プレゼント「ちゃんといい子で待ってろよ。日付が変わる前には行くから」
確かにそう言ってたはずだが……まあ、ここじゃあ日付だの時間だのほどあいまいなものはないんだから、おそらくはもう深夜を過ぎたはずなのにあいつが来ないからって、そう気にするほどのことじゃない。サンズは落ち着きなくソファから立ち上がりかけた己を、そう嗤った。ストン、とまた古びて薄くなったクッションに腰を落とす。それもこれで何度目か。
そんなに気になるなら電話を一本すればいいことだ。ふたりとも携帯電話ぐらいは持っているし番号も知っている。だがお互い、一度も使ったことはない。やつは予告なしにやってくるし、こちらもそれに合わせて待っていたりはしないからだ。それでも困ったことはなかった。示し合わせたように会うことができた……なのに、めずらしくも今回だけは、前もって連絡があったのだ。
「ちょいと……渡してえもんもあるしな」確かそうも言っていた。だからこうして、酒とグラス、それに灰皿まで用意して、ぼんやりと待ちぼうけしている自分がいる。おかしなこともあるものだ。この俺が……誰かの来訪を心待ちに?なあ、おかしいよな、パピルス?
だがいつもなら“兄ちゃん!!何やってるの!!こんなところでぼうっとしてる暇があるなら、早くEXPを探しに行かないと!クリスマスイブだからって怠けようたってだめだよっ!”と叱ってくるであろうパピルスがなぜかいない。それもサンズのソウルををひどくざわつかせた。
クリスマス、か。俺にはもうプレゼントを渡す相手などいないし、もちろん誰からももらわないから意味のない日だ。いや、ニンゲンにはくれてやるか。その全身に骨攻撃のプレゼントをな。heh、hehとサンズは笑ったが、その笑い声もひとりきりの部屋にうつろに響くだけだった。
そうだ、クリスマスイブだからだ。サンズは改めて思い起こした。だからあいつは来ないのかもしれない。なぜなら、あいつにはちゃんと家族も仲間もいるんだから。何も好き好んで、薄汚い弟殺しのスケルトンのところで大切な一夜を過ごすこともないだろう。
キリ、とソウルが痛んだ気がした。だがそれは痛みの中に甘さも秘めていたかもしれない。前に彼が訪れた時の……熱いキスを思い出したからだ。ただの同じサンズ、審判者としてのあいつ、よるべない時間をともに過ごす大切な友、そう思っていたはずの相手と、そんな風になるとは思いもよらなかった。なのに、強引に頬を掴む手はどうしてか優し過ぎて振り払えず、煙草くさいキスを拒むことができなくて……気づけばその固い骨の背中を必死にかきいだいて。サンズは今も揺れるソウルに自分の手を押し当てたが、それは鎮まるどころか、さらなる愛撫を求めるように熱を持って疼いている。欲しいのは自分の指ではないのだ。
たまらなかった。いつも感情を隠しがちな瞳にちろちろと情欲を滾らせ、舌の根元まで吸い上げては歯の裏をくすぐるそれが、熱くて、苦くて、息もできないほどに貪り合って。今、思い出しても、羞恥にどこかへ逃げたくなるほどだ。逃げるところなどありはしないのに。だからあいつが……来ないのは、それでかもしれない。向こうもいっときの気の迷いだったのに、俺があんな反応をしたから困ったんだろう。きっとそうだ。
だがこれも、自分を納得させるための無理な理屈だとわかっていた。彼は……フェルはそんな無責任な男ではない……口を開けばジョークか皮肉、からかいの言葉で本心を隠して、器用なようで実は不器用な男。だがその場しのぎの約束をしたり、それを簡単に反故にするやつでは決してない。まして一時の欲情だけで、己のソウルを滾らせたりするやつでもない。そのもろもろの確信がどうしてもサンズを不安にさせた。
物思いに沈んでいるサンズの携帯電話が鳴った。あいつの他にかけてくるものなどいないはずだ。だがそう思って見たその番号には見覚えがあった。遠い昔に見たことがある。「もしもし、おいらリカちゃん?」当時の自分のセリフを思い出し、震える手で通話ボタンを押した。予想通り、そこから流れてきた声は。
「Hello!」
やっぱり………クソニンゲンっっ……!
息もできず、握りつぶさんばかりに電話をつかんだまま立ち尽くすサンズに、さらに歌うような声が追い打ちをかけた。
「Merry Christmas,Sansきみにあげたいものがあるんだっ、ドアの前を見てね」不釣り合いに明るく楽し気な笑い声を残して、ぷつっと通話は切れた。
今やすべてのピースがつながった。あとは答え合わせをするだけだ。だが、どうしても動くことができない。何度自らの手でこの悲劇、いや喜劇に幕を下ろせばいいんだ。一体、何度こんなことを?
だがヒュ、と小さく息を吸い込み、サンズはなんとか一歩を踏みだした。その足取りは夢遊病患者のようだったが、時間をかけなんとか戸口までたどり着いた。ぽとり、と持っていた携帯電話を取り落としたことにも、サンズは気づかなかった。そのまま、手をのばしドアを開ける。
だが家のドアの前にあったのは、サンズが予想していたものではなかった。塵などなかったし、むろん黒いジャケットも、金のチェーンもありはしなかった。サンズはあまりの安堵に膝から地面に崩れ落ち、大きく息をついた。考えすぎか。クソニンゲンの無意味な嫌がらせだったのか?だがあげたいもの、とは……そしてやっと目の前にあるものに気がついた。そこにはきれいな純白の小箱が置かれていた。
宝飾店で見るような可愛らしいその箱は、しっとりとしたビロードに覆われ、真珠貝が開くように中を開け閉めする形をしていた。手に取り、蓋をあけたサンズはぱふり、とやわらかな感触と共に、その中身がなんであるかを知った。
小さな箱の中、銀色の美しい布にくるまれて鈍く光る______
______金の指輪。ひとつ、ふたつ、みっつ……
そして箱の内側にはメモが貼られていた。
「プレゼント」
今度こそ、サンズは絶叫した。ソウルが粉々にならないのが不思議なほどの衝撃に、すさまじい悲鳴を上げ続け……だが、実際にそこにあったのは静寂だった。サンズの絶叫は声にならず、そのソウルは小さくかじかんで、わずかに動くことすらままならなかった。痙攣するようにわななくサンズの手からその小箱は転げ落ちた。中にあった指輪はあちこちへ走るように散らばり、きらきらと小さな光を残しながら雪面に沈んで次々と消えていった。眼の端に映った金色はサンズの眼窩に一瞬だけ小さな光を灯したが、それすら彼にはもう見えていなかった。うつろな瞳で、何かを、どこかを見つめたまま……
そしていきなり、サンズは何かを思い出したように、くつくつと笑いだした。
なるほど、プレゼントか。クリスマスイブだもんな。なるほど、なるほど?なら、俺もお前にプレゼントをやらないといけないよな、クソニンゲン?
“待ってろ、必ず行くから”
______ああ、待ってろよ、クソニンゲン。俺が必ずお前を……
“渡してえもんがあるから……”
______お前に苦痛と恐怖に満ちたプレゼントをくれてやるから
“サンズ、俺はお前を………………”
けれどもうサンズには何も聞こえない。誰の声も。その頭蓋の中にはごうごうとただ黒い風の音だけが響いていた。
サンズにはもう何も見えていない。誰の顔も。いつも優しく頬を撫でるその大きな手にはまっていた、金の指輪も。
サンズは歩き出した。夜の闇の中へと、笑いながらひとり、いや愛する弟と一緒にふらふらとした足取りで進んで行く。心配ない。自分のすべきことを、思い出したのだから。
______CONTINUE?