これまでも、これからも 恋人の姿が見当たらない。
ガラスの向こうでは、悠々と多種多様な魚たちが泳いでいる。水槽のライトアップのためか館内は全体的に照明が抑えられており、かなり薄暗い。
慌てて辺りを見回すも、休日の水族館は老若男女でごった返しており、それらしき人影は見つけられない。
つい先ほどまで、「あれは何?」「あれは鮪」「じゃああれは?」「鯖だ」「なあ兄ちゃん、今夜は魚料理にしようよ」「……」とあまりにも色気のない会話をしていたというのに。
ほんの少し目を離した瞬間、人波に流されてしまったらしい。
過去、彼と離れ離れになっていたときのことがフラッシュバックし、思わず駆けだしかけるが、寸前で足を止める。今の自分たちには文明の利器がある。スマホを取り出し、微かに震える手で画面を開いて通話ボタンを押す。つながらない。顔から血の気が引くのを感じた。
もう二度と離れないと誓ったのに。
歯噛みして、頭を振る。後悔するのはまだ早い。ともかく行動しなければ。
彼がどこへ行ったって、必ず見つけ出してみせる。
決意を新たにし、もう一度冷静に考える。
これだけ人が多い中で、闇雲に探すべきではない。使える手段はなんでも使うべきだ。はぐれた相手を最も早く見つけ出す方法……!
『迷子のお知らせをします。〇〇よりお越しの……』
珍しく顔を赤くした恋人と無事に再会したのは、迷子センターでのことだった。
「すまなかった」
「だーから、なんの謝罪だよ。俺とお前の間にその言葉は不要だろ」
「きみを不安にさせた」
「俺だってお前から離れちゃったんだ。しかもスマホも電池切れだったし。お互い様だろ」
「きみに恥をかかせた」
「まあ度肝を抜かれたのは確かだな!」
しょげきった彼が売店で買ってきてくれたソフトクリームは、熱くなった頬を冷ましてくれた。
別に、あの時感じたのは恥ずかしさだけではないのに。
人波に流されて、思いがけず彼と離れ離れになってしまったとき去来した不安。ひたすら戻らない親の帰りを待ち続けた、寂しい前世の幼少期を思い出して、胸の奥がすうっと冷えたのを覚えている。
誰も見つけてくれない。誰も迎えにきてくれない。
あの放送を聞いたとき、そんなこれまでの自分からどこか解放されたような、ひどく満たされた気持ちになったのだ。
今の自分には、必ず探し出して迎えにきてくれる人がいる。
「ほら、次はペンギンショー見よう! 行くぞ兄ちゃん!」
「うん」
ようやく彼は安堵してくれたらしい。自分だけの、とびきり美しい微笑みを浮かべた大好きな人の手を取り、心からの笑顔で駆け出す。
繋いだ手のぬくもりは、いつまでも消えることはない。
二人で愛おしい日々を重ねていくのだ。
これまでも、これからも。