コノハナのはなしあたしはアホの子だ。
記憶力がほとんど無いから、ほとんどのことはすぐ忘れちまう。
でも覚えてることがひとつある。
「コノハナ」。あたしの名前。いい名前だろォ、異論は認めねェ。
付けてくれたのは父さんだ。
あたしの家は、暗いところだ。
ここはたぶん地下……だろう。牢屋が大量にあるから、監獄かもしれねェ。
あとすっげえ静かでな。
そんなところでも、父さんがよく逢いに来てくれるから、寂しくはない。
「コノハナ!」
「よぅ」
今日も父さんが来てくれた。
紙袋を被ってる変な親父だけど、優しい父さんだから好きだ。
……でも、今日は様子がおかしい。
牢の向こうで、息せき切って、妙に震えている。
「どーしたァ?」
「すまない……すまない、コノハナ……俺は、もうお前に会いに来れん」
「は」
牢の向こうから、何かが差し出される。
鍵だった。多分、あたしの牢の。
会いに来れん、て、どういう意味だよ。
知りたくて、鍵を受け取ったのと逆の手を伸ばすけれど、父さんはどこかに走って行ってしまった。
「……父さん……」
しばらく呆然と立ち尽くしていた。
が、はっと我に返って、鍵を開けることを試みた。
とにかく父さんを追いかけようと思って。
慌てているせいで、手が震えて開きやがらねェ。
ふざけんな止まれ、止まれよぅ。早くしねぇと、父さんがどっか言っちまう。
「お困りかね、お嬢ちゃん」
「!!」
闇に溶けるように、立つ影がひとつあった。
背の低い男だった。
「誰だァ、おめぇさん」
「おまえさんの、お兄ちゃんじゃよ。迎えに来たんじゃ」
その時、やっとこさ鍵が開いた。
鉄格子がゆっくり開く。
男が手を差し伸べて、あたしに優しく微笑みかけてくる。
「おいで、コノハナ……いや。ハナちゃんや」