取れた。でもそのままで良いぜ、同じ二年生だし」
「さっさとそれを言えよ!」
俺が振り返りながらそうツッコむと、熱海が纏う雰囲気が少し変わっていたことに気づいた。…なんか、こう、なんか嫌な感じの雰囲気だ。
とてつもなく嫌な予感がするので距離を取りたいが、生憎手を掴まれているのでそれはできない。つかいい加減離せよ。
そんなことを考えていると、肩を腕を掴んでいない方の手で掴まれ、くるりと正面で向かい合わせにさせられた。
…俺、そこそこ身長高い方だと思ってたけど、こいつ俺より高いな。ガタイの良さもあってか結構デカく見えるしなんか迫力がある。
が、相手を観察するのもほんの数秒だ。今俺は片手が使えない。両足と片手が使えるわけだから、どうやってこの状況から抜け出そうか…。パンチを入れようにも、俺の拳がダメージを食らいそうなほど硬そうな体をしている。これは多分グローブとかの装備品が必要だ。そこそこ強めの素材が必要そうだな、それならあそこのステージ周回するか…って何ゲームのこと考えてんだよ。現実逃避すんな。
やっぱ被害を最小限にした上でかつ後遺症もあまり残さず、一発で相手をノックダウンできる技と言えば股間蹴り一択なのだろうか。卑怯だからなるべくしたくはないんだが。佐藤は構わずにやりそうだけど。
「うわっ!」
とりあえず脳内でシミュレートしていると、ぐっと熱海との距離が縮まった。というか俺の顔が熱海の胸板に押し付けられている気がする。待って、胸板?俺こいつとそんな身長差あったのか?ちょっとよこせ。俺一応179センチなんだが。
そしてこの近さは明らかに異常だな。そう、まるで恋人同士のような近さだ。そこまで気づいたときに、スッと足を後ろに引いた。
あとはこの足を振り上げれば一発だ。さて、やるか。
息を一回吐き、足を振り上げようとした瞬間。
「兄貴ーっ!」
「わぁっ!?」
「兄貴!?可愛いっすね今の声!」
「忘れろ!」
いきなり茂みから顔を出したのは、俺の親衛隊長である素麺だった。いや俺佐藤みたいにホラゲーとか苦手なわけじゃないんだけど、不意打ちには普通にビビるタイプなんだよ。というか突然大きな声が聞こえたら誰だってびっくりするだろ。そう思っていれば、俺に触れている熱海の体が少し震えていることに気づく。もしかしなくてもこいつ笑ってるだろ。
「…おい」
「あはっそんな目すんなよ。風紀委員が来た以上、俺は大人しくしてまーす」
「とりあえず熱海くんは兄貴に触れた罰としてボコボコのタコ殴りにしまーす」
「風紀」の腕章をつけた素麺は笑顔で俺と熱海を引き離し、そのまま俺をバックハグする。苦しい。
風紀、と言っている通り素麺は俺の親衛隊長でありながら風紀委員も務めている。風紀委員会というのは学園の荒事の鎮静なども役目の一つなので、殴ったり蹴ったりしてもやりすぎなければ特に問題はないのだが、さすがにそれは職権濫用ではないだろうか。
とりあえず俺は熱海から離れられたので、早く学校に行きたい。素麺も察してくれたのか、俺の体を名残惜しそうに離した。
「わり、俺もう行くわ」
「はいっあとは素麺にお任せください!」
「塩見くん」
敬礼のようなポーズをとった素麺の頭を軽く撫でて学校へ向かおうとすれば、熱海は俺を呼び止めた。正直無視して突き進みたいところだが、後でめんどくさいことになっても困るので大人しく聞くことにする。
「…また今度な」
しかし、熱海の口から出た言葉は死ぬほどどうでも良いことだったため、俺の顔は酷くげんなりとしていたことだろう。今度なんてねぇよ。
さて、学校へ急がなければ。
「…ねぇ、素麺って塩見くんの親衛隊長?」
「そうですが何か?」
「塩見くんってめちゃくちゃ可愛くない?」
「は?兄貴はかっこよさも可愛さも兼ね備えているスーパー無敵ボーイなんで今更何言ってるんですか?」
「…俺塩見くんの親衛隊入ろうかな」
「入っても良いっすけどまずは風紀で取り調べっすよ」
「誤魔化されなかったか」
「その代わり取調べ室で兄貴について語りましょうか」
「仕事しろ」
「委員長!?いつからそこに…!」
「強いて言うならあいつが学校へ向かったぐらいからいたな」
「全部聞いてたじゃないっすか!」
「ところで、委員長のいる前で堂々とサボり宣言とは…。これはよく言い聞かせる必要があるな?」
「ギャーーー!!!」
「これでOKかなー」
あの後、下駄箱まで走ってきた俺は全力疾走してたせいでなかなか取り出せなかったスマホから素麺へ連絡した。素麺は塩見の親衛隊長である上に風紀委員だ。エレベーターのときに一瞬素麺にかけようが迷ったが、かけなくて正解だったみたいだ。あの数なら塩見と素麺なら余裕だろう。多分。
「じゃあ教室まで行こうか。なるべく静かに…」
「そうだねー、どこに誰がいるか分かんないから…」
「見つけた!こっちにいるよ!」
「「…」」
さっと二人で下駄箱の影に身を隠し、やり過ごす。向こうの方から「あれ?確かにいたはずだけど…」と困惑するような声が聞こえた。
相手もまだ下駄箱に俺たちが残っているとは思わなかったようで、階段や教室の方へ散り散りになって行った。
「…思ったより単純で助かったね」
「でもこのままだとあまりにも動きにくいよねー。隠密スキルとかあれば良いのに」
「やっぱステルススキルってあれば便利だよね」
「佐藤はどこからどう見たって目立つタイプだしどうしよーか。身長そこまで高いわけでもないのに溢れ出るオーラが…」
「一応御園よりは身長高いからね?」
俺と佐藤がこそこそと話していると、先程散った人たちが戻ってきたようで、ますますタイミングを逃したと後悔に駆られる。
だが、きっとどこにいても追っ手はいるだろう。
だとするならば、なるべく人が少ないところに向かっていくしかない。
「佐藤、どのルートで行くー?」
「御園だって分かりきってるでしょ、わざわざ聞かなくても」
「佐藤なんかピリついてる?」
「こんな状況でイライラしない方が無理あるよ。塩見は心配だし、大体なんでこんな風に隠れながら教室まで行かないといけないの」
「じゃあ佐藤のイライラを鎮めるためにも、早く教室へ向かおうかー」
「それもそうだね…御園ちょっと楽しんでない?」
「気のせいじゃなーい?ほら、早く行こう?中央階段まで」
俺が佐藤の手を引きながら堂々と中央階段へ向かうと、可愛らしい顔をした生徒が驚くような顔をして俺たちを二度見した。多分どこかの親衛隊員だろう。
俺たちが選んだのは、一番下駄箱から近く、かつ一番利用されている中央階段だ。東階段と西階段は廊下の端っこ、非常階段も外にあるが、そこのあたりはマークされているんじゃないかと思っている。
多分相手も、ここまですれば俺たちがコソコソ移動するだろうと予想するはず。そうなれば必然的に、人があまり行かない階段を利用せざるを得ない、と考える。だったらそこに人員を多く割いていると考えるのが自然だ。もちろん中央階段にも人はいるだろうが、他の階段に比べれば人数はいくらかマシだろう。加えて中央階段は俺たちの教室へ行くなら一番近い階段だ。ここまで条件が揃えば、利用する他ない。
まったく、校内にもエレベーターがあれば良いのにと思いつつ、佐藤と一気に階段ダッシュをする。足の速さは普通に佐藤の方が上なので、佐藤に手を引かれながら急いで階段を上がった。
だが、それがいけなかったのか。
「あっ」
「御園!」
階段を踏み外し、落ちてしまうところを佐藤がしっかりと支えてくれた。次はしっかりと注意しないと、と足を階段につければ鈍い痛みが走る。
「…御園、ひょっとして足挫いた?」
「あー…うん、ちょっと痛いかなー。多分大丈夫だとは思うけど、時間置かないと走れそうにないかも。だから佐藤、先…」
「ちょっと失礼するよ」
「は?えっちょっ佐藤ー!」
まだ階段を登りきってもいないというのに、俺の膝裏と肩に手を回し、気づいた時には俺は佐藤にお姫様抱っこされていた。何故?というか佐藤、俺とあんまり身長差無いくせによく俺のこと持ち上げられるな?筋肉量か?
「…これ佐藤が動きにくくなるだけじゃ」
「そう思うなら大人しくしておいてね」
言いながら、あまり俺と塩見に向かって見せない、外面用の爽やかな笑みを俺に向ける。うぉっ、佐藤のこの顔が俺に向けられてるのマジで中等部の出会った頃以来ではないだろうか。そりゃあ佐藤だって普通に笑うことは多いけど、俺たちに見せる笑顔は爽やかな笑顔というより年相応の男子のような笑顔だからな。
まぁこちらは運ばれている身だし、大人しくするのが賢明だろう。少しばかり恥ずかしい気もするが、今いるのは一階と二階の間の踊り場、どうせ教室まですぐだ。とりあえず片手で佐藤の服を掴み、片手で自分のスクールバッグを抱える。幸い佐藤はリュック党だ。お姫様抱っこする分には問題ないだろう。
さて、二階に上がってきたわけだが、誰もいない。
なんてことは当然無く。
「いた!待て!」
「そう言われて待つわけないよね!」
佐藤はひらりと飛びかかってきた親衛隊らしき小柄な生徒をかわし、また階段へと向かう。余裕綽々という態度だ。すげぇ。
本当に俺を抱えてよくそんなに動けるな!?親衛隊員をちらりと見ると、「あの平凡佐藤様に抱えられて羨ましい!」「よく見ればあの平凡意外にイケメンかも…」「いやあれは雰囲気イケメン」などと話している。俺の扱いがだいぶ失礼だな!
しかし、ここで俺と佐藤の扱いの違いによって分かったことがある。現状佐藤は追われている身だが、ランキングもかなり上位の方だし、当然の如く美形だから親衛隊員も制裁をしづらいのだろう。多分親衛対象や隊長から命令されるようなことが無ければ、普通に佐藤を崇めたいんだろうな、この子たちも。難儀なものである。
とにかく、その穴をつけば隙ができるかもしれない。
三階へ向かう佐藤に、先程気づいたことを手短に話し、指示を出すと「そううまく行くかな…」と自信なさげに呟いていたが、「佐藤はイケメンだからいける」と太鼓判を押しておいた。
二階と三階の間にある踊り場を抜け、階段を上がろうとした佐藤の足が止まる。
階段にはこれまたどこかの親衛隊員らしき者が何人かいた。
さすがに階段で待ち伏せは危ないと判断したのか、人数自体は少ないが通り抜けられる確率はかなり下がった。佐藤は不安げに俺を見下ろすが、俺はそれに対しグッと親指を立てる。
(あぁもう、やるしかないってことね!わりと恥ずかしいんだけど!)
(佐藤はイケメンだからいけるってー)
(それいけなかったらどうするの!)
(あれ?佐藤なんか顔赤くない?)
(ッ誰のせいだと…!)
(ほらほら、早く行かないとー)
(…はぁ、わかったよ)
足を普通に踏み出した佐藤に、周りの生徒たちは驚いたように声を上げようとした。
しかし、佐藤はその声を阻むように外面用の爽やかな笑みを顔に貼り付けた。その笑顔を見た生徒は一瞬固まる。
その一瞬の隙をついて、佐藤は口を開いた。
「ごめんっ!悪いけど、ここ通してもらっても良いかな?」
リスナーから「爽やかガチ恋勢向けイケボ」と称される声。その声に加えて爽やかで人畜無害そうな笑顔、極めつけにウィンクを決めた佐藤に、周りの生徒は腰が抜けたように座り込んだ。
親衛隊に入るような者は、基本美形に弱い奴が多いのだろう。中身ももちろんあると思うが、やっぱりファーストコンタクトは顔だからだ。例に漏れず、このどこかの親衛隊員もそうなのだろう。
「…い、いえ、こちらこそ申し訳ありません!」
「うん、大丈夫だよ。通してくれてありがとう」
「…!」
もはやここまで来ると王子だ。口説くように少し甘い声で一人一人の顔を軽く見ながら感謝する佐藤に、周りの生徒も気が抜けたように惚けている。
そのまま優雅に三階まで上がり、佐藤は俺を見下ろした。
「…少しやりすぎたかな?」
「佐藤さっすがー!イケメンだったよー」
「ちょっと恥ずかしかったけどね…!」
佐藤が顔を赤らめながら言い、教室の方向へ向かう。廊下は思ったよりも静かで、2年B組からはお馴染みのクラスメイトたちの姿も見えた。あ、あの目立つ水色の髪は小麦だ。いないと思ったら、どうやら先に学校に来ていたらしい。親衛隊長は指示役のような役割をすることが多いから、教室から指示を飛ばしていたのかな。
他にも体格の良い生徒やら、頭の良い生徒やら。少数精鋭とはまさにこのことだろう。なんというか、こう、ここまでしてもらえるのは申し訳ない気持ちもあるけど嬉しい気持ちもあるというか…。うん、とりあえず後で全力で謝って全力で感謝しよう。
「しっかし、三階には誰もいないって変だよねー」
「うーん、バリバリマークされてるから手を出しにくいとか?でもあそこまでしておいて今更三階には何もないとか考えにくいけどな」
「ところでいつまでお姫様抱っこなのー?」
「俺の気が済むまで?」
「何それ俺のこと好きなーん?」
「好きだよ」
「やだイケメーン」
「…今はまだそれで良いか」
「佐藤?俺『え?ごめん今なんて言った?』『ううん、なんでもないよ』なんてやりとりする気はないからねー?」
やたら神妙な面持ちで小声で言っていたので、聞こえなかったふりしとこうかと思ったけどバッチリ聞こえてるからな、佐藤。
っていやいや、今までそんな素振りなかったじゃん!ガチなの!?ガチじゃないの!?
見定めるために佐藤の顔を覗き込めば、吹き出すのを堪えてるような顔をしている。
つまり、これは佐藤のタチの悪い冗談であることが証明された訳だ。コイツ…!
「御園、いつ教室行く?」
「スルーしたねー、まぁ良いけど。てか佐藤の言う通り何があるか分からないもんね。用心するに越したことはないかー。だからって階段の影からずっと様子を伺ってても意味ないと思うけどー」
「御園。こういう場合、ホラゲーでは絶対何かしらあるよね」
「その辺の影にいるよねー、大体。相手は人間だからそんなことはできないけど、隠れてるっていうのはあながち間違いじゃないと思うなー。でもB組にいる子が気づいてないってことは、他のクラスに潜んでるってことはないねー。そう考えると、やっぱ…」
「B組の前にある放送室」
「だよねー。でも放送室って放送委員用のカードキーが無きゃ入れないんだよねー。しかも今日の放送は担当が俺だからカードキーは俺が持ってるし」
そう言いながら、俺がブレザーの内ポケットに手をやり、ひらひらとカードキーを出す。ちなみにここの学園の鍵は全てハイテクカードキーだ。今俺が出したカードキーは放送委員用のもので、基本一枚しかなく、お昼休みの放送が終わったら明日の担当の人に渡しに行く。放送委員は希望制で全クラスにいるわけではないので、五人という少ない人数の中ローテーションを組んで放送をしているわけだ。
加えて言うが、俺個人に与えられているカードキーもあり、それは寮の部屋の鍵としての機能を果たす他、クレジットカードのようにも使え、使った分の金額は後に実家へと請求される。うっかり毎食食堂とかで食べちゃうとえげつない金額になるので注意だ。まぁ俺と佐藤と塩見には関係ないけど。
「そうか、御園は放送委員か」
「そー。今日水曜日でしょ?水曜日は俺の当番だからカードキー俺が持ってるんだよー」
「めちゃくちゃ放送室に近くて便利だね、2年B組」
「そこは感謝ー」
「ええとつまり、放送室はカードキーが無きゃ入れないから、そこに潜んでる説はなさそうってこと?」
「そういうことー。で、他のクラスにも隠れられるところはなさそう。ってことは?」
「…しちゃうか、正面突破!」
「せやねー」
思い切り良く佐藤が階段の影から顔を出し、B組へ向かって進む。
あと少し。そんなところで、斜め前からガタッという音が聞こえ、俺と佐藤は咄嗟にそちらを見た。
「ここで待ち伏せしてた甲斐があったねぇ」
聞こえた声は、間延びした口調に甘さを乗せた声。先程の佐藤のような声とは違い、どこか妖艶である。ASMRセリフ配信とかやってたら人気が出そうな声だ。いやいや、こんなときまで配信のことを考えるな。
とにかく、俺が知る限り、この声を持っているのはたった一人だけだ。
生徒会会計。
あぁそうだ、すっかり失念していた。まさか本人が来るとは思っていなかったのだ。親衛隊に任せて自らは高みの見物をしているだろうと考えていたから、その可能性があったことを忘れていた。
生徒会役員及び風紀委員は、生徒同士のトラブルを未然に防ぐため、全ての部屋に入れるカードキーが支給される。学園の全ての教室はもちろん、寮の部屋もだ。プライバシーもクソもない。
だから忘れていた。そう、俺は昨日一応部屋に勝手に入られる可能性も考えていたのだ。だが、結局来たのは親衛隊だけだったから、本人が直接来ることは全く予想していなかった。
「来るとしたら昨日来てるだろう」と無意識的にその可能性を排除していた。ついでに言うならば、確か米原は部屋の前にいた親衛隊を「書記の親衛隊」と言っていた。会計の親衛隊は実質的には何もされていない。そこの油断を突かれたか。
「さぁてと、昨日は色々あったからねぇ。どうしようかなぁ?」
ニコニコと笑顔を浮かべながらこちらに近づく会計さんに対し、佐藤は会計さんが足を踏み出すたびに後ろへと退く。結果的に、2年B組への距離は遠ざかっていた。
会計さんの後ろには体格の良い生徒が二人。今まで佐藤がかわしていたのとは違う。いくら佐藤がスポーツ万能だからって、俺を抱えながらあの二人と会計さんをいなすのは無理があるだろう。
「佐藤、ここは俺を捨てた方が良いよー。B組先行きな。佐藤だけだったらあの二人をかわせるだろうしー。それで助け呼んでくれれば…」
そこまで言いかけてB組の扉の方を見れば、可愛らしいタイプの親衛隊員が扉を押さえていた。それも、複数人でがっちりと。
「…あれは俺でも難しいかな」
佐藤が力なく笑い、俺もそれにつられて同じような笑みを浮かべる。
「二人とも仲良いんだねぇ。羨ましい限りだねぇ」
俺たちはここで終わりなのだろうか。塩見ともまだ会えてないし。痛いのは嫌だなと俯くと、見えるのは抱えられている自分の体に、俺が片腕で持つ鞄。
鞄…。
「佐藤!」
俺が鞄のチャックを開けながら佐藤を呼ぶと、佐藤は反射的に鞄の中身を見た。全部を開けなくとも、その特徴的なカラーリングで何が入っているのか察したらしい。佐藤の力ない笑顔は、徐々にいつも見るいたずらっ子のような年相応の笑みへと変わっていった。
「やっぱ御園最高だよ!俺はやっちゃっても良いと思う!」
「佐藤ならそう言うと思ってたー!」
「何言ってるのぉ?ま、何があろうとも切り抜けられるとは思わないけどぉ…とりあえず、二人を押さえちゃってよ!」
会計さんが少し困惑しながら後ろの二人に指示を出すと、その二人は俺たちへと走り出した。
俺と佐藤は顔を見合わせて笑い、鞄から即座にそれを出す。
特徴的なビビッドなカラーリングに、小さめのインクタンクがついたそれは、昨日配信でやったゲームの武器をモチーフにしたシューター型のおもちゃだ。
それを掲げ、まずは二人のうちの片方に照準を合わせる。
そのまま引き金を引くと、勢いよく水が吹き出た。その水が、相手の顔面に見事ヒットする。
つまり、これは水鉄砲だ。
今の勢いで撃ったことにより、水の減りはおよそ四分の一。射程距離、残りのおおよその残弾数、水の軌道。それらを全て瞬時に判断し、もう一人へと銃口を向けた。この間一秒もなかっただろう。当たり前だ、FPSでそんなチンタラしていたらすぐ死ぬからな。相手は何が起こったのか分からない様子で固まっていたが、体勢を立て直す。だが、
「遅い」
そのまま相手を撃った瞬間、佐藤は顔を拭う二人の横を素早く通り抜けた。二人の向こうにいるのは焦った顔をした会計さん。
「なっ、やめ…!」
「「やめるわけねぇだろバーカ!」」
佐藤は走っていて、照準が定まりにくいが致し方ない。多分できるだろうと信じ、俺は引き金を引く。
結果は見なかった。
ただ、扉の前にいた親衛隊員たちが「会計様!」と言いながらどいたのを見て、なんとなく当たったんだろうなと思う。
佐藤は両手が塞がっているので、俺がB組のドアを開けると、ちょうど窓枠に手をかけている塩見と目が合った。
塩見は俺たちの姿を見て、嬉しそうに笑う。多分俺たちも同じような顔をしているだろうし、B組の面々も同じような表情をしていたことは言うまでもない。
俺は佐藤から降ろしてもらい、地面に足をつける。既に足の痛みは無くなっていた。そのまま佐藤を引っ張り、塩見の元へ向かう。塩見は窓枠から教室内へと飛び降りた。
三人で丸くなるように立ち、両手を上げる。分かっていたかのように二人も両手を軽く上げ、俺たち全員は同時にお互いの掌を打った。
「「「よっしゃあ!!」」」
パチンという気持ち良い音を響かせ、俺たちが声を揃えれば、周りも「いやー良かった」「とりあえず乗り切ったな」「次はどうする?」「てか塩見窓から入ってくるとかアグレッシブすぎない?」「打ち上げしようぜ!」と盛り上がり始めた。
俺も塩見も佐藤もだらしなくゆるゆるとした笑顔を浮かべ、クラスの盛り上がりへと混ざる。
そんなとき、ノックの音が扉から鳴った。
「副会長さんに庶務さん…?」
ドアをノックし、軽く一礼してから入ってきた人物は、生徒会の副会長と庶務。てっきり会計がラスボスだと思っていたが、そうでもないのだろうか?まだ何かあるのだろうか?俺たち三人は教室の奥の方へとクラスメイトたちによって追いやられ、遠目で二人を見ていた。昨日はあまりよく見ていなかったが、改めて見ると顔面偏差値がすごい。二人とも抱きたいランキング上位の生徒というだけはある。
「すみません、突然。今日は、佐藤くんと塩見くんと御園くんに謝罪したくてここへ参りました」
深々と頭を下げる副会長さんに倣うように庶務さんも頭を下げると、教室が一気にざわついた。
生徒会といえば学園のトップであり、そんな人物がこんなクラスに訪れて直接謝るなんて誰も思いもしなかったのだから当然だろう。
受け答えをしていた小麦が、こちらに振り返りどうするか尋ねる。塩見は無言でずんずん二人の元へ向かい、俺と佐藤はそれを追いかけた。まぁこの中で一番の被害者は塩見だ。とりあえず塩見のことを今は尊重したい。
「とりあえず、顔を上げた方が良いんじゃないっすか」
塩見が慣れてない敬語でそう言うと、二人は顔を上げる。その顔には驚きが滲み出ていた。
「いやなんでそんな驚いてるんすか」
「その、正直に言うと失礼かもしれないけど…」
「あ、もう分かりました良いっす」
「塩見は言われ慣れてるもんねー」
大方「噂とは少し違うようだね」とでも言おうとしたのだろう。塩見とずっと一緒にいたわけではない俺ですら、耳にタコができてもおかしくないぐらい聞いた言葉だ。塩見自身はもっと言われてるに違いない。
「ま、本当のところはご想像にお任せしますってところっすよ」
「塩見男前だね」
「当たり前だよ佐藤クン!」
「そうだね御園クン!」
「お前らは茶々入れんな。ほら、謝りたいこと?があるんすよね。もうそろそろ人も増えてきますし、早めに言った方が良いんじゃないすか?」
「…分かった。お言葉に甘えさせてもらうね」
ここまでずっと黙っていた庶務さんが、覚悟を決めたように塩見に向き合った。
ちなみに副会長さんの目線の先には佐藤がいて、その佐藤は爽やかな作り笑いを浮かべていた。対する副会長さんも作り笑いを浮かべていて、二人してなにやら見つめ合っている。
「昨日は色々言ってごめんなさい!」
先程の浅めのお辞儀とは違う、九十度直角に腰を曲げ、勢いよく頭下げた庶務さんに塩見は少しのけぞった。
あまりにもストレートな謝罪に、塩見もどう声をかければ良いのか迷っているようだった。
「…あー、その、もう大丈夫。ほら、俺去年もサボってばっかだったし、そう思われても仕方ねーっつーか。そりゃ無いこと言われんのはだりーけど、分かってくれんならもうそれで良い」
そういえば庶務さんと塩見は去年同じクラスだったのか。この状態を見れば関わりが皆無であったことは分かるが。
庶務さんは塩見の言葉にホッと息をついた。
「本当にごめんなさい。色々余裕が無かったみたいで。僕、みんなが期待してるからって…えぇと、なんて言えば良いんだろう。とにかく、目が覚めたというか!あそこまでしてキャラ守ってても何も意味がないってことも、御園くんが教えてくれたからね!その、昨日はありがとう!それから二人もごめんなさい!」
思わずきょとんとした顔になってしまった。
まさか庶務さんに名前を覚えてもらえてたとは思わなくて、庶務さんに顔を向ければ苦笑を返される。
「あー、えっと、俺もちゃんと謝ってくれたし、特に言うことはないかなー。こちらこそ昨日喧嘩売っちゃってすみません、というか…。佐藤は?」
「俺も同じく。喧嘩売っちゃったらお互い様だよね。すみませんでした」
潔く頭を二人して下げれば、副会長さんと庶務さんが慌てたような気配が感じ取れる。
別に不思議なことでもない。俺も佐藤も塩見も、プライドはあるもののそのプライドを捨てることに躊躇いがないだけ。配信なんてしてたらプライドを保つ力なんてどっか行ったというか。認めないでずっとぐちぐち言っても配信がおもんなくなるだけだし。
結果的に和解みたいな形になって、チャイムが鳴ったからと副会長さんたちを帰した。最後までペコペコしていて、少し生徒会役員の人たちへの印象も変わった。塩見に暴言を吐いたからあまり良い印象を抱いていなかったが、悪い人ばかりでもないのかもしれない。そういえば会長さんも昨日は塩見に何もしてなかったな。
さて、その日の昼休みの終わり。放送委員の仕事を終えて教室に帰ろうと思った俺は、扉の前に一人の生徒が佇んでいることに気づいた。
黒いモサモサのアフロヘアに、少し小柄な体格。極め付けに目が見えないほどに分厚いレンズの眼鏡。
小動物のような彼は、食図と名乗った転校生だった。
「食図ー?何してるの?完全に不審者だけど」
昨日塩見に唐突な告白をぶちかました食図に警戒しながら話しかけると、食図の肩がびくりと跳ねたが、俺の方へ勢いよく振り向いた。
「わっ、どうかしたー?誰かに用?」
「いっいえ!その、塩見くんと、あと爽やかそうな人と、それから貴方に用があって…」
「俺に?爽やか、というと佐藤のことかなー。ちょっと待っててね。…いや、廊下だと目立つから教室の方が良いかなー」
「その方が助かります…!」
小動物のような彼の手を引きながら教室へ入り、佐藤と塩見の机まで向かう。
「それで?どうかしたのか?」
「本当は、昨日部屋で言おうと思ってたんですけど…!」
「あぁ、昨日帰らなかったからな…」
塩見が気まずそうに後頭部をかくが、食図はそんな塩見を気にせずにぐっと顔を上げた。
「ファンです!」
「…?」
「親衛隊に入りたいってことー?」
一体この子は急に何を言っているのやら。困惑しながら何とかその意図を掴もうと俺がフォローすると、食図はふるふると小さく首を横に振った。親衛隊では無ければ一体なんだと言うのだろうか。
「その、配信!いつも見てます…」
その発言で、俺たちどころかクラス全員が固まった。
だってそれは、すなわち…
「ヘイボンさんのプレイは見ててめちゃめちゃ気持ち良いですしサワヤカさんのホラゲーは爆笑しましたしオオカミさんのツッコミも全部好きで…!つまり、その、箱推しです!」
どんどん出てくる発言に、俺たちの顔はどんどん赤くなる。
今まで配信を見てくれてる人など学園内の人間しか知らなかったのだ。こうして目の前で外部の人間が見ていたと言ってくれることは初めてで、コメントなどではなく、改めてあの画面の向こうには人がいたのだと実感する。
なんというか。
俺と佐藤と塩見は顔を見合わせ、それから一回頷く。
「「「応援ありがとうございます!」」」
心の底から嬉しいという気持ちで、俺たちは全員で頭を下げた。