取引今日は大雨である。
雨の日は傷跡が痛むものだ。
愛しいひとに潰された俺の眼も然り。
ゆえに、本日は朝から最低最悪の調子だった……のだが。
「何でここに居るんだ、お前」
ちょこんとそこに立つ、長い三つ編みの女に疑問を投げた。
ラスカルがいる。俺の家……しかも俺の部屋に。
大方ホプキンスが上げたのだろうが、それにしても、何故。
「雨宿り的な?」
「わざわざここでか」
「邪魔だったかぃ。なら帰るけど」
べつに邪魔ではない。
むしろこいつに関してのみならば大歓迎だ。
……ただ今日はあいにく絶不調だから、あまり構ってはやれない。
「居てもいいが、大人しくしててくれ。今日は体調が悪い」
重い体を引きずってベッドに戻っていけば、ラスカルもちょこちょこ付いてくる。
ただ、ラスカルにも一応の警戒心はあるのかベッドから少し離れたところで立ち止まった。
この距離ならば俺が手を伸ばそうとも届きはしないだろう。
「仕事はいいのかぃ。サボり?」
「取引先の方と偶然お会いして、接待するとでも言う。そうすりゃ仕事扱いになる」
「……物は言いようだねぇ」
その言葉を最後に、ラスカルは沈黙する。
言われたとおり、大人しくしてくれる様子だった。
だが仮にも客人である彼女に、いつまでもそうさせている訳にはいかない。
「おい……俺はほっといてホプキンスと居たらどうだ」
「仕事中だろう」
「……たしかに」
論破されて、改めて考える。
何か無いだろうか、ラスカルが楽しめて、かつ自分が安静にできる方法は。
「痛いかぃ」
「あ?」
「目が、痛いんだろう。今日は天気が悪いからね」
「……何故わかった」
「ぼくも痛いからさ。特にお腹の傷。なので、本日に限り、これを譲ってあげよう」
視線を向けると、ラスカルは手に持った何かを差し出していた。
小さいな黄色い容器。
ピルケース……だろうか。
「何だ」
「痛み止め。ニルに特別に処方してもらってるやつ。これ何にでも効くんだぜ。使うかぃ」
「……きっちり効くなら」
「よろしい、くれてあげよう」
数時間後。
俺は、驚く程にけろっとしていた。
さっきまでの激痛が嘘のように引いている。
ダメ元だったのに、本当に薬が効いてくれたようである。
「どうだぃ。まだ痛いかぃ」
「いや全く」
「それはよかったね。我が家の下衆乙女に感謝するといいよ」
薬を処方したのは他者だというのに、何だか得意げなラスカル。
「あっ。料金をちょうだいいたします」
「は……?タダじゃなかったのか」
「タダより高いものはないよ、クローバー君。さあ、よこしてもらおうか。お菓子一袋分くらいのお金を」
ラスカルはわくわくした顔で両手を差し出す。
今日は大雨だ。
悪天候の日に、わざわざ俺ごときのために、鎮痛剤を届けに来たとは考えにくい。
さらに、今こいつが言った『お菓子一袋分』という言葉。
……全て察した。
「お前、墓参りに行く気だな」
「おやぁ。よくわかったね」
わかるに決まっている。こいつのルーティンのメインそのものだから。
俺は、少しだけ思案してから口を開いた。
「……菓子を買う金はやらない」
「なんと」
「代わりに、俺を連れていくなら、一袋どころか山程買ってよこしてやるが……どうする」
「なんと!?」
「俺もそろそろ墓参りに行こうと思ってたとこだしなァ」
「行こう!!一緒に行こう!」
断られるリスクを懸念したが杞憂に終わった。
ラスカルは、目を輝かせてぴょこぴょこ跳ねている。
まさにノリノリだった。
「ほら行こう、さあさあ!」
財布をポケットに入れるだけの、数十秒もかからない身支度の時間すらもどかしい様子のラスカル。
俺と比べればずいぶん小さいその手を掬うようにして握り、部屋のドアを開けた。