いつか最果てのあなたへ「と、言う事がありました。」
「そうかい。そりゃ良かったな。」
カルデアの雰囲気には似つかわしく無い、と言うより全く合っていない日本式の部屋。
そこでAAAと村正が二人、話していた。
ここはカルデアで召喚された千子村正に与えられた部屋だ。本来は他のサーヴァントに与えられた部屋と同じだが、村正の保有する陣地作成スキルを(勝手に)活用して、彼好みに作り替えている。
「ほれ。」
「ありがとうございます。」
村正の淹れてくれた湯気の立つお茶を飲む。
お茶が入っている湯呑みも村正特製のもので、AAA専用だ。元々アルトリア・キャスターの物しか無かったのだがそれを知ったAAAの無言の圧力(満面の笑み)に答えて、村正が作りあげた一品だ。
「………で?」
「はい?」
居心地が良い、二人がお茶を啜るだけの音が響く暖かな時間。その空間を村正の声が破る。
「いや、あの嬢ちゃんがうまく渡せたってのは聞いた。お前さんはどうすんだって話だ。」
「……話聞いてました村正さん?」
もしや英霊の身であるにも関わらず、老化によるボケが始まってしまったのか。
「おいこら何失礼な事考えてやがる。儂はボケちゃいねぇし、耳も遠くなってねぇ。」
ため息を一つ。一体それは何に対してのものなのか、AAAには判断がつかなかったが、何となく呆れられてるような気がして少しムッとする。
「先ほども申し上げましたが、私はこれで満足です。彼女の得られ無かった物が仮初でも手に入るならこれで」
「あぁ、お前さんはそう言ってたな。それなら聞くが、なんでチョコを作ろうと考えた。」
「————————————。」
痛い所を突かれた。
きっと私はそんな表情をしていただろう。
当然、この人はそれを見逃す訳が無く。
「ほら見ろ。本当は渡したかったが出来なかったから諦めた。そしてそれっぽい理由で蓋をしたとか、そんな所じゃねぇのか。」
「……違います。」
そんな訳無い。
決して、そんな訳が無い。
何を作っても聖剣になってしまう事に歯痒さを感じてしまったとか。
これではマスターを傷つけてしまうと、諦めざるを得なかったとか。
チョコを渡すキャスターを、羨ましく思ったなんて事は無い。
「確かに私は聖剣しか作れません。ならば適材適所。チョコを作れるキャスターに任せるべきだと判断しただけです。」
そう言い放って席を立つ。
とにかくもう、ここから離れたかった。
いつもは居心地の良い場所なのに、今は酷く居心地が悪かった。
むしゃくしゃして、聖剣の一つや二つぶっ放したくなったが鉄の理性で抑え込む。村正さんにおかれましては、今の私が理性的である事に心から感謝して
「前々から思ってたが、お前さんってほんとに脳みそが筋肉で出来てんのか?」
おっと、聖剣が滑った。
「うぉい!?なにしやがんだ!!」
「滑りました。」
上手く避けやがった事に内心舌打ちしながら言い放つAAA。
「良いから話を聞けや。そうやってすぐに手が出る所が、魔猪だって…。」
「………。」
「その物騒なもんを下ろせ。そして座れ。」
頭に手をやりながら、疲れたように村正はAAAに言う。お替りのお茶を湯呑に淹れて差し出しながら。
不承不承ながらAAAはお茶を受け取り、座り直す。
「……儂はマスターから日頃のお礼だって言ってチョコを貰った。」
「なんですか自慢ですかもしそうなら処しますよ。」
苛だっているのか、触れるもの全てを傷つけるバーサーカー状態になっているAAA。
付き合うだけ無駄だと村正は判断し、話を続ける。
「貰うだけなのは好かんからな。他にも礼をしたんだが……聞く限り他の奴らも同じように礼をしたらしい。菓子や食い物を贈ったやつもいりゃあ、宝石や花、動物なんかも。中には一句たしなめた奴や綺麗な景色を見せた奴もいた。」
「…何が言いたいんですか。」
全く関係の無い話を始めた村正に苛立ちが募る。
やはり処すか、処してしまうか。
そんな物騒な思考が顔を出し始めた頃。
「つまりな。チョコにこだわる必要はねぇって事だ。他のモンで気持ちを伝えりゃ良い。」
「————————————。」
単純な事だと言わんばかりに、村正はそう言った。
「で、ですが…他に何を贈れば良いのか、私には。」
「お前さんが時々食べてる甘味はどうだ?既製品だって立派な贈りモンだぞ。」
時々食べているパフェの事だろうか。
確かにあれならすぐに渡せるが。
「出来れば…手作りのが…私が自分で作った物が…。」
「うーーんそうかい。そうだなぁ…。」
AAAの我儘に、嫌な顔一つせずに付き合ってくれる村正。
とは言え、流石は職人。
悩むような顔を浮かべたのは一瞬の事で、すぐに代案を思いついたのか、明るい顔を浮かべる。
「お!そうだ!——————————————ってのはどうだ?」
「た、たしかに、それなら私の手製と言えない事も無いですが…喜んでくれますか…?」
光明は確かに見えたが、僅かに不安な気持ちになる。
そんなAAAの不安を吹き飛ばすかのように、村正は笑う。
「阿呆。あのマスターだぞ。喜ぶに決まってる。」
マスターを、藤丸立香の人としての器を信じろと、そう言った。
「………はぁ、ほんとに手が焼ける。」
今度こそ去っていったAAAを見やり、ため息を吐く村正。
「あの嬢ちゃんから秘密裏に頼み事があった時は何事かと思ったが……。」
確かにあれは頑固者だ。
どうにか依頼は達成出来たが、結果はどうなる事やら。
「『あの私にもバレンタインの記憶を作って上げたい』……か。」
とにかく爺の出番は終わり。
後は若いモンの役目だ。
「まぁあいつなら大丈夫だろうがね。」
そう言った村正の顔には、自分のマスターへの全幅の信頼と素直になれない頑固者へのエールが浮かんでいた。
「……うん?ここは…。」
「お目覚めですか?マスター。」
ここまでのマスターとしての直感が、この場所は夢の中だと告げていた。
何より、見覚えのあるこの場所。ここはハワトリアの正常化委員会の本部だ。
そしてこの声は。
「アルトリア、どうしたの?昨日に引き続きまた何かあったの?」
昨日はバレンタイン。
そんな日に、夢の中でAAAから色々聞かされたのは記憶に新しい。
そう思った所で、立香はAAAの様子が普段とは異なっているのに気づく。
挙動不審というか、少し緊張している様に見える。
「…その、マスター。」
「うん。」
静かに、じっと待つ。
彼女の心の準備が出来るまで。
そんな立香の様子を見て覚悟が出来たのか、AAAは息を吸ってから、口を開いた。
「一日遅れですが、私からのバレンタインを、受け取って頂きたいのです。」
「ほんと!?嬉しい!ありがとう!」
心から破顔する。
チョコ作りが出来ないからと言って、あきらめてしまった彼女が、改めてバレンタインの贈り物をしてくれるのが純粋に嬉しい。
「と、とは言って物では無いんです。私が作ると全て聖剣になってしまうので…。」
慌てて言うAAA。そしてどこからか、ピアノを出現させる。
はにかみながら、どこか照れくさそうに、AAAは立香に贈るバレンタインの贈り物を告げる。
「貴方に、一曲贈りたいのです。…その、手慰みですが、聞いていただけるでしょうか…。」
消え入りそうな声で告げる。
その様子は、普段のAAAとはかけ離れていて。
天衣無縫で、自信満々で、ちょっと強引な彼女とは少し違ったものだと、立香は感じた。
だからこそ笑う。
心からの笑顔で、嘘偽りの無い、心からの喜びを彼女へ告げる。
「そんな事無いよ!時々聞こえる君のピアノ、とっても綺麗だったからすっごく嬉しい!ぜひ聞かせて欲しいな!」
そんな立香にホッとした表情を浮かべるAAA。
しかしすぐに顔を引き締めてピアノに向き合う。
楽しみにしているからこそ、その期待に応えなくてはと、気を引き締める。
なにより、この曲に相応しい自分である様に心掛けなくてはならない。
何故なら、この曲は———————————。
「それで?何を聞かせてくれるの?」
「えぇ。私のオリジナルの曲です。」
期待の眼差しでこちらを見て来るマスターに答える。
そう、これは私が作った曲。
イメージしたのは。
「『彼女』を、イメージして作りました。」
「……そっか。」
良かった。これだけで伝わった。
それは貴方の心の中に、まだ『彼女』が居てくれた事の何よりの証左だ。
それが嬉して、誇らしくて、緊張はどこかに行ってしまった。
「~~~~~~♪」
初めはゆっくりと。労わるように。
物悲しげに、されど美しく。
すり減ったあなたの心を表すように。
諦めてしまったあなたの心に響くように。
しゃがんでしまったあなたを癒すように。
祈るように、捧げるように、旋律を奏でる。
だけど、ほら、顔を上げて。
テンポを早める。
曲調を少しだけ変える。
星を眺めるように。
思い出を振り返るように。
希望を示すように。
走り出す準備を表すように。
震える心を。躍動する体を。燃える魂を。
あなたの感じた感動を、少しでも表すように。
あなたの見つけた答えに、相応しいように。
そして、あなたは走り出す。
一番のテンポで奏でる。
あなたに着いて行けるように。
あなたに寄り添えるように。
あなたに届くように。
観客はただ一人。もしかしたら二人。
でも、それで良い。それが良い。
だってあなたが裏切りたく無かった物は一つだけ。
数多の言葉に応えたかった訳じゃ無い。
数多の人々を助けたかった訳じゃ無い。
数多の願いを叶えたかった訳じゃ無い。
あなたが裏切りたくなかったのは、あの星の輝きだけ。
どんな嵐の中でも、どんな絶望の中でも、どんな暗闇の中でも輝く、あの星だけ。
その尊さを。
私の感じた感動を。
決して穢せない美しさを。
数万分の一でも良いから伝えられるように、心を込めた旋律を。
いつか、あなたに。
目の前の貴方達に。
届くように。
演奏が終った後、鳴り響いたのは立った一つの—————されど万雷の物よりもずっと価値のある—————拍手が鳴り響いた。
「とっっっっても素敵だったよ!!最高!!すごく良かった。」
「…ありがとうございます。」
照れくさくて、恥ずかしくて、嬉しくて、思わず顔を俯かす。
頬が白熱していて、とても上げられない。
「……届くかな。」
「……分かりません。」
誰に、とは言わない。
何処へ、とも言う必要が無い。
貴方には、伝わっているから。
「いつか、俺も辿りつけるかな。」
「それは本当に分からないですね。」
思わず苦笑する。
だって、今も貴方は走り続けている、『彼女』と同じく貴方も走り続けている。
何処に辿り着くかも分からずに、辿り着く場所を探すために。
「それでも、やっぱりいつかは辿り着きたい。そして伝えたいな。」
満面の笑みで貴方は言う。
希望に満ちた表情で貴方は語る。
「君が守ってくれた未来で、こんなに素敵な曲が聞けたよって。」
あぁ、それは。
確かにそれは——————————。
「辿り着きたいですね。」
私も伝えたいから。
あの夏の思い出を。
ここでの日々を。
何よりも、誰よりも輝いて見えた、貴方の事を。
「うん、そうだね。辿り着きたいな。」
そして立香はニヤリと少しいたずらな表情を浮かべる。
「三人でね?」
「ふふ。そうですね。」
聞いていますか?
今もそこで居ない振りをしている何処かの妖精さん?
最果ての幼いあなたへ。
見えていますか。
聞こえていますか。
あなたが望んだページ。
あなたの切り捨てた夢。
あなたが望んだホンモノ。
走り切ったあなたに、本来与えられて然るべき報酬が。
あなたは笑うでしょう。
「自分に貰う資格なんて無いと。」
あなたは隠すでしょう。
「貰えるのが羨ましいと。」
だから、いつか必ず届けに行きます。
あなたが夢見た時間を。
あなたが本当に過ごしたかった日々を。
私もまた、あなたを見上げて走っています。
いつか、あなたの元に辿り着くまで。
後少し。
後少しだけ、待っていてください。
あなたが見上げ、私も見上げてる、あの輝ける星の下で。
「…………。」
「…………。」
むくりと起き上がる。
傍には誰かの気配。
「………俺は行かないからな。」
「何も言ってないけど?」
舌打ちの音。
まぁ気にしてたら話が進まないので無視する。
「辿り着けると思ってんの?」
「やってみなくちゃ分からないでしょ?」
出来るかどうかなんて考えるまでも無い。
答えなんて、分からなくて良い。
それを探すために、俺は走っているんだから。
「気持ち悪。本当に諦めが悪いんだなきみ。」
「それ今更言う?」
はぁ、と嘆息する気配。
衣擦れと物音の後、立ち上がる気配。
「まぁ勝手にすれば?俺は付き合わないけど。」
「良いよ。そんならそれである事無い事アルトリアに吹き込むから。」
「ふっざけんなお前!!」
「と、言う事で、喜んで貰えました!」
「そうかい。そりゃ良かったな。」
またも場所は村正の部屋。
喜色満面で村正に報告するAAAの姿がそこにあった。
「本当にありがとうございました。村正さん。」
「何、気にすんな。爺のお節介だ。」
鷹揚に答え、お茶を啜る村正。
そう言うのは分かってたけど、それで終わりは流石にあれなので。
「こちら、つまらないものですが…。」
「あぁん?別に礼なんて……おい待て、まさかこれ。」
村正に渡す。
今回のお礼と、それから少し遅れたバレンタインを。チョコじゃないけど。
「最近貴方が熱を上げている二ホンの聖剣。天叢雲剣を模した聖剣です。お気に召せば良いのですが。」
「…………まぁ、くれるってものを貰わんのも無礼だよな。」
差し出した聖剣を凝視する村正に思わず苦笑する。
彼の珍しい顔が見れたのが何となく得した気分になる。