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    chandora_0204

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    chandora_0204

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    林檎さんちのぐだモル子供達の三次創作です
    ツイに上げてた分もまとめてますが
    1万近くは新規で書いてます
    捏造がだいぶ酷い

    カーテンコールは鳴り止まない「———じゃあ、いってらっしゃい。どのような結末を迎えようとも、帰って来るんだよ。」
    「……はい、行ってきます。」
    「うん。三人で、帰って来る。」
    決意の表情を浮かべた二人の息子に、立香は精一杯の笑みを送る。
    こうして送る側に回るのは、初めてかもな、などという感慨に浸りながら。


    『それでは、行こう。場所は、1930年の日本。第二次世界大戦の直前。』
    花の魔術師のその宣言と共に、モルガンが魔術を行使する。
    あの時再現したものとは、比べ物にならない精度。
    さらには、隣にいるマーリンの手によって、完璧な物が顕現する。
    是こそは、かつて人理を救いし、星見台の切り札。
    盤上をひっくり返す、秘中の儀。

    名を、レイシフト。

    『彼女が参戦した事によって、正史のそれとはかけ離れた物になっているだろうが、それでも危険度は変わらない。』
    それは極東に伝わる大儀式。完全なる不老不死を叶える魔法に近づくための御業。
    三度目の戦争が、繰り広げられた時代。
    『どうか、良い旅を。その行く末に、晴れ渡った青空がある事を祈っているよ。』

    術式が加速する。魔力が膨れ上がる。それに伴って、輝きを増していく陣を前に立香は思わず目を細め——————————————。

    『おいおいおいおい嘘だろおい!?』
    「ま、マーリン?何が————————。」

    臨界へと至る術式。飛び立とうとする刹那。

    まるでそのタイミングを待っていたかのように、二人の兄に飛びつく。



    「か……れん…?」

    娘の姿が、一瞬だけ見えた。



    「……。」
    空洞。
    花の匂いと濃密な魔力が満ちる空間。
    その中央に巨大なクレーターが存在していた。

    「………。」
    その前に佇む少年———暁渚は、自分の右腕を見下す。
    彼の右腕には花が咲いていた。
    美しく、華やかで、毒々しいまでに鮮やかな花が。

    「…少しずつ、始まっているな。」

    ぼそりと呟く。
    それは彼に流れている血の影響か、はたまた彼に祝福を授けたものの影響か。
    執着的に、妄念的に、偏執的なまでに、密接に念入りに彼の腕を変えていた。

    「ん~~~少年、マジで受け入れる気?おすすめはしないぜ。」

    ふと、暗がりから声が聞こえて来る。
    そちらへ暁渚が顔を向けると、一人の男がそこに居た。
    文字通り、壁に縫い付けられて・・・・・・・・・という言葉が付くが。
    彼を戒めるのは光輝く剣。何本もの剣が、彼の身体を貫き、岩壁に固定していた。
    とはいえ痛みは無いのか、はたまた慣れたのか。気にしてる様子も無く、戒めらた男は暁渚に話しかけていた。

    「……言われるまでも無い。どうなろうと、受け入れるって俺は。」
    「そのままじゃ、お前本物の怪物・・・・・になるぞ。」
    「……。」

    その声には、確信に満ちていた。
    この花の歪な成長を受け入れたら最期、お前は人間でなくなると。

    「力があるとかそういう事じゃ無い。まぁ結構な力は手に入るとは思うが、そこらの英霊と比肩するかどうかって所だろ。だが、精神は確実に変質する。お前がお前じゃなくなる。どんな力を持っていようと、醜い姿になっていようと。誰かを助けたいって感情があるんなら、それはぎりぎり人間だが。」

    ソレすら無くなると、暗に彼は言っていた。
    他者を助けたい気持ち。誰かを守りたい気持ち。
    暁渚を今、突き動かしている気持ちすら、いずれ消えて無くなると。

    「人間の精神は不老じゃあない。まぁそこまで生き汚くなるのは結構な事だが、その結果、荷物を放り捨てちまうってのは本末転倒じゃあだだだだだだだだだだ!?」
    そこから先は言葉には成らず、絶叫を上げる事しか出来なくなる。
    彼を戒める剣が、輝きを増していくと共に、肉が焼ける匂いと音が響き渡る。

    「何やってるんだい君?人の恋人を唆すなんて、良い度胸じゃあないか。」

    するりと、暁渚の肩にしなだれる様に一人の女が現れる。
    口調は甘く、まるで唄う様に。されどその目は溶岩の様に、向けた先を射殺さんばかりの熱を放っていた。

    「わ、悪かった!!そんなつもりは無かった!ただちょっと人生の先達としてのアドバイスをしてただけでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
    「本当かい?暁渚?」
    「……もちろんさ。俺には君しか居ないから。」
    愛しげに、慈しむかの様に、暁渚は自身の肩に掛けられた手を握り、愛の言葉を囁く。
    それだけで満足したのか、女———レディ・アヴァロンは満面の笑みを浮かべる。そして、指を鳴らして、剣の輝きを元に戻し、戒めらた男の拷問を中断する。
    「……それで、どうしたの。随分早い帰還だけど。」
    「あぁうん。そうだね、予定通り・・・・やって来たよ。」
    「……そう。」
    その言葉を聞いた暁渚は、何かを堪えるかの様に、拳を握りしめる。
    「まぁだが、予定通りさ。計画通り、彼らが来るまでにサーヴァントはあらかた仕留め終わった。アサシン、ライダー、キャスター、セイバー。残りはランサーとアーチャーだけ。」
    「……うん、そうだね。」
    未だに見つからないアーチャー。
    多数の神秘と圧倒的な武芸を誇るランサー。
    どれも、苦戦は避けられないだろう。
    「そして、彼らが召喚する二騎のサーヴァント。それらの打倒で、つり合いは取れる。漸くだ、漸く『永遠』に手が届くよ暁渚。」
    「—————あぁ。分かってる。」
    もうすでに目的を達したかのように、有頂天になるレディ・アヴァロンをよそに、暁渚は再び拳を握り、クレーターの方向を睨む。
    先程の様に、どこか悲壮感の漂う決意では無く、確固たる決意の元に。

    ……もう、戻れない。
    戻る気も無い。
    あまりにも多くを踏みつけた。多くを斬り捨てた。
    だから、最後まで彼女と共に進む。

    最初の勝利を収めた時点で、彼はその決意を固めていた。


    「あーーでも一つだけ。ちょっとした予想外が起きてしまってね。」
    「何?」

    だが、悲しいかな。

    「来るのは二人だと思ってたけど、三人来ちゃった。」
    「——————————まって、まさか。」

    彼は歪ながらに、未だ人間。

    「うん。夏恋ちゃんがここにやって来た。ついでに言うと、玄斗や汐俐と逸れて今一人だ。」
    「——————————————。」

    故に精神構造は、『永遠』とは程遠いものである。



    「マーリン!モルガン!今すぐ俺をあの時代に送って!!夏恋を連れ戻す!!」
    魔術の手解きや体術を普段から学んでいる上に、ダメ押しにあのトランクを持たせて、ようやく息子二人を安心して送り出せた立香に取って、魔術の手解きも受けていない上に、まだ十歳になったばかりの娘があんな危険な場所に行く事など、到底容認できる物では無かった。
    血相を変えて、映像越しにモルガンとマーリンに詰め寄る。
    もう四の五の言ってられない。それは分かってる、あの二人も分かっている筈なのに。
    『………っ!』
    『それは無理だ藤丸君。今の私達が先ほどレイシフトを行えたのは、そこがモルガンの家…つまりは彼女が20年近くに渡って造り上げた工房に、対象者が居たからこそ行えた業だ。しかも家にあった特殊な礼装を使用してね。…その礼装のストックはもう無い。』
    「そんな……。」
    マーリンの冷静な説明に、心に絶望が広がって行く。ふらふらと、体がふらつき背後のソファーに座り込む。

    「おれの……おれのせいだ。おれが、気づけていれば。」
    『いや、気づくべきだったのは私だ。…彼女の事は見えていたのに。冷静じゃなかったとは言え、こんな失態を犯すとは。』
    よほど堪えているのか、彼にしては珍しく、マーリンは忌々しげな表情を浮かべている。
    「……もう良いですマーリン。私が行きます。」
    短く、冷酷に、されど決意に満ちた様にモルガンは体中の魔力を杖に集め始め—————。
    「ストップだモルガン。先程も話しただろう。今、私達を封じている物を無理やり破ろうとしたら、回路が死ぬと。」
    「………。」
    「先ほどのレイシフトでさえも、君の身体に相当な負担を強いた。この封印を破って使い物にならなくなるか、その一歩ぎりぎり手前で抑えられる様に、礼装を使用したレイシフトで二人を送り込むか、どちらが賢明かは既に結論が出ただろう?」
    「———だけど!!」
    諭すようなマーリンの声を破るかの様に、普段の冷静さをかなぐり捨てたモルガンは、堪え切れないかのように言い放つ。
    「夏恋は……いま、間違いなく一人で……。」
    『——————————っ。』
    泣きそうに、零れそうになりながら、モルガンは弱々しい声を上げる。
    そこに居たのは、妖精國の女王でも無く、悪辣な魔女でも、救世主でも無く。
    娘の安全を憂う、一人の母親だった。

    「レイシフト自体は、失敗してない。だけど、無理やり彼女が加わったせいで、到着する座標にズレが生じてしまった……。間違いなく、玄斗や汐俐と離れているし、あの夢魔と離れる様に設定したから、暁渚とも遠い筈…!……あの子は、今一人で遠い時代を歩いているなんて、そんなの……そんなの……!!」
    『モルガン……。』
    耐え切れず、そこから先を言葉に出来なかったモルガンを、通信越しに眺める事しか出来ない自分の無力さを恨むかの様に、握りしめた拳から血を流しながら立香は彼女の名を呼ぶ。

    『……一旦落ち着こう。私が言うのも何だが、あの二人は中々の逸材だ。きっとすぐに夏恋ちゃんを見つけてくれるだろう。』
    「マーリン……。」
    彼らしくも無く、まるでこちらを慰めるかの様に、マーリンは不確定の希望を語る。
    そんな彼と目が合うと、勇気づけるかの様に、マーリンはウインクをしてくる。
    『それに暁渚君の夏恋ちゃんへの溺愛っぷりも、あの『私』の気に入りっぷりも知ってるだろう?必ず保護に動いてくれるさ。ついでに、あの二人に説教してこの事態を解決してくれる事を祈ろう。』
    「…うん、そうだね。」
    祈る事、信じる事。ただ、待っている事。
    それがこんなにもつらい事を、立香は初めて知った。

    『ただまぁ状況は掴みたいね。ちょっと集中して見てみる。』
    「……マーリンの千里眼って、過去は見れないんじゃないの?」
    『いや何、ちょっとした裏技でね。人理が燃え尽きた後、レイシフトした君達を観測したのと同じ方法を使えばいける。』
    「………えぇ?」
    多分だけどそれ、裏技で片付けて良い物じゃ無くない?
    と、素人ながらに思う立香であったが、忌々しそうなモルガンの目からして間違っていないようだ。
    『言ったでしょう立香。この男は潰しても潰しても出て来る害虫の様な存在です。』
    「あははは……。」
    落ち着いてくれたのか、普段の調子を取り戻したモルガンに苦笑しながら、何やら目を閉じて集中してるマーリンを見つめていると。
    『——————よし、見つけた。あぁうん、玄斗君や汐俐君が必死になっている。全く、隠す事を忘れて……お、いたいた夏恋ちゃんだ。…うん、大丈夫。危ない事態にはあっていない様だ。』
    「そ、そっかぁぁぁ……。」
    夏恋を見つけたというマーリンの言葉に思わず腰を浮かせるも、無事だというその一言にへなへなと、再びソファーに座り込む。
    見るとモルガンも同じようで、落ち着かせるかの様に、心臓を抑えている。
    『そうだね。怪我も周りに危険な気配も————————どういう事だ?』
    『……っ!?』
    「マーリン!?夏恋に何が!?」
    マーリンのその声に、何か危険が起きたかとモルガンも立香も身を乗り出す。
    そんな二人も目に入らないのか、マーリンは真剣な顔で睨み続ける。
    マーリンが睨んでいたのは、彼女の右手の甲。
    今も全力で捜索に当たっている玄斗や汐俐にあるのは良い。あれはトランクを渡す時に、一緒に彼らに渡した物だ。
    あの『私』と共にいる暁渚にあるのも良い。
    「……そうか、そういう事か。」
    恐らくは、本当に誤差の範囲だろう。
    だが、ほんの僅か、ほんの少しだけ。
    夏恋が一番最初に、この地に降り立った・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「君が、選ばれてしまったのか。」
    夏恋の右手には、赤い紋章が輝いていた。
    玄斗や汐俐の右手にある、カルデア式の物では無く。
    純然たる正式な参加者である事を示す暁渚と同じ令呪呪いが。



    1930年代の日本。
    昭和モダンが花開き、電気が一般家庭にも普及し始めた文化や文明が一気に進んだ時代。……最も、後半になると文化も生活の質も底辺に落ちるのは皮肉というべきか。
    華やかな開花と最大規模の零落。そしてそこからの大いなる復興。その幕開けとなる時代と言えるだろう。
    そんな時代の一夜。これまで夜を照らしていたガス灯を駆逐した新たなる夜の支配者、電気灯が照らす薄暗い夜道を、一人の少女が歩いていた。
    「………。」
    西洋の人形の様なドレスを思わせる服。僅かな明かりだけでも、青みがかった輝きを放つ銀髪。その髪を黒と金のリボンで結んだ少女は、その可憐な容姿も相まって、まるで童話の一ページから飛び出して来た様だ。
    時代的にも、文明的に、明らかな『異物』。あるいは『迷子』。
    夜道を一人でトボトボと歩いている姿は、その姿を見る者に、なんとなく庇護欲を抱かせる。————無論、それが真っ当な庇護欲かはその者によるだろうが。
    「お兄ちゃん達……どこ…。」
    泣きはしない。
    恨みも辛みも吐かない。
    けれど、初めて味わった孤独と恐怖に、震える声だけは止められなかった。



    「まずい!まずい!!まずい!!!」
    夜の闇を誰かが全力で駆ける。
    人外じみた跳躍と疾走を繰り返し、風の様に街を駆ける。
    「どこだ…!!どこにいる…!!」
    普段は冷静な顔を苦情に歪め、男——汐俐は全力で走っていた。
    魔術は秘匿する物。という母親や師から伝えられた魔術師の絶対原則すらもう頭に無い。
    彼の頭を占めるのはただ一つ。
    「どこだ…!!夏恋!」
    ここに降り立つ直前に、離れ離れになってしまった妹の事だけだった。



    「汐俐は心配要らない。だけど…!!」
    隠蔽も、偽装も頭に無い。
    ただただ、捜索範囲と精度を上げる事だけに集中する。
    並みの魔術師なら一目みただけで卒倒する程の規模と完成度を誇る魔術式を即興で組み上げた玄斗もまた、焦りに満ちた表情を浮かべる。
    「僕だけが離れ離れになって、夏恋は汐俐と居る。もしくは最初から夏恋は来てなくて、出発直前のあれは幻覚か勘違いなら良い。良いんだけど…!!」
    最悪の事態は想定しないといけない。
    場所と時代とこの場所で行われている物。その全てが最悪と言って良い。



    「どこに行くんだい暁渚?」
    「——————————っ!!」
    その言葉を聞いた瞬間、思考するより先に駆け出していた。だが、そこまでだった。
    レディ・アヴァロンが、暁渚をそれ以上進ませなかった。

    「頼む!離してくれ!夏恋が!夏恋が危険すぎる!!」
    彼女がここに来たのは自分のせいだとか。
    そもそもこんな事態は、自分が招いたとかそういう思考はとっくにねじ伏せた。
    体裁とか体面だとか、そんなのはどうでも良いただ、ただ。

    「今は第二次世界大戦の直前だぞ!日本人らしくない容姿の夏恋はそれだけで危険だ!それだけじゃなくても今は聖杯戦争!それを利用してる軍組織がいくつも来てるのを知ってるだろう!!」
    魔術師としての素養がありながら、未だに幼い少女。はっきり言って使い道なんて腐る程ある。想像しただけで、胸糞悪くなる物から言葉にするのも悍ましい物まで。
    「頼む!行かせてくれ!君も夏恋の事は可愛がっていただろう!」
    必死に懇願する。
    そう、彼女は夏恋の事をそれはそれは可愛がっていた。
    暁渚が初めて夏恋に嫉妬した位には。……まぁもっとも、すぐに忘れたが。
    「……そうだね。彼女はとても愛らしい。彼女の様な女の子が危険な目にあっているというのは見過ごせないね。」
    「なら!!この、こうそ………。」
    この拘束を外してくれと、そこまで言いかけた暁渚は————何か、異様な雰囲気を感じて押し黙る。

    「でも、どうでも良いよ。」
    「————————————は?」
    「だって、君が居てくれるんだろ?」
    花の様な笑み。
    華やぐような声。
    僅かに赤らめた頬はまるで、恋する乙女の様。
    ———されどその目は、得体の知れないナニカが、蠢いていた。



    多分きっと、いつかはこうなった。
    夏恋はあの日から、そう感じる様になってしまった。
    ここに居るのに、ここじゃないどこかにしか、目が行っていない様に見えたから。
    まるで、出来損ないのガラス細工。何かの弾みで、粉々に砕け散ってしまいそう。
    上手く隠せてはいるけど、根本的な所で何か『ズレて』いる。
    兄なのに、家族なのに、自分達とは『違う』と、そう思ってしまう様に感じてた。
    ……でも、多分それは本人が一番強く感じてた。

    「ちょっと、ズレてるんだよね。感情の優先順位が。」
    私が小学生の頃、パパとママの帰りが遅くて私は玄斗お兄ちゃん、汐俐お兄ちゃんの作った晩御飯を三人で食べていた。その時、暁渚お兄ちゃんは女の人と遊んでて家には居なくて、思わず二人に聞いてしまった。
    なんで暁渚お兄ちゃんはあんなに女の人と遊んでるんだろう。って。
    その返答がこれだ。
    どこか困った様な、悩んでる様な顔の玄斗お兄ちゃんが印象的だった。
    「確か中学の頃だったかな。その時は暁渚の女癖があんまりに酷くて。月に二,三人くらいは女の子をとっかえひっかえしててさ。」
    「え、最低じゃん。」
    「それ、今度暁渚本人に言ってあげて。」
    夏恋の率直すぎる言葉に若干苦笑しつつも、咎めるつもりは無いのか、汐俐はさらっと暁渚に死刑宣告をする。
    「まぁとにかく。目につく様な問題にはなって無かったものの、父様や母様の耳に入れる訳にもいかないし、家族としてもちょっと見過ごせないからね。汐俐と一緒に少し話をしたんだ。……そしたら言われたよ。」



    「遊んで無いよ練習だよ。」
    意味が分からなかった。
    その言葉そのものにも。
    質問に対しての回答としても。
    男として、人としてかなり最低な事を言っているのにも関わらず、何でも無いような顔をしている暁渚の事も。
    「……いや待て、もっとダメだろそれは。」
    きょとんと、した顔をしている弟に若干苛立ちながらも、玄斗は質問を重ねる。
    「そんな練習をして何になるんだよ。ちょっとは相手の事を考えろって。」
    「?何で?」
    「いや、何でって。」
    本気で分かっていない顔をする暁渚に、玄斗の苛立ちと嫌悪が頂点に差し掛かる。言葉の端々が尖ってしまうのを、本気で押さえられなくなってきそうな所で。

    「人間の女の子くらい簡単に落とせるようにならないと、夢魔なんて落とせないでしょ?」
    「——————————————。」

    一気に、沸点が下がった。
    嫌悪も怒りも全て忘れ去った。
    多分きっと、暁渚は本当に分かっていない・・・・・・・・・・・・・
    それに気づいた時、沸き上がったのは恐怖と戦慄だった。

    汐俐は気づいていないのか、怒りを露わにしながら暁渚に近づく。
    「いや違う!何言ってんだあき!玄兄はお前に遊ばれた女の子の気持ちを考えろって言ってるんだよ!あきがそれをやる理由なんて聞いて無いよ!」
    「…?だって、練習は悪い事じゃないでしょ?」
    「……は?」

    あぁ、駄目だ。
    もう間違いない。

    汐俐も多分気づいた。
    目の前で屈託の無い笑みを浮かべている弟は、根本的に『ズレて』いる。
    自分達が責めている理由は彼が遊んでいるからだと思ってる。
    捨てられた女の子の気持ちを考えろ、なんて理由で怒っている事を想像出来ていない。
    それはつまり。彼にはそういった発想が無いという事で—————————。
    「…………。」
    そこまで考えて、首を振る。
    まだその判断を下すのには早すぎると、自分自身に言い聞かせる。

    「……暁渚。想像して欲しい。」
    「何を?」
    だから、もう一つ質問を重ねる。
    藁にも縋る様に。どうかそうあってくれと、祈るように。
    ——————それが、どんなに残酷な現実であったとしても。
    「……お前が、レディさんに一目惚れしてるのは知ってる。だから、見合う様に努力してるのも。」
    「もちろん!だから、俺は練習を重ねて」
    「そのレディさんに捨てられたら暁渚はどう思う?」
    暁渚が言い終わるより前に、玄斗は暁渚に彼にとっての最悪を叩きつける。
    好意が報われなかった瞬間。
    生きて来た意味も、重ねた努力も、その全てが無駄になったifを無理やり想起させる。
    「……は?何言ってんの玄兄ちゃん。そんなの————そん……なの。」
    一瞬。
    暁渚の顔に苛立ちと不快感が浮かんだが、それら全てが、一瞬にして塗りつぶされる。
    「……え、?え?え?」
    狼狽、混乱、自己嫌悪。
    きっと、そう言った物が今、暁渚を蝕んでいるんだろう。
    理由は明白。
    自分が嫌だと思った行為を誰かにしてしまっていて、その事に、自覚も嫌悪感も無かった事。その事実を今漸く自覚したから・・・・・・・・だろう。
    (あぁ………。やっぱりそうか。)
    その光景を見て、玄斗もまた、確信する。
    (こんなに残酷な事が、あるのか。)
    恨むべきは世界なのか、運命なのか。

    なぜ、弟をこの様にしてしまったのかと。
    何で、中途半端にヒトの心を持たせた。
    何で、人間である弟に、妖精の心を持たせた。
    何で、何で。
    もっと、早くに気付いてやれなかったのだろうか。

    「そうだよ……嫌だよそんなの。なのに、なのに……え?なんで?」
    よほどショックが大きいのか、ふらふらと、暁渚の足元が覚束なくなる。
    「——っ!暁渚!しっかりしろ!」
    見かねたのか、慌てて汐俐が駆け寄って暁渚を支える。玄斗はその光景を黙って見ていた。否、見る事しか出来なかった。
    ただ、呆然と立っている事しか、出来なかった。
    「大丈夫か?…確かにお前は許されない事をしたけど、それに気付けたなら今からでも。」
    「……なぁ、しお。お前はどう何だよ?」
    「どう……って。何が。」
    励ましの言葉も耳に入らないのか、ぼそりと、汐俐に……双子の兄に問いかける。

    「お前も、俺と同じなのか?」
    「——————————。」

    同じ時に産まれた。
    同じ場所で産まれた。
    産んだ人も同じ。
    なら、同じだろう・・・・・と。
    同じであってくれと。
    その泣き出しそうな目が、切実に訴えていた。
    その姿は、 帰る場所住める世界が分からない子供の様であった。
    せめて、せめて 同じ同胞人でなしが居てくれと。
    最悪で、最低で、それでも悲痛な叫び願いで、満ちていた。
    ——————答えはもう、分かっているのに。
    それでも、聞かずには居られなかったのだろう。
    自分の知らない側面があってくれと、そう願っていた。

    「…………。」



    嘘を吐く事は出来た。
    一瞬でも、儚くても、彼の痛みを拭う事は出来た。
    双子である自分には、それが出来た。

    「…………違う。」

    だけどきっと。
    それが最も残酷な仕打ちだと、汐俐は分かっていた。
    違いは、ほんとに些細な物。
    運が良かったか、悪かったか。ただ、それだけの違い。
    なのに、なのにどうして。

    「……俺は、そう思った事は無い。」

    こんなにも、遠くなってしまったのだろうか。




    「僕達は、父さんと違って純然たる『ヒト』じゃない。半分は母さんの…『妖精』の血が流れてるのは、夏恋も知ってると思うんだけど、暁渚はその妖精の血が僕達の中で誰よりも濃いんだと思う。…その影響か、価値基準や感情の優先順位が自分本位になってしまうんだ。妖精は、そういう側面があるって、マシュさんから聞いた事があるよ。」
    だから、少し『ズレて』しまっていると、玄斗はそう言った。
    「……暁渚お兄ちゃんは、その後どうなったの?」
    「……しばらく、凄く落ち込んでいた。父様や母様も心配してたけど…上手く説明出来そうに無くて、恋愛が上手く言って無いとかそんな感じで誤魔化した。…まぁ何か隠してる事はばれてるとは思うけど。」
    とても、言えなかったという。
    母親に流れている血の影響が色濃く出ているせいで、暁渚が上手く人間社会に馴染めていないなど、とても言えそうに無かったと、汐俐は語った。
    「まぁしばらくしたら、また女漁りを再開したが、前よりは格段に減ったな。…それが良い事なのか悪い事なのかは分からないけど。」
    ヒトとしてなら、間違いなく良い事。
    ただ、妖精としてならそれは。
    「自らの欲望を叶える事しか考えない生き物。そういう妖精ヒトばかりでは無かったと、マシュさんは言っていたが、暁渚の妖精としての本質がそうでは無いなら、今はかなり無理をして抑え込んでいるという事になる。……実際、かなり苦しんではいる様だし。」
    人間としての感覚。妖精としての感覚。
    そのギャップがどれ程の苦しみなのかは、きっと当の本人にしか分からない事だろう。
    自分の中に二つの在り方があって、そのどちらも自分自身を苦しめているなど、当事者にしか分からないだろう。
    人間としての部分は、自分の行いに忌避感を抱いているが。
    妖精としての部分は、自分の行いに何ら罪悪感を感じない。
    何とも悪趣味な二律背反だ。
    ……もはや、最初の目標すらあやふやになってしまっていてもおかしくない。

    目の前に輝くただ一つをこの手に。
    最初のその想いは、きっと純粋だった筈なのに。

    「汐俐お兄ちゃんは、そんな事は無かったの?」
    「……あいつには、そう思った事は無いって言ったけど、正確に言うと、もしかしたら私もそうなってたかも知れない。……ただ、私は。」
    どこか寂しさを浮かべながら、懐かしむ様に汐俐は。
    「私は、『失恋』したから。その後に、導いてくれる人も居たから。」
    自分は運が良かっただけだと、そう言った。
    「だからまぁ…ほんとに運が良かっただけなんだよ。私と暁渚の違いは。」

    ならきっと、まだ間に合うはずだと、夏恋はその言葉を聞いて思った。
    運だけが、この二人を分けてしまったというのなら、引き留める事だって可能だろう。
    それが良い事なのか、悪い事なのかは分からない。ただ、お別れはしたくなかった。
    女の敵で、だらしなくて、最低で……それでも、お兄ちゃんだから。
    最悪な所と同じ位、良い所もあるって事を、知っているから。

    それ以来、私は暁渚お兄ちゃんの事が目が離せなくなった。
    彼の女癖についても、積極的に苦言を呈する様になった。

    「最低。」
    「ぼばなぶふげげ。」
    「あ、死んだ。」
    「呑気だな汐俐…。」
    どことなく女物の香水を漂わせて、帰って来る度に、彼の行動を糾弾した。
    そう言う度に沈む彼は、『ここ』に居てくれる気がしたから。
    この場所に、留まってくれ様な気がしたから。


    —————でも、やっぱりこうなった。
    私じゃ、暁渚お兄ちゃんを引き留める事は出来なかった。



    「———じゃあ、いってらっしゃい。どのような結末を迎えようとも、帰って来るんだよ。」
    「……はい、行ってきます。」
    「うん。三人で、帰って来る。」

    「……。」
    玄斗と汐俐が、何か慌てて動きだしたから、こっそり追いて行って見れば、話し声。
    どうやら、暁渚お兄ちゃんがどこかに行ってしまったらしい。
    取り戻すために、後を追うという。
    何かしたかった。
    見ているだけなんて、無理だった。
    だけど、一緒に行くなんていっても、きっと了承しない。だから。

    「————————————っ!」

    気付いたら。
    身体が動いていた。




    「……うん。そうだ。こんな所で挫けてらんない。」
    夜の街。
    知らない場所。
    そんな所に一人きり。
    ただでさえ、暗闇や孤独は人の気持ちを下向きにさせる。
    それに加えて、未知の場所と時代だ。
    むしろ、こんな状況で一人だけで立ち直れる夏恋の心の強さこそ、驚嘆すべきだろう。
    「とにかくまずは、二人と合流しないと……。魔力をかなり派手に使えば、玄斗お兄ちゃんが上手く見つけてくれるかも。」
    そうなれば、後は大丈夫。
    遠くても、汐俐お兄ちゃんが駆けつけてくれるだろうし。
    ……もしかしたら、暁渚お兄ちゃんも。
    そんな風に考えながら、魔力を流そうとした夏恋は————————。

    「————————————。」
    背後から来る、異様なナニかを感じ取っていた。

    「………?」
    兄達と違って、夏恋は魔術の手解きを本格的に受けていない。
    基礎的な物はある程度使えるが、自衛程度。
    故に、背後から何かが迫ってくるのを、魔術的に感じ取った訳では無い。
    ただ、夏恋には、父親譲りの直感とでも言うべき察しの良さがあった。
    その勘が、告げていた。
    何かが、来ると。
    「……誰も、居ない?」
    視線の先は真っ暗。
    文明の仄かな明かりも、駆逐されつつある自然の明かりも照らせない影と闇。
    だけど、人影程なら何とか見える。見える筈だが、何も見えない。
    という事は夏恋の感じ取った危険は、唯の勘違いか。

    「「「「「————————————。」」」」」
    「………ひっ。」

    あるいは、ソレが、蟲サイズの物だったという事。

    「————————————っ!」

    ソレらを一目見た瞬間、夏恋は逃亡のみを選択する。
    アレは駄目だ。
    アレだけは無理だ。
    アレは——————自分を、殺す。

    「「「「「—————————!!」」」」」

    キチキチ。ギチギチ。カサカサ。
    人の本能に訴えかける嫌悪感と忌避感を齎し、耳障りな合唱をしながら蟲達は夏恋を追う。
    一匹の蟲と夏恋だけなら、物理的に夏恋が勝てるだろうが、蟲が数匹、数十匹いるのであれば話が変わる。
    ましてや、これらはただの蟲では無い。
    (駄目…。駄目、駄目、駄目!!)
    先程まで浮かんでいた前向きな姿勢は、当に消え去った。
    何とか堪えていた涙さえ浮かんでくる。
    (怖い…。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!)
    「助けて…お兄ちゃん!!」
    文字通り、必死になって夏恋は夜の街を駆け抜けていた。
    無意識に、逃げ足を魔力で強化しながら。



    そして、その魔力を、玄斗は感じ取った。
    「———————っ!見つけたけど、まずい!」
    夏恋が感知に引っ掛かった事によろこんだのも束の間、今彼女を追っているモノの危険性を、玄斗は感じ取った。
    …いっそ、感じ取らない方が、幸せだったかも知れない位には、最悪なモノだったが。
    そんなモノを妹に差し向けた奴が居る事に、玄斗は産まれて初めて殺意を抱いたが、それを今はしまい込み、夏恋の安全を確保する事だけを優先する。
    「早く向かう…いやもうこっから『槍』を数発撃ち込んで…!」
    遠いが、感知出来てる以上、何とかなる。
    余波はもちろんの事、吹き飛ばした蟲も絶対に当てない様、威力と精度を調整しながら、『槍』を装填する玄斗。
    卓越した技量を持つ彼を以てしても、かなりの高難易度な離れ業。
    故に、集中し、『槍』の生成を行う。

    だからこそ、頭から抜けてしまった。

    「————————————。」

    これが、聖杯戦争である事に。

    「————————————っ!!」
    頭上に、何かの気配。
    圧倒的で、絶対的で、絶望的な。
    自分に死を齎す気配。
    (まずい……まずい、まずい!!)
    高精度の探知魔術を展開してたが故に、「それ」を強く感じ取れてしまう。「それ」の危険性も。
    (これは、ダメだ。)
    『槍』の生成も、夏恋を知覚した広域魔術の展開も、全て中断し、ただ回避のみに専心する。
    それでも、単純な身体強化だけでは間に合わないと即断。
    (身体強化構成開始、魔力噴出口ブースター仮想展開準備———。)
    それらの組み立てを並行処理しつつ、出来るだけ遠い場所に魔術的な楔を打つ。
    (アンカー生成。強化魔術完了、魔力噴出口ブースター展開完了————!)
    とある縁で会った魔術師から教わった方法。彼女の作り出した飛行魔術の模倣版。
    本来なら、目的地に楔を打って魔術アンカーで引っ張ってもらつアンカーアトラクションアセンションだが、今回はその縮小版で充分。
    (————————今!!)
    技量、技術、知恵、知識。
    玄斗が培ってきたありとあらゆる物を総動員して、最速、最短でその場から離れる。

    瞬間——————。
    世界が轟音で満ちた。

    「~~~~~~~~~~~~~!!」

    空気を斬る音と爆発音。
    一切のズレ無く、先程まで玄斗の居た場所を中心に、暴力的なまでの風と音が荒れ狂う。
    風圧と土煙に体を掻き回されながらも、玄斗は全身にかけた強化魔術を維持し続ける。
    肉体の強化の維持が一瞬でも漏れれば、そこを起点にして、ひき潰されるという確信があった。
    実際、逃れられたのが奇跡の様なものだ。
    夏恋を探すために、広範囲かつ高精度に探査を行なっていたのが幸いし、早い段階で気づく事が出来た。————最も、その探査魔術がそれを引き寄せた可能性は充分にあるが。
    天地ごと、何度も世界をシェイクされる感覚に気を飛ばしそうになるが、地面や岩に打ち据える度に走る全身の痛みを気付け薬にして気を持たせつつ。
    「げほっ、げほっ。げほっ…。」
    何とか、玄斗は生き延びる事に成功した。
    全身の痛みと揺れでふらつきながらも、何とか玄斗は立ち上がるが。
    「こ、これは…。」
    目の前に広がる光景に絶句した。
    玄斗が先ほどまで居た位置を中心に、地面はめくれ上がるか陥没しており、その光景は、幼い頃に行った博物館で見た、隕石の衝突跡を思い起こさせた。
    では、ここに隕石が落ちたのか。
    ……否である。
    そんな生易しいものが、この光景を引き起こした訳では無い。

    「……ふむ。躱したか。」
    「——————————っ!!」

    中心に、一人の男。輝くような美形。薄暗い夜の中にあって眩い金の髪。
    その手には地面に刺さった槍があり、槍は破壊の中心点に刺さっていた。
    その光景は、つまり。
    (あの一撃は、ただの槍の一突きって事……!)
    馬鹿げてる。
    あまりにも常識から外れている。
    救いがあるとしたら、戦うまでも無く、相手の強さが分かったという事だけだろうか。
    差がよく分からない程に、強さがかけ離れてる事が分かった程度、何になるのかと言いたいが。
    考えるのもアホらしい。
    余波でさえ・・・・・生き残るのがぎりぎりだったと言うのに、そんな相手と殺し合うなど、勝敗は目に見えてる。

    逃げる?
    ——————————出来る訳が無い。

    交渉?
    ——————————論外。

    せいぜい、時間稼ぎが関の山だ。
    それも命を懸けての。
    おまけに、そこから先の生存の可能性は絶無だ。

    「……ふむ。サーヴァントの気配は無い。しかし、その手には紛れも無い令呪。…だが、我がマスターの物とは性質が少し違う様な…?まぁ良い、先程の回避に加えて、展開していた魔術。ただ者では無い。ならば、マスターの敵に成りうるだろう。」
    こちらを目踏みしていた男だったが、そう言い放つと地面に刺さった槍を引き抜き、こちらに足を向ける。不審な点はある様だがそれはそれとして、こちらを敵認定した様だ。
    ……どうせなら、そのまま帰って欲しかった位だけど。

    (あぁ、これが。)
    話には聞いていた。
    注意も受けていた。
    とは言え、ピンと来なかった。
    母様に限りなく近い存在・・・・・・・・・・・ と言われても、想像も出来なかった。
    (今なら、分かる。)
    纏う神秘。
    発する武威。
    感じる殺意。
    その全てが、桁違い。

    これが、これこそが。
    人理の影法師にして世界の守護者。

    「サーヴァント…!!」

    超常の神秘が今、玄斗に牙を剥こうとしていた。






    「————?何だ爆発音?」
    暗闇を疾走する汐俐は、そこで初めて足を止めた。
    ただの爆発音では無かった様に思える。
    ただ、何と言うか。酷く危険なモノが、あの爆発を生んだように思えて————。
    「———————っ!」
    思考を打ち切り、瞬時に身を翻す。
    その瞬間、無数の甲高い音と空を切る何かの音。
    その甲高い音を、汐俐は知っている。
    生の耳で聞くのは初めてだけど、酷く聞き覚えがある。
    「…そっか、時代的にも不思議じゃ無いか。」
    向けられた数多の銃口を前に、汐俐は努めて冷静になる。
    (…だけど、この位なら大丈夫。)
    銃を持った軍人が十数人。それを前にして、汐俐は問題無いと判断する。
    これに苦戦するような、生易しい訓練をあの二人からは受けてはいない。
    だから、問題無いと判断して、一歩を踏み出そうとした瞬間。

    「貴様らは援護だ。私が前に出る。」
    「——————————。」

    軍服を着た男だった。顔立ちからして、日本人では無い。
    だが、それは些末な事。
    (……やばい。強い。)
    その事実だけが、今は最も重要だった。
    体幹、気配、纏う空気。
    その全てが別格。

    本能が絶叫を上げ、逃げろとがなり立てる。
    理性もそれを後押しし、逃亡を選択する。
    (…無理だ。)
    銃をもった相手は隙間なく埋め尽くしている。
    逃げるためには、必ず戦闘が発生する。
    突破するのに、数秒は掛かる。
    その数秒間、背中を向けただけで、あの敵は自分を確殺出来る。
    「—————はは。」
    あまりにもあんまりな状況に思わず笑いが零れる。
    数はあちらが上。
    質もあちらが上。
    コンディション的にも、あちらは準備万端で、こちらは無理を重ねた疾走と、未だに見つからない兄妹に対する心労で最悪のコンディションと言って良い。
    見事なまでに、こちらに不利な要素しか無い。
    逆に、相手が負ける要素を教えて欲しい位だ。

    「……あぁ、一応は礼儀だ。名前を名乗るとしよう見知らぬマスターよ。」
    汐俐の手にある令呪を一目した後、自らの右手———————令呪を見せつけながら。

    「ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアだ。お前の命を頂くとしよう。」

    死刑宣告を、汐俐に告げた。




    「でも、どうでも良いよ。」
    「————————————は?」
    「だって、君が居てくれるんだろ?」
    「——————————————。」
    この地に降り立ってから、薄々気付いていた。
    気づきながら、目を背けていた。
    だって、それは自分のせいだと思っていたから。
    風の様な在り方をしている彼女を無理やり引き留めたのだから、何かが変わってしまうかもしれないと、覚悟をしていたから。
    それでも、受け入れると、責任を取ると決めていたから。

    (でも違う。これは違う。)

    変わっているとかそういう次元じゃない。
    根幹から、根本から。彼女を構成するナニカが狂っている。
    自分のせい何て、考えるのが烏滸がましい程に——————何かが彼女を狂わせている。

    「そうだよ暁渚。君だけがいればそれで良い。この世界で、君だけが居ればそれで良い。」

    輝く星が一つあればそれで良いと、それ以外は要らない・・・・・・・・・と彼女はそう言った。

    「なに、いってるの……。」

    違う。
    何を言っているんだ君は。
    それは君じゃ無いだろ。
    君はそれを言っちゃダメだろ————!

    「物語は終わらない方が良いって!君はいつもそう言って!」
    「終わって良いよ?君が居てくれるならね。」
    「——————————————。」

    ……何だ。
    何があった。
    何が彼女をここまで狂わせてる。

    「……君は、一体…。」
    「おやおや。酷いね。永遠の誓いを交わした相手を忘れるなんて。……あ、もしかして、新しい口説き文句かい?なるほどなるほど。なら答えなくっちゃね!」
    まるで踊る様に、弾む様に。
    風と戯れかのように、舞いながら、女は舞台へと上がる。

    「僕は永遠を求めるが故に全てを終らせるもの。」

    唯一つの星愛しい男のために。
    一途と片付けるには、あまりにも狂信的な愛。

    「君と寄り添う者。この星が冷えるその時まで、君の隣に居る者。」

    だから、君を永遠にする。
    君という存在を、完膚なきまでに壊しても。

    「クラス、バーサーカー。レディ・アヴァロン。」

    それは最初に彼女が、殺したサーヴァントのクラス。
    即ち、彼女が成り代わったクラスの名前。
    ……ここまで、マスターである暁渚にすら隠されていた彼女のクラス。

    「暁渚?末永くよろしくね?」

    そうして彼女は、にこやかに笑いかけた。
    その笑顔は、まさしく恋する乙女そのものだった。




    「————————なるほど。恋に狂うバーサーカーか。こりゃ難敵だ。」

    一方、その会話を聞いている者がもう一人。
    輝く剣に戒めらた少年が、その宣言を聞いて一人呟く。
    「まぁ、俺は殺される事は無いにしても…どうすっかねぇ。」
    全身を剣で拘束させられているのにも関わらず、彼は呑気そのものだ。

    ……なぜなら、彼は知っている。
    彼女達は決して、自分を殺す事は無いからだ。

    「なんせ、俺が死んだら目論見は全てご破算。強くてニューゲームしようにも、あの女王陛下と夢魔が許さないだろうし。」
    とは言え、彼がやれることは全くと言って良い程無いのだが。

    「なーーーんで俺なんかを抑止力様は派遣したのかねぇ…。しかもあの場所の記憶付きで。どんなイレギュラー対応だよ。」
    はぁ、とため息を吐く。
    この戦争、一応は聖杯に呼ばれた霊基で構成されている自分が自害すれば一瞬にして終わるのだが、それが不正解だった場合は目も当てられ無い。
    わざわざ、本来召喚される筈だった自分自身・・・・に割り込む形で呼ばれたのだ。そこに何かしらの意図があると思いたい。
    「……まぁ、やるだけやってみますか。」
    そう言って、少年は笑う。


    「最弱の英霊の名は伊達じゃないって事を、証明してやりますかね。」







    かくして、ここに苦難が揃い立つ。

    生のために、命を貪る魔人。
    人の手が届かぬ超常の神秘。
    百戦錬磨にして慈悲なき傑物。
    —————狂いし、星の獣。



    道は閉ざされる。
    幕は降りる。
    所詮は、筋書きの無い偽典。
    ありえざる物語ならば、こうして惨劇で終わるのがお似合いという物だろう。





    ——————それでも。
    星はソラに。
    奇跡はその手に。

    その輝きは衰える事を知らず。
    再演の時を、ただ待ち続ける。
    新たなる担い手達は、すぐそこに。

    だから———————。
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