君に祝福仕事を終え、自宅へ戻るとテーブルの上に鮮やかな赤色の紙袋が置いてあった。横には小さなメモ。使用人の方が時折言伝を書いておく物だ。
「僕宛て?」
そこには雨竜さんへと。そして、ご友人から荷物を預かりました。お急ぎでは無いとの事でしたので置いておきます。と。
紙袋を広げると中には小さいポインセチアの鉢と和紙に包まれた小箱がひとつ。そして深い緑の封筒。その封筒と広げてみると、ふわりと花のような甘い香り。どこかで嗅いだことがあるなと思いながら中の手紙に手を取り出した。
「…きれいな字」
筆記体でメリークリスマスと書いてある。印字された物かと思ったが、インクが滲んでいる。どうやら書かれているものだと理解した。友人と言われて、思い浮かんだのは同じクラスだった3人だったが、その3人のどの筆跡とも違っていた。
『仕事、お疲れさま。クリスマスにはあわないかも知れないが、他に好きなものが思いつかなかった。味は美味しいと思う。これで少しでも疲れが癒えたら嬉しい』
クリスマスにはあわない、とはなんの事だろう。雨竜は首を傾げた。ポインセチアはクリスマスのものだ。だとすると、この和紙に包まれた箱の事だろうか。しゅるりと紐を解いて、箱を開ける。
「わぁ…」
そこには、サンタクロースやクリスマスリースを模した練り切りが入っていた。確かに、クリスマスに和菓子とは。と、自然と笑みが漏れる。
花の鉢植えに、甘い香りの手紙。自分が和菓子が好きだと知っている人。思いつくのは、たった一人。
「宗雲さんだ」
嬉しくて、胸の奥がキュッと締め付けられて、自然と口角が持ち上がる。可愛くて食べられそうにないけれど、味も折り紙付きのようだから。美味しかったですと伝える方が良いだろう。写真に撮って残しておこうとスマホを取り出した所で玄関で物音がした。社長も帰ってきたらしい。けして疚しい事をしている訳ではないが、どことなく後ろめたくて慌てて、プレゼントを抱えて自室へと駆け込んだ。
鮮やかな赤い花。可愛らしい菓子に、手紙。まさかクリスマスにこんなに素敵なプレゼントを送られるとは思っていなかった。
「見て、コサメ」
真っ赤な花を、ケージの近くに寄せる。鉢植えと練切り、手紙を並べスマホで写真を撮る。食べ物で無いのが分かったのか、コサメはすぐに離れて行ってしまったけど、そんな事も気にならなかった。クリスマスにあわないと書かれていたがそんな事は全然無い。どこからどう見ても、とても幸せなクリスマスだ。
「美味しそう…食べようかな…でも…」
手を伸ばすが、なんだかもったいない気がして箱に書いてある期限を見る。なまものだから、当たり前に数日で期限が来てしまう。とりあえず今日はひとつだけ。と、リースの形の物を手に取る。一口齧ると中は白餡で、優しい甘味がふわりと口に広がった。
「美味しい」
思わずどこの店なのか、調べたくなって蓋や箱の側面を見てみるが、見当たらない。特別に作られたものなのかも知れない。また機会があったら自分でも買いたかったのにと考えながら、摘んだ残りを口に放り込んだ。
お礼を考えなければ。贈り物等には長けている人だから、品を選ぶのも緊張してしまう。コクリと口の中のものを飲み込んでスマホを起動させる。
明日のスケジュールを確認すると、昼前に少し時間があいている。そこでなにか探して見ようと、雨竜は頬を綻ばせた。
***
「宗雲さん!いらっしゃいませ」
仮面カフェに訪れると、エージェントとその執事はいつもよりも大きな声で名前を呼んでパタパタと駆け寄ってきた。クリスマスも終わったのにひどく楽しそうだなと思いながらも、宗雲は黙って席について、季節のフルーツティーを注文した。
「おまたせしました」
透明のポットとティーカップ、その横に小さな紙袋が添えられたトレイが運ばれてきて、宗雲は怪訝そうに眉をしかめた。
それはなんだと尋ねる前に、いつもよりニコニコとしたエージェントが、それをずいっと差し出した。
「…宗雲さんへと、お預かりしました」
誰からと尋ねようとしたが、テーブルへ置くとそそくさと立ち去られてしまって聞く事も出来なかった。開ければ分かるだろうかとその紙袋を開くと、中に小さな箱と手紙が添えられている。そこで、つい先日自分が同じ事をしたのだったと思い出した。
自然と頬が緩むのを感じて、見られないように唇を噛み締める。封筒を開くとそこには自分が贈ったプレゼントが綺麗に並べられていて、小さなハムスターが一緒に写っていた。
『先日はお花とお菓子、ありがとうございました。とても美味しかったのですが、お店が分からず…。機会があったら、教えて頂けたら嬉しいです。ささやかながらお礼の気持ちです。寒くなりましたのでお身体に気をつけて。良い年をお迎えください』
同封されていた手紙に目を通し、気を使わせてしまっただろうかと苦笑しながら、次の予定が出来てしまったなと嬉しく思う。
「無事に渡せてよかったです」
いつの間にか、エージェントが近くで笑っていた。
「プレゼント買ったのはいいけどどうやって渡そうって。自分じゃお店にも行けないからって悩んでたので」
そう言われたらそうだ。彼はまだ未成年なのだし、兄にもきっと近づくなと言われているだろうから。
「雨竜の力になってくれて、ありがとう」
そう紡ぐと、エージェントは、いつでも頼ってくださいと自慢気に笑って見せた。
***
「おかえり、宗雲」
店へ戻ってきた宗雲に、浄がこえをかける。あぁ、といつもの何気ないやりとりだったが、何やら宗雲の機嫌がいつもより良さそうに見えて、浄はじっと彼を見つめた。出ていった時と違うのは、上品な白の紙袋。そして、ポケットチーフの色。いつもは
赤ワインの様な紫色なのに、少し青味の強い、葡萄の様な色に変わっていた。
「…レディからの贈り物かい?」
尋ねると宗雲は首を傾げる。それだよ。と胸のポケットを指差した。
「あぁ……まぁ、…そんなところだ」
それを指先で撫でる様はまるで、小動物でも撫でている様に優しく。見た事も無いような穏やかな表情で笑っていた。