喪服他の方のすごくいいブロマンス小説と完っ璧にネタ被りしてしまったので非公開にした話。どうか成仏してくれ。
私に刺さったのでもしよければpixivで検索して欲しい。 暖かくして、おやすみ っていうタイトルです。オオ・・!てなる。
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娘が逝ってから1年がたった。その後も悲しむ間も惜しいほどの慌ただしい日々だったが、何も考えたくない身にはありがたい。ただ娘が寂しくないよう、墓参りだけは欠かさず続けている。
娘婿のデンケンは葬儀後さっさと屋敷の整理をして、職務を理由に帝都に戻っていった。無理もない、あれだけ娘を愛していたのだ。思い出がありすぎるこの街を見るのはつらいのだろう。
そして私も、いまだに喪服を脱ぐことができない。遠い国では、夫を亡くした女王が自身が亡くなるまで何十年も喪服を着続けたという話もあるので(別段珍しいことでもないだろう)と思っていたが、世間ではそうでもないようだ。
今日は特に参った。
視察先で、領民の老爺に「おいたわしい。」と手を取られ泣かれた。正直なところ、どうしてよいのか困った。午後の近隣都市との会議でも、痛ましいような、気を使うような視線を感じたし、会議後もご婦人方ににわざわざ呼び止められ「どうぞお気を強くお持ちくださいませ。」「お嬢様のこと、改めてお悔やみ申し上げます。」などと涙ながらに言われた。
「せめて自分の気が済むまでは」と思い着ているだけなのだが、ほかの者に憐れまれるのはどうも居心地が悪い。そろそろ平服に戻さねばならないだろうかと考えながら、積みあがった書類仕事を片付ける。
もう夜もとっぷりと更け、やすむ時間だ。もう少し仕事を進めたいところだが、年々無理がきかなくなっているので仕方ない。寝室に向かうと、すでに部屋には私の着替えの準備を整えたマハトが控えていた。
マハトが従者として振舞い始めてもう20年以上がたつ。「着替えは使用人にさせる、そこまで君がする必要はない。」と言い聞かせたことも過去にはあったが、長い年月の間に次第に曖昧になり、今ではマハトが私の身の回りの世話をするのが当たり前になってしまった。
「お疲れ様でございました。」
マハトは慇懃に礼をする。
「ああ。」
と短く答え、彼に背中を向けを軽く下を向くと、
「失礼します。」
と一言かけられ、襟元に絞めたカラーバンドを器用に外される。その際マハトの腕にある支配の石環が、わずかに私の襟元に触れるのもいつものことだ。わざとマハトが触れさせているのにも気づいている。最初は私が嫌がるのを面白がっている風だったが、最近は触れさせることで何かを確かめているようにも感じていた。
私が留め釦を外すと、マハトは肩口を持ち上げごく自然に上着を脱がせ、衣装かけに一旦置いた。いつもと同じく、流れるような動作だ。
シャツを脱ごうとシャツの釦に手をかけると、不意にマハトが正面に立った。いつもとは違う動きだ。いつもなら部屋着を用意し後方で待っているはずなのに。
「何だ?」
私は、マハトの顔を見上げる。表情はいつもと変わらない。
不意にマハトの長い両腕が此方に伸ばされる。その掌も背中に回り、気づけば私はマハトの懐に収まっていた。マハトは背が高い。私も決して小さくはないのだが、全身が彼の体にすっぽりと包まれてしまった。
「本当に、何だ。」
面食らっていると、マハトがいつもと変わらぬ調子で言った。
「少々、お痩せになったようですね。私には、死んだ者を悼む気持ちは分かりませんし、憐れむ気持ちもよくわかりません。それに、自分が他人に憐れまれるのも御免です。」
「ああ、」
昼間のことか、と思い当たる。
「ですが、私は親しい者が悲しむ時に、人はこうするものだと識っております。」
「そうか。」
マハトの腕にさらに力が込められた。マハトには人が思うような感情の動きはなく、高度な観察の結果からこのような行動をとるのは分かりきっている。だが、悪意も罪悪感も知らず、ましてや愛など知り得ない化け物にすくわれるものがあるのだと、私は初めて知った。
きっと、喪失や罪悪感は絶えず私を削り続けていて、出来てしまった歪な凹凸がこの奇妙な魔族にぴったりと嵌り込んでしまったのだろう。
私の頬には、布のようでいてわずかに違う感触がある。魔族の衣服は人の作るものと違うようで、不思議な柔らかさの下に確かにマハトの体温を感じた。自分もマハトの背に腕を回そうか一瞬迷ったがやめ、そのままマハトの気が済むようにさせておく。
温もりが移る。とくとくと、規則正しい律動が肌の下で刻まれているのを感じた。心音が混ざり合い、どちらが自分の音でどちらがマハトの音かもわからない。
しんと静まり返った部屋の窓の外、どこか遠くで獣が鳴いているのが聞こえた。
「マハト。」
「はい。」
「喪服は、明日にでも片付けておくように。」
「かしこまりました。」
「そろそろ離しなさい。」
「ええ。」
そう返事をしながらも、マハトはしばらくの間私を腕の中におさめたままにしていた。