孵化本当に、甘ったるい男だ。我儘を通して循環の流れに埋め込み生まれ変わらせた死神連中や友人、家族に前の命の面影を重ね、自分がそこに居ないことに勝手に傷付く。最早別の人間だと知っている癖に。健気で、自分勝手で、愚かで、憐れ。何千、何万と時間をかけていくら削っても底の見えない善性。それがどこまでも憎らしく、愛しい。
もう、終わりが近い。空が灼熱の太陽を写し取り、眩く輝き続ける。光に紛れ、かろうじて見える大地は乾燥し赤茶けた色ばかり。緑は疾うの昔に枯れ果てた。魂魄のバランスさえも傾き、数多の命が循環することなく消失した。それでも、力の強い者たちは生きた。生きて、しまった。しかし、それももう終わる。我らの命の母たる海は既に死に絶え、我らの命の父たる大地も間もなく、膨張した太陽に飲み込まれ消失する。残された命ごと、この星は燃えゆく。ああ、なんて寂しいことだろうか。我らの命をもって繋ぎ止めようとしていた世界は、こうも呆気なく終わってしまう。宇宙へと旅立った者たちは、きっと幸運だった。三界の理から解放され、新たなシステムと迎合し、まだ見ぬ世界へと往く事ができたのだから。
「なあ、ユーハバッハ。お前はこんな世界でもまだ、来世を望むことができると思うか?」
眩む光に包まれ、かろうじて見える遙か下に広がる生命が感じられない大地を眺めながら息子で、半身とも呼べる男にそう問いかける。
「さあな。三界という循環システムが朽ちた以上、どうなるかの予測などつかん」
ふん、と鼻を鳴らし応える息子はいつだって本当しか口にしない。そんな息子が、自分はいつだって大好きだった。
「それもそうだ。でも、もしあったとしたら」
とうに枯れたと思っていたはずの涙が頬を伝う。声がみっともなく震える。
「次も、お前と出会って、次こそは、本当にお前のことを愛してやりたい」
好き、だった。どこまでも。しかし、この愛は突き詰めれば自己愛の延長にあるようなもので、どうやったってそこから抜け出せない未完成な愛だった。完成された愛を与えてやりたかった。そう思った時にはもう、遅すぎた。
「傲慢だな」
言葉に似合わない穏やかな笑みを顔に乗せる息子にどこか寂しく思う。きっと、これで最期になるだろうから。
「そうだ。俺は傲慢なんだ。今まで気づいてなかったのか?」
「真逆。しかし、そうだな。私も、同じ想いかもしれん」
「おそろいだ」
くすくすと笑い合う。俺の頬に節くれだった、しかし美しい大きな手が添えられる。俺たちの距離が、なくなる。ずっとずっと、避けていたけれど。最期くらいは。最初で最後のキスは、幼い頃に夢見たそれよりもずっとあわく、やさしく、寂しいものだった。離れていくのがさみしくて仕方がなかった。
「また、」
最期に残された言葉は二人だけのものだった。二人の体が綻ぶ。霊子のすべては世界に漂う。間もなく地球は太陽に灼き尽くされ、星に残る全てのモノが消滅した。嘗ては命の溢れる美しい青と緑で満ちていた星の永い歴史は、そこで瞼を閉じた。